<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><?xml-stylesheet href="http://www.blogger.com/styles/atom.css" type="text/css"?><feed xmlns='http://www.w3.org/2005/Atom' xmlns:openSearch='http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/' xmlns:georss='http://www.georss.org/georss' xmlns:gd='http://schemas.google.com/g/2005' xmlns:thr='http://purl.org/syndication/thread/1.0'><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804</id><updated>2011-09-28T04:14:49.344+09:00</updated><category term='経済＆ビジネス'/><category term='旅　エチオピア'/><category term='お知らせ'/><category term='ヨーロッパ'/><category term='アフリカへの思いなど'/><category term='ウガンダの生活'/><category term='ウガンダの大学'/><category term='ぼやき'/><category term='旅　南アフリカ'/><category term='日本'/><category term='その他'/><category term='メディア'/><category term='びっくり'/><category term='カウチサーファー'/><category term='コートジボワールの生活'/><category term='食べ物＆飲み物'/><category term='アフリカの本当の問題'/><category term='スピリチュアルなアフリカ'/><category term='旅　タンザニア'/><category term='汚職'/><category term='ディアスポラ'/><category term='コートジボワールの社会'/><category term='コートジボワールでの仕事'/><category term='旅　ケニア'/><category term='こんな人から影響を受けています'/><category term='アジア'/><category term='エンターテイメント'/><category term='ウガンダの社会'/><category term='旅　スーダン'/><title type='text'>ナツノのアフリカ留学</title><subtitle type='html'>ウガンダ留学からアフリカ大陸縦断の旅を経て、コートジボワールでバイト（？）をしていた、「体は日本にあっても、心は常にアフリカにあるぜ！！」な普通の女子大生のブログです。色々あるけど、魂を揺さぶられるTIA(This is Africa)な毎日は悪くないかも～！！アフリカ大陸は、最高の先生であり、最高の遊び場です♪</subtitle><link rel='http://schemas.google.com/g/2005#feed' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/posts/default'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default?max-results=100'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/'/><link rel='hub' href='http://pubsubhubbub.appspot.com/'/><link rel='next' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default?start-index=101&amp;max-results=100'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><generator version='7.00' uri='http://www.blogger.com'>Blogger</generator><openSearch:totalResults>103</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>100</openSearch:itemsPerPage><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-8572372835393993655</id><published>2010-12-24T16:53:00.005+09:00</published><updated>2010-12-24T17:28:37.157+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ぼやき'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日本'/><title type='text'>最近の私</title><content type='html'>&lt;span style="color:#009900;"&gt;みなさま、もうすっかりご無沙汰しております。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本当に、物を書くのはすきなのですが、なかなか書く気になれずに早５ヶ月！もう師走も末の末ですね。早い早い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は今、カナダに来ております。７月に卒論を仕上げ、卒論を書いている最中の午前３時にケータイを醤油の中に落とすという悲劇を乗り越えながらも、そこからは、こんな旅路を歩んでいました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;７月後半から８月前半；オーストラリア（高校生の英語研修の引率） 。高校時代に留学した、忘れられない第二の故郷オーストラリア。本当はボリビアに留学したかったなんてことはナイショですが、とにかくその第二の故郷に戻れましたよ６年ぶりに！！友達が数名、わざわざ飛行機で数時間かけて、私の働いていたシドニーに来てくれたのはうれしかったなぁ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;８月；　ヒッチハイクで東京から徳島へフランス人やイタリア人と出かけ、野宿をしながら阿波踊りに参加し、お遍路さんをやっている最中に具合が悪くなる。生まれて初めての手術を経験し、入院し、同室だった徳島のおばあちゃんたちの孫的な存在になる（笑）。退院後、諸事情により徳島から栃木の実家までハローキティのスリッパで帰るものの、一週間しないで中国へ船で出かける。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;９月；上海と貴州省で過ごす。上海で、中国語を操るコロンビア人の友達に再会し、また、前にも登場した、パリ在住のコートジボワール人のイザベラにも再会する。彼女はバカンスで中国に来てたんだよね。その後は、ミャオ族の村で農作業をしながら、普通じゃない経験が続く。６月に東京の私の家にとまりに来たメキシコ人のカウチサーファーたちとも村にて再会（笑）＆一緒に農作業の日々。そして、しまいには大学の卒業式を逃す。(別に、式典なんてどうでもいいけど。でも、まだ卒業証書を大学にとりに行ってないな、そういえば・・・）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;９月末から１０月前半；北朝鮮旅行　(長年の夢をかなえました） ！！！！！！！！間違いなく今まで出一番思い出に残る旅の一つ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;１０月中旬から１１月初旬；カナダ　(中学生の英語研修の引率）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;１１月初旬から１２月中旬；ヨーロッパ。別に遊ぶために行ったわけじゃないよ。特に旅行したかったわけでもないので。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;１２月中旬から１２月末；カナダ。（高校生の英語研修の引率）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに２０１０年、１月から３月中旬まではコートジボワールにいたね。んで少しパリに行って、すぐにアメリカに仕事でいてきました。４月から７月までは大学を卒業するために東京にいたけれど、東京にいる間にもとんでもない非日常的な日常生活を送っていました(フェラーリのスーパー金持ちスイス人の案内したりね）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あまりにも摩訶不思議な体験だらけ(特に北朝鮮旅行）だったので、ちゃんとそれも文章にして皆様に読んでいただけたら、と思います。でも、書く気になればいいんだけど(笑）。アフリカの話もまだまだたくさんたくさんたーーーーーーくさんあるのに書いてないしね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次の人生のステップをどうするかで今ちょいと悩み中ですが、ちゃっちゃか決めたいです。とにかく色々プランは考えてるので。。。とにかくアフリカから離れすぎない道を選んで生きたいですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;やっぱり私は、なんだかんだでアフリカにかなりかなり魅せられてるんだなと思う今日この頃。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アフリカのことを考えただけで、パッションがグツグツしてきちゃうの。うふふ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と言うわけで。皆様もよいお年を！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私の来年の目標は・・・なんて、ブログに書くと、ちゃんと気合が入りそうなので、あえて書きます(笑）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;１．言語　(アラビア語とスワヒリ語を何とかしたい＆ポルトガル語をペラペラに近い状態にしたい）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;２．運転免許（はい、まだ持ってないんです。コートジボワールで教習所通ったのにね）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;３．次のチャンスをつかめるように、世界のどこに落ち着くかは分からないけどとにかく一か所にとどまって、実社会でもっと学びたい（でも、ある程度のヒッピー精神は忘れずにね）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;４．大学院にいつでもいけるように、ＤＡＬＦとＧＲＥの勉強ちゃんとする&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;５．ブログがんばる。書きたいストーリーをとにかく全部書く&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;６．素敵な人に出会い続ける（思えば、私は何に長けているわけでも特にはないけれど、人と出会うことに関しては天才ですと自分でも思います。周りの人みんなに感謝！！！）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;がんばりまーーーーーす！！！！&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-8572372835393993655?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/8572372835393993655/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=8572372835393993655' title='1 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/8572372835393993655'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/8572372835393993655'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/12/blog-post.html' title='最近の私'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-6179939394456559089</id><published>2010-07-04T21:14:00.006+09:00</published><updated>2010-12-24T18:01:48.764+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ウガンダの大学'/><title type='text'>マケレレ大学vsナツノの大バトル　第一ラウンド～科目登録編～③</title><content type='html'>&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;日本では、オンラインで五分もあれば終了する科目登録。どうしてこれが、三か月の長期戦になってしまうのか―悲しすぎるわTIA。時間を返しやがれ、この野郎！！と罵倒したい気持ちになっても、ここではそんな言葉は何の意味も持たないのだ。「時間がもったいない」「効率よく」この言葉の本当の意味を理解しているウガンダ人は、全国民の二パーセントにも満たないと言い切っても過言ではないだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;科目登録の&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/07/vs.html"&gt;第一話&lt;/a&gt;と&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/07/vs_01.html"&gt;第二話&lt;/a&gt;はこちらでチェケラ♪今回はその続き。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「とんでもないところに来ちゃった・・・」と、若干後悔をしながらももう後の祭り。アフリカ留学がしたくて、受験も乗り切ったのではないか、自分！！と、自分自身に気合を入れて、私とマケレレの闘いは続いていった。ここまで来てしまったからには、なにがなんでもきちんと登録を済ませ、単位をぶんどってやらないと日本には帰れない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;科目登録をするためだけが目的という、悲しいのかギャグなのかなんなのかがよく分からない状態の「マケレレvsナツノのバトル」の前半戦は、現地の事情に疎かった私には思わぬ苦戦に満ちたものであった。これが原因ですっかりアンチウガンダ主義者になってしまった私であるが、それでも「こんなバカな奴らに敗北なんて、大和撫子として受け入れられないわ！！」をスローガンになんとか生きていた。留学生の面倒を見なければならないはずのマーサは、「科目登録のためにやること＆会う人＆行くべきオフィスリスト」なるものを突き付けただけでその後は見放すし（まぁ、このリストをくれただけでも、ウガンダ人的には百点満点以上の◎だけどね）、どんなにこちらがSOSを求めても、泣きそうな顔で懇願しても、「あなたのことはいつでも助けるわ」の空しい一言を繰り返すだけで何もせず。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ってか、ウガンダで権力者なしで物事を進めるのが無理なことぐらい、あなたもわかってるんでしょうが。だったらリアルに助けてよ。私にはあなたの権力と地位が必要なの！！！！！登録させて！！！！！そもそも、なんでノルウェー人軍団には科目登録の担当者がついてるのに私にはなにもないのよ（怒）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なーんてことは言いませんでしたが。口に出したら即アウトだから言えないよね。マーサまで敵に回したら、もうマケレレでの生活は完全にアウトだから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼女は相変わらず、自分の部屋で呑気に、油でギトギトの東アフリカ版チャパティーをお供に、紅茶をダラダラと飲むだけの毎日であった。ちなみに、東アフリカのチャパティーと本場インドのチャパティーは、もはや別の食べ物です。あれを未だに「チャパティー」と呼んでいる時点で、東アフリカ人はインド人に土下座するべきだと私は個人的には思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところが、ウガンダ到着から約二カ月がたった十月中旬のある日、それまで私を奮い立たせてきたモチベーションのようなものが突然プツッと切れてしまった。この頃までにはすでに、「留学生の君でも、授業料を納めないと科目登録できないよーん」などという無責任＆適当発言をし、人のことを困らせたがっていた役人とのバトルは収拾がつきつつあった。しかし、科目登録の完了を待たずに、その五週間も前からすでに毎週毎回真面目に授業に出席していたいくつかの授業について、イチャモンが再びつけられたのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まったく。今思い出してもウザいの一言だわ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;既述したが、最初にもらった大学の規則書には、次の内容が明記されている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「学生は、二つの学部(Faculty)に限ってのみ、授業を自由にとることができる。しかし、自分の所属学部以外の学部からは二授業を限度とし、また、自分の所属学部の必修科目はとらなければいけない。（中略）しかし、交換留学生にはこの『必修科目』のルールは当てはまらない。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は社会科学部（Faculty of Social Sciences）に属していたのだが、このルールにのっとって考えると、もう一つ別の学部(Faculty)から、二つも授業を選べることになるよね。色々調べてみると、人文科学部（Faculty of Arts）には様々な学科(Department)があり、中にはダンスや語学も学べるところがあるというではないか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;よって私は、アフリカ伝統舞踊とスワヒリ語の授業を、人文科学部傘下の言語学科と表現芸術学科から取ることにした。マーサに何度も聞いたところ、「これは大学のルールに反していないわ」の太鼓判を押されたからだ。あの時のマーサは、珍しく、確信したような表情をしていたため、これは信用してもいいのかな・・・と思わせてくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところがどっこい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;科目登録もクライマックスを迎えた十月中旬に事件は起きた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あとはダンスと言語の科目を登録すれば完全に科目登録は終了→ついに夢にまで見た学生証が発行される→図書館がようやく使えるようになる」というとき、いつものように私は、人文科学部のお偉いさん数名のサインをもらうために必死になってキャンパス中を走り回っていた。一人のお偉いさんのサインをゲットするために、最低三日は見ておいたほうがいい（つかまえるのが大変＆説明してもサインにまでこぎつけるのに一苦労だからだよ）。しかしこの頃にもなると、それにもすっかり慣れてしまっていたから、人間の適応能力というのは恐ろしいものである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マケレレのキャンパスには、田中真紀子さんの真似をして、私が密かに「伏魔殿」と呼んでいた大学の事務機関が集まった建物がある。忘れもしない、その建物の四階に、広々とした豪華なオフィスをもったasshole（ケツの穴）野郎にサインを求めに行った私であった。ところがコイツ、二回もアポイントをすっぽかした揚句、三度目の正直で私にこんな残酷な言葉を放ちやがった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「君のダンスの実技の授業だけどね、これは、実技だけだと単位にならないんだよ。ハッハッハ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ハッハッハじゃねーよ、セボ！！！もう私、二カ月近くもこのダンスの実技の授業に出席し続けているんですけど。木曜日の午後は、三時間も汗だくになりながらアフリカンダンスを踊ってるんですけど。あまりにも授業が幼稚園のお遊戯会のような感じであったため、さすがのマケレレでもこんなので本当に単位になるものかと不安になって、何度も先生クラスメートに「これだけで本当に単位と成績が来るの？」と質問しまくったんですけど。みんながみんな、先生までもが「うーん、大丈夫じゃないかな」と言ってくれてたんですけど（←このあいまい表現の時点で、私の方が気付くべきでした）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どうして今まで誰も教えてくれなかったの～～～マジでFだよFFFFF。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この瞬間を境に、今までの気合はどこへやら。私は、完全に科目登録に対する闘志を失ってしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;伏魔殿と表現芸術学科の建物は隣同士であったため、私はこのセボに、「頼みから一緒についてきて、事実関係を一緒に確認してください。私にはもうこんなことはできません、もう限界です。」と何度も懇願したが、「私はね、忙しいんだよ」と言いながら、彼はケーキを食べ続けていた。そんな彼の後ろには、Time is money（時は金なり）の標語カレンダーのようなものが掲げられていたから恨めしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;時が金なら、マケレレはとんでもない泥棒野郎だ。損害賠償訴訟でも起こしてやりたいくらいだわ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しまいに私は、自己統制力を完全に失ってしまい、気が付いたら力任せでこのデデデンと大きな図体をしたセボを引きづり出そうとしていた。「お願いします。百歩も歩かないで、芸術科の建物に入れるんですよ。お願いですから一緒に来て。あなたが一緒に来ないと、私ひとりでは権力が弱すぎて何もできないんです。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;結局このときは、怖い出で立ちの秘書のニャボにつまみ出されてしまった。悔しい、悔しすぎる。でももう本当に無理・・・単位をくれーーーーーー。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;普通だったら、単位が少しくらい来なくても痛くもかゆくもないのだが、私には、どうしても単位を取らなければならない事情があった。私の日本の大学には、３年半で卒業できるというおいしすぎる制度があり、入学時からこれを狙っていた私は、いい成績をキープするために、そこそこ頑張っていたのだ。ここで単位を取らないと、早期卒業計画が狂ってしまう―そんな状態であったから、もう必死だった。今にして思うと、TIAな環境にいるくせに将来設計云々と言っていた自分がバカだったんだけどね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、語学の授業登録にも苦労していた。ここでもまた、私の登録を受け付けられないというフザけたことを言われていたのであった。それも、担当の先生に！！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんなこと言われても、私が最初からちゃんと授業に出ていたことを一番よく見ていたのは、ほかでもない、この先生のはずなんですけど。何が起きているんだマケレレ。人間不信に陥りそうになった。というか、当時の私は部分的に陥っていたと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この先生からこの話を告げられた時、激情にかられた私は、彼のオフィスの机をバーンとたたき、「あなたたちはバカ？脳みそある？心がある？こんなんだから、アフリカはいつまでたってもダメダメなのよ！！！」とののしりの言葉を吐いてしまった。これは、完全に私に非があると今でも反省している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;年上の人、とくに、医者と先生を尊敬する社会において、このような態度に出たのは明らかに間違いであったし、感情をストレートに出して怒ることをなによりも忌み嫌うウガンダでは、これは文化的にアウトだった。そして何よりも、「アフリカはいつまでもダメダメ」の部分は本当に良くなかった。なんだいこの究極の上から目線。自分は今まで、このように考える人にだけはなりたくないとずっと思っていたはずなのに。自分の未熟さに恥ずかしさすら覚える。今後は、どんなにストレスが極限にまで達していようと、絶対に傷つくような発言や自己中心的な発言は絶対にしないと決めている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このときは、先生もブチ切れた。当り前である。二人の警備員が呼ばれ、私は両腕をつかまれて、強制連行された。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先生と最悪の関係になってしまったときに助けてくれたのが、言語学科の学科長であった。彼は日本を非常に尊敬している人で、あんなに失礼な騒動を起こした私に、叱りもせずに「日本人は我々の親友だから」と、優しく接してくれた。この時点で涙ボロボロである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼はまず、このマケレレのカオスについて謝罪した後、マケレレで物事をうまく進ませるにはどうしたらいいのかについて、約一時間ほどのレクチャーをしてくれた。内容は、「我慢」「忍耐」「役人をヨイショする」などといったものであったが、このような権威のある人にハッキリと「暗黙の了解ルール」について言及され、逆にすっきりとした気分になった。同時に、ウガンダに来て初めて、ずっと抱えていたフラストレーションについて話し合える人に巡り合えたことが嬉しくて仕方なかった。また、こうしたイライラについて誰かと話をすることで、初めて、イライラの原因を解明する心の余裕が生まれた。先生と仲直りをする際にも、彼が間に入ってくれたおかげでスムーズなコミュニケーションをとることができた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マケレレ砂漠のオアシス的存在のこの先生は、人間として素晴らしい方だ。この事件の後も、私は彼から多くを学んだ。 &lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-6179939394456559089?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/6179939394456559089/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=6179939394456559089' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/6179939394456559089'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/6179939394456559089'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/07/vs_04.html' title='マケレレ大学vsナツノの大バトル　第一ラウンド～科目登録編～③'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-5032435325216644240</id><published>2010-07-03T10:59:00.006+09:00</published><updated>2010-07-03T11:18:45.609+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='お知らせ'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='カウチサーファー'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日本'/><title type='text'>友達の個展のお知らせ　（＆どうでもいい話）</title><content type='html'>&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#ff9900;"&gt;二年前に、私の家に一週間ほど泊まりに来たカウチサーファーであるスイス人写真アーティストのセドリックが、今、凱旋来日を果たし、青山で個展を開いています！！！&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www.spiral.co.jp/e_schedule/index.html"&gt;http://www.spiral.co.jp/e_schedule/index.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#ff9900;"&gt;私は昨日行ってきたけど、すごくよかったよ。なので、みなさんも是非、チェケラしてみてくださいな。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;セドリック・・・当時のルーミーであるまゆみちゃん（現在、マレーシアにて日本語教師やってるよ）と一緒に、密かに「王子」と呼んでいたセドリック・・・。王子オーラは今でも健在です。あの絶妙な腰の低さがなんとも言えません。今日も、スーツでビシッときめているかのように見せておきながら、ばっちり靴は、ヨレヨレのスニーカーでした。それでも彼は王子オーラ１２０％です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;実は、去年の七月二日に女の子が生まれたんだって！！だから、彼の東京での初めての個展の記念すべき初日は、セドリックの赤ちゃんの一歳の誕生日でもあるんだね。おめでとう！！！一日早ければ、私の誕生日とかぶったのになぁ。。。残念。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今日は、彼の個展のオープニングリセプションパーティにも呼ばれたんだけど、食い意地の張った私とダヘ（腐れ縁の韓国人。ただいま凱旋来日中。）が、スパイラルのおしゃれなカフェのご飯にダッシュしたことは言うまでもありません。パーティで出遭ったとあるおじさんは、私の丸焦げの肌の色を見て「いつから○○大学（私の大学）は青空教室になったの？」と言いました（苦笑）。最近はかなりのインドア派なのにもかかわらず、黒さのレベルがますます上がっている私です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;リセプションパーティーといえば、忘れられない思い出が二つ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;高校生の頃に、なぜか英検主催のリセプションパーティー＠ホテルオークラに招待された田舎者のナツノさんは、オークラのオの字も知らないままノコノコと上京し、とんでもないショックを受けました。たしか、着物でバッチリときめてきた招待客もいた中で、私はジーパンで出かけて行ったような・・・KYにもほどがあるよね。そして、そこで偶然立ち話をした英国紳士が、私が在籍している大学・学部の現学部長なのです。そのときまで、この大学は絶対に手の届かない存在だと思っていたため、彼に出会っていなければ、今の私はなかったといっても過言ではありません。英検ありがとう。なのでみなさんも、英検を受けるときは合格を狙うだけでなく、リセプションパーティーに招待されるように頑張ってください！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もう一つは、大学入学してから一週間もしない四月頭のとある日のこと。もうあれから四年が経つなんて信じられませんが。なんかね、サウジアラビアの第６１だか６４だかの王子様（ひげの濃いおじちゃまでしたが。って、こんなこと書くと怒られちゃうね）が私の大学にやってきたの。んで、面白そうだったから講演会の申し込みをしたのです。ぶっちゃけ、講演の内容は全然覚えてないです。というか、通訳の選択ミスなのか何なのか知らないけど、アラビア語→日本語の同時通訳がパッパラパーで、アラビア語→英語の通訳も穴だらけだったから、講演からは何も得ませんでした。ただ印象に残っていたのは、よくテレビで見る「ザ・湾岸」的な服装のおっさんたち（赤い布を頭につけて白い服を着ている、あのスタイルです）が前二列を占領していたということ。栃木から来たばかりの十八歳には衝撃の光景でした。今じゃなんとも思わないけどね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でも、どんでん返し（？）は最後の最後にやってきました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「これから、王子主催のビュッフェパーティに、会場にいる皆さん全員をご招待します」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;え、え、え～～～？さすがオイルマネー。やるなぁサウジ、太っ腹だわ・・・。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;というわけで誘導されてみると、図書館の会議室が一流ホテルのパーティー会場に華麗に変身していましたよ。最初から知らせてくれていたら、タッパー持ってきたのに！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TC6b63U8fxI/AAAAAAAAA00/znEdQKJvjJ8/s1600/P4070014.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 240px; DISPLAY: block; HEIGHT: 320px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5489496431397732114" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TC6b63U8fxI/AAAAAAAAA00/znEdQKJvjJ8/s320/P4070014.JPG" /&gt; &lt;p align="center"&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;これが、大学の図書館の会議室ですよ。石油すげー。&lt;/span&gt; &lt;/p&gt;&lt;p align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;実は今度、今通っているアラビア語学校のイマーム（？）が、サウジからはるばる来日されるのです。この学校は、やはりサウジ系の学校。都内の一等地に立派な建物・・・なのに、授業料は実質タダという、まさに石油万歳！！な学校なのです。イマームの来日。これは大変なことになること間違いなし。リセプションの日の朝は、私は早くから料理の手伝いに行きますよん。結構楽しみ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さてさて。昨晩の青山でのリセプションで大忙しだったセドリックもようやく落ち着いたところで、私たちは飲みに行くことにした。ところがどっこい、表参道の付近をうろちょろしていたら、なんと、セドリックのスイス人の友達に偶然遭遇したの！！！彼女はバカンスで日本に旅行に来ていたらしいんだけど、こんな偶然ってあるんだねぇ。しかも、五年ぶりの再会だそうで。なんで日本に、東京に、しかも同じ瞬間に表参道のところを歩いているの？？？といった感じだけど、カウチサーファーってこんな偶然がなぜかすごく多いんです。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;p align="left"&gt;&lt;span style="color:#ff9900;"&gt;前にも少し書いたと思うのですが、ベルギーからカウチサーファーが泊まりに来たときのこと。池袋の人ごみを避けるために、普段は歩かないような細い路地を歩いていた私たちでしたが、突然そのベルギー人の彼が雄たけびを上げだしました。何事かと思いきや、次の瞬間私が目にしたのは、道端にいたインド人のおっさんと彼が抱き合っているという？？？な光景でした。しばらく自体が飲み込めないでいたけど・・・。なんでも、ベルギー人カウチサーファーが五年前にインドを旅していたときに、たまたまこのインド人のおっさんと出逢って仲良くなって、二、三日一緒にいたんだって。でもそのあとに連絡が途絶えちゃったのね。ところが五年後、二人は東京の池袋のランダムな路地で再会した・・・・こんな展開です。すごすぎる。&lt;/p&gt;&lt;p align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最近だと、こんなことがありました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊山手線でドアの近くに立っていたら、そのドアからフレンチのカウチサーファー友達が乗ってきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊人でごった返している渋谷駅でルームメイトのフランス人形ちゃんと待ち合わせをしていたんだけど、到着してみたら、カウチサーファー友達のオタクなスペイン人が彼女をナンパしてた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊二年前に私の家でご飯会をしたんだけど、その時に来たメキシコ人の子とスウェーデン人の子が、先月ロンドンで偶然再会したらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊同じく二年前には、ナイジェリアとドイツのカウチサーファーカップルがうちに来たんだけど、彼らは日本の次にオーストラリアに行ったの。それとは別で、今年の五月にはポルトガル＆中国のカウチサーファー夫婦が泊まりに来たの。このポルトガル＆中国の夫婦がオーストラリアに行った時の写真を私に見せてくれたんだけど、そこにはなんと、二年前のドイツ＆ナイジェリアのカップルが写っていて・・・。なんでも、偶然どこかのホステルで一緒になって、そのまま意気投合したから一緒に車を借りて旅したんだって。すごい確率！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊私が南アで出会ったアメリカ人のカウチサーファーと、同じくケニアで出会ったエチオピア人のカウチサーファーが、先日グアテマラで出会ったらしい。これもまたすごい確率！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;カウチサーファーと日常を共に過ごしていると、毎日が非日常的になります。でも、その非日常がいつの間にか日常になってしまっているから素敵です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いつものことだけど、セドリックの個展の宣伝をしようと思ったのに、ずいぶん関係のないところまで話が飛びまして。申し訳ありません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;というわけで、結論は・・・みなさん、個展に行ってね！！ということでした。 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-5032435325216644240?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/5032435325216644240/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=5032435325216644240' title='2 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/5032435325216644240'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/5032435325216644240'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/07/blog-post.html' title='友達の個展のお知らせ　（＆どうでもいい話）'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TC6b63U8fxI/AAAAAAAAA00/znEdQKJvjJ8/s72-c/P4070014.JPG' height='72' width='72'/><thr:total>2</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-6625666252526494110</id><published>2010-07-01T07:38:00.000+09:00</published><updated>2010-07-01T07:39:23.679+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ウガンダの大学'/><title type='text'>マケレレ大学vsナツノの大バトル　第一ラウンド～科目登録編～②</title><content type='html'>&lt;span style="color:#339999;"&gt;ようやく時間割表をゲットした新米日本人留学生のナツノさんを次に待ち構えていたのは、フカフカの椅子に座り、できない秘書を何人も使い、無駄に仕事を複雑化し、自分の地位をただ単に見せつけたいだけの、どうしようもない時間泥棒たちであった。これね、本当に、彼らを殴らなかった私は偉かったと思うよ（笑）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;時間割をもとにして、どの科目を登録するのかをついに決めることができた。授業以外の時間も有効活用したかったため、留学生活全体のイメージを湧かせることができて少しホッとした。受講する授業を決めたからには、すぐに登録しなくてちゃ！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;留学生担当のマーサには、科目登録に必要な書類一式をもらった。どこの部屋で働いている○○さんに会って、△△の手続きをして、それから●●さんに会って、▲▲をして・・・という膨大な情報のリストも一緒に。この時私は察した。ウガンダ人の名前を覚えるのは、不可能に近いのだということを・・・。ンゴニャベさんだのモゴドンバさんだの、日本人の名前すら覚えられないような私には、ウガンダ人の名前は難しすぎる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さてさて、マケレレ大学の規則集なる本に明記されていた、「交換留学生は、二つのDepartmentにまたがる授業を自由に取ることができる」という情報をすっかり信用し、意気揚揚であった私だが、ここでもう一つ、TIAのワナで知らなかったことがあった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それは、書かれたルールはあくまでも飾りであり、実際には力がほとんどないということであった。言い方を変えれば、実際に現場で働いている権力者の性格と気分、それから、その権力者と自分との相性によって、全てが変わってしまうのがTIA流なのである。この暗黙の掟を理解するために、頭の固かった私は半年以上も費やすことになる。毎回毎回イライラし、ヒステリーを起こし、「こんなクソみたいなところ、出てってやる！！」と反抗期の中学生のような状態になり、何度か本当に泣いてしまい、打ちのめされて（大袈裟じゃないよ。本当に打ちのめされたんだよ。）、ようやくこの鉄則を学んだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そもそも論として、大学の役人たちが大学の組織構造を正しく理解していないのである。というか、大学の規則に対する理解でさえ個人の裁量に任せるところの大きな「ザ・無法地帯」マケレレ大学では、正しい情報もへったくれもない。だから、たとえそれが公式には「間違っている」情報やルールだとしても、それが大多数の役人に同じような解釈と理解が得られていれば、つまり、少なくとも「暗黙の掟」なるものがまとまってくれていてば、まだ助かるのだが・・・。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;困ったことに、それぞれの役人が、自分に都合のいいようにルールを解釈してしまっているせいで、全体が大混乱に陥っているのである。もう誰の手にも負えない状態というのは、まさにあの状態のことを言うのだろう。ただでさえこんがらがっているところに、ウガンダの社会に関する知識もバックグラウンドもないような外国人が入っていくのは、結構しんどい。正しい情報なるものが存在しない上に、十人にアドバイスを求めれば、十通りの答えが返ってくるからだ。しかもしかも、アドバイスを手に入れるためにもTIAな時間感覚だから、とんでもない時間が必要となってくる。効率性などという言葉は彼らの辞書には存在しないため、とにかく忍耐あるのみだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いざ科目登録を始めようと思ったときに、会う役人会う役人が、それぞれ違った「Faculty」と「Department」の理解をしていることに私は気づいた。Facultyの傘下にDepartmentがあると言い張る人もいれば、その逆であると思い込んでいる人もいる。そこにさらにInstituteなるものまで存在するから、余計に話はややこしくなる。マケレレ大学規則集には、Departmentの下にFacultyとInstituteがあるって書いてあるんだけどね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アドミッション・オフィス、アカデミック・オフィス、登録課、学生課・・・これらの「オフィス」と称する場所には、たいてい意地悪で太ったおじさんかおばさんが１人と、彼らの秘書が二、三人いる。学部・学科レベルでもそう。学部長、学科長、学部コーディネーター、学科コーディネーター。それぞれが、キャンパス中に分散されたオフィスでそれぞれ気ままに仕事をしている。理論上は内線電話やインターネットで彼らはつながっているのだが、そんなの機能しているワケがない。実際に、私がマケレレにいる間には、誰かが電話代のためにあった予算を着服してしまったために料金が払えなくて、二ヶ月間、内戦を含む電話とインターネットがキャンパスから消えてしまったから・・・TIAだ、やっぱり。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　科目登録の際に私が一番苦労したのは、授業料に関することと、留学生の科目登録に関することであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本来なら、私が日本で在学している大学とマケレレ大学との間には契約書が交わされており、交換留学生はマケレレでの授業料を払わなくてもいいことになっている。しかし、私がこの交換留学プログラムの第一号（別称：「お試し」または「餌食」）であったがために、降りかかってきた災難は尋常ではなかった。契約を交わした張本人であるマーサは、きっぱりと「あなたは授業料を払う必要はないわ」と初めから言ってくれていたが、この交換プログラムについて知っているのが彼女だけという状態であったために、会う役人会う役人には「授業料を払ったという証明書がない限り、君は授業の登録をすることはできないよ」と言われ続けた。「でも、私の場合は払わなくてもいいんですよ」と言っても、馬の耳に念仏（ウガンダ人の耳に正論？笑）で、まともに立ち会ってもらえない。間違っているのが彼らであることを示す必要があるのだが、プライドの高いTIAな役人相手にそれはなかなか簡単なことではない。まぁ、彼らにとっては自分たちが常に正しいわけだから、仕方がないことと言ってしまえばそこまでなのだが。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;授業登録に関してもそうである。そもそも、正規のマケレレの学生と留学生の間には、授業登録に関して違ったルールが適用されるということ自体、役人の間では全く知られていなかった。だから、どんなにマーサに「大丈夫よ」と太鼓判を押されても、手続きはかなり難航した。みんながみんな、「そんなルールは存在しない」と言うわけだからね。しまいには、本当のことを言っているのがマーサなのか奴らなのかが本当に分からなくなる。ここで重要なこととは「本当のこと」ではないことも学んだ。重要なのは、「誰が話しているルールが、実際に機能しているルールなのか」というところであるからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この無知でアホな役人どもを相手に、これまたおバカだった当初の私は、真面目に取り合ってしまった。彼らのプライドを傷つけないようにヨイショの一つや二つでもしてあげればよかったのに、そんな悔しい真似は死んでもしたくなかった。だから、真正面から正論を振りかざし、その度に失敗した。悔しかったよ。「日本や欧米のように、社会がルールに従って成り立っているのって、実は本当は奇跡に近いくらいすごいことなんだな」と、マケレレに到着して数週間で気が付いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マケレレでさらに厄介なことには、オフィスで仕事をする人の大多数が、柔軟性と責任感に欠けていることである。私は科目登録中、数え切れないほどの『オフィスたらい回しの旅』に出かけ、様々な人に出会ったが、使える人はほんの一握りだった。そんなこと言うと生意気と思われるかもしれないけど、事実なのだから仕方がない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;臨機応変という言葉は、ウガンダには存在しない。理由は簡単だ。頭を使って考えながら働いている人がほぼ皆無で、マニュアルに書かれていないケースが勃発すると、みんなお手上げ状態になってしまうから。また、本当は解決策を知っているのに、単純に面倒くさいから誰も何もやろうとしない。ルールを都合のいいように利用している面々も、もしも自分の勝手な判断のせいで何かあったときにはいつでも責任転嫁ができるように、たいていは他人任せにしてしまう。要は、みんな結局、組織という大きな存在を前にすると、普段はやりたい放題やっている、自分の勝手なるルールに自信が持てなくなるんだよね。よって、何かあるとすぐに「その件なら、まずは○○さんに許可をとってからにして」「それは、私の管轄下じゃないから」「○○さんのサインはもらったのかい？」とふっかけてきて、オフィスのたらいまわしが始まる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;責任追及を免れたいあたりが日本のことなかれ主義と似ているけど、日本人はまだ、相手に思いやりを持って接することができるからいい。マケレレの人を前にすると、本当に、お腹の底で激辛キムチ鍋をグツグツやっている気分になる。そして、いくら授業のためとはいえ、こんな馬鹿相手にいったい自分は何をしているのだろうかという虚無感に襲われる。今じゃ笑える話だけど、当時はすごく辛かった。助けてくれる人もいなかったし、このイライラを理解してくれる人もいなかったから、一人でどんどん底なし沼であがいている感覚（経験ないけど）になった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;オフィスのたらい回しなら日本にもあるけど、ウガンダのそれと比べたら、日本のそれを「たらい回し」と呼ぶのが申し訳なくなる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まず、オフィスが見つからない。キャンパス内の移動も、タクシーやボダボダを利用する学生がいるくらい大きな大学構内。そこにオフィスが分散している。やっと教わった通りのお目当ての建物にたどり着いたと思ったら、「ここじゃないよ」とだけ言われて追い返される。誰も、どこに何があるのかを把握していないのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかも、お目当ての役人がいつでもオフィスにいるなどと思ってはいけない。そうやらアフリカでは（っていうか、日本でも同じか・・・）、彼らのような偉い人は無駄に多くの「会議」をするのがお好きらしく、なにかにつけてオフィスを留守にする。お茶や昼食のために、２時間消えてしまうことも珍しくない。日本なら、きちんと代わりの人が対応してくれるのだが、代わりの人が業務内容を理解していないのだから、本人がいない場合は出直すしかない。また、金曜日の午後はほとんど当てにならない。お昼を食べてからオフィスで少し仕事をしているフリをしたら、みんなさっさと仕事を切り上げて、みんなとっとと帰ってしまうからだ。アポイントメントという文化はそもそも存在しないので、トライするだけ無駄だ。すっぽかされても文句すら言えない。ここでは、アポイントを破る人ではなく、とろうとした人が馬鹿なのだから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一番確実なのは、朝一で彼らに会いに行くことだ。しかし、出勤時刻も自分の気分次第で変えてしまう彼らである。一般のウガンダ社会では、八時か八時半には仕事を開始して、一時から二時までの間を昼休みとし、五時十分前になったらさっさと仕事をやめてダラダラとおしゃべりをし、そして帰宅するのが通常である。しかし、先述したように、個人単位のオフィスが広いキャンパスに分散しているマケレレ大学では、オフィサーが気分の赴くままにやりたい放題やっているため、それぞれのオフィスでは就業時間に関しては無法地帯となっている。惨事になったらもう帰宅してしまっているという役人もいる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;雨の日はたいてい十時近くにならないとやって来ないものだが、気まぐれな彼らがいつやってくるのかなど分かったものではないから、公式な出勤時間である八時半からずっと待ち構えていなければならない。普段はアフリカンタイムも計算に入れて約束の場所に行くことがとても大切だが、役人の場合、最初からアフリカンタイムを計算して遅く行ってはダメなのだ。例えば、いつも十時にならないとやってこないAさんのオフィスに十時ぴったりに到着したとしよう。すると、その人の秘書に「Aさんは会議に出発するために９時半にここを出たよ。ダメじゃない、ちゃんと時間通りに早く来ないと（←お前がそれを言える立場なのかと怒鳴りたくなるけどね）。明日の朝、もしかしたらAさんに会えるかもね。とにかく出直しなさい」と言われてしまうことがよくある。所詮そんな会議なんて、やるだけ無駄なのだろうけど・・・なーんて思ってても口に出したら即アウトなので、大人しく黙っているしかない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ａさんが何時になったらオフィスに来るのかを秘書に聞いて、その時間に自分も戻ってくればいいじゃないか。ところが、秘書という仕事はただのパーソナルお茶出し係である場合が多いため、自分の上司の予定をなにも把握していないんだな。普通なら、秘書にことづけを頼めば万事は上手くいくはずであるし、それが秘書という職業のハズなんだけど。彼女たちはそんな面倒なことは断固拒否する。今思い出してもイライラするわ・・・あの愛想の悪くてレイジーで使えないビッチな秘書たち！！そして、不親切な態度でこう言うのがオチだ。「明日の朝戻ってきたら？そしたら多分会えるんじゃない？それか、別のオフィスに行ってよ。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どんなに上の立場の人と直接会って話をつけても、その人の公式な署名入りの手紙がなければ、他のオフィスに行っても信用してもらえない。「君はそう言うけどねぇ、私は○○から直接それを聞いたわけではないから・・・手紙はあるのかい？」もうお分かりいただいてると思うが、この“手紙”を手に入れるのが一番面倒な過程なのである。そして、手紙の形式に少しでも間違いがあると、受け取ってすらもらえない。また、言われた通りの書類とサインを揃えて出陣しても、態度をコロコロと変えやがる奴らは言いたい放題だ。「○○が足りないよ。出直してきな。」あんたね、さっきあんたに言われた通りの書類を持ってきたでしょうが！！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本当はそんな書類は必要ないのだが、ただ単に意地悪で言っているだけなのだ。または、面倒くさいことにはタッチしたくないため、頑張って引き受けないような手をあれこれ考えているとかね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「お前は背中にバッテリーを何本隠し持ってるんだ？」と、よく日本にいた頃に冗談で友達に聞かれていたほどの私であったし、実際にバイタリティーはかなり高いほうだとは自負している。しかし、ウガンダでの最初の１０週間は、日に日に心がやせ細っていくのが実感できた。体が細くなったわけではないのが残念だ。 &lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-6625666252526494110?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/6625666252526494110/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=6625666252526494110' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/6625666252526494110'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/6625666252526494110'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/07/vs_01.html' title='マケレレ大学vsナツノの大バトル　第一ラウンド～科目登録編～②'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-7798274283616346955</id><published>2010-07-01T04:17:00.003+09:00</published><updated>2010-07-01T04:43:06.022+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ウガンダの大学'/><title type='text'>マケレレ大学vsナツノの大バトル　第一ラウンド～科目登録編～①</title><content type='html'>&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;科目登録がようやく終わったのが、留学開始から十二週目のことだ。期末試験の二週間前に科目登録が完了・・・って、オイオイ、なんだいそりゃ。しかし、時間と忍耐と膨大なエネルギーの末にようやく手に入れた学生証を手にしたときは、涙が出そうになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マケレレの管理のずさんさと組織構造の非効率性は、誰もが認識している。だけど、ここまでヒドイとはねぇ。初めてのアフリカ滞在十四ヶ月の間、何が一番つらかったかと聞かれたら、二回のマラリアでも意味のない勉強でも終わりのないバカな役人とのバトルでもなく、迷わず「マケレレのカオス」と答えるだろう。マケレレ大学の組織構造は、もうhopelessとしか言いようがないと留学中は思っていたものだ。今となっては、これがTIA組織構造だから仕方がないと諦められるんだけどね。いやいや、自分で言うのもなんだけど、私も成長したものだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そもそもの災難は、留学開始の約半年前の時点で既に始まっていた。留学手続きのために、大学の留学センターの担当者であるIさんから、至急日本の大学に願書を送るようにとのメールが春休み中に来たのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そのとき私はちょうどフランスにいた。当時は&lt;a href="http://couchsurfing.com/"&gt;カウチサーフィング&lt;/a&gt;など知らなかったので、ネットを使うためにわざわざ高いお金を払ってインターネットカフェに来なければならなかった。しかも、１ユーロが約１７０円のご時世である。それでも、泣く泣く大金を払ってネットカフェに引きこもり、マケレレ大学に提出するための願書作成に勤しむことにした。夢だったアフリカ留学のためだから、この痛い出費は避けられない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;願書には、希望学部と希望科目を表記する欄が４つあったのだが、いきなりそんなものを選べといわれても困る。とりあえずマケレレ大学のウェブサイトを見てみたが、このホームページは内容がぐちゃぐちゃで整理などまったくといっていいほどされていなかった。授業情報にたどり着くために、どうしてウェブ上なのに、早速たらいまわしにされているんだか。しかも、最新更新歴が二年前だしねぇ、マケレレのサイト。二年前の講義情報から自分が取りたい授業を選びなさいとか、話にならない。今にして思うと、これはその後に次々と起こる嵐の前兆にすぎなかった・・・。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;シラバスなんてものは存在しないため、とりあえず講義のタイトルだけで授業を選んで願書を完成させた。そして、まだ日本人の時間感覚の中で生きていた当時の私は、締め切りに間に合うようにしっかりと日本に郵送した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;後日、Iさんからまたメールがあった。「品川さん、先方の手違いで、この願書は間違いだったそうです。申し訳ありませんが、もう一度送っていただけないでしょうか。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Iさんは謝ることないのにね。それにしてもマケレレさん、郵送費とネット代と大切な時間を返してください。日本の大学生はウガンダの学生よりもお金持ちかもしれないけど、それでも私はこのためにメチャメチャ頑張ってバイトしたんだからねーだ！！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本へ帰り、大学の新学期も始まり、留学を目前に控えて相変わらずドタバタする日々が続いていた。私の学部では全員留学が原則であるため、数ヵ月後の出発を控えた新学期にもなると、留学の話題でもちきりになる。ところがどっこい、周りの友達が次々に留学先からの書類を手にしていく中で、私にだけはいつまでたっても連絡が来ない。連絡が来ないどころか、交換留学の締結を結んでいるはずの私の日本の大学とマケレレとの間で、何のコミュニケーションもない状態であるというのだ。まぁね、焦っても仕方がないし。何よりも、留学先の大学と音信不通の状態になってしまうことの重大さに気付いていなかった私は、平和に慌ただしく毎日を過ごしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;二年前の情報によると、どうやらマケレレの授業開始は八月中旬であるらしかった。ところが、七月に入っても何の連絡もないではないか。タダでさえ心労が絶えないIさんは更にナーバスになり、会うたびに「マケレレにはメールを何度もしてるんですけれど・・・返事が・・・。電話もしているんですけどね。どうして出てくれないんだろう・・・」と、とりわけ変化のないTIAな状況を泣きそうな顔で報告してくれた。Iさんのせいじゃないのに、なんだかかわいそう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しつこいくらいに書くが、当時の私はまだまだ日本の時間感覚の中で生きていた。つまり、「大学の授業開始日の数日前には、遅くとも現地に到着していなければならない」という「常識」が、私を支配し続けていたのである。（ちなみにその一ヶ月後には、この「常識」がTIAな世界では通用しないということに気付かされるのだが。）だが、肝心の授業開始日も分からなければ、入寮日などの情報もゼロである。どうしよう・・・早く飛行機をとらないと、大変なことになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本からアフリカに行く場合、ヨーロッパ経由か中東経由が一般的なのだが、値段は中東周りの方が断然安い。というか、ヨーロッパ周りは、学生に手の届く値段ではないので最初から選択肢にはなかった。中東経由の航空会社のうち、カタール航空はウガンダには飛んでいないため、そうなると私が利用しなければならない航空会社は自動的にエミレーツになる。しかし、当時は日本からドバイまでは一日一便しか飛んでおらず、しかも八月のピーク時ともなると、席はすぐに埋まってしまう。ウガンダから入寮開始日などの情報が来たら予約をしようと考えていた私は、結局それを待たずに航空券を買うことに決めた。七月中旬のことだ。キャンセル待ちでようやく席を確保できたが、出発はその日から数えて二週間後になってしまった。学期末の試験や課題に追われ、東京のアパートの引き上げやら何やかんやで、渡航の準備をゆっくりとする時間もないまま、とうとう旅立ちの日はやってきてしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに私は、アフリカに到着したその日のうちに、人生初の救急車を経験してしまうという伝説（？）を作ってしまっている。（詳しくは&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2007/09/blog-post_06.html"&gt;こちら&lt;/a&gt;を参照。）これは、調子に乗って飲んでしまった私にも非はあるが、マケレレがきちんと事前に情報をくれてさえいれば、もっと計画的に予防接種だってできたのに・・・と思ってしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;留学許可書をようやく手にしたのが出発の前日であったのだから、ドタバタもいいところである。まぁいい。とりあえず間に合った。Iさんも嬉しそう。これでようやく留学できる！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ウガンダにはいつ到着すればいいのかが分からなかったため、マケレレから何かしらの連絡があるまでは、エチオピアで遊んでいることにした。結局エチオピアには二週間いたが、その間に&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2007/09/blog-post_06.html"&gt;入院&lt;/a&gt;したり、&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2007/10/blog-post_609.html"&gt;飛行機に置いていかれたり&lt;/a&gt;とTIAの洗礼を早くも浴びさせられたのであった。ようやくウガンダに到着したあとも、&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2008/10/2007817.html"&gt;最初の数日間はこの有様&lt;/a&gt;だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これからいよいよ留学生活が始まる―そう思った瞬間、マケレレ側から、再びTIAな通告があった。「あなたが選んだ授業は今学期は開講されていないから、もう一度選んで登録しなおして。」くっそー。ネットカフェ代のユーロを返しやがれ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「もう一度登録し直す。」これが、マケレレと私の戦闘開始の合図になるとは。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;科目を登録するには、まずは大学の組織図を理解する必要がある。マケレレ大学のルールが書かれた本によると、交換留学生は、二つの違ったDepartmentから好きな授業を自由に選ぶことができると明記されている。マケレレには学部（Faculty）や付属研究機関(Institutes)が二十二も存在しており、それぞれが複数の学科(Department)から成り立っている。ここまでは日本とさほど変わらないし、私がしなければならないことは、二つのDepartmentから面白そうな授業を組み合わせることのみであるから、そこまで複雑ではないはずだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本の大学では、時間割は新学期が始まる前に完成する。学生たちは長期休暇の間に授業登録を済ませ、学期の第一日目から、（授業に出席する人は）きちんと授業に出席する。ところがウガンダでは、時間割がいつまでたっても完成しない。時間割がなければ科目登録もできない。実際にこのときも、時間割を待っているだけで授業開始から三週間も経ってしまった。とはいっても、暦の上で授業開始の日から二週間の間というのは、実際には授業などない。先生も来なければ、学生もまだキャンパスに戻ってきていないからだ。学生の多くは、実家からキャンパスに戻ってくるのに必要なお金がなかなか集まらないがために、戻ってこられないという場合がほとんどだ。だから、物事が少しずつ正常な状態になり始めてから時間割が完成するまでに、一週間かかると考えるのが正解だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大学の機能が長期休暇中は完全に止まり、学期が始まっても、機能しているのは半分くらいという有様なのだから、仕方がないと言えば仕方がない。三週間の間、私は毎日のようにお目当ての二つのDepartmentにまたがる各Facultyの事務所に行っては、借金の取り立てならぬ時間割の取り立てに躍起になった。事務所といっても、アカデミックコーディネーターと呼ばれている、実際にはコーディネートも何もしていない人々の個人オフィスに毎日顔を出しているだけだったんだけどね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あまりにも私がしつこいものだから、途中から「ああ、またこの子か」と言わんばかりの顔をされるようになってしまった。どうして彼女は、時間割ができていないくらいでこんなにヒステリーを起こしているのだろう。できていないものはできていないのに。あと一カ月も経てばどうせ完成するのに、何が一体問題だと言うのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はというと、埒の明かない状態に対して毎日のようにがっかりし、とんでもない場所に来てしまったことを実感させられた。だがもう遅い。ウガンダに来てしまった以上、最後まで何が何でも残らなければならないのだから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この時、肩書ばかりで実際には何もしていない留学課のマーサには、「科目登録が終わっていなくても、授業に行かなきゃダメよ」と言われ続けていた。何言ってるんだこのおばさん。授業に登録していないのに、どうやって出席しろという話なんだ。まだまだ固い私の頭の中では、「科目登録→授業開始」という絶対的な順番があり、登録を済ませていないのに、実際に単位を取るかどうかも分からないような授業にとりあえず出続けるというのは非常にナンセンスに思えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ウガンダの非効率さにイライラし始めたのはこの頃だ。あれから三年弱が経ち、大抵のことは「TIAだししょうがないよね～」と笑い飛ばせるようになった今の私でも、マケレレの組織の非効率さにはうんざりしてしまうだろう。ところが、当時の私の周りには、ウガンダでのサバイバル術を相談できる人もいなければ、私のイライラを理解してくれるような人や値観を共有できる人もいなかったために、あれよあれよの間にイライラが溜まってしまった。「郷に入れば郷に従え」の本当の意味を理解していなかったために、日本から持ってきた尺度をそのまま使っていたんだね。そりゃ、イライラも溜まるはずである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これからアフリカ留学を考えている人へ私がアドバイスできることがあるとしたら、今までのすべてを忘れなさいということしか言えない。リアルな話、あの大陸ではジタバタもがいても溺れてしまうだけだ。疲れてしまうし、現地社会に対して極端に批判的になるし、物事は進まないし、いいことなど本当に何もない。それよりも、ここは思い切って今までの「常識」すべてを捨てて赤ちゃんのような状態になり、throw yourself in the environment（環境に身を投じる）しかないのだ。時間はかかっても、最終的に裏切られるようなどんでん返しが待ち構えていても、これらすべてがTIAな経験であり、留学で学ぶべき事柄なのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私とマケレレのバトル・第一ラウンド～科目登録～は、まだまだ続く・・・・。 &lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-7798274283616346955?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/7798274283616346955/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=7798274283616346955' title='1 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/7798274283616346955'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/7798274283616346955'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/07/vs.html' title='マケレレ大学vsナツノの大バトル　第一ラウンド～科目登録編～①'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-2540820599694215547</id><published>2010-06-26T02:52:00.004+09:00</published><updated>2010-06-26T03:02:30.959+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='アフリカへの思いなど'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='経済＆ビジネス'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='コートジボワールでの仕事'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ウガンダの大学'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ディアスポラ'/><title type='text'>「サービスを送る」ビジネス②</title><content type='html'>&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/06/blog-post_26.html"&gt;&lt;span style="color:#993300;"&gt;このオンラインショップ&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#006600;"&gt;と同じ要領で、例えば教育費の納入も簡単に行うことができる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ウガンダにいるときにこれは目の当たりにしたことなのだが、授業料を確実に払える生徒が少ないため、かなり多くの私立学校は頭を抱えている。とりあえず授業は受けさせるけれども、授業料が確実に支払われるのかどうかが分からない。もちろん子どもたちは勉強がしたいし、公立学校の質はあまりよくないため、親としては私立に行かせたい。特にウガンダでは、私は子どもを公立学校に行かせているという親に出会ったことがない。どんなに貧しい人も、授業料の未納・滞納など紆余曲折を経ながらも、どうにかして子どもを私立に行かせようとしている。公立学校なんて、質が悪すぎて行かせるだけ無駄だと諦められているからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マケレレ大学でもそうだった。授業料を払える保証はどこにもないけれど、とりあえず授業は受けているというクラスメイトがどれだけいたことか！！お金がきちんと集まるのを待っていたら、いつまで経っても授業は受けられない。「授業料はまだ払ってないよ。でも、たぶん来週にはおじさんがお金を送ってくれることになっているから・・・大丈夫だと思う」だの「両親が、今一生懸命お金を探してくれている」だの、そんな人がかなり多かった。マケレレでは、期末試験の一週間前までに正式に科目登録を済ませれば、とりあえず成績はつけてもらえる。しかし、その科目登録をするためには、授業料の納入を済ませていないといけない。お金がないと、当然成績や単位は来ないわけだから、当然、学期の半ばも過ぎる頃には、呑気なウガンダ人も焦り始める。あんなクソ大学のインチキ学位だけど、苦学生にとっては汗と涙の結晶なのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アフリカにいる親戚や家族の子どものために教育費を払っている海外在住のディアスポラはかなり多い。しかし、ここに来て、また同じ疑問が浮かび上がってくる。ディアスポラが「教育費」の名目で送っているお金は、本当に教育のために使われているのか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこでオンラインショップと同様、私たちの会社とパートナーになっている学校に対しては、ディアスポラがオンラインで直接学費を納入できるシステムが存在する。子どもたちにとっては、お金のことを心配せずに安心して学校に行くことができる。学校にとっては、決まった期間内に確実に授業料の徴収が可能になる。そして、アフリカの外にいるディアスポラにとっては、自分たちのお金が教育に姿を変えているという保証になり、安心して送金することができる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、似たような要領で医療サービスなんかも提供することができる。医療の場合はちょっと特別だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今アフリカでは、ITを使った遠隔医療が非常に注目されている。専門医のいない農村部でも、テクノロジーさえあれば、都市部や先進国にいる医師たちの診察が直接受けられるというわけだ。もちろん、遠隔医療を実現させるためには、停電のない安定した電気の供給や、それなりに接続のいいインターネットが不可欠なのだ。また、例えばスカイプでヨーロッパにいる専門医の診断が直接受けられたとしても、村に医療器具や設備などがないのでは意味がないため、そうした設備整備が早急な課題となってくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私が働いていた会社では、アフリカ各地の病院・診断所やヨーロッパにいる医師と提携してネットワークを構築し、アフリカにいるアフリカ人ディアスポラの家族が病気になった際にも、ヨーロッパにいる家族が治療に参加できるようなシステムを作っている。こうすることで、離れて暮らす家族が治療に立ち会えるようになるだけではなく、互いの健康状態についての理解も深まり、また、より透明でより分かりやすい医療行為をスポンサーであるアフリカ人ディアスポラに見せることができる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ま多くのアフリカ諸国では、健康に対する知識と意識が未だに低いままである。病院とは病気になってから初めて行く場所であり、病気を予防しようだとか、普段から健康でいようだとかいう気持ちもなかなか生まれない。カロリーのことを「ビタミン」と呼び、油っこい食べ物こそが一番体にいいと思っている人たちだからねぇ。ケニアのラム島で居候させてもらった家のおばさんは、私のためにフライドポテトを買ってきて「たんとビタミンを取りなさい。体にいいのよ。」としきりに勧めてくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、この医療サービスを送るマイクロファイナンスを利用すれば、健康診断や人間ドッグのようなサービスをも、アフリカで暮らす人々に提供することができる。ヨーロッパに移住した人たちは、当然、病気の予防の大切さに気付いている。そこで、彼らがアフリカにいる家族に健康診断をプレゼントしてしまえば、どんなに面倒臭くても、その家族は健康診断を受けることになる。家族からの贈り物なのだから、心理的に健康診断を受けようとする気持ちが生まれるのは当然と言えば当然だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;病気の予防がどれだけ重要なものかという説明をする際にも、同じことが言える。見ず知らずの人や外国人に言われるのよりも、自分の家族に言われた方が、説得力があるし聞く方も素直に聞いてくれる。何よりも、家族の言葉は心に響く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今、アフリカはかなり面白くて、かつてないほどにダイナミックな時代を迎えている。脆弱な平和ではあるけれど、今まで内戦の舞台となってきた地域の多くが復興に向けて立ち上がろうとしている。それに伴い、アフリカ各国間の経済的な結びつきは強まる一方だ。経済的な結びつきが強まれば、当然モノやお金、人の移動も今まで以上に活発になる。（そんな時代だからこそHIV/エイズは本当に気をつけないといけないよね。）ビジネスマンはアフリカ中を飛び回り、勉強や仕事のために外国暮らしをする人や、アフリカ大陸内の出稼ぎ移民、また、アフリカ内の国際結婚カップルも、今後ますます増えるであろう。そうなると、今は先進国からアフリカへの一方的な流れが主流となっているディアスポラ関連サービスだが、これからはアフリカ大陸内でのやりとりの重要性が上がり、動きもますます活発になるはずだ。そういう意味では、非常にエキサイティングなことをしている会社で働いていたなぁと未だに思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「アフリカにはモノやお金がないから」と初めからステレオタイプで決め付けるのではなく、「モノやお金の流れが滞っていて、上手くまわり切れていないのはどうしてなのか」というところに着目する必要があるかもね。楽観的すぎるかもしれないけれど、私は、アフリカは自分たちの力でやっていく実力があると心の底から思っている。実際、IMFの統計によると、（サハラ以南のアフリカに関しては）外国からの援助資金より、アフリカの外にいるアフリカ人ディアスポラから公式ルートを通して流れてくるお金のほうが大きな額であることが分かる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私の好きな言葉の中に、the way you see the problem is the problem（問題の見方自体が問題なのである）というものがある。アフリカを見ていると、まさにそうだなと実感せずにはいられない。国際社会（＆時々アフリカ自身）の、アフリカという場所そのものへの眼差し自体がどれだけ大きな問題になっていることか。（このように言っている私自身の問題意識そのものが問題だったりもするわけだから、マトリョーシカ人形みたいなものなんだけどね。）「アフリカ＝忘れ去られた大陸」でも、「アフリカ＝援助の対象（objet）」でも「アフリカ＝さまざまな知識を教えてあげなくてはならない相手」でもないのだ。要は、ここにだって社会があって人がいて日常生活というものが存在しているのだ。だから、何でも外から持ってきてしまうのではなく、どっぷりとじっくりと現地の生活に触れながら、社会の中の元気な部分とそうでない部分の間の流れを食い止めている原因について思いを馳せた方がよほど（本人のためにもアフリカのためにも）役に立つのではないだろうか。実際に日本のような国でも、いいビジネスや政策というのは、いつもこうした着眼点から始まっておるわけだしね。結局は、アフリカも日本も、根本では問題解決への道は同じなワケです。はい。 &lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-2540820599694215547?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/2540820599694215547/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=2540820599694215547' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/2540820599694215547'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/2540820599694215547'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/06/blog-post_5846.html' title='「サービスを送る」ビジネス②'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-768770851059348477</id><published>2010-06-26T02:51:00.003+09:00</published><updated>2010-06-26T03:00:58.088+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='経済＆ビジネス'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='アフリカの本当の問題'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='コートジボワールでの仕事'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ディアスポラ'/><title type='text'>「サービスを送る」ビジネス①</title><content type='html'>&lt;span style="color:#663333;"&gt;ここ数年もてはやされているマイクロファイナンスが、マイクロクレジット（小額貸付）だけではないことは前に少し書いた。&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_15.html"&gt;銀行などの既存の金融機関が、大多数の人のニーズに応えられないこと&lt;/a&gt;、、ディアスポラ（移民、出稼ぎ移民）からの送金が、いかにこの大陸において大きな存在であるのかということ、また、&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_2409.html"&gt;送金の思わぬ落とし穴&lt;/a&gt;についても、既に書いたとおりだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ディアスポラを通した社会貢献型のビジネスが注目されるようになってから久しいが、そんな中でも私の会社はユニークだ。ヨーロッパやアメリカにいるアフリカ系のディアスポラが、送金の代わりに、医療や教育などのサービスをアフリカに残る家族に提供できるようにしているからだ。送金で送られたお金を、もっと有効的に使ってもらいたい―そんなディアスポラのかねてからの願いを、カタチにしたのがこの会社である。（送金の落とし穴についてはこちらをどうぞ。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば、私の会社では、ディアスピラやアフリカに住む人々を対象にしたオンラインショップを運営している。アフリカの内外で暮らすディアスポラがお金を払い、それをアフリカ各国にいる家族がすぐに受け取れるシステムだ。こうすることで、例えばフランスにいるAさんはアフリカにいるBさんの必要なものを直接買ってあげることができる。送金してしまうとお金の使用用途が不透明になってしまうから、Aさんにとってはこの方がありがたい。また、「○○を買いたいのにお金がない！！」「今月は給料が支払われなかった！！」「月末でお金が残っていない！！（お金は計画的に使いましょうという話だが、計画しようにも計画通りにはまずいかないのがTIA）」など、なにかとすったもんだすることの多いアフリカだ。そのため、Aさんがヨーロッパで直接支払いを行うことで、Bさんのためにより簡単でスムーズな買い物ができる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;オンラインショップでAさんが買う商品は、Bさんの暮らす国の地元の店舗や企業の商品・製品であるため、地元の経済のためにもプラスになる。つまり、それこそ本当に、Aさんはフランスにいながら、アフリカで買い物ができるサービスになっている。私の会社がそれぞれの地元店舗・企業と交渉を行うため、オンライン上では実際の店舗価格よりもやや低い値段で買い物をすることができる。これは、ディアスポラだけではなく、インターネットにアクセスできるアフリカの人にとっても嬉しい特典だね。みんな忙しいからなかなか買い物をする暇がないけれど、オンラインショップならいつでも買い物をし、家まで届けてもらうことが可能なだけでなく、実際のお店よりも安いわけだから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地元の店舗・企業にしてみたら、地元の顧客層の増加はもちろん、海外にまで市場が広がるいいチャンスだ。アビジャンのようにだだっ広く、交通渋滞が激しく、そして市民が割とレイジーな街では、自分の生活圏内を越えた買い物をする人はそう多くはいない。（まぁ、どこで買い物してもお店や品質には特には差がないっていうのもあるんだけどね。）また、何かと情報が錯綜しているTIAなこの街において、注目のお店やレストラン、イベントなどの情報を集めた街情報誌があるハズもない（あるのは口コミと新聞広告ぐらい）。そのため、お店の立地を生活圏内としないアビジャン市民に新しい顧客になってもらうことは、それだけで地元の店舗や企業にとって大きな利益になる。ましてやそれが海外にまで広がるとなれば、決して悪い話ではないハズだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;特に電化製品は、アフリカでは本当に高い。だから今は、フランスから誰かが来るたびに、あるいは誰かがフランスに行くたびに、持ち運びをしている人が非常に多い。このままだとアフリカの地元の商売も上がったりだし、空港の税関での汚職が終わることもない。そういう意味でも、このオンラインショップは決して悪いアイディアではないと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アフリカの人がオンラインショップで買い物をする際には、現金払いでも、銀行口座のカードでもOK。特に今は、Africardというプリペイド式カードがVISAから出ていて、じわりじわりと浸透しているから、アフリカのビジネスも大きく変化してきている。Africardもマイクロファイナンスの一環と言えば一環だ。最初にお金を積み立てて、それをクレジットカードの代わりに使うことができるのだ。これなら、銀行口座をもてない人でも大丈夫だね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このオンラインショップから、私はコートジボワールのビジネスや消費の傾向について、色々学んでいる。文化の違いっていうのはこんなところにも現れるのか！！と、いつも新しい発見があるよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば、クリスマスやラマダン明けのための玩具。福袋のように、「５０００フランのパック」「２００００フランのパック」といった形で売り出しているのだが、それぞれのパックの中には、３歳児用の玩具も、８歳くらいの女の子向けの玩具も、１０歳くらいの男の子向けの玩具も、全部ごちゃ混ぜになっている。私は最初、この案には反対した。こんなに統一感のないものばかりがごちゃごちゃと入ったパックは、誰がターゲットで売り出すつもりなの？―これが明確でなかったからだ。値段をそろえれば、何でもかんでもパックにして売り出せばいいというものではないしね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところが、象牙人の私の同僚は、全員口をそろえてこう教えてくれた。ここの人はそもそも、みんな大家族だ。そのため玩具とは、一つが一人に与えられるのではなく、いとこやはとこ同士を含む大家族みんなで共用するものと考えられている。だから、一回の贈り物でなるべく多くの子どもたちを喜ばせられる方が、消費者のニーズに合っているのだ、と。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大家族なんだし、こんなの当たり前といえば当たり前の話だけど、これを聞いたときには目からウロコだったなぁ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;結局これは実現されなかったけれど、イスラム教の&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/11/blog-post_30.html"&gt;犠牲祭&lt;/a&gt;の前には、ヤギをオンラインショップで売ろう！！などという話も飛び出した。今はクリスマスに向けて、鶏やら大量の食べ物のパックを売り出している。パーティや親戚同士の集まりが大好きなアフリカの人にとって、これはどんなモノよりも最高のプレゼントだ。ディアスポラもそれを理解しているから、結構売れるんじゃないかな。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もちろん、コートジボワール（というか、一般的に途上国）ならではの難しさもかなりあるよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まず、信用の問題。例えば、十二月に売れた商品分のお金は、翌月である一月の決められた日に、私たちの会社から地元の店舗・企業に納入される。この後払い制度がなかなかやっかいで、信用を得るのが非常に難しい。ここでは、何でもその場で支払うのが当たり前だからね。そうでないと、逃げたり、しらばっくれて支払いを拒否する個人や業者が後を絶たない。基本的に、信用というものが社会の中に存在しない。だから携帯の通話料も、後払いではなくプリペイドなのだ。たとえ私たちの会社の本部がパリにあろうと、アフリカ各国で事業を展開していようと、アフリカサッカー界のスターが経営に関わっていようと、信用のない不安定な社会で信用を得るというのは、難しいことだ。本当に根気が必要だね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;コートジボワールでは、細かい書類を準備して会社の信用性を証明しようとするのよりも、メディアにさえ露出していれば、「お宅は信用できる会社ですね～」という感じになってしまうらしい。これ、ものすごくTIAで面白いなと思った。難しいこと言われてもよく分からないから、とにかく目立てばいいんです！！みたいなね。思えば、マケレレの学内選挙のときも、「演説や政策で勝負！！」というよりは、「お金とコーラをばら撒いて、あとはひたすら音楽をガンガンかけて踊りまくる選挙活動をすれば、勝てる」といった具合だったなぁ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私たちの会社の本部がシャンゼリゼ通りにあるのも、そんなTIAの心理をよく理解してのことだ。パリにいた頃、私はどうして本部がこんなところにあるのかが理解できなかった。シャンゼリゼ一帯のあの辺は、かなり高いはずだ。それなのに・・・なぜ？私たちの会社はまだまだ小さいのだから、同じパリでももう少し安いところに本部を構えればいいのに。何もかもがよく分からないような環境にポーンと放り込まれていた（というか、自分でポーンと身投げしたと表現したほうが正しいね）私は、「身の丈にあっていないことを好むところがマジTIAだな、この会社は大丈夫なの？」とすら考えては一人でイライラしていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;社長の思惑がようやく理解できたのは、コートジボワールに来てからだった。ここでは、私たちの会社のことを知らない人に対して説明をする際、必ず本部の住所を言っている。すごいよ。「パリ８区シャンゼリゼ」と言っただけで、水戸黄門の印籠のように、今まで面倒くさそうな態度を見せていた人々がハハァーとなるからね（笑）。パワポの会社プレゼンには、資本金やら従業員数などの必要不可欠な会社概要は登場しないくせに、二枚目には早速シャンゼリゼの文字が登場する。初めての相手に電話をするときの手短な自己紹介でさえも、「○○社の△△と申します。私たちの会社は＃％＊＠で本部はパリのシャンゼリゼにあります。」というように、ここで本部の住所を言うのか！？というツッコミをせずにはいられない感じなのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「本部がシャンゼリゼにあるからなんなの」くらいの態度を、是非是非アビジャンの人々には見せてもらいたいんだけど・・・なんてたって見せつけ主義＆見せつけられたらペコペコする主義が蔓延しているから、なかなかそうもいかない。 &lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-768770851059348477?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/768770851059348477/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=768770851059348477' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/768770851059348477'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/768770851059348477'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/06/blog-post_26.html' title='「サービスを送る」ビジネス①'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-6411517916094826294</id><published>2010-06-26T00:24:00.008+09:00</published><updated>2010-06-26T00:45:05.713+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='旅　スーダン'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='コートジボワールでの仕事'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='日本'/><title type='text'>アラビア語の学習とTIA(This is Arabia/Africa)</title><content type='html'>&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#cc33cc;"&gt;もう既にご存知の方もいるかもしれないが、私は今アラビア語を勉強している。週に三回、二時間ずつのレッスンに通っているのだが、担任であるスーダン人の先生が・・・&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#cc33cc;"&gt;私は彼のことが好きで好きで仕方がない。本当に愛嬌のある人なの！！彼を見ていると、スーダンでの忘れられない日々がまるで昨日の出来事であるかのような錯覚に陥る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まず、授業の進むスピードが遅いのなんの。あまり早すぎても問題だし、今はとても忙しいのでアラビア語の復習にばかり時間を割いているわけにもいかないから、私にとっては非常に好ましい。が、それにしても遅い。遅いというか、毎回一貫性のない授業でランダムに次々と違うことをするため、私たちのクラスのメンバーももうすっかり彼の調子に慣れてしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;学校が始まった四月の段階では、まだ日の入りの時間が早かったために、授業とお祈りの時間（イスラームでは、一日五回お祈りをする）がかぶらずに済んだ。お祈りをしてから授業に臨んでいたんだね。だが、最近ではだんだんと日照時間が長くなり、それに伴いお祈りの時間も遅くなってきているため、授業の途中で突然、彼は十分ほど消えてしまう。お祈りから帰ってきたと思ったら「これから十分間の休憩だ」と言い放ち、また消えてしまう彼。いいよね、こういうの。私たちも私たちで、みんなTIA(この場合、This is Arabiaになるのかしら)だからそんなの誰も気にしない。お祈りと休憩時間のほうが仕事よりもはるかに重要なのだから、仕方がない。この学校に行くためには地下鉄を利用しているが、私はどうも、あの地下鉄の中ですらみんながせわせわと忙しそうにしているあの雰囲気がダメなんだよね。だから、学校に到着して時間の流れがゆったりとしているのを感じると、とても心地よい気分になる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あ、でも、ラマダンのときとかどうなっちゃうんだろう・・・。ラマダン中は、日の入りの時間帯になると道路という道路から車が消え、歩行人も消え、みんなイフタ（日の入りの後に最初に食べるご飯）以外のことなど考えられない状態になるのだが、きっとこの学校でも同じ現象が起きるであろうことは安易に予想がつく。まぁ、そうなったら一緒にご飯食べればいいだけの話なんだけどね(笑)。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;またこの先生は、疲れているときとそうでないときのギャップが激しい。これが本当にTIA(この場合はThis is Africaのほう)だなと私の目には映る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;特に、金曜日の授業なんてもう意識が教室にないね、完全に(笑)。そもそもこの学校は、イスラームの休息日である金曜日を週末としないで、日本にあわせて土日を週末としているから、そこからして彼にとっては？？？に違いない。疲れているときは、適当に数字の勉強をして終りになっちゃったり、アラビア語圏内の国と首都、及び地理的位置について話して終わっちゃったりする。この前なんて、動詞の活用の説明をするために、なぜか染色体や遺伝子、細胞分裂の話をダラダラとして授業のほとんどの時間が終わっちゃったしね(笑)。こちらがツッコミを入れても、彼にとってはそんなことはお構いなし。のーんびりとした自分の世界にどっぷり浸かっているのだ。別に、自己中心的とかそういうんじゃなくて、本当に自分の世界の中でのんびりそているというか。全然悪い意味で、というわけではないよ。それにしても、あのときの先生の態度は、スーダンの入国管理のオフィサーを彷彿とさせた(笑)。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TCTMP7HzyfI/AAAAAAAAA0s/tbYSH077hRM/s1600/DSCF5188.JPG"&gt;&lt;img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5486734819984656882" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 240px; CURSOR: hand; HEIGHT: 320px; TEXT-ALIGN: center" alt="" src="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TCTMP7HzyfI/AAAAAAAAA0s/tbYSH077hRM/s320/DSCF5188.JPG" border="0" /&gt; &lt;p align="center"&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;p align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;スーダンのイミグレにて。これをイス代わりに、仕事をしているかのように見せておいて&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;p align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;オフィサーたちは適当にダラダラと時間を潰しています。&lt;/span&gt; &lt;/p&gt;&lt;p align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;まぁ、ラマダン中だったし、外は五十度だったし、仕方がないね。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TCTMPOdHtaI/AAAAAAAAA0k/-wNJjKgx9qM/s1600/DSCF5187.JPG"&gt;&lt;img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5486734807994447266" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; CURSOR: hand; HEIGHT: 240px; TEXT-ALIGN: center" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TCTMPOdHtaI/AAAAAAAAA0k/-wNJjKgx9qM/s320/DSCF5187.JPG" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;イミグレ事務所の奥の方で「勤務中」の入国管理官。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;お布団代わりに使っているのは、お祈りのときに使う神聖な敷物です(笑）。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;まぁ、このダラダラ感が本当にスーダンだよね。ちなみに黄色の服の東洋人は、&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;旅の途中、面倒なので私の夫ということにしておいたヒロシ君です。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;でも、エチオピア人やスーダン人にはヘロシと呼ばれていました。&lt;/span&gt; &lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;思えばマケレレの先生もコートジボワールの同僚も、疲れているときはあからさまな態度を見せた。まだ私たちのスーダン人の先生は、疲れていることを理由に教室からいなくなっちゃったりすることなど絶対にありえないからいいんだけど。ウガンダの教授の中には、やたらめったら「村にいる親戚の葬式」を理由に夜の授業に来なかった人もいたし、コートジボワールの同僚たちは、「お腹がすいているから」「疲れたから」「気分が乗らないから」「眠いから」というものを、会議中止と早退の正当な理由として認識していた。そしてそれが本当に許されちゃうから（というか、許可せざるを得ないから）素敵である。コートジボワールの会社のお局的存在だったデニーズ（体も態度も声も大きい、典型的な象牙女性）なんて、上司がいちいち自分のオフィスに入ってこないことをいいことに、お昼ご飯を食べ終わったら毎日ゴザを敷いて昼寝してたしね。中からイスと机を押し当て積み重ね、外からは絶対にドアが開けられないような工夫も忘れていない。こういうところだけはしっかりしてるんだから。もうまったく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あとはね、このアラビア語の先生は、絶対に細かい文法を教えようとはしない。質問をしても「これは後でまた習うから。インシャッラー（神がそうお望みであるのなら）」「今はこれを知っている必要はない」と言い、先生なのに（？）質問に答えてはくれないのである。最初はそんな彼の態度にイライラしたりもした。コートジボワール人やウガンダ人は一応、こういう状況では、完全とは言えなくてもそれなりの答えをくれたものだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、だんだんと彼のスピードに巻き込まれていくにつれ、彼がどうしてこんなあいまいな態度をとるのかが理解できるようになった。彼の中には彼なりの物事の順番というものがあり、どんなに時間がかかっても、それを平和にこなしていくことが何よりも重要なのである。それを裏付けるように、彼はいつも「私は今はこれを教えない。なぜなら、あなたたちを混乱させたくないからだ。今はやらない。後でやるからいいのだ。」と言っている。決して悪気があるわけではなく、面倒くさがっているのではなく（もしかしたらそうなのかもしれないけど）、心の奥底から素直にそう信じているのがはっきりと分かるような声でこんなことを言われてしまうと、こちら側としても「ああ、そうなのか。じゃあその時に習えばいいか」という気持ちになってしまうから不思議だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;言語を習得するために、膨大な時間がかかるのは仕方がないことだ。もちろん、その言語の難易度や本人の努力によっても、習得までに必要な時間の長さは大きく左右される。しかし、スワヒリ語のときも思ったのだが、その言語が話されている地域の人々の文化や価値観によっても大きく左右されるよね、きっと。アラビア語の教科書は間違いだらけだし、スワヒリ語に関しては、辞書でさえ穴だらけであった。辞書が間違っているなんて、もはや誰を信用していいのか分からないだろという話だが。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、そんなことはどうでもいいことなのである。なぜなら、その言語を話している人たちにとってはそんなことは些細な問題であるからだ。それよりも、お昼寝をしたり、お茶を飲んだり、おしゃべりをしながらご飯を食べたりしている方がよっぽど大切なのだから、言語を学ぶ者もそれに倣わなければならないと私は思っている。こうした時間の流れの違いを学ぶのも、その土地の言語を学ぶ過程の一部だもんね。そうじゃないと、アフリカやアラブ諸国ではきっと生き残れないのではないだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;はぁ、いつになったらアラビア語をマスターできる日がやって来るのかしら。別にアラビア語ができても今ドキみんな英語ができるのだから、労力と時間を考えると、そこまでメリットのある言語だともあまり思えないけど。それでも、なぜか心から離れてくれないアフリカという場所についてもっと深く知るためには、アラビア語は極めて重要な言語であるから仕方がない。やるしかない。あまり期待しすぎず、あまり絶望しすぎず。このように書くと、アフリカとの上手な付き合い方の心構えに似ているなと感じてしまうのは私だけであろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しばらくは、アラビア語を諦めずにダラダラと続けていきます。インシャッラー。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-6411517916094826294?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/6411517916094826294/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=6411517916094826294' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/6411517916094826294'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/6411517916094826294'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/06/tiathis-is-arabiaafrica.html' title='アラビア語の学習とTIA(This is Arabia/Africa)'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TCTMP7HzyfI/AAAAAAAAA0s/tbYSH077hRM/s72-c/DSCF5188.JPG' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-2257912765152068750</id><published>2010-06-23T00:30:00.004+09:00</published><updated>2010-06-23T00:59:14.522+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ウガンダの社会'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='コートジボワールの社会'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='汚職'/><title type='text'>汚職見聞録２</title><content type='html'>&lt;span style="color:#3366ff;"&gt;去年の十二月に一度書き始めた&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_9523.html"&gt;「汚職見聞録」。&lt;/a&gt;ごめんなさい、今さらですが、半年たった今、この情報を更新したいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊ 役所＊&lt;br /&gt;出生証明書、&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/11/blog-post_7611.html"&gt;パスポート取得&lt;/a&gt;、ID取得・・・などなど、もちろん&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_21.html"&gt;business&lt;/a&gt;をしないとどうにもならない書類の数々。それでも、この書類がないと、学校にも行けなければ仕事も見つけることができない。これをいいことに、役所勤めの公務員はものすごく稼いでいます。ちなみに、ワイロを払うことはなかったけど、参考までに私の涙ぐましい&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/09/blog-post_03.html"&gt;ビザ物語&lt;/a&gt;を読んでみてください。TIA式お役所仕事はこのように進みます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば、外国人。経済的に豊かなコートジボワールには、周辺の国々から、出稼ぎ労働者やビジネスマンが大量に流入しているの。法律上は、両親のどちらかがコートジボワール国籍であれば子どももコートジボワール国籍が取得できるし、１９７１年以前にコートジボワールで生まれた人は、全員コートジボワール国籍を取得できることになっている。これらの条件が当てはまらないとしても、コートジボワールで生まれた子どもには、象牙人の子どもと同じ権限（教育の権利、予防接種などの公衆衛生の権利、etc）が与えられることになっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;うん、公式にはね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところがどっこい。On dit n’importe quoi et on fait n’importe quoi（ヤツラは言いたい放題のやりたい放題）なワケですよ。ほら、前にも書いたように、à Abidjan, on fait rien pour rien（アビジャンでは、誰もタダでは何もしちゃくれない）だからね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だから「払え」ない人は、法律で与えられた権利すら得ることができない。そもそも、書類がないと、法律で与えられた権利の恩恵にあやかることなどできないからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先日、両親ともにコートジボワール生まれのナイジェリア人で、自分もコートジボワールで生まれ育ったというタクシー運転手と話した。1971年以前にコートジボワール内で生まれた子どもには、コートジボワール国籍が自動的に与えられる法律が存在していた。彼曰く、彼自身は本来はその対象内であるのだか。書類上の彼の祖国であるナイジェリアは、コートジボワール以上に評判の悪い汚職大国だ。（しかし、汚職ランキングを見た限りだと、なぜかコートジボワールの方が下なんだよねぇ。どうして！？）だから、ナイジェリアのパスポートを取得したり、あれをしたり、これをしたり・・・がこりゃまた面倒いし、そのためにナイジェリアに行くのもいちいち時間とお金がかかってしまう。だからといってナイジェリア国籍のままだと色々生活に不便であるため、できればコートジボワール国籍を取得したいと言っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、法律上は可能であるはずのコートジボワール国籍取得も、実際には役所にいる役人がやりたい放題でなかなか進展しない。マケレレ大学でもそうだったんだけど、ここではルールなんてものは存在しなければ遵守もされておらず、全てはカネと権力とコネなのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;結局彼は、外国人滞在許可証を持ってはいても、ナイジェリアのパスポートは持っていないというヘンテコリンな状況に置かれている。何かあった時に、これだと不安だよね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊ 警察＊&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;警察ネタに関しては、このブログでは書きすぎているくらい書いているから、もう今さら新しい情報を付け加える必要はないね（笑）。これからも、どんどん警察ネタには尽きないと思いますのでお付き合いください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊ 就職＊&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本も今、就職氷河期だなんて言われているけれど、アフリカのそれに比べれば甘ちゃんだ。日本でも一部そうかもしれないけれど、TIA式シューカツには、ワイロと根回しが必要になってくる。こう書くと悪の権化のような印象を与えてしまうかもしれないが、実際の感覚としては、「おじさんの会社で働いている」とか「知り合いに頼みこんで、お店で働かせてもらっている」といった感じなんだけどね。あとは、いい成績や卒業認定を得るために学校や先生にも余分に「ギフト」を払うことに慣れてしまっている彼らにとっては、就職のときに積むお金など、もはや「ワイロ」という感覚ではないのかもしれないとすら、たまに感じてしまう。お中元やお歳暮みたいなものなのかしらねぇ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こんなんだから、本当に実力のある人がなかなか登用されず、いつまで経ってもサービスの向上や業績の向上が望めないなどという企業や店舗が後を絶たない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これに関係しているのかしていないのかは置いておいて、ウガンダに住んでいたときに忘れられない出来事があった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マケレレの学生街であるワンダゲヤで、軽く晩御飯を食べようと思った時のことだった。そのお店には、とんでもないビッチ店員がいた。彼女、私が注文をしている時にケータイをいじり、注文したものとは別のものを持ってき、更にはお釣りをごまかそうとしたんだよ。ウガンダビッチに飽き飽きイライラな毎日を送っていた私は、もちろん彼女の態度にカチーンときたため、「何なの、客に対するその態度！！」と食ってかかった。すると彼女は、ハァーとわざと大きなため息をつきながらぶすくれ、こちらの神経を逆なでする行為に出た。こういう状況でぶすくれ＆逆ギレをするのって、プライドだけは高いウガンダビッチがよくやる、お決まりパターンなんだよね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あまりにもこの女がムカつくものだから、私は彼女の上司を呼んで苦情を言った。この上司である四十代くらいのセボ（男性）は、たかがハタチの留学生に、ひたすら平謝りをし、「彼女にも厳重に注意しておきますので・・・」の言葉を繰り返した。別に彼が悪いわけではないから、少し申し訳ないなとは思ったけど・・・でも、彼女がこのお店で働き続ける上で、こんなことを他のお客さんにもするのは、決して許されることではないからね。言いたいことをすべて言い切った私だが、セボの横で未だに知らんぷり＆ぶすくれている彼女を見て、一気に怒りが再燃した。テメーにそもそもの原因があるんだろうが、BITCH !!!&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこで、その上司に向かって、私の目の前で彼女に厳重注意とやらをするように言った。こうなったら、栃木出身のハタチの女子大生も、道頓堀を闊歩している大阪のおばちゃんも、同じ人種である。クレーマーと化した私を前に、困った時のウガンダ人に特有の笑顔を浮かべ、オロオロするばかりのセボ。「あのー、そ、それだけはどうかご勘弁を。またあとで私からきちんと注意しておきますので・・・」「だから、後でやっても今やっても同じでしょう。どうせなら、私の目の前で注意してくださいよ」「えー、えー・・・・はぁ・・・」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と、途中まで話が進んだところで、このセボとビッチの力関係が私には分かったような気がした。このビッチは、上司であるセボよりも上の立場にある人とつながっているに違いない。それが援助交際相手のsugar dadyなのか、親戚なのか、パパの知り合いなのかまでは推測できないけど・・・。だから、現場で直接的には上司である彼も、彼女にはなにも言うことができないのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;異常なほどに空しい感覚に襲われながら、この日は家路に就いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊ イミグレ＊&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先ほど登場したナイジェリア人の運転手さんに聞いた面白い（？）話。そんなこんなでパスポートを持っていない彼は、ナイジェリアに帰る際にはこんなことをしているそうです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もちろん飛行機は高くて乗れないし、お金があったところでパスポートがないからチケットの予約すら取れないよね。そこで、当然のことながら、里帰りの際には陸路で行くしかないのです。里帰りといっても、彼の場合故郷はコートジボワールなんだけどね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;陸路で行くには、ガーナ、トーゴ、ベナンを越えなければならないけれど、パスポートのない人が、「どこの国のどの国境の役人にいくらぐらい支払う必要があるのか」という闇相場がきちんと決まっているらしいよ。すごいね。一番安上がりなのは、トーゴなんだって。そして、一番お金がかかるのは、ガーナからトーゴに抜ける際の、ガーナ側のイミグレなんだって。こうして、要所要所でお金をばらまくことでパスポートがないことは黙殺され、何事もなかったかのように通してもらえるらしい。また、ガーナもトーゴもベナンも、コートジボワールの警察のように幹線道路に関所をもうけることがほとんどないため、違法入国者も安心して（？）bon voyageできるらしい。むしろ、こうしてお金をばらまいたほうが、パスポート取得にかかる費用よりも安上がりなんだってさ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;汚職なのか、「贈り物」なのか。これを見分けるのって、文化によって全然違ってきちゃうから、一口に「これは汚職だ１１」と言い切れないところが非常に難しい。ただし、確かなことが二つある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まず一つ目は、これがなくならない限り、アフリカからは「努力なんてしても無駄」なファタリズム的諦めモードが消えることはないだろうということだ。努力と勤勉を美徳とする日本人にとっては、この諦めモードの中で生活するのって、すごくストレスが溜まるんだよねぇ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、これと矛盾しているように見えるのが二つ目の点だ。それは、当初はあんなに汚職に対して過剰に反応していた私だが、TIAの波に飲み込まれるTIA生活が長期化するにつれ、だんだんとこの融通のきき易さに居心地の良さというか、便利さを感じるようになっていったことだ。今、日本のあまりにもきちんとしすぎた制度に戻って来られて安心する自分がいる半面、交渉の余地もなければ「ビジネス（＝ワイロ額の値段交渉）」をふっかけることなどとんでもない！！という雰囲気に、「融通が利かないな」と不満に思う自分もいる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そう、こんなこと書くと怒られてしまうかもしれないが、ワイロを欲しがっている相手との対峙こそが、アフリカ生活の醍醐味の一つであったりするんだよね。&lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-2257912765152068750?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/2257912765152068750/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=2257912765152068750' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/2257912765152068750'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/2257912765152068750'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/06/blog-post_23.html' title='汚職見聞録２'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-3666670560859064373</id><published>2010-06-22T08:59:00.004+09:00</published><updated>2010-06-23T11:31:29.431+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='コートジボワールの生活'/><title type='text'>TIA式運転免許取得大作戦！！</title><content type='html'>&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#000099;"&gt;日本の運転免許の仮免の試験にすら受からなかったという、まさに人間失格の烙印を押されたも同然な私であったが・・・。（これには深いワケがあります。&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/11/blog-post_9132.html"&gt;詳しくはこちら&lt;/a&gt;）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なんとかしてリベンジを果たすべく、コートジボワールでの免許取得に踏み切ったのであった。理由はただ一つ。日本の免許取得は高すぎるから。コートジボワールでは、教習所の料金が平均で１２万FCFA(約２万4000円)する。教習所に行かないと運転免許が取れない仕組みになっているから、これは必要経費として割り切るしかない。一人当たりのGNPを考えると、この値段は高すぎるとしか言いようがないけど、それでも都市部に暮らす中産階級のホワイトカラー層には、払えない額ではない。その人の役職や職業にもよるけれど、だいたい月収の２～４割くらいだもんね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;村から出てきたようなタクシーの運ちゃんなんかは、どこかのカカオのプランテーションや街中で、一年か二年くらい汗水たらしながら働き、ためたお金で運転免許を取得して、次のキャリアにつなげていく。一方で、アフリカにいる外国人はよく、運転免許を「取得する」ではなく「買う」という言い方をする。まあ、お金ですべてが買える場所だもんね・・・。分かりやすいと言えば分りやすい。ちなみに、「追加料金」を支払うことで、学校に通うことなく免許証がもらえてしまったりする。忙しい人向け（？）の、闇商法だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こんなんだから、人によって運転免許の意味合いが全然違う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さてさて、私はというと、目的はただ一つ。コートジボワールの免許証を、日本の免許証に書き換えることであった。しかし、日本では本当の道路すら運転経験のないこの私が、アビジャンの無法地帯と化しているような道路で少し練習をしただけで、交通ルールの厳しい日本という国の免許書き換えの実技試験に合格するとは到底思えなかったため（さすがのTIA的お気楽楽観主義者の私でさえ、これは無理だと直感した）、まずはコートジボワールの免許を国際免許に書き換えて、少し日本の道を運転してから書き換え試験に臨もうと考えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;完璧な作戦。今回こそは、日本で絶対に免許を取ってやる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところが、仕事が忙しかったのと、私のTIA的「『明日こそは教習所の申し込みをしよう』『ああ、今日こそ行くぞ』『まあ、来週でもいいか』シンドローム」のせいで、あれよあれよの間に時間が経ってしまった。その間なんと二ヶ月半。どんだけTIAなんだか、まったく。自分でも呆れてしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アビジャン生活も二ヶ月半が経った頃、当初の予定では二ヶ月間であった私のアビジャン滞在が、どうやら半年以上に延長されるかも知れないことが判明した。会社そのものがTIAだったから、いつもそれもかなり直前（というか、むしろ時間切れ後）に、あいまいでいい加減な方向性が明らかになるのであった。まぁそれはいいとして。そこで、いよいよ私の免許取得が現実味を増してきた。コートジボワールにこれからまだしばらくいるのなら、この際に本当に免許を取ってしまおう！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところが、日本の道路交通法について調べていくうちに、喜びは消えて私の心は打ちのめされてしまった。どうやら、日本で外国免許を書き換えるためには、免許取得日から数えて三ヶ月間、その国に滞在しないといけないらしいのだ。同僚には、免許を取得するには最低でも一カ月から一ヶ月半はかかると見たほうがいいと言われていたため、単純計算してももはや手遅れということになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一週間ほど、免許のことは忘れようと自分に言い聞かせる日々が続いた。こんなにオイシイ話があるわけないじゃないか、自分。目を覚まして現実的になりなさい！ところが、ある夜それをポロっと&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/06/blog-post.html"&gt;シャカ&lt;/a&gt;に話したら、こんな答えが返ってきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「お前は本当にアホだな。アビジャンでは、金さえあればすべてが可能なこと、もう忘れちまったのかよ？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;はいーーーーー、その通りです。すっかり忘れていました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;シャカ曰く、コートジボワールの運転免許は手書きだから、お金を少し積めば、日付の偽装など簡単にできてしまうというのだ。手書きの運転免許証・・・でも、確かに。ウガンダの学生ビザは、パスポートのページに直接ボールペンで日付を書きなぐっただけのものであったから、別に今さら運転免許証が手書きだろうと何だろうと、私は驚いてはいけないのだ。日付の変更は、1500FCFA（約300円）もあれば足りるであろうとのことだった。安っ！！これで、十一月ではなくて九月くらいに免許を取ったことにしてもらっちゃえば、日本でも問題なく書き換えの申請ができる！！完璧なプラン。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;更に、教習所は常に込み合っているらしい（というか、練習用の車の数が足りないだけ）のだが、更に「志」を渡すことで、二週間ほどで免許証が届いてしまうらしい。金さえあればなんでもできるって、こういうことなんですね。ようやく、免許証を「買う」ことの意味を実感する私であった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;教習所に電話をしてみると、わざわざ校長先生の息子さんが、私の職場まで説明をしに来てくれた。日付の改ざん作戦について彼に念を押して質問をしたところ、「問題ない」との返事が返ってきたので安心した。本来なら、アフリカの人の「問題ない」ほど怪しい言葉はないのだが、私はすっかり安心しきってしまった。これが、のちに大きなドッキリにつながるのだが。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とりあえず学科の授業を受ける。毎日一時間ずつのコースを一週間ほどだ。教室には、オシャレスーツを毎日着ている常にノリノリな先生（イメージとしては、『ミラノmeetsアフリカ』な雰囲気。意味わかるかな？）と、反応が遅そうな五十代くらいのおっさんと、あとは日替わりでおばさんや若造がちょこちょこしていた。それから私。奇妙な組み合わせである。 &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#000099;"&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TB_97D3yEgI/AAAAAAAAA0c/Da21PbYSjN8/s1600/DSC03775.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5485382062253937154" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TB_97D3yEgI/AAAAAAAAA0c/Da21PbYSjN8/s320/DSC03775.JPG" /&gt; &lt;p align="center"&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;クラスメイトだったおっさん。Bon courage(がんばって）！！&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TB_96o3Mv9I/AAAAAAAAA0U/8v3itOOC3RU/s1600/DSC03773.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5485382055003733970" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TB_96o3Mv9I/AAAAAAAAA0U/8v3itOOC3RU/s320/DSC03773.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; ミラノmeetsアフリカな先生。どう？この白いパンツといい、オシャレめがねといい・・・。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;学科の授業が始まった途端、私はマケレレへ戻ってきた感覚に襲われた。授業というか、このような空間では、アフリカはどこでも詰め込み式の聞き写し教育しかないのではないかと思わされる瞬間だった。とにかく、先生が言う道路標識や交通ルールの定義を、書き写し、一文一句逃さぬように頭に叩き込むしかないのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先生は、書き写したポイントの内容に関する愉快な質問（？）を私たちにしてきた。これは、実際に試験にも出るような問題らしいんだけど・・・ここでは、そのいくつかを厳選してご紹介したいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ｑ１：追越には何段階あるでしょうか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ａ：三段階。それは、追い越し前・追い越し途中・追い越し語のことである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ｑ２：アビジャンからアクラ（ガーナの首都）まで車で行く際に、何種類の曲がり角があるでしょうか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ａ：二種類。右折と左折。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ｑ３：事故の周囲には三種類あります。車が壊れるタイプの事故、人が怪我をするタイプの事故、それから、死亡事故のことです。この中で一番マシなのはどの事故でしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ａ：どれもマシではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ｑ４：la carte grise （直訳すると、灰色カード。車の保険の証明書のことである）は、何色でしょうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;A：灰色。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、このＱ４に関しては、例の反応が遅そうなおっさんが何度も間違えてた。「赤？」ブー。「青？」ブー。「黒？」ブー。「白？」ブー。「・・・・・うーん、えーっと、えーっと・・・」だって。かわいいね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フランスの何もかもをコピーしてきたコートジボワールでは、交通ルールから道路標識まで、すべてがフランスと全く同じだ。だから、「降雪時のチェーン装着義務」の標識がきちんとあるらしいことを、学科の先生から聞いた。灼熱低地のこの国で、どこに雪が降るのかという話だ。先生は、「ホラ、我々は、いつ何時も準備を怠ってはいけないから・・・」と言っていたけど。まぁね、備えあれば憂いなしだけど、「雪って何？」と聞いてくる人に対してこういうことを理論で教え込もうとしてしまうのがさすがTIAだなと思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TB_96OFYGzI/AAAAAAAAA0M/mRvk24nUVKI/s1600/DSC03776.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5485382047815441202" border="0" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TB_96OFYGzI/AAAAAAAAA0M/mRvk24nUVKI/s320/DSC03776.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; 「降雪時のチェーン装着義務」の道路標識。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、この学校には一度、日本大使館の領事さんであった吉&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/09/blog-post_15.html"&gt;本系外交官のＫ&lt;/a&gt;さんもいらっしゃったことがある。教習所に通っている旨を伝えると、興味を持っていただいたため、連れてきたのだ。こんなコアなことに対して「おもろいなー、ええやんなー」と言うのは、趣味がぬか付けであり、日本からわざわざコートジボワールまでぬかを送ってもらっているというＫさんならではだと思っている。外務省は、もっとこういう人材を登用するべきだよね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さてさて、肝心の免許取得であるが・・・。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;実はこの後、例の校長の息子のMaman（お母さん）にあたる校長先生が、ヴァカンス先のトーゴからアビジャンに帰ってきた。そのときに彼女に言われた一言で、私の壮大な計画は見事におじゃんになった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あのね、今年の後半から、免許証は手書きじゃなくてコンピューター管理になったの。だから、もうそういうことはできなくなっちゃったのよね。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ほへ？でもさ、どうせちょっと多めに払えばどうにかなるんでしょ？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「それがね、この免許証の管理をしているのがフランス人たちの会社なのよ。彼らにはそういうのは通用しないでしょ？ごめんなさいね、うちの息子ったら・・・・もう叱っておくわね、ちゃんと。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;出た出たFrançafrique（フランスに支配され続けるアフリカ）！！うぜー。おフランスの奴らは、アフリカの政治や経済だけではなく、私の免許証取得すらも邪魔しようとしているのか！！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみにこの校長先生は、直ちに息子を呼び、私の目の前でタラタラと説教を始めた。息子は、三十近い男性である。アフリカの母ちゃん恐るべし。そして、母は偉大なり。あまりの迫力に、こちらが仲裁に入ってしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という訳で、私は未だ免許を取得できずにいます。でもいいんです。次にどこか安い国に住んだときにでも、免許を「購買」すればいいだけの話だから・・・。次回こそは、道路交通法の三ヶ月滞在ルールに十分気をつけます。 &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-3666670560859064373?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/3666670560859064373/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=3666670560859064373' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/3666670560859064373'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/3666670560859064373'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/06/tia.html' title='TIA式運転免許取得大作戦！！'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TB_97D3yEgI/AAAAAAAAA0c/Da21PbYSjN8/s72-c/DSC03775.JPG' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-1737319779241296398</id><published>2010-06-21T18:08:00.006+09:00</published><updated>2010-06-22T09:18:59.042+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='コートジボワールの社会'/><title type='text'>コートジボワールに住む外国人の苦労</title><content type='html'>&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#006600;"&gt;コートジボワールにいる外国人の中にも様々なバックグランドを持った人が混在しているから、一般論を振りかざすのは非常に難しい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フランスの統治時代、資源が豊かな現在のコートジボワールには、たくさんの労働力が必要だった。そこで、植民地経営的視点から見て何もないサヘル地域から、ドル箱的存在であったコートジボワールに向けて、労働力の移動が行われた。もともと人の移動が激しく行われていたアフリカだけど、今のコートジボワールあたりにおいて、ヨーロッパの政治的な力による人の動き（奴隷を除く）が始まったのはこのころである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;独立後も今日のコートジボワールにいるサヘル系の人々の中には、「生まれも育ちもアイデンティティーも、完全に象牙人だ！！」という人がたくさんいる。というか、彼らはもうコートジボワール社会に溶け込んでいて、サヘル系の人々をあえてカテゴリー化すること自体がナンセンスになっているんだけどね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところが、どんなにコートジボワール社会に同化していようと溶け込んでいようと、書類上は「外国人」扱いされてしまう彼ら。彼らを取り巻く環境は、決していいものとはいえない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;コートジボワールで外国人絡みの話をするときは、気をつけないといけない。なぜなら、「アイツは外国人だ」というときには、政治的なニュアンスが含まれてしまう（感じられてしまう）場合が多いからだ。例えば、最大野党のリーダーであるワタラ。彼の地盤は、コートジボワール北部（現在は反政府軍が支配している地域で、ブルキナファソに近い）だ。これがね、フクザツなんですよ。本人はコートジボワールで生まれたと言っているんだけど、それを疑う人（別の政党の支持者）がいて。こういう人たちは、ワタラが生まれたのはブルキナファソ国内だと言っているんだね。外国で生まれた人には当然、立候補の権利がないけれど、きちんとした出生照明やなんやかんやが曖昧になっているからこそ、こんな事態が発生してしまうんだね。実際に彼は、IMFでエコノミストとしてワシントンDCで働いていたんだけど、その前にはペンシルヴェニア大学を出ている。そしてそして、このアメリカ留学のために、彼はブルキナファソ人として奨学金をもらっているようなのです。これが決定打（？）となって、彼は大統領選挙の正当な立候補者として、認められなかったんですね。めちゃめちゃTIAな展開。ちなみに、彼に反対している人々は、ワタラがブルキナの中学校を卒業していること（小学校はコートジボワール）も理由の一つに挙げて、彼がブルキナファソ人であることの正当化を試みているよ。コートジボワールでは、もう数年前から大統領選挙が延期されているけれど、こういうすったもんだで立候補者がどんどん立候補できない状態に追いやられているのも大きな原因の一つだ。アフリカの選挙やら民主政治の難しさはメディアでもよく言われていることだけど、実際に起きているのはこんな些細な（？）ことなのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TB8sz0J-aiI/AAAAAAAAAz8/0Aj_8dvRZGo/s1600/P3040310.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5485152139845986850" border="0" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TB8sz0J-aiI/AAAAAAAAAz8/0Aj_8dvRZGo/s320/P3040310.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt; &lt;span style="font-size:85%;"&gt;ワタラの政党の地方事務所に張ってあった新聞記事。&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;見出しは、「神は私に、Ado（ワタラ）こそが次の大統領であるとおっしゃられた」。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;この人は、政治的にアクティブな神父さん。こういう、社会的・心理的に影響の強い人が&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;宗教の力を使ってこんなことを発言し、またそれを新聞が大真面目に取り上げることで、&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;人々は簡単に「ああ、そうなのか」と納得してしまう。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;ここで疑問に思ったりできる人が多ければいいんだけど・・・&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;なかなかそうもいかないんだよね。みんながこの発言を受け入れてしまい、&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;事態はさらにややこしくなるんだな。 &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;ところで、この事務所にたまたまいたおっさん達（ワタラの支持者）と面白い話をしたよ。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;彼らがワタラを支持する理由はいくつもあるけれど、どうやら、&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;ワタラは集会にも会合にも遅れることなくやってくる男だから信用しているんだって。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;「ワタラ以外の政治家ときたら・・・会合は自分の都合で数日遅らせたり、&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;始まる時間が予告なしに五時間くらい遅れたり・・・人のことを何だと思っているんだ。」だそうで。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;マジTIAだなと思いました（笑）。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;/span&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TB8szSzPIkI/AAAAAAAAAz0/unBCpW48EZk/s1600/P3030248.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5485152130892243522" border="0" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TB8szSzPIkI/AAAAAAAAAz0/unBCpW48EZk/s320/P3030248.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;ワタラの支持基盤であるコートジボワール北部の、小さな小さな町にあるレストランの壁画。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;「Ado（ワタラのこと）大統領」と書いてある。気が早いんだから、まったくもう・・・。&lt;/span&gt; &lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また話がそれちゃうけど、この９５年の大統領選挙には他に、立候補者としての健康診断書が原因で候補者として不適切だという烙印を押されてしまった人もいるんです。なんでも彼は、アメリカの病院で受けた健康診断の結果を選挙管理委員会（はてはて、公平な機関として運営されているかいないのか・・・）に提出したところ、色々とイチャモンをつけられて結局認められず、書類不備扱いで候補者としての権利を失ったのだとか。私がアビジャンにいた時も、ラジオで似たようなニュースを聞いた覚えがある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これだから、アウアは「アフリカには民主主義は根付かない。アフリカに必要なのは、公費を横領しても着服しても、とりあえずは国民の生活の向上のために貢献できるいい独裁者が必要だ」という思想を持っているんだね。まあ分かる気もいたします。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私がさっき「政治的」って言ったのは、こういうことなんです。普段の生活では、もうみんなごっちゃに混ざっていることを承知の上で仲良く生活しているのにもかかわらず、いざ学校だだの仕事だだの昇進だだのいう事態になったら、「象牙人・非象牙人」「象牙人の両親のもとに生まれた人・親の片方が外国人である人」という二極構造になってしまう。結局は、都合がいいときにだけ外国人ネタを持ち出して相手を叩くという作戦なわけですよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今、コートジボワールの成人には、コートジボワールの国民であることを証明する身分証明書の取得・携帯が義務付けられている。そして、何かあるたびにこの身分証明書を提示するのだ（例：ワイロを欲している警察官に、身分証明の提示を求められた時）。しかし、そんなときに見せられる証明書がないと、面倒なことになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;象牙人にとっても、この証明書をとることは結構面倒なことなのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば、出生証明書のない人々。出生照明を届け出るのが「高すぎる」から、届け出たくてもできない人が多いのだ。なぜ高すぎるのか、もう説明する必要はないですよね。そう、以前にも書いたけど、当然のことながら役所に届け出る際には「ビジネス」をする必要があるからなんです。だいたいチャージされるのは2000FCFA（約400円）ぐらいらしいんだけど、田舎に行くと、これすらなかなか払えない人がそこらじゅうにいるわけでして。こうして、400円が払えないような家に生まれて生きた子どもは、法律上は存在しないことになり、さらなる不平等に拍車がかかっちゃうんだね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本でサラリーマンをしている象牙人の友達であるアマドゥーの実家に遊びに行ったとき、お父さんがこのことについては色々と教えてくれた。なんでもお父さんの知り合いで、お兄さんが亡くなったときに死亡届を出さないで、その代わりに故人の出生証明書を自分がもらって、成人に携帯が義務付けられている身分証明書を役所に手再発行してもらった人がいるのだとか。ちょっとフクザツだね。つまりは、お兄さんの出生証明書を手に持って役所へ行き、お兄さんの名前で自分の顔写真入りの身分証明書を作ってもらったということ。この弟さんは、出生証明書が出されなかった故に、身分証明書も手にすることができなかった人なの。それくらい、みなさん苦労されているのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さてさて。自国民でさえこんな状況だから、外国人の苦難は想像できますよね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1955年以前は、特にこんな政治的なワダカマリもなければ外国人証明証なるものも存在しなかったため、誰がマリ人で誰がブルキナ人だかがかなりあいまいだったらしい。当たり前だよね、もともとブルキナもマリもコートジボワールもへったくれもなかった場所に、政治的な境界線が引かれたのだから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その後、外国人滞在許可証が導入されたが、最初のうちは今とは違って無料で手にすることができた。ところが、それをいいことに（？）どんどん出稼ぎ労働者が入ってきてお金が国外に流れてしまったこと、外国人滞在許可証ができてしまったが故に、それをダシにして不当にワイロの要求をする警察官が増えたこと、あとは財源の確保なんかの目的もあったりで、発行の際にはお金が徴収される運びとなった。実際に私の滞在許可証も、一年間有効なもので10000FCFA（約2000円）したよ。この額は、貧しさから仕事を求めてアビジャンにやってくる外国人労働者にとっては、なかなかそう簡単に払えるものではないから、この時点で外国人の流れは少しは収まるのか・・・と思いきや、そんなことが起こるはずもなく、今では不法滞在者が大量発生する事態になっている。いっそのこと、どうせ出稼ぎ労働者は後を絶たないのだから、合法にしちゃえばいいのにね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、かつてのコートジボワールには、コートジボワール国内で生まれた子どもは誰もがコートジボワール国籍を持つことができるという法律があった。しかしそれが撤廃され、今では両親のいずれかがコートジボワール人なら、子どももコートジボワール国籍を持つことができるというルールに変わった。これがすごくトリッキーなのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;たとえば、ブルキナ人のお父さんと象牙人のお母さんの間に生まれた子どもがいるとしよう。そして、その子どもがブルキナ風の名前を受け継いだとする。すると、それだけで役所からなかなか書類が貰えず、コートジボワール国籍取得を断念せざるを得ない・・・なんてことはよくある話だ。ちなみに、この問題をテーマにした歌があるんだよ。（&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_5676.html"&gt;詳しくはこちら&lt;/a&gt;。）更にやっかいなのは、ブルキナ側に登録をしようにも、コートジボワール国内にいる限り、なかなかその手続きすら複雑であるということだ。アビジャンの外で暮らしている人にとっては、ブルキナの政府代表機関まで行くのになかなか時間もお金も労力もかかってしまう。アビジャンに住んでいるブルキナ人にとっても、これは大変な出費だ。なぜなら、広いアビジャン市内を移動するのに十分なお金すら、持っていない人が圧倒的に多いからだ。ブルキナ人が多く住むポブウェ地区からプラトー地区に移動するだけで、片道1200FCFA(210円)の出費は覚悟しなければならない。往復なら2400FCFA、更に、書類不備だのなんだかんだでイチャモンをつけられて何度か往復しないといけないことを考慮すると、その日暮らしで精いっぱいの出稼ぎ労働者の彼らにとってはとても払える額ではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さらに、今ではコートジボワールとブルキナファソのクォーター世代がどんどん生まれてきており、更に事態は複雑になっている。コートジボワール国籍を持ったお母さんとブルキナ国籍保持者のお父さんの間に生まれた男の子（国籍は一応コートジボワール）が、在コートジボワールのブルキナ人の女の子と結婚をして子どもが生まれたとしよう。すると、法律上はこの子にもコートジボワール国籍が与えられてしかるべき所なのだが、なかなかそうはいかない。「四分の三はブルキナ人なのだから、この子はブルキナ人だ！！」というのが役所の言い分である。（もちろん、そうではない優しい役人さんもいるけどね。）理屈でものを考えないのがTIA式だから、どんなに法律を振りかざして、この赤ちゃんのコートジボワール国籍取得の正当性について述べても意味がない。法律なんてあってないようなもの。結局は、現場の役人一人ひとりの裁量によってきまってしまう場合がほとんどなのだ。だからこそワイロが必要になってくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;法律が存在しない―この意味は、きっと日本の皆さんにはなかなか伝わりにくいニュアンスだと思うけど。例をあげよう。私は、外国人滞在許可証を常に持ち歩いていた。ところが、田舎道にある警察の「関所」にひっかかり、運悪く悪徳警官にあたってしまった。通常なら「日本のパスポート＋女の子であること＋笑顔で警官をヨイショするテクニック」の三種の神器があれば問題ないのだが、コイツにはそれが通用しなかった。私のパスポートにあるコートジボワールのビザはもう切れており、代わりに別に携帯していた滞在許可証のみが、「私はコートジボワールに合法的にいますよ」ということを証明する書類だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;が、しかし。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;コイツは、「お前のビザの有効期限はもうとっくに切れている。なのにどうしてここにいるんだね？」と吹っかけ始め、「こんな紙（滞在許可証のこと）は自分は見たことも聞いたこともない。偽物に違いない！！」とでっちあげ、なんともまぁ、それはそれは面倒くさい展開になってしまったのだ。最終的には一緒にいた友人が助けてくれたからお金は払わずに済んだのだが、現場の気分と気まぐれ次第で、法的な書類は何の価値も持たなくなってしまうことを示すいい例だと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どうかな？少しは、外国人（ほかのアフリカ諸国出身者）がどのような苦労を強いられるのかがなんとなくリアルに感じられたのではないだろうか？&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-1737319779241296398?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/1737319779241296398/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=1737319779241296398' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/1737319779241296398'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/1737319779241296398'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/06/blog-post_21.html' title='コートジボワールに住む外国人の苦労'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TB8sz0J-aiI/AAAAAAAAAz8/0Aj_8dvRZGo/s72-c/P3040310.JPG' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-5425237151207002986</id><published>2010-06-16T00:54:00.007+09:00</published><updated>2010-06-21T18:27:35.065+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='旅　スーダン'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='コートジボワールの社会'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ディアスポラ'/><title type='text'>コートジボワール社会の中での移民・外国人問題</title><content type='html'>&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#999900;"&gt;フランスで、フランス人がやらないような安い賃金の仕事をしているのが、主に旧植民地からやってくる移民である。北アフリカ出身者が圧倒的に多いけど、サハラ以南のアフリカだと、カメルーン、コートジボワール、セネガル、マリの出身者が一番多いかな。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;メディアが移民の問題をたくさん取り扱うようになり、「ヨーロッパにいる移民＝危なくて、薄給な仕事をしている人々」というイメージが出来上がってしまっている感がある。しかし当然ながら、全ての人がそのような暮らしをしているわけではない。専門職に就いている人やエリートもたくさんいるよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで、アフリカの中にも移民や出稼ぎ労働者による「人の流れ」があるのを、みなさんはご存知でしょうか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;国が壊滅的状態に陥っているジンバブエから、お隣の南アフリカに人がどんどん流れていることは、メディアでもたくさん取り上げられている。おかげで南アフリカでは、外から来た出稼ぎ労働者とのトラブルが絶えない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;スーダンに滞在したときに驚いたのは、スーダンに出稼ぎに来ているエチオピア人の多さだ。アディスアベバのスーダン大使館は出稼ぎに行くためのエチオピア人で溢れ返っており、スーダンへ入国する際にも、大きな荷物を抱えたエチオピア人グループの姿が印象的だった。ハルツームに着いてからも、至る所でエチオピア人に遭遇したし、エチオピア人女性がハルツームの道端でお茶やコーヒーを売っている姿も、ちょくちょく目撃した。（ちなみに、スーダン人男性の間では、エチオピア人女性は大人気だ。美しさではピカ一のエチオピア女性は、日本女性と似ていて、「男性の三歩後ろをゆくひかえめな女性」というイメージが強いからね。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;コートジボワールは、西アフリカ一の先進国だ。最近は若干不安な部分もあるが、社会も経済も、周辺国と比べると非常に安定している。そして、そんなコートジボワールの周辺には、サヘル諸国（通称：世界最貧国。でもさ、国際機関やNGOは、何を基準にして「世界最貧国」だなんて失礼な言い方をしているのかしら）のブルキナファソ、ニジェール、マリや、内戦や社会不安定で一時は大変なことになった（というか、今でもそう？）リベリア、ギニアが名を連ねている。だから、コートジボワールの社会の中に、周辺国からやってくる出稼ぎ移民がたくさんいても、別に驚くべきことではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;象牙人がやりたがらないような仕事を進んでやるのが、こうした外国からの出稼ぎ労働者だ。彼らは、象牙人にとっては受け入れがたいような賃金でもよく働くし、「生活環境が少しくらい悪くても耐える強さを持っている」と、一般の象牙人から評価されている。「彼らの国の状況は我々の国のそれよりも劣悪で厳しいから、ウチラにとってはhors de question（問題外）な環境も、彼らにとっては天国のようなものなんだろうね～。」といったところだ。皮肉なことにこれは、フランスにいる象牙人出稼ぎ労働者に対するフランス人の眼差しと若干似ている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最近は象牙経済も下向き気味だから、象牙人もぜいたくを言わずにどんな仕事も引き受けるようになったのだとか。ただ、「イボワールの奇跡」と呼ばれていた７０～８０年代の絶頂期には、下請けの仕事はほぼ全部外国人にやらせていたというのだから驚きだ。３Kの仕事はほぼ全て外国人にやらせていた、バブルのころの日本みたいだね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、サヘル地域の人というのは、涙が出るほど「穏やかでいい人」タイプが多いんだよね。どうしてここまで優しくなれるの？と、逆にこちらが聞きたくなってしまうくらいだ。忍耐強くて、常に心の平安を求めていて、つつましやかで、シンプルで・・・。やはり、厳しい環境で育つと、人というのは優しくなるのかしら。優しくて穏やか過ぎるから、自分勝手な権力者の思うがままにされてしまうくらいだ。私のパリでの同僚であるママドゥー（ニジェール人）がまさにその典型例でした。（ママドゥーは、カメルーン人のトンデモ社長の不当な扱いにも、それからうちの会社の劣悪な労働環境にも文句ひとつ言わず、常に微笑を浮かべながらひたすら耐えていたの。見ているこちらが泣きそうになってしまうくらい！！）そんな彼らだから、どんなに厳しい試練が降りかかろうと、じっと耐えて耐えて耐えまくってしまうのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここで少し、コートジボワール社会でどのような人がそのような事をしているのかを紹介したいと思いま～す。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊ブルキナファソ人&lt;br /&gt;コートジボワールにいる出稼ぎ外国人の中でも圧倒的に多いのは、隣国であるブルキナからやってきた人々。ブルキナ人を見分ける方法の一つに、顔の引っかき傷がある。エチオピア南部やスーダンでも、顔に引っかき傷のある人は目撃したよ。この傷は、その人がどこのクランに属しているのかを示すためのもので、伝統が強く残っているサヘル地域の一部では、今日でも守られている習慣だ。アビジャンの市場や道端では、このような引っかき傷のある女性が、卵やら小物やらを売っていたのが印象的だった。そして、彼女たちの多くは＊フランス語があまり喋れないため、とにかくスマイルで値切り交渉を乗り切るしかなかった思い出があるなぁ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#999900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TBejRok3XRI/AAAAAAAAAzk/LEGszlLPnLk/s1600/DSC03753.JPG"&gt;&lt;img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5483030594692013330" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 240px; CURSOR: hand; HEIGHT: 320px; TEXT-ALIGN: center" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TBejRok3XRI/AAAAAAAAAzk/LEGszlLPnLk/s320/DSC03753.JPG" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt; &lt;span style="font-size:85%;"&gt;近所のブルキナおばさん。卵をいつも安く売ってくれてたの。&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;でも言葉がなかなか通じなくて残念だったわ。&lt;/span&gt; &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#ff0000;"&gt;＊コートジボワールでは、今やフランス語しか話せない子どもが出現しているくらい、フランス語が普及している。母語が違う人同士が結婚して家でフランス語を話しているのならともかく、母語を共有する夫婦が、あえて家庭内での会話をフランス語で統一している場合もあうぃ、個人的には少し残念に感じている。コートジボワールの場合、村に行ってもフランス語が通じるからビックリだね。反対に、サヘルの国々やセネガルでは、フランス語が分からない人がまだまだたくさんいる。これには、フランスの植民地運営の方法や教育の普及率、言語政策の影響など、様々な理由がある。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ある日、道端で近所の人と立ち話をしていたときに、若い男性が「携帯電話を持っていますか」と私に尋ねてきた。電話をかけたくても、持っていなかったらしい。そこで、私の電話を出すと、彼は持っていた女性用の財布の中に入っていたカードを取り出して、そこに書いてあった番号にダイヤルした。どうやら、道端に落ちていた財布の持ち主に電話をかけたようなのだ。ここは、東京ではなくてアビジャンである。物を落としたら最後、絶対にそれが手元に戻ってくることなどありえない場所である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は本当に感動した。ＴＩnA（This is NOT Africa）じゃないですか！！それとも、こんな天使に思わぬところで出会えてしまうということ自体がかなりTIAだと言ったほうがいいのかしら？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「もしかして？」と思い、その若い男性に聞いてみると、やっぱり彼はブルキナ人だった。象牙人が悪いヤツとは言わないけれど、こんなにバカ正直なのはやはりサヘル出身者ならではだなぁ・・・と、つくづく実感させられるようなエピソードだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;田舎っぺなブルキナの人、私は結構好きだよ。ウガンダ人と少し似ていて、挨拶するのにいちいち時間がかかるところもチャーミングだしね。「結構長い間立ち話したなぁ」と思って会話の内容を思い出してみたら、実は挨拶ぐらいしかしていなかった！！なんてこともよくあった。 &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#999900;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#999900;"&gt;ただし、彼らは一見穏やかそうに見えて、話すべきこととそうでないことをよくわきまえている。これは私が受けた印象だけど、ブルキナの人は、象牙人に比べるとあまり政治の話をしたがらない（というか、避けている）傾向にあるように思えた。こちらからサンカラ（私が大好きな、アフリカ版チェゲバラ。急進的すぎてみんながちょっとついていけてなかったけど、こういうリーダーがこの大陸には必要だ。ちなみに彼は、ブルキナ出身）の話をふっかけようとしても、すぐにはぐらかされてしまい、気付くと話題が変わっていた・・・なんてこともしばしば。おそらくこれは、厳しい環境の中で暮らす人々の知恵なのかもね。余計なことは口にせず、ひたすら心の平和を求める・・・・そんな感じ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、サッカーの国際試合がある日には、アビジャンでは一日中、社会の機能が停止する。それくらい、サッカーは象牙人にとって大切な生活の一部だ。これがね、コートジボワール対ブルキナファソの試合だと、ちょっと面白いことが起こるの。マキ（飲み屋）に集まって飲んで踊ってドンチャン騒ぎをしながらテレビに釘付けになる象牙人と、地味に地味に、なるべく目立たないようにコソコソと集まるようにして試合を観戦するブルキナ人の、このコントラストがなんとも言えないほどシュールなんだよね（笑）。コートジボワールとブルキナファソなら実力の差がありすぎるから、結果なんて最初から誰の目にも明らかなんだけどね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;/span&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;p align="center"&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TBejSeHrutI/AAAAAAAAAzs/tCDGjAtQKDM/s1600/DSC03935.JPG"&gt;&lt;img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5483030609065130706" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 240px; CURSOR: hand; HEIGHT: 320px; TEXT-ALIGN: center" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TBejSeHrutI/AAAAAAAAAzs/tCDGjAtQKDM/s320/DSC03935.JPG" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt; &lt;span style="font-size:85%;"&gt;コートジボワールがアフリカ杯で勝った、ある夜のアビジャン。みんなこのおばちゃんのようになり、&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt;道という道を老若男女問わず走り続け、朝までドログバ・ビールを片手にパーティは続きます。&lt;/span&gt;&lt;/span&gt; &lt;/p&gt;&lt;span style="color:#999900;"&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;p align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊ニジェール人&lt;br /&gt;ニジェールは肉関係の産業が有名だ。そのせいか、アビジャンの道端や市場で肉を扱う仕事をしている人の多くはニジェール人だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;オフィスの近くの道端には、私がよく行く焼肉屋台（？）があった。ここでいつもニコニコしながらお肉を焼いていたのは、ニアメ（ニジェールの首都）から車で一日半かかるという村出身のおじさんだった。私が通りかかると、いつも「試食していきなよ」と言っては次から次へとタンだのハツだのをくれたものだ。「オラは、初めてアビジャンに出てきたときのこと、未だにそ～りゃ鮮明に覚えてるでぇ～（彼の話すフランス語を、日本語に訳すときっとこんな感じ）」と言っていたのが印象的だった。ニアメでさえ都会なものだから村から出てきた彼にとってはそれだけでカルチャーショックだったのに、アビジャンはきっと異次元だったんだろうね。それはそれはぶったまげてしまったのだとか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この焼肉屋台でいつもダラダラしているおじさんがいたのだが、彼もどうやら同郷出身者らしい。他にお客さんがいないときは、二人で仲良くお昼寝をしているか、黙ってニコニコしながらポカンとしているか、チャイをすすっているかのどれかだった。喧騒的なアビジャンの中心街で、そこだけ時間の流れがニジェールだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;たまに、コートジボワールの北部に向かう長距離バスのターミナルに行くと、伝統衣装を着た美しいニジェール女性に出会えたりする。かつて、エチオピアから現在のニジェールに向かって人の大移動があったせいなのか、彼女たちの服の雰囲気や肌の色、顔の感じなどは、エチオピア女性そのものだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TB8v1PNN6jI/AAAAAAAAA0E/CjEc3EmLxtg/s1600/P2270001.JPG"&gt;&lt;img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5485155462822095410" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; CURSOR: hand; HEIGHT: 240px; TEXT-ALIGN: center" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TB8v1PNN6jI/AAAAAAAAA0E/CjEc3EmLxtg/s320/P2270001.JPG" border="0" /&gt; &lt;p align="center"&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;綺麗なニジェールの女性。本当に美人！！アビジャンの長距離バスターミナルの近くにて。 &lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;&lt;p align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊ マリ人&lt;br /&gt;フランスにいるマリ人コミュニティーは、独自の強いコネクションとシステムで結ばれている。フランスのアフリカ人コミュニティーの中でも、マリコミュニティーはその他のコミュニティーとは少し一線を画しているというか、離れているというか。そのせいもあってか、あれだけマリ人がたくさんフランスに移住しているというのに、私の働いていた会社では、マリだけはなかなか手をつけられない状態だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マリ女性には美人が多いというのがアビジャンでの評判だ。コートジボワールのスターであるドログバも、奥さんはマリ人。そんなマリ人女性だけれど、少なくとも私は、アビジャンに滞在していた間には一度も遭遇しなかった。出会ったのは全て男性陣。そして、彼らにもブルキナ人やニジェール人同様、サハラの人に特有の、あの優しすぎるくらい優しすぎる傾向が見受けられた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;去年の暮れあたりから、アビジャンの私の家の近くの大通り沿いで、マリ人のお兄さん二人が突然パイナップルを売り始めるようになった。車がビュンビュン通るすぐそばで、彼らは山のようなパイナップルを前に一日中座っているのである。売る気ゼロ。ひたすら座り続けて、客が来るのをただただ待っている・・・客が来たとしても、あまり売ろうとはしないでただただ客に話しかけられるのを待っている。そんなTIAな商売です。彼らは、パイナップルを売っていた場所のすぐそばにあった薬局の警備員（？）をしていて、副職としてパイナップルを売っていたんだけどね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は、彼らと仲良くするようになってから初めて、コートジボワール国内にいる出稼ぎ移住者の暮らしの実態を目にしたような気がする。結構衝撃的だったよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まず、家がない。だから彼らは、薬局の屋根の下の部分で寝起きしている。盗まれるものがないとはいえ、さすがにこれは危ないし、警察が来たりしたらもう大変だ。しばらくは、近所の人の家から水をもらって何とか生活していたが、水道代が高いアビジャンで、ホームレスのマリ人に大量の水を与え続けるような天使はなかなかいないだろう。そして、薬局の人には彼らは完全に動物扱いされている。労働者の権利もすったくれもない。お給料は支払われないまま、それでも彼らは、「来月こそはきっと御金を貰えるだろう」と信じて、この薬局の人の言われるがままに働き続けている。もしかしたら、彼らも心の中では、いつまで経っても給料など貰えるはずがないということに気づいていたのかもしれない。それでも黙ってニコニコしながら耐えているところが、とてもサハラ的だなと思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私にできることがなにもないというこのジレンマ。今でも思い出すたびにイライラする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こういうときに、住所不定者や闇で働いている外国人は、立場が弱いよね。日本のような国に住んでいると、社会生活において必要な自分の権利というものを意識する機会がなかなか少ないけれど。そう思いながら、今日も東京の街中にいるホームレスの人の横を通り過ぎた私なのであった。 &lt;/span&gt;&lt;span style="color:#999900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊モーリタニア人&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;モーリタニア人男性は、アビジャン中でキヨスクを経営している。キヨスクとは、コートジボワール版のコンビニのようなものだ。朝は６時過ぎから、夜は１１時くらいまで開いている。バゲットや粉ミルク、コーラを始め、歯みがき粉や石鹸、文具に至るまで、ちょこまかとしたものを売っているのだが、これがすごく便利なの！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;象牙人が経営するキヨスクもあったんだけど、これはちょっとダメダメね。まず、品揃えがモーリタニア人のキヨスクとは比べ物にならないほど悪い。しかも、モーリタニア人キヨスクでは、あの小銭不足のアビジャンにおいて奇跡的ともいえるほど、少額貨幣が常に充実している。だいたいどこのお店からも、マルシェで野菜を売っているどのおばちゃんからも、「お釣りがないからアンタには売らないよ」な雰囲気が感じられるのがアビジャンだ。（TIA,売り手が神様で、売り手に絶対的な権限があるわけです。客は犬同様です。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;たとえお釣りが店になくても、モーリタニア人は独自のルート（アビジャンには、少額貨幣を取引するための闇市も存在するよ。詳しくはこちらを参照。）を駆使して、なにがなんでもお釣りを見つけてくる。最初は「面倒くせー」なダラダラ感を出してくる彼らだが、なんだかんだできちんと最後には対処してくれる。カスタマーサービスの質が違うから、アビジャンに行く際には是非、モーリタニア人のキヨスクで買い物をすることを私は強く勧める。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところがどっこい、このモーリタニア人コミュニティーには、とんでもない秘密が隠されているのです。それは、モーリタニア人女性。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アビジャンにいるモーリタニア人の多くは、モーリタニア北部出身のアラブ系の人がほとんど。そして、アラブとアフリカの間には色々な心理的いざこざがあったりしているせいか、アラブ系とアフリカ系が結婚するということは、極めて貴重なケースなのです。そこで、在コートジボワールのモーリタニア人男性がどうしているかというと、五、六人くらいでモーリタニア人女性をpartager（共有）しているのだそう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;モーリタニアの人は本当に親切でフレンドリーだけど、同時にモーリタニア人コミュニティーは閉鎖的で、象牙人にとってはかなりミステリアスな存在だ。「彼らは閉鎖的で、自分の国の女としか寝たがらないんだ」と私に教えてくれたのは、象牙人のエリクソンとジェローム。だからこんな噂が囁かれるようになったのかもしれないけど・・・。イスラムの教えがかなり強いからなのか、確かに女性の姿は一度も見なかったなぁ。エリクソン曰く、モーリタニア辺りの女性は、家の外になかなか出たがらないのだとか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いずれにしても、HIV/エイズ関係の団体の中には、この、モーリタニア人コミュニティー内でのHIV感染拡大を本気で憂慮しているところもあるくらいだから、この噂は本当なのかも。信じられない話だけど、TIA,これが事実だとしても、私はもはや驚かない。何があっても不思議じゃないからねぇ、アフリカは。だから好きなんだけど（笑）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊リベリア人&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先述したエリクソンと一緒に、コートジボワール西部のサンペドロという町に行く機会があった。ここは、リベリアとはもう目と鼻の先。シャリーフさん（アフリカ初の女性大統領）が頑張っているおかげで、なんとかリベリアにも希望が見え始めている今日この頃だけど、それでも長期にわたる内戦と社会不安定で痛めつけられたこの国には、問題が山積みだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;パワフルなリベリア難民のおばちゃんと過ごした週末についてはまた別の機会に書くことにして・・・。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;サンペドロでは、少なくてもリベリア人難民は、象牙人やコートジボワール社会からの差別に苦しんでいた。「苦しんでいた」と書くと、いかにも苦しんでいるかのように聞こえるから、「差別と闘っていた」と書いたほうが正しいかな。リベリアでの内戦は残虐であったため、どうやら象牙人の間では「やつらは野蛮で危険だ」というデマが広く浅くではあるが信じられているようだ。そのせいで、就職時や学校で、様々なinjusticeが起きているのだとか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;言語の壁も大きい。これが、同じフランス語圏出身の難民であったなら、話は少しは違っただろうけど。ちなみに、リベリアの英語は世界で一番難解だと言われています。確かに、私はリベリア人とはフランス語で話したほうが楽に通じ合いました。彼らの英語は、本当に何を言っているのかさっぱり！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どこの国でもそうだとは思うけど、難民と難民を受け入れる国の地元の人の間には、いつも確執が起こるのは避けられないことなのかな。リベリア難民の多くは、もうコートジボワール社会に表面上は溶け込んでいる。もともと失業率が高かったところに難民が流れてきて仕事を持って行っちゃったり、難民にばかり支援をする国際機関やNGOを見て、やっぱり地元の象牙人にとっては面白くないよね。嫉妬してしまうのも分からなくもない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次回は、こんな象牙社会で暮らす外国人が、どのような行政上の問題を抱えているのか、そして彼らがそれに対してどのようなユーモアで対処しているのかについて、書きたいと思います！！&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-5425237151207002986?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/5425237151207002986/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=5425237151207002986' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/5425237151207002986'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/5425237151207002986'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/06/blog-post_16.html' title='コートジボワール社会の中での移民・外国人問題'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TBejRok3XRI/AAAAAAAAAzk/LEGszlLPnLk/s72-c/DSC03753.JPG' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-8222080415658471623</id><published>2010-06-09T00:21:00.000+09:00</published><updated>2010-06-09T00:22:19.771+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='アフリカの本当の問題'/><title type='text'>better baby?なんじゃそりゃ</title><content type='html'>&lt;span style="color:#000099;"&gt;もしもいつまで経っても結婚できないと嘆いている大和撫子がいたら、今流行りの婚活などに無駄なお金と時間と労力をかけずに、私はアフリカへ行くことを薦める。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こんな私でも、アフリカ各国の道を歩いていると結婚をよく申し込まれた。私でさえこうだったのだから、ほとんどの日本人女性はそれ以上であろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ヤギ四十頭と引き換えに息子の嫁になってくれと言ってきた、マンゴー売りのおばさん。警察署のお偉いさんだから何をしてもいいと勘違いし、私と結婚して日本で新生活を始める壮大な計画を延々と話して聞かせてくれたおっちゃん。「俺の村には、大きなカカオ農場と畑があるから心配するな！！」と言ってくれたおじさん。（ちなみに、彼に「一夫多妻制は嫌だよ」と言ったところ、「じゃあ俺のかみさんと別れる！」という予想外の一言を、彼は吐き捨てていました。喜んでいいのやらなんなのか。）スワジランドでは、牛十二頭と引き換えに、第三夫人になってくれと頼まれたこともあったかな。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;牛十二頭・・・かなりいいオファーである。どうして断ってしまったのか、未だにあの日の自分の言動が信じられない。きっと、マラリア明けで、脳が正常に機能していなかったのであろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なぜこんな私に結婚を申し込んでくるのか。私と結婚すれば当然、「逆玉の輿にのれる」だの「日本に行くビザがもらえる」だのと考えている人が大半であることは、今さらこの場で述べる必要もないと思うので割愛する。それよりも私が驚いたのは、生まれてくる子どもを大きな理由に挙げている人の多さだった。結婚の意味合いが少し日本のそれとは違うので、彼らにとっては、子どもというのは結婚の際に非常に大きなキーワードとなってくるんだね。いい子どもをたくさん産んでくれる人こそ、理想の結婚相手なのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんな風に、子どもを理由に結婚を申し込んでくる人と話していると、やや頻繁に会話に登場するある言葉がある。そしてこの言葉を聞く度、私は失望と怒りを感じずにはいられなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「better baby（より良い赤ちゃん）が欲しいんだ」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;おそらくこの言葉を発している本人には深い意味はないのだろうけれど、こんな発言を無意識のうちにしてしまうということ自体がおかしい。Betterとは、何と比較したときのbetterなのか、何を基準にして考えたときのbetterなのか、どうして私との子どもだとbetterなのか――。問い詰めなければならない事やハッキリさせておくべき点はたくさんあるよね。私があまりにも真面目な顔をして次々と質問をするものだから、逆に相手の方が困ってしまった・・・なんてことはよくあった。「軽いノリで言っただけなのに、なんだいこの女は、こんなに真剣になりやがって」状態である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼らがなぜbetter babyと言うのか――その理由は簡単であると同時に、ちょっぴり悲しい。多くの人とディスカッションをしていくうちに見えてきたもの、それは、Better babyという発言を私の目の前でした人の多くが、「混血の子どもは、二つの人種の優れている点を受け継いでいる」と考えていることである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それぞれの人種の優れている点？？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人種という概念そのものに疑問を抱いている私にとっては、一番最初にツッコませていただきたいのがこの「優れている点」に関するエトセトラである。納得できないものの言い方だけど、とりあえずこのように考えている人の意見を聞こうじゃないですか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼らに言わせてみると、黒人の優れている点とは身体能力とパワーであり、白人の優れている点とは頭の良さ(intelligence)やメンタリティーであるというのだ。もちろん、「黒人にも頭のいい人はたくさんいるし、白人にもバカな奴らはいる。黒人でも身体能力が低い人もいれば、白人でもパワーの強い人もいる。」とみんなが付け加えていたけど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アフリカの人にとって、「身体的な強さ」は非常に大きな意味を持つ。男も女も、強くて力がある方が尊敬を集める。伝統的な価値観が強く残っているようなところにそのような考え方が残っているのかと思いきや、ウガンダでもコートジボワールでも、これは現代社会全体に浸透している。街にあるオフィスで働いているホワイトカラーの人にとっても、力の強い人はやはり憧れの存在らしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はよく、面倒なことを避けるために既婚者として話を通していたが、私の夫に関する質問の中でもとりわけ典型的なのは、以下のようなものである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「夫の名前は？」&lt;br /&gt;「夫の職業は？」&lt;br /&gt;「夫の国籍は？」&lt;br /&gt;「子どもはいるのか？」&lt;br /&gt;「その夫は強い男なのか？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;うん、そうなんです（笑）。それくらい、彼らにとっては「強い」ということが、社会的にも重要な意味を持っているのです。でも、intelligenceやメンタリティーは白人の方が優れていると思っていることは、遺憾の一言に尽くね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;更に話を深めると、「だからオバマは大統領にふさわしい人物である」ということらしい。これは、アビジャンの道端で靴の修理屋をしている、二十代後半くらいの男性との会話の中で実際にあったやりとりだ。「アメリカの大統領と言えば世界の大統領だ。こんなに重要な役職に就いたオバマは、アフリカの強さと白人の頭脳が合わさっているからこそ、あのような立派な器になったんだ。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しつこいくらい何度も繰り返すが、アフリカの人のみんながみんな、このような考え方をしているわけではない。この社会心理の病気とも呼べそうな状況を嘆き、見えない敵を相手に必死に闘おうとしている人を、私は何人も知っている。ただし、残念なことに、無意識のうちに人々の心の中にこのような白人至上主義的考えが蔓延してしまっていることは、認めざるを得ない事実なのだ。 &lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-8222080415658471623?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/8222080415658471623/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=8222080415658471623' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/8222080415658471623'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/8222080415658471623'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/06/better-baby.html' title='better baby?なんじゃそりゃ'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-8515032576675012340</id><published>2010-06-08T18:09:00.003+09:00</published><updated>2010-06-08T18:22:19.957+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ウガンダの大学'/><title type='text'>高学歴の大量生産工場</title><content type='html'>&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TA4Jljqt1FI/AAAAAAAAAzc/Wqp_y0l7SoM/s1600/2007_09020004.JPG"&gt;&lt;img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5480328337390687314" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; CURSOR: hand; HEIGHT: 240px; TEXT-ALIGN: center" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TA4Jljqt1FI/AAAAAAAAAzc/Wqp_y0l7SoM/s320/2007_09020004.JPG" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt;マケレレのシンボルである、通称「象牙の塔」。かつては、本当に名門校だったらしいマケレレ。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt;未だにこの大学を、「アフリカのハーバード」と呼ぶ人が後を絶たない・・・がんばれ（笑）。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;&lt;span style="color:#660000;"&gt;マケレレ大学の一日は長い。朝は七時から一限が始まり、休みなしに夜の十時まで授業がある。ちなみに一コマは一時間だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なぜそんなにスケジュールを詰めないといけないのか。答えは簡単だ。大学の持つキャパシティーを考えずに、お構いなしに大勢の学生を入学させるからだ。ワイロがあれば誰でも大学に入れちゃうもんね。まさに、「高学歴の大量生産工場」である。だからこそ、朝の七時からノンストップで教室をフル回転させないと、回しきれないんだね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その昔、アミンがまだ大統領だったころ、マケレレに入る学生には全て奨学金が給付されていた。少人数のエリート教育が徹底され、教育の質も学生のモチベーションも、現在とは比較できないほど高かったらしい。古き良き時代のマケレレとして、当時を知る人たちは懐かしそうに私にそう教えてくれたものだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、マケレレにはかなりの割合でケニアやタンザニアから留学生が来ているよ。彼らの多くは、自国の大学に入れなかった子たち。だから、みんなマケレレに対して文句を言ってはいるけれど、ちょっと負い目を感じている部分も少なからずある。私も私でそれはよく承知していたから、「ケニアではこんなことは絶対に起きないのに！！」と言っているケニア人学生がいても、「だったらケニヤッタ大学（ケニア一の名門大学）に行けばよかったのに」とは決して言わなかった。マケレレの堕ちぶりは、東アフリカでも有名な話だから、正直な話、マケレレに来ても文句をたくさん言いたくなるような環境に身を置くことになるであろうことは、事前にいくらでも予測できたはずだ。それでも彼らがマケレレに来る背景には、家族からの強い希望や「とにかく学歴さえあれば、なんとか人生やっていけるかもしれない」という期待がある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ウガンダに留学していた当時はマケレレに対する批判的な意見しか持てなかったし、何よりもマケレレという、「自分の良心に反する地獄のような場所」とまで言いのけては毛嫌いしていた場所に私自身がどっぷりと浸かっていた。そのため、このような期待をマケレレ大学という場に求めている人たちを見ては、彼らやアフリカの将来を嘆きたくなるような感情に駆られてばかりいた私であった。「こんなにふざけている内容の教育を受けて！！社会的にはエリートかもしれないけど、中身が伴っていないじゃないの、中身が！！！これだから、何も考えられない、何も生み出すことのできないエリートがどんどん増えていって、この国はダメになっていくんだ！！！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この気持ちは今でも変わらないけれど、マケレレの怒涛の日々から解放されて約二年がたった今だから思う。これって、日本も状況としては全く変わらないよね？少なくとも、大学の環境は日本のほうが断然上だけど・・・。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なんていうかな。やはり、「教育こそが貧困から脱出するためのカギだ！！」という認識が広まったのはいいことだけど、ウガンダ人非ウガンダ人を問わず、マケレレには「学士さえ取ればとりあえず人生安泰だ」という考えの人が多いような気がする。これは、私の日本の大学にも同じことが言えるね。ただし、少なくとも私の大学は、本気で勉強したい人にはそれなりの環境が整っている。マケレレは・・・日本の私立大学とウガンダの公立大学を比較している時点で間違っているのかもしれないけれど、それでも、「君たち！！！なにか勘違いしていない？ちょっと世間知らずすぎない？この状況で、本当に学んでいるとでも思っているの？」と、学生全体に叫びたい気持ちでいっぱいだった。これは、教育関係の問題を取り扱う諸団体や国連、政府にも同じことが言える。ただ単に学校を作ればいいのか。学校に行く子どもたちや、大学に行く人の数が増えればいいのか。中身が伴っていない教育など、教育と呼んでいいものなのか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「学位の大量生産工場」は、日本の大学全入時代とかなり似ている。このように表現するとおそらく、これを読んでいる皆さんにも、ウガンダで起きている高学歴者と社会構造の問題をすんなりと想像していただけるのではないだろうか。（結局は、どこの国で起きている問題も根本は同じであるということ。アフリカだろうと、日本だろうと。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、学位の大量生産工場では、さまざまな歪が生まれている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;学位が珍しくなくなった時代、マケレレを出ていたって仕事がそう簡単に見つかるわけではない。だからこそ、学士取得後に実は自分が何の知識もスキルもないことに気づいて大学院に進学する人や、就職活動に失敗して、仕方なしに修士課程を始める人が後を絶たない。院を卒業した人でも、メイドさんやゴミ拾いの職に就く人もいるくらい、この国の就職難は厳しい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もっとも、修士号を持つメイドさんやゴミ拾いさんたちは、多くのsnobなマケレレの学生・卒業生よりも賢い生き方をしていると私は思うけどね。日本以上に社会格差が大きくて、かつその格差が目に見えるウガンダ社会では、自分の置かれたレベルよりも下のことを行うことは、心理的にout of question（問題外）であり、プライドが絶対に許さないのである。だから、どんなに生活が困窮しようと、道端で果物を売りながら食いつないでいくという発想はどこにも起きない。そんなことするくらいなら、売春をしたり、親戚に頼ったりするほうを彼らは選ぶであろう。（日本でもそうなのかな？）そんな中で、修士号を持つメイドさんやゴミ拾いさんは、struggleしながらも自分の力で生きようとしている。根性我慢物語が大好きな日本人の目には、こちらのほうがカッコイイ生き方に映る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マケレレにいた当時に院生の友達もそれなりにいたが、彼らが教えてくれたマケレレ大学院の実情で驚くべき点がいくつかあった。そして、それらの話を聞いた後、大学院も結局は学位の工場であることを私は悟った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マケレレの大学院の授業のレベルは学部と同じくらい（つまり、日本の中学校と同じレベル）であり、授業中の書き写しと教授へのご機嫌取りがメイン。そして、上に行けばいくほど、教授から不正な評価を受ける確率が高くなるという。ＡやＡ＋はまずは取れない。時々、学位の取得でさえ、教授に邪魔をされて困難になることもある。全ては、「卒業した後の学生は、自分の職業的地位を脅かすライバルになりかねない」という恐れからきている（と、少なくともマケレレの院生は推測している）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は、大学院生のこの推測を、単なる勝手な推測として笑い飛ばすことがどうしてもできなかった。何でもあり得るＴＩＡでは、こんなことは日常茶飯事だからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いろいろ考えてみると、最終的には「大学とは何か」という疑問にたどり着く。私自身、大学に入った一番大きな理由は、将来のために「学位取得者」という社会的地位がどうしても必要だったからであることを認めざるを得ないから、「何も学べなくても、とりあえず大学に行けばなんとかなるかもしれない」という考えのマケレレ生の気持ちが分からなくもない。もちろん、大学で出会った人や学んだことはかけがえのないものだけれど、人や知識と出会うために大学に在籍している必要があるとは私は思わない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;結局のところ、何を大学に求めるかということは人それぞれ違うから一概には言えないのですが。それでも、高学歴大量生産工場としての意味合いしか持たない大学には大きな疑問を抱いてしまうね。井の中の蛙じゃないけれど、自分たちは国際水準の一流教育を受けている！！と信じ込んでいる、プライドの高いマケレレ生のことを考えると、他人の国の事情なのに頭痛が始まるのはどうしてなんだろう・・・。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マケレレ後期には、私は夜間部の授業を中心にとっていたが、夜間部の学生には様々なバックグラウンドを持った人がいてなかなか面白かった。昼間部の学生は、プライドの高い中産階級出身者が多い印象を受けたし、クラスメイトと話していても面白くも何ともなかったというのが正直な感想だが、夜間部には働きながら学んでいる人や、一度社会に出てから大学に行く必要性を痛感した人、それから、子育てが終わって一段落したお母さんたちがたくさんいた。みんな忙しい人たちだったからなかなかゆっくり話をする時間がなかったのが残念だけど、この人たちを見ていると、教育の質や制度に問題は山積みでも、ウガンダとウガンダの大学生を応援したい気持ちになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;みんな今頃どうしてるのかな。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そう思うと同時に、本当に勉強がしたいと思っている学生のためにも、マケレレの状況が一日でも早く改善されることを願ってやまない。とりあえずは、努力が正当に評価される大学になってもらいたいね。ワイロやセックスがないといい成績が来ない高学歴者の大量生産工場なんて、こんなに志が高い人たちにはもったいなさすぎる。 &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-8515032576675012340?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/8515032576675012340/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' 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/&gt;コートジボワールに到着して間もないころ、アビジャンのアジャメ市場で買った、これまた中国製の使い捨てサングラスをつけていたら。すると、街行くイケイケファッションに身を包んだ男の子に「それ、超クールだね。どこで買ったの？」と言われた。コートジボワールでは、外国製品に対する人々の意識はどのようなものなのだろう・・・これを知るために、私はちょっとこの男の子をからかって試してみた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「これは、アメリカで買ったんだよ。」と私。&lt;br /&gt;「やっぱり！！！そうだと思ったよ。だって、そんなにクールなサングラスは、ここでは手に入らないもの。俺さ、すぐそこでメガネの売ってるんだけど、お姉さんのそのサングラスを売ってくれないかな。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;おっと！！買い取るとまで言ってのけたぞこの彼。彼のお店についていくと、なるほど。彼は本当にメガネやサングラスに関しては、プロ（？）だったんですね。だったらますます、どうして私が身に着けていたというだけで、アジャメのサングラスが「ここでは手に入らないクールなサングラス」に思えてしまったのだろうか。しっかりしてよ、もうまったく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それにしても・・・ボロい服を着て、中国人だのチンチョンだのシントー（安物の中国製品のこと）だの言われては街ゆく人々に指差される私でさえ、身につけているものは高価に見えるらしいのだから面白い。考えようによっては、外国人である利点を生かして一儲けできるよね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;というか、これで私は一儲けしました（笑）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;スーダンとエジプトの国境（といっても、砂漠の中にポツンとあるだけの町）にあるワディー・ハルファで、夕方出発のエジプト行きのフェリーに乗るため、朝早くから出国手続きだのなんだのかんだのに勤しんでいた私たち。スーダンのお役所作業は毛虫よりもノロい挙句、その日はラマダン真っ最中。普段からノロノロしている毛虫さんがさらにノロくなっていた。しかもスーダンといえば、とんでもなく複雑極まりない（＆まったくもって意味のない）手続きを強要することで有名な国。その日も待ち時間をつぶすべく、私たちは躍起になってアクティビティー探しに励んでいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、アフリカで学んだことの一つに、「何もなさそうな場所でいかにしてアクティビティーを創り出していくか」というものがある。小さな町のバス停で出発まで五時間待たなければならないなどということが、頻繁に発生するのがアフリカ大陸だ。常に発想を転換させ、ほんの小さなことにも興味と面白さを見出す能力が求められるし、また、この大陸に長くいれば、嫌にでもそうした能力は身に着くものだ。人生、得したような気分になるよ&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でもさ・・・・摂氏五十度の砂漠の町during（しかもラマダン中）では、アクティビティなんか見つかるわけがない。ちょうどそのころ、私のバックパックは不必要なもので溢れ返ってすごいことになっていたため、出国までの待ち時間を使って荷物の整理をしてみることにした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;案の定、次から次へと出てくるジャンキーの数々。キリマンジャロの頂上で拾ってきた石、スワジランドで買ったコショウ、ナイフ、未開封の正露丸、モザンビークの市場で見つけたハイキングシューズ、エチオピアの寒さ対策のために用意したジャケット（当然、海外からやってきた援助衣類の垂れ流しね）、石鹸、etc….　貧乏性のアドレナリンが働き、これら全てを捨てるのはもったいなすぎて私にはできなかった。そこで、道端に布を敷いてどこででもお店を始めてしまうアフリカン精神にヒントを得、とりあえず冗談半分で売ってみることにした。気分はすっかり寅さんだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;商売を始める前からすでに、道端でゴロゴロしていたおっさんたちがこちらの様子を興味深そうに見つめ始めた。通りすがりの人に英語で「見てってよ！！安いよ！！」と言っても、？？？な顔をされるだけだったが、だんだんと好奇心旺盛な子どもたちや若者が集まりだしてきた。ひとたび人が集まると、私たちのスイッチは完全にオンになる。「これ、全部五ポンド（約二百円）！！五ポンド五ポンド五ポンド！！！」だんだんとお祭り騒ぎが始まり、やる気のやの字もないようなスーダン人が、ようやく重い腰を上げて集まりだしてきた。こうして、どう考えても売り物になんかなりえないようなシロモノの数々が、次から次へと買われていった。当然、みんな最初は「これ、大丈夫なのかよ・・・」といった表情を浮かべるのであるが、それでもお金を出して買い取ってくれるのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もしも私たちが外国人では無かったら、こんなことはまずは起きなかったであろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私たちが商売をしていたときに、非常に親切なおじさんが二人現れた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最初のおじさんは、黙って私たちに大きな傘を貸してくれた。言葉が通じなかったのが残念だが、容赦なしに照りつける砂漠の太陽を指差し、傘を使うようにしきりに勧めてくれたのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;二人目のおじさんは、私たちの露店周辺に集まっていたヤジ馬と買い物客から少しずつお金を集め出した。最初はてっきり、彼は私たちが商売をしているまさにその土地の所有者か何かなのかと勘違いした。「これは俺の土地だ！！」と勝手にぶちまけては、お金を集めようとする手のTIA商法には何度も遭遇してきたため、心の中では「ああ、この人はきっと、このあと私たちにもお金をせびるつもりなんだ・・・面倒くさいなぁ」とグレーな気持ちになっていた。ところが、みんなから集金を終えた彼は、それをそっくりそのまま私たちにくれたのである。見せ物の出演料みたいなものなのかしら？外国人が露店を開いていたのが、そんなに物珍しかったのかしら？金額も相当なものだった。当時の換算で、約三十ユーロはもらったのだから。スーダン・ポンドは、隣国エジプトでさえも両替ができないという話を聞いていたので、そのお金を使い切るほうに頭を使ったけどね（笑）。おかげで、エジプトまで行く船の中では、かなり豪華なご飯にありつくことができましたよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アフリカでいつももったいないなと感じていたのは、現地の人の多くが、自分たちがどんな「いいもの」に囲まれて生活しているかということに気付いていないことであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;たとえば、コートジボワールの市場。私の目には、コートジボワールの地元の市場は宝の山にしか映らなかった。欧米や日本で買うとかなりお値段の張るシアバターが、ここではなにも加えられず、百パーセントそのままのピュアな状態で売られている。色とりどりの美しい布地と、自然のものから作られた化粧品。ここでは、石鹸も油も、何もかもがすべてオーガニックである。一部、中国の工場やインドからやって来た安物が紛れてはいるが、それでも市場が宝の山であることに変わりはない。特に感動的なのは、伝統薬品と薬草である。今後、米の製薬会社がどんどんアフリカの植物市場に介入してくるだろうが、そんなことはつゆ知らず、ボーっとしながら薬草を売りさばくおばちゃんたちを見ていると、行き過ぎた資本主義の波が、彼女たちを直接襲わないことを願わずにはいられない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TA0bO9_9TfI/AAAAAAAAAzU/IWKQuLFWGVE/s1600/P3060391.JPG"&gt;&lt;img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5480066265554701810" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; CURSOR: hand; HEIGHT: 240px; TEXT-ALIGN: center" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TA0bO9_9TfI/AAAAAAAAAzU/IWKQuLFWGVE/s320/P3060391.JPG" border="0" /&gt; &lt;p align="center"&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;魚から植物に至るまで、市場には先人の知恵が詰まった宝物がいっぱい！！&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TA0bOWBiehI/AAAAAAAAAzM/A1rRYpCwrbs/s1600/P3060402.JPG"&gt;&lt;img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5480066254823914002" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; CURSOR: hand; HEIGHT: 240px; TEXT-ALIGN: center" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TA0bOWBiehI/AAAAAAAAAzM/A1rRYpCwrbs/s320/P3060402.JPG" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; 市場の様子。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TA0bN-yJhZI/AAAAAAAAAzE/tGCrhV6-EHc/s1600/P3060397.JPG"&gt;&lt;img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5480066248585348498" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; CURSOR: hand; HEIGHT: 240px; TEXT-ALIGN: center" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TA0bN-yJhZI/AAAAAAAAAzE/tGCrhV6-EHc/s320/P3060397.JPG" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; 伝統薬品や薬草を売っているおばさん。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TA0bNhW4ghI/AAAAAAAAAy8/HkFfxU6tmyk/s1600/P3060393.JPG"&gt;&lt;img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5480066240686359058" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; CURSOR: hand; HEIGHT: 240px; TEXT-ALIGN: center" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TA0bNhW4ghI/AAAAAAAAAy8/HkFfxU6tmyk/s320/P3060393.JPG" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt; 白い石鹸（体や洗濯物用）、黒い石鹸（洗濯のりのような役割を果たす）、&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt;そして、赤油。&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt;これらは全て、パームの木から採れたオーガニック製品。市場ではよく見かけます。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところが、現地の人の多くが求めているのは、あるいは、多くの人が理想としているのは、地元の市場で手に入るような安くて質の高いものではない。もしも可能なら、大型のスーパーで手に入るフランス製品を消費して生活したい・・・これが彼らのホンネである。だから、少しでもお金があれば、値段が高くて質の劣る商品を選択する人が多い。これがトレンドであり、こうすることで、自分たちが社会的にも経済的にも豊かな生活をしているような気分に浸れるからである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;外国人が持っているものならなんでもかっこよく見えてしまうのは、日本人も同じことが言えるよね。もう少し自分たちが本来持つ「いいもの」に目を向けて、そこに価値を見出すことができればいいのだけれど・・・。とくにアフリカの場合、そうしないとどんどん搾取されるだけ搾取されちゃうからねぇ・・・。 &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-2384508418829625795?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/2384508418829625795/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=2384508418829625795' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/2384508418829625795'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/2384508418829625795'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/06/blog-post_08.html' title='外国製品への憧れ'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TA0bO9_9TfI/AAAAAAAAAzU/IWKQuLFWGVE/s72-c/P3060391.JPG' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-1467165162450472923</id><published>2010-06-04T00:57:00.010+09:00</published><updated>2010-07-03T02:53:33.463+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='スピリチュアルなアフリカ'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='コートジボワールの社会'/><title type='text'>コートジボワールの嫉妬と呪い</title><content type='html'>&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#ff6666;"&gt;去年の十二月上旬、シャカとマリーが私たちの家に突然引っ越してきた。ちょうどその頃私はマラリアにやられており、朦朧とする毎日を過ごしていたため、最初はてっきり、二人が私の看病のために一時的にやってきたとばかり思っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この二人は、引っ越してくる前から我が家に結構遊びに来ていた。お互いのことはもうよく知っていたので、彼らが引っ越してきても違和感は何もなかった。二人は、アビジャンから車で一時間半くらいの村に住んでいたんだけど・・・どうしてまた急に我が家に来ることになったんだろう？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マラリアが治り、普通の会話ができるようになったところでその質問をしてみると、こりゃまたTIAなぶったまげアンサーが返ってきた。感情的になって最初に答えたのはマリー。出生届のすったもんだのせいで、「実際は二十六歳なのに書類上は十八歳」な女の子だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「このまま村にいると殺される！！私たちの命が狙われているの！！」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アフリカでは、呪術や伝統医療というものが強大な力を持っている。前回のキベキのところに少し書いたが、スピリチュアリティーが人々の生活や社会に与える影響は大きい。そして、ちょっと気に入らないことがあると、悪霊を人の体に投げ込んだり、呪いをかけたりする人が結構いる。魔女狩りも健全だ。これは冗談ではないよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;よくあるのが、人の顔やら身体を変えてしまうものだ。新聞を読んでいるとよくあるね。「ブタになった女性」だの、「口が突然ひんまがってしまった子ども」だの。それから、信じられないかもしれないけど、とある人の目の精霊（視力）に影響を与え、実際の目がある場所ではなく、後頭部や耳のところにその精霊を動かしてしまう・・・なんていう方法の呪いもあるみたい。どういう状態に陥るかというと、顔に目はあってもそこにはもう目の精霊はおらず（そこからものを見ることはできず）、代わりに、目の精霊が後頭部に移動させられる（なにもないはずの後頭部から、ものを見るようになってしまう）・・・ということね。彼らは、目そのものには見る力はないと思っているの。おもしろいね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TAfSHLVh4wI/AAAAAAAAAy0/CVJwu7nzQ0c/s1600/P3040311.JPG"&gt;&lt;img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5478578492463506178" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; CURSOR: hand; HEIGHT: 240px; TEXT-ALIGN: center" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TAfSHLVh4wI/AAAAAAAAAy0/CVJwu7nzQ0c/s320/P3040311.JPG" border="0" /&gt; &lt;p align="center"&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;突然ブタの顔になってしまった、フローレンスさんという女性の記事。&lt;/span&gt; &lt;/p&gt;&lt;p align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は一度、コートジボワールの小さな町の市場で水を売っていたおばちゃんがあまりにもしつこいものだから、怒って「水なら買わないってさっきから何度も言ってるでしょうが！！！」と言ってしまったことがある。そのとき、おばちゃんが何かを私に言ったのだが、一緒にいた友達曰く、そのおばさんは悪い精霊が私の邪魔をするように、おまじないの言葉を吐き捨てたらしい。そのせいなのかな？その日は車の故障やら渋滞やらで、アビジャンに帰り着くのにとんでもない時間がかかってしまった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マリーがヒステリーを起こしてしまうのも分からなくもない。シャカがマリーに何が起きたのかを説明してくれた。マリーはその前の週に村で料理をしていたところ、突然倒れてしまったらしい。そして、高熱に数日間うなされ、挙句の果てには病床で叫び出すようになったのだとか。「これはただ事ではない・・・これは悪霊に違いない！！このままでは、あと二日もしないうちに彼女は死んでしまう！！」というワケで、悪霊の除去をする力のある家系出身であるフィリップが家に呼ばれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と、ここまで聞いたときに私がツッコミたかったのは、フィリップのことだ。私も何度か村には遊びに行ったことがあったため彼のことは知っているが、いつも、人の話を聞いているのか聞いていないのかよく分からないような感じの人なんだよね。突然イミフなことを会話の途中で切りだしてきては、私を翻弄させる中年のおじさんこそ、私の知っていたフィリップだった。「フィリップって、あのフィリップでしょ？そんな家系の出身だったの！？意外すぎるんだけど（笑）」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フィリップは、普段はあんなだけど、村の人にとっては大切な存在なんだって。村の人たちは、普段は仲良くしているように見えても、そこはやはり狭いコミュニティー。こういった、呪いをかけてしまうだとか、悪霊を誰かの中に投げつけてしまうだとかいうことは、かなりの頻度で起こるらしい。ちょっとした事が大騒動につながったり、嫉妬の炎が水面下でメラメラ燃えていたり・・・。コテコテで深い人間関係こそ、田舎やアフリカの大きな醍醐味であり、魅力でもある。ただ、やはり私は、長期的に住むなら、もうちょっとさっぱりとした人間関係のある場所のほうが気が楽でいいかなぁ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ただ、悪霊にもいろいろな種類があるから、フィリップが除去できるものとそうでないものが当然あるみたいだけどね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マリーが狙われたのも、村人の誰かが彼女に嫉妬していたからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Binguiste（コートジボワールのフランス語で、「ヨーロッパから来た人・帰ってきた人」という意味）であるシャカは、コートジボワールに十五年ぶりに戻ってきた際、ある程度予想はしていたが、村の人たちの「金くれ攻撃」に辟易してしまった。でも、やはりそこは、アフリカ男の気質に満ち溢れている彼だ。最初だけは、村の人にお金を少しだけばらまいたりしていたらしい。コートジボワールでは、お金のある人がこういうことをするのは当然のことと見なされているから、お情け頂戴に負けてお金をあげたとか、慈悲に満ちた施しというよりは、シャカはシャカなりに、男としてのけじめを見せたかったんだね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それでも、やはりだんだんと村の人との物質主義的な関係に疲れてきて、彼らとの距離を置くようになったシャカ。そんな中で、幼馴染であり姪っ子であるマリーとよくつるむようになったのは、彼女が唯一、お金とか関係なしに、本当にシャカと仲良くしたがっていたからなんだって。「マリーが唯一の」って、喜んでいいのか嘆かわしいことなのか・・・。ところが、いつも一緒にいる二人を見て、村の人はマリーがシャカからお金をもらっていると勝手に判断。本当は何も貰っていない彼女からお金をせびり始めたから、今回の騒動は始まった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もちろん、そんなの火のない煙なワケだから、マリーにしてみたら迷惑な話だ。「お金なんてもらってない」と言い続けても、村の人には「コイツは俺たちと、シャカからもらっているお金を共有しようとしない！！」というように勝手に解釈されてしまう。そして、挙句の果てがこの呪いだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ウガンダにいたころ、とんでもない（と当時は感じたが、今となっては普通すぎて特に驚かなくなった）話を聞いたことがある。とあるNGOが、ある村人の鶏小屋の改築だか何だかをしてあげたのだそうだ。といっても、ある特定の個人に対してあからさまな援助活動を行うと、コミュニティー内の人間関係に良くないことなど初めから予想がつくことなので、この鶏小屋のエピソードでは&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;１．この人が本当に経済的に困窮しており、助けを必要としていた&lt;br /&gt;２．そのNGOが行うプロジェクトで結果を出したから、ご褒美のような形で鶏小屋を改築してもらった&lt;br /&gt;３.その０NGOが単なるおバカなNGOで、援助のその後のその後まで考えないで鶏小屋を改築してしまった&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;のどれかが実情だったに違いないけど。この結果、今まで（表面上は）仲良くしていた近所の人が嫉妬のあまり、せっかく改築した鶏小屋を放火したというのだから、村社会の嫉妬文化はある意味非常に恐ろしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マケレレの学生寮でも、新しいスカートを見せびらかしていた隣の部屋の女の子のまさにそのスカートが、翌日何者かによって切り刻まれていた・・・なんてことがあった。以前にも「見せびらかす文化」について書いたが、目につく分かりやすいポイントというのは特に注意が必要だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;話を戻そう。（いつも途中で話がそれてしまってごめんなさい）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;フィリップが呼ばれると、マリーの治療（？）が始まった。すると、フィリップがマリーの尾てい骨付近に何かを感じ取った。そこにフィリップが口をあてて空気を口の中に吸い込むと、次の瞬間、マリーの肌をスッと通して、フィリップの口の中に小さな石が三つ入っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;と、ここで私は、自分のフランス語の会話力がまだまだ足りないがために「マリーの肌を通して」の部分を聞き間違えたのかと思ってしまった。ん？？石が人の肌を通るって、どういうこと？？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、聞き間違えたのはどうやら私の方ではなかったようだ。本当に石が、肌を通してスッとフィリップの口の中に出てきたというのだから。そして、その瞬間今まで高熱にうなされながらも病床で叫び続けていたマリーが、急に大人しくなって眠ってしまったらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はその石とやらをこの目で見たよ。一円玉よりも少し小さいくらいの石が、本当に三つあった。この話を信じるか信じないかは人それぞれだと思うけど、シャカはこんな幼稚な嘘をつくようなタイプの人ではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;シャカのお母さんはパリに住んでいるのだが、パリに住んでいる象牙人コミュニティー内でいざこざがあった際に、やはり異物を体の中に投げつけられたらしい。体調がすぐれない毎日が続き、病院に行ってX線検査をしたところ、お腹になにかの影がはっきりと写ったんだって。そこで、手術をすることになったが、開けてみると、医者は何も見つけることができなかった。仕方がないので、在仏象牙人コミュニティーの中でフィリップのような力を持っている人を見つけ、それを除去してもらったとか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;離れているところから、そんなものを投げつけられる可能性が高い・・・。おまけに、悪霊にもとりつかれるかもしれない・・・。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こういったことの存在を完全に信じることは私にはできないが、あるかないのかと聞かれれば、私はあると思っている。そう考え出すと大変だ。誰がいつどこでどのようにどのようなものを私に投げつけてくるかわかったもんじゃないから、もはや迂闊に、人の機嫌を損ねたりできないではないか！！ ってことは、店のおばちゃんの態度が悪かろうと、しつこい人が道端にいようと、もうニコニコして黙っているのが一番・・・ってことになっちゃうのかな？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;シャカやアウアやそのほか大勢の象牙人いわく、フランスの大統領がアフリカに来る際にも、彼らには彼ら専用の呪いを解く人（日本語で何て言えばいいのでしょうか）がつくらしいよ。フランスは相当恨まれてるからね。それをフランス政府も自覚しているからこそ、「大統領がこんなので暗殺でもされたら大変だ！！」というわけで、大統領のアフリカ訪問の際には、テロ対策のほかに呪い対策もされるんだって。事実かどうかは知らないけどね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間の信じる力というのはものすごいパワーを持っている。マリーやシャカのお母さんの例をあげると、彼女たちの呪いに対する「畏れの力」が強すぎたせいで体がそのように反応してしまったのではないかと私は思っている。アフリカだけではなく、こういうことは世界中いろんなところにあるしね。いつか、これを科学的に証明してくれる人が現れないかな。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;多くの外国人は、こういった事象をを単なる「非科学的で原始的かつ子どもじみた迷信」の一言で片づけてしまうが、私は、それは間違っていると思っている。国際機関やNGOがプロジェクトをやる時も、こういった社会的・文化的事情を真剣に考慮した上でやっていかないと絶対に失敗する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;世界は面白い場所だね。まだまだ知らないことが多すぎる！！ &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-1467165162450472923?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/1467165162450472923/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=1467165162450472923' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/1467165162450472923'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/1467165162450472923'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/06/blog-post.html' title='コートジボワールの嫉妬と呪い'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/TAfSHLVh4wI/AAAAAAAAAy0/CVJwu7nzQ0c/s72-c/P3040311.JPG' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-7351435485999007831</id><published>2010-05-26T11:55:00.005+09:00</published><updated>2010-07-03T02:49:59.570+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='旅　タンザニア'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='スピリチュアルなアフリカ'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='びっくり'/><title type='text'>ザンジバルのキベキ</title><content type='html'>&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;小学生の頃こそ、こっくりさんだの学校の怪談だのを信じては本気でビビっていた私だが、今ではそういう類のものは一切受け付けない、典型的な二十一世紀型人間となってしまった・・・ハズだった。そのハズだったんだけどね。ところが、アフリカ大陸で次々に目撃する、科学や「常識」では到底説明のつかないような出来事を目の前に、（スピリチュアルな面で）今日の私はあの頃の自分にかなり近づいた。今は、こっくりさんも学校の怪談も結構信じていたりするよ。こういうのがあったほうがこの世界は面白いしね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、個人的にはスピリチュアリティを再獲得できたことは、それなりにいいこと思っている。畏敬の念とか、何かをおそれる気持ちというものがないと、人間中心な考え方のエゴイズム街道をまっぐらに突き進んでしまうような気がするからね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;インド洋に浮かぶタンザニアはザンジバル島にいたときのこと。結局この島に三週間も滞在してしまった私だが、三週間もいると、島のあちこちに友達ができ、旅行という非日常的な時間をすごしているはずの自分にも、日常生活に近い生活パターンというものが形成されるようになってくる。その日の夕方もいつものように、シューという女の子の家でレバノンポップ（なぜかザンジバル住民の間で大人気）のビデオを見ながら、家族に紛れて団欒していた。すると、叔母さんとお母さんから、「今日の夜はキベキがあるからあんたもいらっしゃい」というお誘いを受けた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S_yQW9ZFmpI/AAAAAAAAAyU/Vln5_fnLeZY/s1600/DSCF1752.JPG"&gt;&lt;img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5475409971086989970" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; CURSOR: hand; HEIGHT: 240px; TEXT-ALIGN: center" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S_yQW9ZFmpI/AAAAAAAAAyU/Vln5_fnLeZY/s320/DSCF1752.JPG" border="0" /&gt; &lt;p align="center"&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;左から、シューのお母さん、シュー、シューの叔母さん&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;p align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;キベキ？キバキ（ケニアの大統領の名前）？カブキ？まあいいや。とにかく行こう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という訳で、夜の＊saa tano（スワヒリ語で「五時」という意味。ということは、私たちの時間感覚では何時になるでしょうか？下記参照）にぞろぞろと家を出た、シューとお母さんと叔母さんと私。きちんと、ザンジバルの伝統衣装に身を包みます。向かったのは、村の外れのほうにある集会所のような場所。男子禁制（らしい）のその場所には、すでに何かの植物の葉（魂の浄化のため）で飾り付けがされており、デデデーンとした体格のおばちゃんたちが、お揃いのカンガ（タンザニアの布。実際はインド製がほとんどだってことはナイショ）を着て煙を炊いているではありませんか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#ff0000;"&gt;＊ スワヒリ語では、私たちの時間と比べて六時間の時差があるの。朝の七時がsaa moja(直訳すると一時)、夜の九時がsaa tatu(直訳すると三時)・・・という具合にね。これは、スワヒリ語では、「日の出の時間が一時(saa moja)だ」という感覚があるからなんですね～。素敵でしょ？でも、スワヒリ語ネイティブの人と約束の時間を確認するときは要注意。Saa ya Kiswahili（スワヒリ時間）なのか saa ya mzungu(ムズング時間)なのかを念押しして何度も確認しないと、ただでさえ二時間遅れてくる人たちなのに、加えて六時間も待つことになる・・・なんてことが本当にあるらしいので。ちなみにちなみに、東アフリカと日本の時差は六時間だから、日本の時間と東アフリカのスワヒリ語時間がまったく同じということになる。スワヒリ語圏を走っている車のほとんどが日本からの中古車である事実を踏まえると、日本車の中にある時計がどれも正確なスワヒリ語時間である理由が分からなくもないね。そう、彼らは、日本から輸入した車に設置されている時計の時刻を、現地時間に直す必要がないってこと。楽チン！！&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;p align="center"&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S_yQXdP8jxI/AAAAAAAAAyc/J_tziToHM8w/s1600/1.JPG"&gt;&lt;img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5475409979638583058" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 240px; CURSOR: hand; HEIGHT: 320px; TEXT-ALIGN: center" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S_yQXdP8jxI/AAAAAAAAAyc/J_tziToHM8w/s320/1.JPG" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt; &lt;span style="font-size:85%;"&gt;ムズング時間の私の腕時計と、スワヒリ時間の公共の時計。&lt;/span&gt;&lt;/span&gt; &lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかも、煙の隣には大量のアルコールが！！インド洋交易時代にオマーンの支配下にあったザンジバルは、今でこそ観光地化したせいでお酒の入手が可能になったが、住民が飲酒をすることは絶対にないという話を聞いていたために私は少し驚いた。（あ、でも、ザンジバルで居候させてもらっていた家のお兄ちゃんたちは、金曜日以外は毎晩ビール飲んでたよ。）でもね、アフリカのキリスト教やイスラム教は、現地古来のアニミズムと混ざったりしているせいで結構曖昧だし、そもそもイスラム教は個人と神の契約に基づいている宗教だから、彼らがお酒を飲もうと、なにをしようと、理解できなくはないんだけどね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とりあえず座って待つこと一時間半。だんだんと人が集まりだしてきて、私のムズング時間の腕時計で深夜の一時をまわったところでいきなり雄たけびが始まった。アフリカやインドを旅した人なら分かると思うんだけど、女性の独特の裏声を使った「オロロロロロロロロ～」のように聞こえる、あの雄たけびだ。太鼓のリズムと、マラカスのような楽器の音も入ってくる。すると、もう既に泥酔してトランス状態に陥っているおばさん三名が、文字通り「お腹の底から」声を振り絞りながら踊り始めた。この踊りがね、もうなんというか。少し離れていても、彼女たちのエネルギーと熱がひしひしと伝わってくるような、そんな踊りだったの。私の周りに座っていた人々も、手をたたきながら一緒に歌っている。ムンムンとする場内。汗で私のカンガもぐしゃぐしゃになってくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;p align="center"&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S_yQXhvwloI/AAAAAAAAAyk/wvgKLhA_DL8/s1600/DSCF1868.JPG"&gt;&lt;img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5475409980845758082" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; CURSOR: hand; HEIGHT: 240px; TEXT-ALIGN: center" alt="" src="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S_yQXhvwloI/AAAAAAAAAyk/wvgKLhA_DL8/s320/DSCF1868.JPG" border="0" /&gt;&lt;/a&gt; &lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;ザンジバル風の服を着た日本人の図。&lt;/span&gt; &lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一時間経っただろうか。気がつくと、真ん中で踊っているおばさんの人数が、十人くらいにまで増えていた。お酒は次から次へと振舞われるため、だんだんと会場全体がトランス状態に陥ってきた。熱気と汗のせいで、狭い集会所内部の湿度と温度が上がりっぱなしだ。普段お酒など飲まないから、ゲロゲロの人も出てくる出てくる。それでもみんなは歌い踊り続ける。そのうちに居眠りをする人も出てくるのだが、そんな仕草を少しでも真ん中にいるおばちゃんに見られたら大変だ。すぐにお酒を浴びかぶせられ、平手打ちを食らう。そんなおばちゃんたちの意識だって朦朧としている。みんなが一生懸命酔いと眠気と戦いながら、キベキは続く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S_yQYNEIdKI/AAAAAAAAAys/Zhw-EYNKUp8/s1600/2.JPG"&gt;&lt;img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5475409992473932962" style="DISPLAY: block; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 240px; CURSOR: hand; HEIGHT: 320px; TEXT-ALIGN: center" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S_yQYNEIdKI/AAAAAAAAAys/Zhw-EYNKUp8/s320/2.JPG" border="0" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; 隠し撮りに成功した一枚。午前三時半。キベキは盛り上がってきています。&lt;/span&gt; &lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私も何度かお酒をかけられたし、平手打ちだって食らった。そのお陰か、朝の三時や三時半を回る頃には、眠気のピークも超えてハイテンションになってきた。お酒も少し飲んだのだが、気持ちが悪くなる味だったので一口だけにしておいた。だんだんと私のテンションが上がってくると、周囲の人の間にも新たな変化が見えるようになってきた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;魂やら精霊やらが、彼女らの体に乗り移ってきたのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;乗り移る？？ハイ本当です。本当に乗り移ってくるんです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こう書くと、おそらくほとんどの日本の方には信じてもらえないかもしれないが、私はウガンダやコートジボワールでも、人が魂やら精霊やら悪霊やらにとりつかれる瞬間を何度か目撃している。厳密に言えば、どの魂がそんな場面で人間に乗り移るかで少しずつ違ってくるようなのだが、原則として、魂が乗り移るときに人がどうなるかというと・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;１． だんだんと寡黙になり、表情が顔から消える。&lt;br /&gt;２． 焦点が合わなくなる。たまに白目になる。&lt;br /&gt;３． 痙攣を起こす。&lt;br /&gt;４． 痙攣を起こしながらも、何かにとりつかれたかのように（というか、とりつかれているんだけどね）踊るか暴れるかする。&lt;br /&gt;５． たまに、「アーッ、アーッ」だの「ギャーーーーー」だのの叫び声もセットでついてくる。&lt;br /&gt;６． 魂が体から出て行った瞬間に、眠ってしまうか、何事もなかったかのように元の本人に戻る。でもちょっとお疲れ気味。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;で、周りにいる人はたいてい、その人の体を押さえつけようとするか、薬草の煙を炊くか、魂を沈めるための各種植物をうちわのようにして扇いで風を送るかするのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この凄みをみなさんとも共有したい気持ちは山々なのですが、このような状況をビデオに撮ることは硬く禁じられている場合が多かったので、ビデオらしいビデオがありません。もしもご興味がありましたら私でよければ再現しますので、メールしてください（笑）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このキベキの会場では、私以外の人はほぼ全員乗り移られたんじゃないかな。それも、一人ひとり、交代制（！！）で順番が回ってくるのだ。こんな場所に一晩中いたら、スピリチュアルな事象を否定することはもはやできなくなるのも無理はないだろう。事実、私は、自分がいつ乗り移られるのかが怖くて怖くて仕方がなかった。怖かったのは、みんなの体に入り込んでいる魂が、いい魂なのか悪い魂なのかがよく分からなかったからという理由もある。周りにいた人に聞こうとしても、みんなトランス状態でそんな質問に悠長に答えている場合じゃなかったしね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;お酒を飲んでいなかったから大丈夫かな・・・とは心のどこかで思っていたものの、同じくあまり飲んでいなかったシューまでもが乗り移られたときにはビビッたよ。最終的には私には何事もなしにキベキは終わったが、やはり、信じる力というか念じる力というか、人間の心理ってすごいね。私が乗り移られなかったのは、単純に、他の人よりも魂やスピリチュアルな事柄への畏怖の念が弱かったからに他ならないだろう。「病は気から」ではないが、この世界には、科学が説明できないことがまだまだたくさんある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それにしても、儀式終了後の集会所のカオス加減といったら！！ゲロリンチョとお酒と汗の匂いに、湿気と温度と眠気と疲労と手のひらの痛み（一晩中手をたたいていましたので、トーゼンです）が加わった感じをご想像ください。そして、さっきまで私に酒をかけたり平手打ちを食らわせたりしていたシューのお母さんは普段のお母さん（でもやっぱり疲れている　笑）に戻り、四人で仲良く家路に着いたのでした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;その日の夜、居候先の家に帰ってことの一部始終をザンジバル兄ちゃんたちに話すと、まずはみんなから「え！？なんだよお前、キベキに行ってたのかよ！？sindiyo!? (本当に？)」という反応が。と、ここでようやくキベキに関する説明を英語でしてもらえることになったのであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;キベキは、もともとコモロ諸島（ザンジバルとマダガスカルの間にある島。今は政情不安定が続いている国の一つ）から伝わる儀式で、精霊を体の中に入れて、浄化をするためのものなのだとか。ザンジバルにイスラム教が伝わる前からあるものだから、この儀式中に飲酒をするのは許される行為であると判断されるんだって。ただし、今は本当は禁止されている儀式の一つ。どんな精霊なのか、いつ行われる儀式なのか、どうして女性だけなのか・・・聞きたいことは山ほどあったが、ザンジバル兄ちゃんたちはあまり知らないようだった。ということは、コモロにいつか行くべきだというご啓示でしょうかね（笑）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先ほど人間の信じる力のすごさについて少し触れたが、あの儀式が浄化のための儀式であると知った瞬間、なんとなくだが、ムンムンとした集会所から出た瞬間のフレッシュさや、家に帰ったときに体を洗ったときのさっぱり感が、私自身の魂を浄化してくれたような気分になった。まあね、この世界、結局全ては心持次第・・・だもんね。 &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-7351435485999007831?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/7351435485999007831/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=7351435485999007831' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/7351435485999007831'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/7351435485999007831'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/05/blog-post_26.html' title='ザンジバルのキベキ'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S_yQW9ZFmpI/AAAAAAAAAyU/Vln5_fnLeZY/s72-c/DSCF1752.JPG' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-3512600191857707271</id><published>2010-05-13T02:46:00.012+09:00</published><updated>2010-05-14T02:19:18.121+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='コートジボワールの社会'/><title type='text'>アミおばさん一家との交流を通して</title><content type='html'>&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;いつもパパイヤを特別価格で売ってくれている、近所のアミおばさん。彼女の娘のハワは、いつも『ここ』を出る方法について話している。「ここ」というのは、近所のコミュニティーのことであり、アビジャンのことであり、コートジボワールのことであり、そして、彼女にとってはアフリカそのもののことであるらしい。「ここは毎日が同じことの繰り返し。だから私は、l’autre côté du monde（世界の反対側）に私はどうしても行ってみたいの。」へぇ、行ってどうするの？と聞くと、「まずはとにかく、違う世界を見てみたい。」だって。私にはこの気持ちが痛いほど分かる。周りの女の子がジャニーズの雑誌に夢中になっていた中学時代、私はというと、草野仁さんが宣伝していた「週刊ユネスコ世界遺産」なる渋い雑誌を購読しては、毎晩空想の中の世界旅行に出かけていた――栃木の田んぼにいた頃の私は、そんな子でした（笑）。&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ハワの母親であるアミおばさんと私は、なぜか知らないけどすごく気があう。彼女はいつも、近所では一番大きくて質のいいパパイヤやパイナップルを売っていた。仕事をしていた時は結構ストレスを溜めていた私だが、毎晩仕事帰りにアミおばさんのところに寄って、パパイヤを食べながら色んな愚痴を聞いてもらうのが日課となっていた。もはや彼女は、そこらの銀座のママよりも何枚も上手だよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;&lt;p align="center"&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S-s3OnxaacI/AAAAAAAAAxs/yJ0eOgyNUY0/s1600/DSC03739.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 240px; DISPLAY: block; HEIGHT: 320px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5470526896705530306" border="0" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S-s3OnxaacI/AAAAAAAAAxs/yJ0eOgyNUY0/s320/DSC03739.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; パイナップルをむいてくれるアミおばさん。コートジボワールでは、パイナップルは桂剥きにします。&lt;/span&gt; &lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もともと彼女は、リベリアとの国境近くの出身なのだが、２００２年に始まった内戦中に、旦那さんが突然蒸発してしまったらしい。よくある話だ。彼が反政府軍に騙されて連れて行かれたのか、洗脳されて行ってしまったのか、自ら志願して行ってしまったのか、果ては誘拐されたり殺されたりしてしまったのか。本当のことは誰も知らないし、知る術もない。とにかく彼女は、内戦を逃れて・・・というよりは、旦那さんが突然いなくなったせいで生活に困窮してしまい、子どもたちと一緒に仕事を求めてアビジャンへ流れ着いた。アビジャンへ来る交通費とこの街の物価の高さは、彼女にとっては相当な負担だったに違いない。まずは物乞いから初めて、少しずつお金が貯まったところで彼女は果物を売る商売を始めた。今では小さな家もあるし、扇風機やテレビだって持っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼女いわく、生きることとは基本的には苦しいことであり、その中でいいことがあれば、その人は本当にラッキーなだけらしい。最初から幸福な人生を送ることが前提となっていて、思うようにことが進まなくなった途端に絶望してしまう日本人とは、考え方がだいぶ違うね。「やりたいことができた」「食べたいものが食べられた」「終わらせたい手続きが終わった」これだけですごくラッキーなのだから、それ以上は望んだらいけないし、このうまくいっている状態を「当たり前の状態」と思うなんてとんでもない。本当にうまくいかないと思ってら、とりあえず笑いながらうまくいかない方向にとことん流されてみるのが一番の方法。結局はアッラーの意思によってしか事は進まないのだから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この彼女の言葉は、仕事ごときでイライラしていた私にはかなり大きく響いた。なんというか、すごく強いというか深いというか逞しいというか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ただし、彼女に関することで、私が最後までどうしても理解できないことが一つだけあった。それは、ファンタのこと。アミおばさんには六人の子どもがいて、そのうち、冒頭に登場したハワと、七歳のナストゥーがアビジャンで一緒に暮らしている。他の子どもは自立したか、村にいる親戚の家に預かってもらっているんだって。ファンタは十一歳で、アミおばさんの妹さんの子どもらしい。ただし、アフリカの人が意味する「妹」が、必ずしも日本人の意味する妹と意味が一致しているわけではないので要注意だ。ここでは、従姉妹も姪も、みんな「妹」扱いになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ハワは、幼いころにファンタの母親に当たる人の元に預けられ、そこで八年もの時間を過ごしたそうだ。学校にも行っていたし、家でもファンタの兄弟姉妹と同じように扱われ、みんなで一緒に育ったとハワ本人が言っていた。「だから今度は」とアミおばさん。「だから今度は、en échange (その代わりに)ファンタがウチに来ることになったんだよ。もうかれこれ二年になるね。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところが、「en échange」とは言っていたものの、アミおばさんのファンタへの扱い方に、私はいつも疑問を抱かざるを得なかった。なぜなら、まるでファンタを取り巻く日常が、漫画やドラマみたいなんだもん！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まず、ファンタは学校へは行っていない。これについては「二年以内には必ず行かせるよ。ファンタも学校に行きたがっているし、ちゃんと教育は受けないとね。」と、アミおばさん。「でも、今はお金がないし・・・それに、あの子の村の役所では、なかなかファンタの出生証明書を発行してくれないんだよ。書類がないと、入学の手続きができないくらい、あんたも知ってるでしょ？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;心なしか、ファンタはいつも、ちょっと影のある顔をしていた。元々シャイな子なんだけど、たまに本当にね・・・私の考えすぎかもしれないけど、こう、人を心配にさせるような表情を浮かべるの。ナストゥーがお昼寝をしたり友達と遊んでいる間には、ファンタはアミおばさんの果物売り場で店番をしたり、掃除をしたりしている。ナストゥーがハワやアミおばさんの腕に抱かれて甘えているときには、ファンタは無表情にその光景を眺めている。お菓子を食べているのはいつもナストゥーで、ファンタがビスケットや飴を頬張っているのを私は見たことがない。それに・・・それに、外向的で近所のアイドル的存在のナストゥーが、ファンタに対してちょっぴり意地悪というか、無意識のうちに二人の間に「お姫さまと付き人」のような関係が出来上がっていることに、私は気付いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S-s3ONPirnI/AAAAAAAAAxk/aNoUJIhBjco/s1600/DSC03745.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 240px; DISPLAY: block; HEIGHT: 320px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5470526889584143986" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S-s3ONPirnI/AAAAAAAAAxk/aNoUJIhBjco/s320/DSC03745.JPG" /&gt; &lt;p align="center"&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;よく働くね、ファンタ。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;p align="center"&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S-s3NQHs9hI/AAAAAAAAAxc/ZjueFGG3tD4/s1600/DSC03742.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5470526873176700434" border="0" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S-s3NQHs9hI/AAAAAAAAAxc/ZjueFGG3tD4/s320/DSC03742.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; 店番中のファンタ。&lt;/span&gt; &lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;周りに大人がいないタイミングを見計らってファンタに事情を聞いてみようとしても、彼女はいわゆる模範解答しか私に話してはくれなかった。「学校に行きたくないの？」「私はここで果物を売っているほうがいいの」「ナストゥーとは一緒に遊んだりしてる？」「ナストゥーはすごくいい子よ」「村には帰りたい？」「・・・でも、今はここにいる方がいいから・・・」 余談ですが、こういうセンシティブな質問の仕方や人の心をオープンにする方法、もっと勉強したいです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でも、こんなファンタもやっぱり子どもだなぁと、安心させるエピソードが一つだけある。クリウマスが近づくある日、こっそりと彼女は私に、プレゼントのお願いをしてきたのだ。ファンタはウスリムだけど、アビジャンでは、宗教の違いを超えて、クリスマスにプレゼント交換をする人が増えているみたいね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;他人の家の事情にあまり首を突っ込むのはよくないし、アミおばさんのような強い人を相手には無意味なことであるから何もできなかったけど、私のような立場の人間は、ああいう場面ではどのように振舞うべきだったのだろう。今でも考えてしまう。ファンタが実際に家の中でどういう扱い方をされているのかは、私には本当に分からないことだった。近所の他の人は、みんな知っていたのかな？何でもオープンなアフリカンコミュニティだけど、暗黙の了解の存在感が高いのもまた事実である。私には、この「ファンタ問題」が、近所のコミュニティー内での「触れてはいけない部分」の一つであるような印象をずっと受けていたのだが・・・考えすぎかな。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;親戚の家で育つ子どもや「とり替えっ子」は、決して珍しい存在ではない。マケレレ大学の留学生担当（←名前ばかりの担当者）の職員も、エイズ孤児である自分の甥や姪を引き取って自分の子どもと一緒に育てていたし、今や日本の大学で勉強しているＲ君も、ウガンダにいた頃は友達の家族のところに居候していた。居候っていう言葉とは少し違うような気がするのだが、日本感覚でいうとそんな感じであるため、あえて「居候」という表現を使った。実際は、もうその家族が彼にとっての「家族」であり、その家族の大黒柱であるお母さんはＲ君のことを「自分の息子」と呼んではかわいがっていたけどね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;スワヒリ語をはじめとする多くのアフリカ言語では、叔父さんや叔母さんという単語がなく、みんな「お父さん」「お母さん」と一緒になてしまう。この例からも分かるように、この大陸では、「子どもはみんなで育てる」「みんなが子どもの親＆どの子どもも自分の子」が基本である場合がほとんどだ。あの広い大陸のだいたいどこに行ってもこの傾向にあるらしいから、結構素敵だよね（笑）。ただし、今は都市部の中産階級を中心に、アフリカでも核家族化が進んでいる。彼らの多くは、一人ひとりの子どもにきちんとした環境や教育を提供したいと考えており、子育ての方針もかなり西洋的だ。コートジボワールで一緒に働いていたデニーズは、自宅に、二人の息子の個別の部屋を設けている。一つの部屋で大家族が一緒に寝るのが当たり前という社会で の彼女の方針に、最初私は驚いたが、よくよく考えてみると、ウガンダにもいましたいました、こういう人。anywayこうした新しい子育て方針のもとでは、一人ひとりに莫大な投資をすることが必要となってくるから、たくさんの子どもを育てるという選択はあまりしたがらない。（とは言えども、やはり文化的にはアフリカンなので、日本よりもそういう部分ではかなり寛容的だ。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;典型的なアフリカの元気なおばちゃんであるアミおばさんは、中産階級でもなければ（統計上は貧困層とまではいかなくても、貧しいほうに分類されるはず。家にテレビあるけどね）、価値観は完全に「うちの子どもはみんなの子」タイプの人である。それでも、あれほどまでに、自分の生んだ子とそうではない子を分けている。もちろん、世の中には色々な人がいるから、彼女のような人が少なからずいるのは当たり前のことだけど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どんなに地元の人と仲良くなっても、こういうときに突っ込んだことを何も聞けない自分は、所詮は部外者なんだなと実感せざるを得ない。聞けたとしてもどうせ、あのようなシチュエーションでは、場を取り繕うような嘘の答えが返ってくるだけ・・・なんてのは簡単に予想できたし。たかが半年の付き合いではなかなか心の奥の奥まで開いてもらえないものだ。複雑に絡まった家庭事情を、そしてその背景にある社会と文化を理解するなんて、短期間では到底無理ね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もっと時間をかけて信頼関係を作り上げれば、アミおばさんタイプは、裏のウラまで「もういいよ・・・」ってぐらいにぺちゃりくちゃりと何でも話してくれるものなのですが（笑）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私にできることは、ファンタが幸せになってくれること・・・そして、アミおばさんが本当にファンタを学校へ行かせることを願うだけ。やるせないです。 &lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-3512600191857707271?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/3512600191857707271/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=3512600191857707271' title='1 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/3512600191857707271'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/3512600191857707271'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/05/blog-post_13.html' title='アミおばさん一家との交流を通して'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S-s3OnxaacI/AAAAAAAAAxs/yJ0eOgyNUY0/s72-c/DSC03739.JPG' height='72' width='72'/><thr:total>1</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-928199638663793819</id><published>2010-05-12T10:16:00.006+09:00</published><updated>2010-05-26T06:18:47.166+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='アフリカへの思いなど'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ヨーロッパ'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='アフリカの本当の問題'/><title type='text'>地名とポストコロニアリズム</title><content type='html'>&lt;span style="color:#6633ff;"&gt;ビクトリア湖、ビクトリアの滝、リビングストン、シャルル・ド・ゴール大通り、ミッテラン通り―。これらの共通点に気づいた方は手を挙げてくださーい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これらはすべて、実際にアフリカ大陸に存在する地名です。シャルル・ド・ゴールに関しては、ほとんどの旧仏領の国の主要都市には必ず存在しているんじゃないかな。今、世界中で少しずつだけど、「外国人によって押し付けられた地名を現地語の名称に変えましょう」運動が起きているよね。インドでは、マドラスがチェンナイになったり、カルカッタがコルカタになったりしているし、エベレストも、サガルマータだのチョモランマだの色々呼ばれるようになってきている。果たしてアフリカは・・・名称変更する気はあるのでしょうか（笑）。ビクトリア（イギリスの女王）、リビングストン（イギリスの宣教師）、シャルル・ド・ゴール、ミッテラン（ともにフランスの大統領。別名、フランスのネオコロニアリズム政策の中心人物）・・・これって全て、かつての支配者側の名前をそのまま使っているだけだよね？いいのかアフリカ、こんなんで悔しくないのか！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もしも浦賀が「ペリータウン」で、厚木が「マッカーサーシティ」になっていたら、私は毎日デモをしていることであろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;たかが地名ごときで、そこまで神経質にならなくても・・・とお思いになる方もいらっしゃるかも知れないが、名称って、アイデンティティを構成したり、自己を認識する上で、本当に重要だと私は信じている。前にも少し書いたかもしれないけど、私は「アフリカのスイス（ルワンダのこと）」やら「日本アルプス」に見られるような「○○の△△」という名称があまり好きではない。どうしてスイスが「ヨーロッパのルワンダ」で、アルプス山脈が「ヨーロッパの木曽山脈」だとダメなのか、という話だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;という訳で、今回は珍しく（？）手短に、アフリカの地名に関することを書きたいと思います。最後の部分が少し本題から反れるけど、笑って許してくださいね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;西アフリカのギニア湾には、「黄金海岸」「穀物海岸」「象牙海岸」「奴隷海岸」とヨーロッパ人に呼ばれる場所があった。何という自分勝手なネーミング（苦笑）。「この辺は穀物をたくさん輸出できるから、今日からここは『穀物海岸』だ！！」みたいな？ふざけてるね。ガーナはイギリス植民地時代に「黄金海岸（Gold Coast）」と呼ばれていたが、独立の際に名前をアフリカ風に変えようということになって、ガーナになった。一方のコートジボワールは、「象牙海岸（Côte d’Ivoire）」がそのまま、しかもフランス語のまま、国の名前になってしまった。アフリカの植民地解放・独立運動のリーダー的存在だったガーナと、おフランスをそのままコピーしようとしたコートジボワール。隣国同士だけど、&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#6633ff;"&gt;考え方によって国名がこんなにも変わるものなんだね。ジンバブエやブルキナファソも、かつては「ローデシア」「オートヴォルタ」と、植民地時代から受け継がれていたヨーロッパ言語による地名が国名に採用されていたけど、ムガベ（言わずと知れた、ジンバブエの現大統領）やサンカラ（ブルキンファソの元大統領。アフリカのチェ・ゲバラ的存在）が力を握ってからは、「アフリカ風にしようぜ！！」ということで変わった。国名が変わっていないのはコートジボワールくらい。こんなこと言うと怒られちゃうかもしれないけど、私はコートジボワールというネーミングはかなりセンスの悪いものだと思っている。まぁ、今更国名の変更ってのも微妙だけど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;コンゴ民主国の首都であるブラザヴィルや、ガボンのフランスヴィル。これも、マジで最低な名前だよ。ヴィル(Ville)とはフランス語で「街」という意味だから、直訳すると、ウラザヴィルは「ブラザの街」、フランスヴィルは「フランスの街」っていうことになる。ブラザっていうのは、コンゴ民主国を「探検」し、後のブラザヴィルとなる村を「発見」したフランス人の名前。うーん・・・。ちなみにブラザヴィルには、今日もブラザの銅像がたっているらしいです。この話を聞いて、「ウソやん！！」って思ったけど、どうやらこれは本当の話のようです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#6633ff;"&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://graphics8.nytimes.com/images/2006/11/30/world/600_brazzaville_1.jpg"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 600px; DISPLAY: block; HEIGHT: 329px; CURSOR: hand" border="0" alt="" src="http://graphics8.nytimes.com/images/2006/11/30/world/600_brazzaville_1.jpg" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;ブラザヴィルにブラザの銅像についてネットで調べていたら、こんな写真を発見しました。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;なんなんでしょう、このセンスの悪さ＆この無駄に大きなサイズ。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;コンゴ民主国は今年の８月に独立5&lt;/span&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;０周年を迎えるわけだけど、どうして片づけないのかしら。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;お隣のコンゴ民主共和国の首都であるキンシャサは、植民地時代はレオポルドヴィルと呼ばれていた。レオポルドというのは、あの広い国土のコンゴを「私有地」化したベルギーの王様の名前ね。コンゴの近現代史は相当なドロドロ具合でも、この名前にnonを突きつけたのが、モブツだった。私の知る限り、この名称変更が、彼の行った数少ない（というか、唯一の？？笑）良い政策のうちの一つである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ブリュッセル郊外には、王立中央アフリカ博物館という最低の博物館があるの。ここね、本当にひどいよ。展示の仕方や説明の仕方に植民地主義の色が強く反映されまくっているし、何よりも、レオポルド二世の銅像が堂々と建っているところにツッコミだね。あまりにひどすぎて、行く価値大です。是非とも、コンゴの歴史についていくらか知識を得てから行ってみてください。面白さが１００倍になります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最低の博物館といえば、パリにあるケ・ブランリ美術館もひどかったなという印象を受けた。去年の夏に初めてここに行ったとき、les arts des civilisations primitives（「原始文明芸術」って訳せばいいのかな？）の衝撃の文字が、この美術館の名前の横にデカデカと書いてあるのに非常にショックを受けた。ただし、この前改めてケ・ブランリのホームページを見たら、どこにもそんなことは書かれてなかったから、きっとこの名称をやめたんだね。アビジャンの家で一緒に住んでいたシャカは、「あの泥棒美術館は、シラク主義の総本山だ！！俺たちは見世物ではないし、シラク主義の色眼鏡を通した世界なんてインチキだ！！」と酷評していた。この言葉に私も同感だ。この美術館の主催者や表現者が、そこに展示されている展示品の多くをかつては（というか、今でも）野蛮なものとしてしか見なしていなかった事実を考慮すると、ケ・ブランリにまつわる議論が白熱するのも理解できる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかもね、ここ、展示物が陳列されているだけで、説明がかなり不足しているというか。だから、一周して見終わっても、「ああ、エキゾチックな美術館だったね」で終わってしまう。あんな並べ方で、この美術館の訪問者のうちの一体何割が、展示品を芸術として鑑賞し、展示品についての理解を深めることができているのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;地名もそうだけど、美術館や博物館の表現の仕方って、すごくセンシティブで政治的な問題だ。ただ、特定の文化や勢力間の「ホンネの事情」を感じ取るために、イライラはするけれどもこれほど面白い場所はないね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アフリカ各国でも、博物館には結構足を運んだよ。中には管理の状態が悪くて、クモの巣がかかっている展示物も紛れているけど、博物館のスタッフが提供してくれる情報量は、やはり、ヨーロッパにあるアフリカ博物館なんかよりもずっと豊富だ。ヨハネスブルグにあるアパルトヘイト博物館やキガリにあるジェノサイド祈念館、カイロ博物館は、かなり評判いいよね。個人的には、コートジボワールのGrand Bassamというところにある「衣装博物館」や、アジスアベバにある国立博物館、南エチオピアのJinkaというところにあるSouth Omo Museumが結構好きだった。なので、これらの場所に行く機会があったら是非行ってみてください。衣装博物館には、アントニオというおっさんが働いていて、去年の秋に生まれた彼の娘さんの名前はアキちゃんです。っていっても、コートジボワールに秋もへったくれもないんだけどね。常夏なので。アントニオに「ナツノを知ってる」って言えば、ビールと魚とアチャケ（キャッサバでできたクスクスのような食べ物。ハマります）を奢ってくれるかも？？笑 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-928199638663793819?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/928199638663793819/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=928199638663793819' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/928199638663793819'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/928199638663793819'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/05/blog-post_12.html' title='地名とポストコロニアリズム'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-7116296999224603836</id><published>2010-05-11T13:16:00.011+09:00</published><updated>2010-06-24T15:34:44.946+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='アフリカへの思いなど'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='アフリカの本当の問題'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='旅　スーダン'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='旅　エチオピア'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ウガンダの社会'/><title type='text'>ハイチ地震から考える～分け合うということ・国際養子縁組について～</title><content type='html'>&lt;span style="color:#009900;"&gt;ハイチの大地震の直後には、アビジャンでも募金活動が活発に（？）行われていた。どうせ、募金を集めるだけ集めて、そのお金で若い女の子連れて飲みに行っちゃうインチキな主催者がほとんどだと思うんだけど・・・と、私が正直のところ感じていたことは内緒である。しかし、前にも書いたのだが、アフリカの人の心理的連帯感はすごい。政治レベルはダメダメだけど、兄弟愛というか、「俺たちアフリカン！！」的な気持ちの強さは、世界のどこにも類を見ないほどなのではないだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんな理由もあり、ハイチやカリブ海諸国には、西アフリカから多くの奴隷が「輸出」されたせいもあり、「ハイチにいる兄弟姉妹を助けよう！！」のような雰囲気がアビジャンの人々からもダラダラと出ていた。朝、マンゴーの木の下の新聞売り場でその日の一面記事を眺めているだけの人々（←買わない場合が多い）も、ハイチの惨状の写真を見ては、口々に「アイヤイヤー」「パーパッパッパ」「YAKO!!!（誰かを慰めるときのお決まりのフレーズ）」などとブツブツ言っている。 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;p&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;仕事の関係でアフリカの外にいるアフリカ人ディアスポラの人たちと関わる機会の多かった私は、ある日ベナン人の同僚にこんな話を聞いた。人にもよるのだろうけれど、奴隷としてアメリカ大陸に連れられていった人々の子孫は、今でもアフリカに対してフクザツな感情を抱いているのだとか。自分たちのルーツはアフリカだけど、今日のアフリカ人の先祖こそ（全員が全員そうではないにしろ）&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;自分たちの先祖を売り飛ばした張本人に他ならないから、素直に心を開くことは難しい・・・ということらしい。かつては「奴隷海岸」と呼ばれていたベナンからは、多くの人が、ブラジルでの農作業のために「輸出」されていった。私のベナン人の同僚曰く、ブラジルに暮らすアフリカン・ディアスポラはベナンに対してあまりいい感情を抱いていない場合が多いのだとか。本当なのかな？すごく調べてみたいので、誰か一緒にブラジルへ行きましょう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;ところで、今回の緊急支援活動ではセネガルがかなり頑張っていたね。あまり無理しなくても、あんたたちもうちょい自分たちの国内を頑張りなよ・・・と言いたくなっちゃうけど、「困っている人がいたら自分が持っているわずかなものでも分け合いましょう」というのが、多くのアフリカに共通している精神（でも最近は、都会を中心にかなりのスピードで廃れつつあると思う）だから、セネガルらしいといえばセネガルらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;何かを食べている象牙人の前を通りかかるとしよう。ここでは、知らない人同士でも「Bon appétit(食事を楽しんでね、ボナペティー)」と言い合うのが習慣になっていて、それを言うと、９５％の確立で「ありがとう！！こっちに来て、ここに座って、あんたも食べなよ」という返事が返ってくる。幼い頃から「試食荒らし（無駄に試食を食べまくること）」が趣味の一つであった私は、コートジボワールでは「試食荒らし」ならぬ「ボナペティー荒らし」を密かに楽しんでいた・・・なんてことを、こんな公の場で発言しちゃっていいのかどうか迷いましたが、正直に告白することにしました（笑）。ちなみにこれを私の同僚に言ったらドン引きされたよ。「知らない人と同じお皿で食べるなんて、不潔よ！！」「こういうときはね、断るのがこの国の慣習なのよ」などなど。でも、みんなのノリが素敵過ぎて、「一緒に食べようよ」のオファーを断る気持ちなんてこれっぽちも生まれないんだもーん。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S-jbxYcAE0I/AAAAAAAAAxE/fFTLNd8JDPE/s1600/DSCF4888.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5469863388861436738" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S-jbxYcAE0I/AAAAAAAAAxE/fFTLNd8JDPE/s320/DSCF4888.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt; &lt;span style="color:#000000;"&gt;スーダンの田舎の通りすがりの村にて、イフタを分けてもらう東洋人の図。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S-jbw8lmOpI/AAAAAAAAAw8/5CYY8lELatI/s1600/DSCF2407.jpg"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5469863381385493138" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S-jbw8lmOpI/AAAAAAAAAw8/5CYY8lELatI/s320/DSCF2407.jpg" /&gt;&lt;/a&gt; &lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;これは、ケニアのラム島だね。こんな感じでみんなで一緒に食べるの。 &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アビジャンの私の家の近所で毎日物乞いに励んでいるおじさんも、なぜか食事中に私が通りかかると、いつも「こっちに来て一緒に食べようよ」と言ってくれる。食事といっても、誰かに恵んでもらったパンやらピーナッツやらヤム芋なのだが、それすらも分け合おうとする。すごく温かい気分になるけど・・・そんなに私は困っているように見えたのかな（笑）？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S-jd_Pa0FnI/AAAAAAAAAxU/nOBSGsKtyho/s1600/DSC03741.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5469865825981961842" border="0" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S-jd_Pa0FnI/AAAAAAAAAxU/nOBSGsKtyho/s320/DSC03741.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;近所の物乞いのおっさん達。笑顔がね、もう本当に素敵な人々なんです（笑）。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;エチオピアでは、汚い食堂でも比較的きれいなレストランでも、道端でも建物の中でも、食事を待っている間にはたいてい、周りの人（既に注文した料理が出てきている人）がご飯を分けてくれた。ラマダン中のスーダンやエジプトでは、イフタ（日没直後の食事）の時間帯になると「こっちへ来―――――い！！」と言わんばかりに道端での食事に引っ張り込まれた。家でのイフタに間に合わなさそうなツイていない人々が、磁石に吸い付く砂鉄のように次から次へと道端イフタに駆け込んでいく光景は、かなりの見ものである。こうして、知らない人々が食べ物と時間を共有するのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いや、でも待てよ。この前ウォロウォロの中で、ダカールに長いこと住んでいたというセネガルとコートジボワールのミックスおっさんと話をしていたんだけど、彼曰く「ダカール人は狡猾で、特に人間関係においては計算してから行動する」から 「J’en ai marre (もうやんなっちゃった)」なのだとか。「サヘル地域の人々（ブルキナ、ニジェールなど）に比べると、象牙人は計算してから人間関係を育む傾向にある。それでも象牙人は、相手から直接何かを得られなくても構わない、とにかく『仲良くなりたい！！相手のことをもっと知りたい！！』という気持ちが強いからこそ、フレンドリーに振舞う人が多い。それなのにセネガルときたら・・・」。たとえば、誰かと友達になるとき、セネガル人の多くは「この人とつながりを持つことで、どんな利益を得られるか？」ということをまずは考えるんだって。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はセネガルには行ったことがないので比較はできないが、なるほど、アビジャンには、ただ単に私と仲良くなりたくて親切にしてくれる人が、カンパラよりも多い印象は受ける。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;セネガル女性がかなり強くて、オシャレだけど若干浪費が大好き・・・という話は、「何も買ってくれない男なんてポイよ、ポイ」な傾向の強い西アフリカでもかなり有名だ。（注：この手の噂は、日本の「九州男児」「越後美人」と似たような類のものなので、別に偏見だとかレッテルだとか差別だとか、そんなんじゃありませんよ。）no offenseだけど・・・なんだか、東アフリカや南スーダンでのウガンダ女性の評判と少し似ているかもね（笑）。関係ない話だけど、パリにいるセネガル人コミュニティーの「ミス・セネガル」と一緒に働いてたの。メチャメチャかわいい子だったけど、彼女の金銭感覚と男に貢がせるスキルは目を見張るものがありました。&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;ただ、ウガンダ人の多くはあまり難しい計算はしないし、後先のことまでややこしいことはほとんど考えない感じがします（笑）。極端に言うと、彼らは目の前にボーンとあるものに、本能的にホイホイついていってしまうタイプ。そして、ウガンダ人はあくまでも礼儀正しくて婉曲的。「○○ちょうだい」とはあまり言わない。でもその代わりに、さんざん仲良くなった後、ゆっくりとしたウガウガなトーンでニコニコしながら、やんわりと物品の要求をしてくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これのやんわり加減がいいのか悪いのかは分からないけど、だからインド人やら中国人やらに経済を乗っ取られちゃうんだよね、ウガンダ人（笑）。嗚呼ウガンダ。ポケモン世代のウガンダ経験者なら、私がしょっちゅう言っている「ウガンダの国民性を例えるなら、ヤドンだ」の意味がよく分かるのではないでしょうか。（誤解されたくないから一応説明しておきますが、それでもウガンダは、私にとっては大切な場所です。ウガンダ人についてあれこれ私は言うけれど、すべて愛のムチです。 ）&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;ということは、セネガルのハイチへの兄弟愛を謳った緊急支援も計算づくしなのかしら？まぁ、政府の援助なんて、国益の計算がされていなかったら逆におかしいんだけどね。一応テンガラの人々（セネガルの愛称）の名誉のためにも言っておくけど、私の知り合い＆同僚のセネガル人はみんな良い人だよ。（あ、でも、ただ単に良い人のフリをされているだけだったりして・・・なんちゃって）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;セネガルね、面白そうな国だよね。ビーチとピーナッツと音楽くらいしか知らないけれど、なぜかずっと気になっていた国の一つです。初代大統領はアフリカ人奴隷所有者の子孫なんだけど、「もしも奴隷制度の補償が求められるものであれば、私の先祖の奴隷やその子孫たちは、この私に賠償金を求めることができるであろう」という言葉を残した人なの。ちなみにこの人、かなりのフランス文化好きで、ノルマンディーを心から愛し、最期をそこで迎えるほどの人だったらしいよ。ってオイ、大統領の個人的な嗜好は大統領という仕事には関係ないかもしれないけどさ、リーダーがこんなんじゃ、社会の上層部にフランス文化至上主義が蔓延しちゃうのもうなずけちゃうよね。Françafrique（フランスに支配され続けるアフリカ）を邁進したいフランスにとっては、こういう人が大統領でいてくれたことはうってつけだったに違いないけど。セネガルの歴代ファーストレディーが、全員白人女性であるっていうのも気になる。どうして？？（笑）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さてさて、セネガルの話をしすぎましたが、ここにきてようやく今日の本題に移ろうと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今回の地震のおかげで、ハイチの子どもの人身売買ビジネスに光が当たっているよね。子どもが奴隷になったり、アメリカの養子縁組ビジネスの餌食になったりと、もうとんでもないことが次々と起きている。地震の直後に、ユニセフや多くの子ども・人権関係のＮＧＯが緊急声明を出したりしていたのは、記憶に新しい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;五年前に、私はインドを二ヶ月間フラフラしていたんだけど、そのときに初めて、人身売買の被害となった女の子たちに出会った。衝撃的だったよ。本当に涙が出た。ネパールやバングラ、インドの貧しい村からだまされて連れてこられたり、誘拐されたり、時には（少数ですが）親や親戚の大人に売りさばかれたり。そして、そんな女の子たちは、コルカタの売春宿で強制労働させられるわけです。午後の二時、三時になると、ケバケバメイク＆体のラインを強調するようなピチピチの服を着た女の子たちが狭い路地に並ぶの。インドの女性はみんなゆったりした服を着ているから、インドボケしていた私の目には、彼女たちのファッションは衝撃的に映った。みんなお化粧なんかで一生懸命大人っぽく見えるようにしているんだけど、どう見ても十代前半の女の子ばっかりで。中には、きっと八歳や九歳なんだろうなと思わずにいられないような、そんな小さな子もいた。あの路地の光景は、もう一生頭から離れないと思う。この手の子どもの性的搾取は世界中にある。ハイチももちろんその一つ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もう一つ見逃してはいけない問題の一つに、途上国から先進国のお金持ちへの養子縁組ビジネスがある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ジョリーピットやマドンナのおかげ（？）で、「貧しくてかわいそう」な子どもを養子にするのが今や世界的なブームになっている。ウガンダでは、街行くムズング（白人）の家族にウガンダ人の赤ちゃんが紛れ込んでいる・・・なんていう光景をちょくちょく目にした。本当に子どもがほしくて養子に迎えている人もいる中、哀れみの気持ちばかりが強い人や「神様に導かれたから、かわいそうな子どもを養子にした」なんていう人までいるから、この養子ブームに対しては、私は正直言ってすごく複雑な気持ちになる。アフリカがヨーロッパの支配下にあったころ、一部のヨーロッパの上流階級の奥様の間では、黒人の子どもを「ペット」としてかわいがるブームがあったの。信じられない話だけどね。二十一世紀のこの世界で起きている養子縁組ブームも、これと大して変わらないのではないのかな。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なんというか、これもやはり「イメージ」というものと深く結びついているのではないかと、ポストコロニアリズムが大好きな私は考えてしまう。子どもという存在がそもそも「小さい、か弱い、守るべき対象（＝社会的弱者）」を連想させるが、それに＊「黒い肌」というイメージも加わると、「アフリカの子ども・黒い肌の子ども」という存在が、彼ら自身が自らを語る主体なのではなく、他者によって作り上げられた「イメージ」に基づいて語られる存在、単なるobjet（対象）としてしか、認識されない存在になってしまう。うーん、ちょっと話がややこしくなっちゃったね。掻い摘んで言うと、アフリカの子どもや黒い肌の子どもという存在が、「救ってあげるべき対象」という呪縛から解かれるにはまだまだ時間がかかりそうだということ。そして、今日の世界で起こっている国際養子縁組ブームは、少なからずこの「イメージ」が作用しているということ。ジョリーピットやマドンナを、「世界の注目をアフリカの子どもたちに集めている。なぜなら、アフリカは『忘れられた、無視された』存在だからだ」と賞賛する人がいるけれど、私はこれにはかなり批判的な意見を持っている。昔はね、アフリカに実際に行く前はね、そりゃ私も同じように考えていたよ。でも、今は違う。確かに彼らは人々に関心を持たせているけれども、彼らによって作られているアフリカの子どもへの「イメージ」がかなりアンフェアだからだ。これはね、多くのアフリカのインテリ層も同じことを言っていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;結局のところ、長い目でアフリカの未来を見たときに一番の障害になってくるのが、このアンフェアな「イメージ」なんだよね。人々の関心が高まれば、お金は流れてくるかもしれないし、多くのアフリカの子どもが「物質的によりよい生活」を得られるきっかけになるかもしれない。でも、その副作用として、「objetとしてのアフリカの子ども」が強まり、社会的にも人々の心理的にも、大きな歪を生み出してしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#ff0000;"&gt;＊「黒い肌」へのイメージについては、フランツ・ファノンの本なんかかなりオススメです。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ウガンダでお世話になったアメリカ人のクレイグは、自閉症の孤児三人を養子にしていた。&lt;br /&gt;厳密には、（二年前の段階で）法的に養子縁組が成立していたのは一人だけで、残りの二人は申請中だったんだけどね。この前彼から、無事に全員の養子縁組が終了した旨を伝えるメールが来た。今はウガンダ北部の田舎で、小さな采園を営みながら静かに生活しているらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに彼は、痛々しいような慈愛に満ちてるタイプの人間ではない。「アメリカ中部出身・白人中産階級・クリスチャン」の三重苦（笑）の人ってどうも苦手なんだけど、クレイグはオープンマインドで自然な人。ウガンダで養子縁組をしている多くのアメリカ人に対しても、「ブームに乗っているだけにすぎない」と批判的な意見を持っていた。それに、何よりも私が好きだったのは、ハッキリと「自分のために、この子たちを養子にするんだ」と明言していたこと。彼は同性愛者だから、本人曰く、子どもが欲しいと思ったら養子縁組に頼るしか方法がないんだって。アメリカ国内の養子を引き取るのではなく、わざわざウガンダ人の子どもにしている理由は、「タイミング的に自分がウガンダにいるから、ここで養子縁組をするのが自然な流れだった」から。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;p align="center"&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S-jbxgOo9KI/AAAAAAAAAxM/uGifznxhLlo/s1600/DSCF1137.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5469863390952879266" border="0" alt="" src="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S-jbxgOo9KI/AAAAAAAAAxM/uGifznxhLlo/s320/DSCF1137.JPG" /&gt;&lt;/a&gt; &lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;クレイグの子どもたちと一緒によく遊んでいました。I miss them!!&lt;/span&gt; &lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私がウガンダで彼に出会ったとき、クレイグは、養子縁組申請にかなり手こずっていた。ウガンダの国際養子縁組の法律は、かなり複雑だ。手続き開始から縁組成立までは数年もの時間を要する。ウガンダ政府に払わなければならないお金も結構な額だ。手続きの間、ウガンダ国外への出入りもあまり自由にできない。もう今さら明記する必要もないだろうけど、ＴＩＡ、「公式な」プロセスだけでは、当然、いつまで経っても手続きは進まない。もともと複雑なお役所仕事をさらにややこしくするのはウガンダ役人の得意技だから、毎回、「書類が足りない」だの「写真写りがはっきりしていない」だの「今日は役所のボスが村に里帰り中でいないから、来週また来い」だのグチグチとイチャモンをつけられては、申請が却下されるわけだね。ワイロも渡さなくてはいけないし。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;途上国の役人は、この国際養子縁組ブームのご時勢における子どもの需要の高さ＆彼らのの商品価値に十分気づいている。「自分の国の子どもの人権を守る」とか表では色々キレイゴトや正論を言いながら、結局はお金。そもそもさ、子どもが守られていない社会をあなたの国に作っているのは、他でもない役人のあなたでしょうが！！とツッコミたくなるけどね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一方的な大人の都合のみで動いている莫大なお金と、ある日突然、その取引の渦中に「商品」として引っ張り出されてしまった子ども。本当に腹が立つ。 なんだか・・・人間ってなんなんでしょう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;養子を欲しがっている大人が、多くの子どもの中から一人を選ぶこのシステムも・・・なんだかねぇ。ペットショップでワンちゃんを選ぶのと子どもを選ぶのを一緒にしちゃダメなような気がするのですが。もう一つ私がおかしいなと思うのは、当の子どもの意思がほとんど尊重されていないこと。養子縁組って幼児期の子どもが「一番人気」なわけだけど、子どもが幼いことをいいことに、大人の勝手な事情でこんなことしちゃっていいのかな？もう少し年齢が上がると、自らの意思で養子に行きたいという願望を抱くようになる子が少なからず存在する。しかし、その年齢層の子どもにお声がかかることはそう滅多にあることではない。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;この前、私の家にエチオピア人のカウチサーファーが泊まりにきた。そのときに、アフリカを取り巻く国際養子縁組について話をしていたんだけど、陽気な彼は冗談で皮肉たっぷりにこう言った。「アメリカの貧しい家庭の子どもや施設に入れられているような子どもをエチオピアの家族が養子にしたいと言ったら、アメリカ政府はどう反応するかな？」&lt;/p&gt;&lt;p&gt;ナイスアイディア！！！子どもにとってもそのほうがいいだろうし、エチオピアとアメリカが対等な立場であることをはっきりと示すためにもすごくいいことだと思うね。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-7116296999224603836?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/7116296999224603836/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=7116296999224603836' title='2 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/7116296999224603836'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/7116296999224603836'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/05/blog-post.html' title='ハイチ地震から考える～分け合うということ・国際養子縁組について～'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' 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/&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;はい、申し訳ありませんでした～。まぁ、このブログ自体がTIAなので、そこらへんは笑って許してやってくださいね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さてさて、今年の３月は、私にとっては非常に移動距離の激しい一ヶ月となりました。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;なぜかといいますと・・・ &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;３月頭～７日:　コートジボワール西部&lt;br /&gt;８日～１０日:　アビジャン &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;１１日～１６日：　パリ &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;１７日：　栃木 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;１８日～２０日：東京&lt;br /&gt;２１日：　新潟 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;２１日～２６日：　シカゴ &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;２７日～３０日：　ボストン &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;３１日：　新潟 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;４月１日～：　東京&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;でででででーん。どうですかこの移動距離！！&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;もはや移動距離の計算なんかもする気になれないので、誰か代わりにお願いします（笑）。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;そうなんです、一ヶ月の間に、四大陸を移動したことになるんですね。今までの最高が三大陸（やはり昨年の３月でした）なので、記録更新です。イエーイ。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;コートジボワールの西はすばらしい場所でした。また後日レポート書きます。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;パリは、会社の本部があるからその関係で滞在しましたが、西アフリカは日本からまだまだ遠い存在なので、どの道パリ経由でしか飛行機がないのです。ドバイ経由の便もあることはあるのですが、それだと　アビジャン→アクラ（ガーナ）→ドバイ→大阪→東京　という恐ろしいフライトになってしまうんです。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;今回のパリは短かったので、色んな人に会いまくっていたら終わってしまいました。中でも、前に少しだけ書いたイザベラちゃんに再会できたのは本当に嬉しかった！！今年、アビジャンは異常気象で例年よりも暑かったのですが、対するヨーロッパは３月だというのに氷点下にまでなってしまうような気候で・・・。当然、品川さんは冬服など持っていませんよ。薄手の長袖は一応着ていたのですが、やっぱり寒かったです。友達に冬服は借りましたが。 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;パリに着いたとき、私のクレジットカードに問題があって、お金がおろせなかったの。持っていたのは３ユーロと１５００FCFA（約３００円）、それに、前回のパリ滞在のときに余っていたメトロの切符一枚。でも、アビジャンからずっと一緒だった象牙人のおじさんが、３ユーロくれたために、どうにかパリ市内の友達の家までたどり着くことができました。このおじさんも、ATMからお金がおろせなくて困っていた（しかも彼の所持金も１０ユーロ程度だった）のに・・・いい人！！TIA,困ったときには助け合うその精神。やっぱりアフリカは大好きです。 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;p&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;空港で、バス停までの道を空港案内所にいたムッシューに聞こうとしたら、ついついいつものクセで"Ei mon frère, on dit quoi? Tu sais comment arriver au bus, là? (おお兄弟よ！！今日はどんな感じだい？あんたさ、バス乗り場への、あれだよ、行き方知ってたりしない？）”とアビジャン訛りのフランス語で言ってしまいまして。唖然とする彼の顔を、私は忘れることがないでしょう。東京のど真ん中で、このクソ寒いのに薄着で、汚いバックパックを背負った国籍不明の外国人が、東北弁で道を聞いてきたら、そりゃ私だってびっくりするとは思います。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;アビジャンからパリまでは、まさかのAFRIQUAYAHでした（苦笑）。何じゃそりゃ！？と、今、おそらくほとんどの皆さんがそう感じたことと思います。AFRIQUAYAHとは、なんとあのリビアの航空会社です。なので、トリポリ経由でした。もうここまできたら笑うしかありません。 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;リビアの独裁者であるカダフィ大佐は、なにかと外交政策にアフリカの結合を強調しているんです。アフリカの各都市とリビアをつないでいるAFRIQUAYAHは、そういう意味ではカダフィらしい航空会社だね。値段も他と比べてかなり低めになっている（だって石油が採れるんだもーん）し、エコノミークラスでも４８ｋｇまでOK。まあ、米袋７つにヤギ２頭、キャッサバ５０ｋｇ分にニワトリ５羽、そして家族１２人分の衣服とあれもこれもを持ってじゃないと移動できないTIA乗客に対応するには、エコノミークラスでも４８ｋｇまでOKにしないと無理なんだろうけどね。ちなみに、AFRIQUAYAHの公式文書には「&lt;strong&gt;&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;チェックインは出発時間の三時間半前、荷物は一人３０ｋｇまで&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;」とか書かれていたんだけど・・・。こう書いておけば、だいたいみんな出発の１時間半前には空港に到着して、荷物も一人当たり４５～５０ｋｇで持ってくるだろうという超TIAな想定のもとにこう書かれているんだね。どうせみんな遅れるし、荷物も「コレくらい平気でしょ～」のノリだから。やはり、アフリカンの乗客に慣れております。賢い！！ &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;カダフィのアフリカ政策といえば、忘れられないエピソードがいくつかあります。タンザニアはザンジバル島で、私は３週間ほどスワヒリ語の学校に通っていたんだけど、そこはリビア人学生で溢れかえっていたの。これは、どうやら「欧州系の言語よりもアフリカの言語を！！」というカダフィの方針らしいんだけどね。ところがどっこい、ボンボンの金持ちリビア人は、ほとんどまじめに勉強しないでサボったり、遊びほうけたり。まぁ、どこの語学学校にもこういう人はいるものだけど。 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;スーダンに行ったときも、ハルツームにカダフィの「gift」として送られた（！！）ホテルが、でででーんとナイル河岸にそびえているではありませんか！！あまりにも長く灼熱地獄のハルツームにいすぎたので、私たちはエアコンの恩恵にあやかるべくこのホテルを見に行ったんだけど・・・いやー、成金の力はすごいね。恐るべしオイルマネー。スパか中華料理屋から何から何まで揃っている、空っぽのホテルでしたよ。ちなみにウガンダにも、カダフィからのgiftで、無駄にジャイアントサイズなモスクがあります。カダフィは、独裁者と大の仲良しこよしみたいだね。ウガンダの新聞によると、このモスクのオープニング式典にカダフィがカンパラに来た際、ムセヴェニ大統領（ウガンダ）に「権力を保持し続けること」について伝授したのだとか。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S7543dobCRI/AAAAAAAAAwk/Vaelxgtk4zk/s1600/DSC01767.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5457932692661930258" border="0" alt="" src="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S7543dobCRI/AAAAAAAAAwk/Vaelxgtk4zk/s320/DSC01767.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt;これが、カダフィからのgiftであるホテル。いかにも「石油がザクザクしてますよ」なデザインだね。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S7543OZz5yI/AAAAAAAAAwc/-DAupn1Y6lo/s1600/DSC01757.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5457932688574113570" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S7543OZz5yI/AAAAAAAAAwc/-DAupn1Y6lo/s320/DSC01757.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt; このホテルの中はこんな感じ。この人は、スーダン人らしい本当に「いい人！！！」なアブドゥラヒムさん。彼との思い出も、日本のみんなに知ってもらいたいことだらけなので後で書きます。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;リビアの空港は、予想通り、カダフィの肖像画で埋め尽くされていました。あれね、私も知らなかったんだけど、あの肖像画に描かれているカダフィって、サングラス越しにこっちをじっと見てるの！！肖像画の近くに立つと、カダフィの視線を感じるように描かれているんですね。おぞましい。この肖像画を写真で見た感じだとぜんぜん分からないけどね。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S7544iL5gPI/AAAAAAAAAw0/tv6cR7TUXGk/s1600/kadafi.jpg"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 233px; DISPLAY: block; HEIGHT: 320px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5457932711064338674" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S7544iL5gPI/AAAAAAAAAw0/tv6cR7TUXGk/s320/kadafi.jpg" /&gt;&lt;/a&gt; &lt;span style="font-size:85%;"&gt;これこれ。この上を向いているサングラスの奥から・・・彼はあなたを見ているのです！！&lt;/span&gt; &lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;p align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;AFRIQUAYAHの、リビア人客室乗務員（当然みんな男性）のサブサハラアフリカ人乗客に対する接客の仕方を観察するのは面白かったよ。なんていうのかな、アラブ人とアフリカ人の関係についてもそのうちブログに書きたいとは思うんだけど、多くのアラブ人はアフリカの人のことを下の立場の存在として見ているのね。歴史的にもずっとそうだったし、今だって、なんとなくそんな雰囲気はバシバシ出てる。そういう背景なんかを考えると、さまざまな発見（のようなもの）がありました。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;p align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;そもそもの点として、メイドのいる家庭で育った彼らは人に仕えることになれていないね。動きはぎこちないし、テキトーだし。コップを配るときは、重ねたコップを奥の席の人につき出して取らせてるし（なんとなく想像つきますかね？）、食事を配るときは、後ろ向いてペチャクチャおしゃべりしながらだったし。お茶やコーヒーを配るときも、「テ、テ、テ（テとは、フランス語でお茶の意味）」って叫びながらスタスタ通路を歩くだけだったしね。インドの列車に乗ったことのある人は分かると思うんだけど・・・ホラ、インドの電車で、朝になると、どこからか茶売りのおじさんが乗ってきてさ、「チャーイ、チャーイ、チャイチャイチャイ。チャーイ、チャーイ、チャイチャイチャイ」っていう歌を歌うでしょ？あれに近いものが飛行機の中でも行われているとご想像ください。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;今回もパリでは、面白い発見が色々あったよ。インドが大好きなモロッコ人である同僚のルブナちゃんは、ハードゲイの大ファンなんだって。私の同僚たちとインド人街にある小さなレストランにディナーにいったんだけど、そこでハードゲイの話で盛り上がりました。なんか、今、世界中でyoutubeのアクセス数がすごいらしいですよ、彼の動画。でも、確かにあの人、ビジュアルすごいからウケそうだよね。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;ノルマンディー地方からわざわざパリまで会いに来てくれたノエミーちゃんと一緒に、お気に入りのアフリカンレストランに行ったときのこと。ひょんなことから、アビジャンの私の家のすぐ裏のほうに住んでいたというおばさんに遭遇したの。また、私の後ろに並んでいたお姉さんとも話を始めたんだけど、彼女はなんと東京に五年間も住んでいたんだって！！彼女自身はガボンの人だったんだけど、彼女のお父さんが、東京にあるガボン大使館で働いていたらしい。衝撃の、アフリカン九人兄弟in東京だったそうです。電車の中とか、かなり注目浴びたんだろうなー。これがきっかけで、その日は彼女とずっとお茶をしてしまいましたとさ。でも、こういう出逢いは素敵。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;おフランスにいても、私はどうしてもアフリカと腐れ縁のようで。RER（パリの郊外に行くための電車）の中でたまたま話し始めたおっさんがアビジャン出身だったり、道に迷っている風貌だった三人組のうちの一人がケニア人（しかも、私の大好きなケニアの町であるWatamu出身！！）だったりと、まあいろいろあるよね。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;p align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;そして、帰りの空港にて、アフリカネタではありませんがさらに衝撃的なことが！！実は、夏にパリにいたときに、群馬県は桐生市出身の日本人のご家族とメトロの中で十分くらい話をしたの。パリのメトロはものすごく冷たい雰囲気で、他人と会話をするなんてありえない空間なのに、どういうわけかこの日本人のご家族と私の間では会話が始まったんですね。地元も近いしね、桐生と大平は両毛線仲間だし（かなりジモッティーな話でごめんなさい）。そしたら・・・なんと、フランスに住んでいるという娘さんと、偶然にも八ヵ月後に空港のチェックインカウンターで再会！！これはすごい確立ですよね。しかも、向こうがなぜか私のバッグを覚えていて、それで声をかけてくれたの。「夏にお会いしましたよね？」と言われ、「ええええええ！！！」みたいな。再会できてうれしかったです。お声をかけていただいてありがとうございました！！&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;p align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;一昨年、私の東京のアパートにベルギー人が泊まりに来たんだけど、その人と池袋西口の裏道を歩いていたら・・・突然、そのベルギー人が雄たけびをあげながら、道端にいたインド人のおっさんとハグをし始めまして。なんでも、そのベルギー人の人が五年前にインドに旅行に行ったときにそのインド人の人と数日間一緒にいたんだって！！なんじゃいそりゃ。そしてその後二人は連絡を取り合うことがなかったんだけど、池袋の路地で思わぬ再会を果たした・・・のだとか。ひえええええ、これはすごいね。もちろん、その足でみんなで飲みに行きましたよ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;p align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;USAについてですが。実は、新潟県立高校の理数学科・選抜高校生３７名のアメリカ研修に同行していたのです～。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S7544INt19I/AAAAAAAAAws/3fMnYVfuP-c/s1600/P1040001.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 240px; DISPLAY: block; HEIGHT: 320px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5457932704092641234" border="0" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S7544INt19I/AAAAAAAAAws/3fMnYVfuP-c/s320/P1040001.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt; シカゴの、全米一高い、シカゴのSears Tower改めWillis Towerのてっぺんにて。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt;ガラス張りの床の上で逆立ちしてみました。東京ツリー（だっけ？）が完成したら、同じことやろうと思います。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;ところがどっこいだよ。シカゴの空港に着いたとき、アメリカの入国管理官に言わせるところの「all these countries（これら国々、つまり、アフリカの国々のこと）」のビザでいっぱいだった私のパスポートは怪しまれ、空港にある「別室」にナツノさんは連れて行かれたのです！！アメリカ政府が一方的にテロ国家に指定しているスーダンのビザがあったのも問題だったようで。あ、ちなみに私、スーダンの「居住外国人用ビザ」を持っているんです。別に住んでたわけじゃないんだけど、色々ありましてこんなビザをもらうハメになったのです。その「別室」では、ガッシリした体格の入国管理官から次々と質問をされたよ。やな感じ！！あのね、スーダン人のほうがあなたたちよりもよっぽど安全だと思いますが、何か？&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;ようやく解放してもらえたけど、なんだかフクザツですね。国際社会のアフリカに対する態度がこんなんだから、どんなに「支援」しようと「援助」しようと状況は何も変わらないんです！！まったくもう。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;とまあ、今は東京です。大学を卒業するために、とりあえず戻ってきました。夏くらいまでは確実にいますので会いましょう皆さん！！&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;p align="left"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;私の体は東京にあっても、心は常にアフリカにあります。これからも、このブログをよろしくお願いします！！&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;p align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-3782033699750937635?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/3782033699750937635/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=3782033699750937635' title='4 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/3782033699750937635'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/3782033699750937635'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/04/blog-post.html' title='東京に戻ってきました！！'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S7543dobCRI/AAAAAAAAAwk/Vaelxgtk4zk/s72-c/DSC01767.JPG' height='72' width='72'/><thr:total>4</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-6646361929995414741</id><published>2010-01-27T04:30:00.002+09:00</published><updated>2010-01-27T04:38:50.887+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ぼやき'/><title type='text'>最近・・・</title><content type='html'>&lt;span style="color:#000066;"&gt;新年明けてからてんやかんやで、何故か睡眠量が突然増えたり、すぐに疲れちゃったりするんです。 あ、でも、マラリア再発（四度目！？）とかではないのでご心配なく（笑）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いやー、もう情けないですね。ブログに書きたいことは日々溜まりに溜まってゆく一方なのですが。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんなこんなでコートジボワール生活もあと一ヶ月ちょっととなってしまい、もう時間の経つはやさにただただおののくばかりな私です。このブログには、ウガンダ留学の思い出や、大陸縦断の旅のエピソード、コートジボワールでの仕事のもっと詳しい話や、日本にいたら絶対に知ることのないアフリカの様々な側面についてもっともっと書きたいのですが・・・。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#000066;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#000066;"&gt;まぁ、アフリカンペースでのろのろと書き上げていきますので、今後ともよろしくお願いしまーす。&lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-6646361929995414741?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/6646361929995414741/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=6646361929995414741' title='5 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/6646361929995414741'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/6646361929995414741'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/01/blog-post_27.html' title='最近・・・'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><thr:total>5</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-2908746422503961292</id><published>2010-01-26T02:06:00.007+09:00</published><updated>2010-05-12T10:37:38.600+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='アフリカの本当の問題'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ウガンダの大学'/><title type='text'>見せつけが大好きなアフリカン</title><content type='html'>&lt;span style="color:#ff6600;"&gt;いきなりだけど、アフリカでの私の質素な（？）暮らしぶりをここで少し紹介するね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まずは服装。アフリカにいるときは、特別な場合を除いて、涼しくて動きやすくて、見るからに安そうな服装でいるのが一番だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ウガンダ留学時代の私は、いつも髪を一つにしばりあげ、汚いスニーカーかビーチサンダルに半ズボン＋ヨレヨレのキャミソールといった格好で過ごしていた。旅をしていたときもそう。コートジボワールでは、仕事中は一応まともな服装を心がけるようにしているけれど、それでも、アクセサリーやお化粧は絶対にしない。そもそも暑すぎるし、日本にいるときでさえも、私はそういった類のものとはほぼ無縁な生活をしているからね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もちろん、仕事以外のときは、強盗やナンパ野郎にすら相手にされないような身なりを常に心がけている。（というか、そんな服しか持ってこなかったし、新しく買うのも面倒だから、自然とそうなってしまう。）ただでさえ外国人だから目立つのに、「いかにも」な服装でいると「ハイ強盗さん、私を襲ってください」と大声で叫びながらウロチョロしているようなものだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;安いのは、携帯電話もそう。今の携帯は会社が買ってくれたやつだから、画面はカラーだしにカメラまでついている。でも、ウガンダ時代の携帯は、ノキアの白黒の一番安い機種だった。だって、携帯なんて、電話とメールができれば十分でしょ？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;食生活もとことん安いね。ウガンダでは、年間たったの４５０ドル（光熱費、水道代込！！）で生活できる食事つきの寮に住んでいた。ところが、寮のご飯はまずい挙句に毎日同じメニュー（バナナと豆とたまにご飯）だったし、かといってキッチンもなかったから、ほとんどの寮生はあまり寮で食事をしない。私も、外から食べ物をよく買ってきていたよ。まぁ、私が買ってくる食べ物なんて、せいぜい道端の焼きとうもろこしだの焼きバナナだの、その程度の激安フードだったんだけどね。（今は、家にキッチンがあるお陰で本当に助かっている。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;学生は貧乏だから、お金の使い方は慎重に選ばないといけない。切り詰められるところはひたすら切り詰めて、本やら旅やら緊急出費のためにまわす。これは私のお金に関する基本方針だ。そりゃ、ウガンダの物価のほとんどは日本よりも安いから、豪遊しようと思えばできなくもなかったけれど・・・だからといって、ストリートフードがあるのにわざわざレストランに行ったり、外国からやって来た援助衣類の垂れ流し（結構安い）を買わないでわざわざお店でキレイな服を買ったりするのは、私にとってはちょっとナンセンスに感じられた。たとえ１００円だろうと、より安いもので代替できるのであればそうするべきだ。ただし、安ければ全てがいいわけではなく、自分にとっての最低水準を設けておくべきだけれど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところがどっこい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しばしば、このポリシーをどうしても理解しない現地の人に遭遇する。彼らにとって、お金がある人は、それ相応の生活水準を守らなければならないもの。言い方を変えると、こちらの多くの人は、お金があるのに質素な生活をしている人や、わざわざチープな生活をしている人のことが理解できないっていうことね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ウガンダの大学構内では、顔見知りでもなんでもないマケレレ女子から「ちょっとそこの中国人！！チンチョンチョンチン！！！」と声をかけられ、何事かと思ったら「どうしてこんなにみすぼらしい格好をしているの？」だの「今すぐにきれいな服を買いなさいよ。どうせお金あるんでしょ？」だのズケズケとよく言われたものだ。アンタたちこそ、教科書や本を買わないくせに、どうしてそんなにいい格好しているのよ？まったくもう！！（私は最初、マケレレガールズの多くがあまりにdressyなものだから、授業が終わったらそのままクラブにでも行くのかと思ってしまったくらいだ。）授業のノートなどを入れていたリュックに至っては「女はリュックなど背負わないもの。私が持っているような、かわいいハンドバッグを持つようにしなさい」とバッサリ。キーーーーー、何で私が、リュックを背負っているがために、こんなこと言われないといけないんだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#ff6600;"&gt;&lt;p align="center"&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S13VBviIqMI/AAAAAAAAAwU/hRWfewCdF6k/s1600-h/2007_09090063.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5430730951594911938" border="0" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S13VBviIqMI/AAAAAAAAAwU/hRWfewCdF6k/s320/2007_09090063.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt; マケレレの授業。みんな結構dressy!!&lt;/span&gt; &lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、カンパラ市内ではビーチサンダルは嘲笑の対象だった。ルームメイトにまで「お願いだからそれだけは履かないで。私たちまで恥ずかしい思いをする」と言われたね。カンパラでは、ビーチサンダルはトイレやシャワーのスリッパとしか見なされていない。だから、仕方がないといえば仕方がないんだけど。不思議だよね、これが、ダルエスサラーム（タンザニア）やキガリ（ルワンダ）では、みんな普通にビーサンを履いているのに。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私が使っていた携帯も、多くのウガンダ人にとっては？？？だったようだ。というのも、「何だこいつ、日本人で金あるくせにこんなダサい携帯使いやがって」という気持ちがウラにあるんだよね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私が今まで訪れたアフリカ諸国では、どの国の若者も、音楽＆写真に写るのが大好き。よっぽどお金に困窮している人や、少数ながらも存在する「電話なんてたかが電話、そのために浪費するなどばかばかしい」という考えの持ち主を除いて、イマドキのアフリカ若者は、最低でも、カメラと音楽ポータブル機能付の携帯を持っている。お金に余裕のある人は、i-phoneやblackberryのような電話を使ってるよ。（「～のような」というところがポイント。やっぱりＴＩＡ，もちろん、これらの電話からインターネットに接続はできません。だってほとんどは中国の安物コピー製品なんだもん♪非常に稀ながら、本物のi-phoneなんかを持っている人もいるけどね。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;貧しい層の人々はみんな、お金の面では様々な苦労をしている。「いつかこの生活から抜け出してやる！！」という願望が強ければ強いほど、お金持ちに対する羨望が強ければ強いほど、あるいは、自分の経済力に対する劣等感が強ければ強いほど、本当はお金があるのに、わざわざチープなライフスタイルを好き好む人の心理が分からない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;中産階級の人々は、出費を抑えるために自分たちよりも下の階級の人々と同じ場所に出入りしたり、同じものを購入したりすることはほとんどない。例えば、コートジボワールの中産階級の人々に南ア～エジプト大陸縦断の旅のことを話すと、みんなに「飛行機は？ホテルは？レストランは？そんなお金がよくあったね！！」と言われる。「バスやヒッチハイクが交通手段だったし、果物とかストリートフードばかり食べていたし、泊まるところも、誰かの家や安宿ばかりだったから、お金はそんなにかからなかったよ。」そう答えると、彼らはたいてい唖然としてしまう。ぎゅうぎゅう詰めで、乗っているだけで疲れてしまうような長距離バスは「貧しい人々」のためにあるもの。ご飯も、そんな汚いところで食べたら体調を崩してしまう。不潔で、「危険」で、シャワーがなくて、お湯がなくて、冷房も扇風機もないような安宿に泊まるなど、問題外―自分たちは、自分たちの階級にマッチしたラグジュアリーが必要なのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大きな家に数台の車。メイドさんが家事を全てやってくれ、仕事や留学のために世界中を飛び回るような上流階級。こんな人たちにお目にかかることは滅多にないことだけど、彼らはマジですごいよ。飛行機は絶対に欧米系の航空会社（さすがに、自家用ジェットを持っていう金持ちには未だかつて遭遇していない）だし、基本的に買い物は全部海外で済ませるから、全身ブランド品でがっちり。よく聞く話だけど、パリのルイ・ヴィトン本店のＶＩＰ顧客は、今やほとんどがアラブ系かアフリカ系だっていうしね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼らにとっては、もはや重要なのはラグジュアリーの中身ではなく、「その社会の中で相対的に判断して、自分がどのレベルにいるのか」という点なのではないかと思わずにはいられない。例えば、東京に留学しているとあるアフリカ人お嬢様を知っているけれど、彼女は高級マンションに一人暮らしをし、疲れているときは、地下鉄を使わずにタクシー通学なんだって。彼女の国と東京では物価があまりにも違いすぎるが、「そんなことはお構いなし」な感じが、彼女の家のボンボンさを物語っているね。そもそもの話として、彼女の国と東京では生活の質と便利さは比べ物にならないくらい差があるわけだから、彼女の国のスタンダードでいう「お金持ちの暮らし」は、東京では、高級マンションに住んでいようと５万円のアパート住んでいようと、送れるはずなのだ（東京のアパートは、アフリカの豪邸育ちの人には小さすぎるかもしれないけどね）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でも、重要なのはどうやらそこじゃないようだ。階級社会の上層部で育つと、別の社会で暮らすようになったときにも、「新しい社会の中での上層部の暮らし」をしないと気が済まなくなっちゃうものなのかな。彼女の国でお金持ちの生活をしていた人にとっては、「日本という国で暮らす際には日本のお金持ちの暮らし」をしないとダメ、みたいな考え方がどこかにあるのかも知れないな、と、彼女を見ていてそう思った。すごくいい子ではあるんだけど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、ここに書いたような、階級による生活水準への認識というのは、なにもアフリカに限ったことではない。日本にも、ここまでハッキリと分かれてはいなくても、子どもの教育やなんやかんやで「我が家の階級にあったものを選ばなくちゃ」という傾向は存在する。（「格差社会」と言われながらも日本の格差はそこまでシビアなわけではないけどね。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;問題は次。ここには、「目につきやすいポイント」に集中的にあり金を注ぎ込む人、つまり、派手好きで自分が金持ちであることを「見せつける」のが大好きな人がかなりの割合で存在するんだな。（無論、こんな人は世界中にいるけれどね。）目に付きやすいポイントで相手や周囲を圧倒させ、そこから得る優越感に浸る―老若男女問わず、こんな傾向にある人が多い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみにこの「目につきやすいポイント」とは、ファッション、車、家、豪遊などのことである。一発で、しかも誰にとっても分かりやすい形で見せつけるためには、教育や医療のような地味なお金の使い道よりも「目につきやすいポイント」を優先させなくてはいけない。（だからこそ私の会社は、ヨーロッパにいるアフリカ人デジアスポラがアフリカにいる家族にお金を送るのではなく、モノや教育・医療などのサービスを直接提供できるようなビジネスを行っている。送金者が納得するようなお金の使い方をする受取人が、あまりにも少ないためだ。詳しくはこちら。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この傾向は、別にお金持ちに限ったものではない。庶民層でも多くの人が、「分かりやすくて目につきやすいポイント」に集中的にお金を使っている。見栄っ張りさんが多いのかな。それとも、優先事項違うのは、単なる文化の違い？いずれにせよ、私には到底理解のできないようなお金の使い方をしている人が、村でも都会でも多いこと多いこと。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「お金がないから」と本や教科書を買うのを拒否するくせに、ファッションや化粧品、携帯電話にあり金をつぎ込むマケレレ大学の学生。子どもを学校に行かせる余裕がないのに、家にはちゃっかりテレビがあるスラムの家庭。具合が悪くても病院に行くお金がないと言っていた近所のおばさん。そんな彼女の娘は、毎日毎日髪の毛とお化粧と服を完璧にキメて、ケータイの音楽を聞きながら果物を売っている。（もしかしたら、彼女は援助交際をしているのかも。）その傍らでは、ピカピカの車が音量マックスで音楽を流しながら走っており、道端でたむろしている無職の若者たちの羨望のまなざしを集めている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アフリカで売られている本やマケレレの教科書は、ほとんどが欧米からの輸入品だ。だから、税金なんかも課されてメチャメチャ高い。学校も、コートジボワールではもちろんワイロを要求されるから高くつくし、ウガンダの場合だと、＊ＵＰＥのとばっちりを受けたせいで、どんなに貧しい家庭でも私立学校にやらないといけないご時勢になってしまった。医療だって、何もしてくれない公立病院に文字通り「行く」のなら無料（病院までの交通量も、貧しい人にとっては痛い出費。しかも、そんなこんなでたどり着いた公立病院でも、しばしばワイロを要求されるから、結局はタダじゃなくなっちゃうんだけどね）だけど、薬を買ったり、きちんとした治療を私立病院や診療所で受けようものなら、当然出費を覚悟しなければならない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#ff0000;"&gt;*Universal Primary Education（公共初等教育無料政策）。援助にどっぷりのウガンダ政府が、統計上の「就学率」を上げるため、また、国際機関や世界銀行のご機嫌をとるために、無理やり作ったとしか思えない政策。お金がないのと汚職が蔓延しているくせにこんなことをし、結果として、先生のお給料は支払われず、校舎もボロボロ、教室には子どもが溢れかえり、文字通り学校に「行く」だけの初等教育になってしまった。小学校一年生百人につき、ストライキばかりしている先生が一人だけとか、ジョークもほどほどにしてくださいという話だ。学校に行ってもなにも学ばなかったら、それこそ詐欺だと私は思う。当然、教育の質は、有料だった頃と比べてガタ落ち。今ではどんなに貧しい家庭でも、どうにかしてお金をやりくりして子どもを私立学校に行かせている。少なくとも、私は一年弱のウガンダ生活で、公立小学校に子どもをやっている親には一度も遭遇していない。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;だから、これらの出費は、ちょっとやそっとの節約をしたところでできるものではないのはよく分かるんだけど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ウガンダ生活の初めの頃、カンパラのスラムで暮らす人々の雰囲気から、所謂「貧しさ」をあまり感じなかったから、私は心底ビックリしたよ。ちょうどその一年前にインドをうろちょろしていたんだけど、インドでは、スラムで暮らすような人は本当に見るからに貧しそうな格好だったからねぇ。ウガンダのスラムは、時間がゆっくりと流れるちょっとした下町のような場所で、日本にいる皆さんが「スラム」と聞いてイメージするような、あんな悲壮感たっぷりの場所では決してない。みんなオシャレさんで、失業者の若者は道端でイヤホンをして音楽を聞いているし、食べ物も道端で売られていて、子どもたちはそこらじゅうで遊びまわっている。まぁ、外国人にとっては衛生的ではない場所だし、教育や医療の状態がいいとはとても思えないし、貧しさから売春に走る女の子やなんやかんやは絶えないみたいだけどね。ちなみに、同じアフリカでも、エチオピアのスラムはちょっぴり違う。エチオピアは、どちらかと言うとインド寄りだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S13VAgvo6VI/AAAAAAAAAwE/uIcATYmxwQk/s1600-h/%E7%94%BB%E5%83%8F+143.jpg"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 240px; DISPLAY: block; HEIGHT: 320px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5430730930445150546" border="0" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S13VAgvo6VI/AAAAAAAAAwE/uIcATYmxwQk/s320/%E7%94%BB%E5%83%8F+143.jpg" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt; マケレレ近くのスラムと呼ばれる場所のお風呂タイム。そもそもスラムの定義ってなんなんだろう・・・。&lt;/span&gt; &lt;/span&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S13VAMmVBSI/AAAAAAAAAv8/Ur5granZlak/s1600-h/%E7%94%BB%E5%83%8F+142.jpg"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 240px; DISPLAY: block; HEIGHT: 320px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5430730925037389090" border="0" alt="" src="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S13VAMmVBSI/AAAAAAAAAv8/Ur5granZlak/s320/%E7%94%BB%E5%83%8F+142.jpg" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; 洗濯物。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S13VBRy6urI/AAAAAAAAAwM/Xx9jro8SCfg/s1600-h/%E7%94%BB%E5%83%8F+144.jpg"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 240px; DISPLAY: block; HEIGHT: 320px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5430730943612238514" border="0" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S13VBRy6urI/AAAAAAAAAwM/Xx9jro8SCfg/s320/%E7%94%BB%E5%83%8F+144.jpg" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; どんなに悲壮感が感じられないスラムだとはいえ、ちょっとこれを見ると心配になっちゃうよね。&lt;/span&gt; &lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt; &lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どうしてだろうね・・・。私は最初、これがウガンダだけの特徴なのかと思ったし、文化的なものだとも思った。ほら、よく、「産業革命当時のイギリスの労働者階級は、どんなに生活が苦しくても靴だけはきちんとしたものを履いていた。靴を履くことが、人間らしく生きるための最低ラインだった。」っていうじゃない？（私のうる覚えだったら申し訳ありません。）何に重点を置いて何に優先順位をつけながらお金を使うかというのは、その人の個性は当然のことながら、文化的背景も大きく影響してくる。だから、「見せつけ＆見栄っ張りのお金の使い方は、もしかしたらウガンダ周辺地域の文化なのかもしれない！！」という結論に、ウガンダ生活当初の私は至ったわけなのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だが、ウガンダ以外の国を旅をすればするほど、どうやらこのウガンダ文化だと信じていたものが、この大陸全体に蔓延している傾向のではないかという疑惑を抱くようになった。行けども行けども似たようなモンなんだもん。ということは、これは「アフリカの文化」なの？？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まぁ、だんだんとアフリカの様々な地域の伝統文化や伝統的価値観について学んでいくうちに、そうではないと感じるようになったけどね。ある友人（コートジボワール中産階級）は、「これはアフリカの伝統文化ではけれど、長い間この傾向にあるせいで『文化』の一部になってしまった」と説明してくれた。また、ひょんなことから昨年末に我が家に転がり込んできた象牙人・シャカは、「アフリカのメンタリティーは道に迷ってしまっている」と、この見せつけ志向を嘆いていた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;お金も権力も、現代アフリカでは見せつけてナンボ。さっきも少し書いたけど、見せつけることで周囲を圧倒させ、恐れさせて平伏させ、優越感に浸ることを心から好む人が多い。ハッキリ言って、栃木の不良（だと本人は思い込んでいる）中学生と同レベルなのだがＴＩＡの場合、マケレレの教授からアビジャンの警官までがこれだからあきれてしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、さらにＴＩＡなことに、こういう見せつけ野郎をチヤホヤする人やら、外見の派手さに目が眩み、人を見極める力や理性を失ってしまう人が多いんだな。多くの人の目には見た目の派手さがそのままの形でその人の力や権力と映るのね。だから、派手な外見や雰囲気次第では周りの人を動かしやすくすることができるし、これでもかってぐらいチヤホヤされるから、好きなだけいい気分に浸ることができる。これだから見せつけ軍団はつけあがってしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば、アビジャンでもカンパラでも、車を持っていることがモテ男の条件だ。今まで冴えずに誰からも相手にされなかった男が、車の購入と同時に女の子に囲まれるようになることなどしょっちゅうある話なんだよ。女の子をナンパするために、わざわざ知り合いにお金を払ってまでして車を借りるなんてこともしばしば。ただし、三回以上歩いている姿をお目当ての女の子に目撃されてしまったらアウトだからちょっと厳しい（？）よね。豪華なライフスタイルにたくさんの彼女（←一夫多妻制の現代版）とくれば、同性からの羨望のまなざしも手に入れ、結果として自分のステータスが上がる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;贅沢が大好きな派手好きビッチが多いのも問題。日本では、収入で結婚相手を選ぶ女性が多いみたいだけど、アフリカンギャルは、付き合う男の子から何から何まで、男性のことはとにかく経済力で判断する。飲み食いショッピングは当然全て男性持ちだし、車を持っていないがために、女の子を家まで送っていけない男性には、家からの交通費＋αを当然のように請求する。というか、男性が払うのが当然のしきたりとなっている。交通費すら出せない男なんて、ポイされちゃうよ。携帯の電話代まで男性に払ってもらうビッチも結構いるし、中には生活費や教育まで払わせる子も。ここまでくると、生きるのにみんな必死なんだな・・・という印象を受けるよね。もはや彼氏じゃなくてスポンサーです。そして、それらを払えない男はただのガラクタなので一緒にいる意味などなく、次々と捨てられていく。哀れだよね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;反対に、それらを全て払ってくれる男の周りには、ビッチたちがうじゃうじゃしてるよ。ダメ男もダメ男で何股でもかけたいから、女心を掴むための投資は怠らない。だから、少しくらい家計が厳しくても、まずは「僕はあなたのために払えます」というメッセージを自分の外見に込めるのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;学業や仕事で周りよりも優れていることを見せつけたりするのならまだ理解できなくもないんだけど。短絡的な人や教育を受けていない人というのは、分析力に欠けているせいか、どうしても分かりやすい見た目や派手なライフスタイルのみで相手を判断しがちだ。何よりも、ここでは正々堂々のフェアプレイがほとんど存在しない。実力があっても、ワイロがなければ判断してもらえない、いわば「努力をするものがバカをみる」社会なのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;努力は自分を裏切るかもしれないけど、派手な見た目は裏切らない。きっとこれも、現代アフリカに根付いている見せつけ主義の大きな原因だ。&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt; &lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;なんだかねぇ・・・このままだと、心や魂が伴わない、ここ二、三十年の日本のような「空っぽな発展の時代」をアフリカも迎えそうで、ちょっとと私は心配だ。&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt; &lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;もうちょっと中身を重視する人が増えてくれればいいんだけど・・・。見せつけようとしない人は、権力闘争や社会的地位を獲得する際の競争で不利だから、結局は、社会の上に立つ人の多くが見せつけ大好き人間になっちゃうんだね。そして、それを見ている社会の下のほうの人々は、「いつかああなりたい」という希望を抱いて自分たちまで見せつけ大好き人間になってしまう。&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt; &lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;うーん。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-2908746422503961292?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/2908746422503961292/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=2908746422503961292' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/2908746422503961292'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/2908746422503961292'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/01/blog-post_26.html' title='見せつけが大好きなアフリカン'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/S13VBviIqMI/AAAAAAAAAwU/hRWfewCdF6k/s72-c/2007_09090063.JPG' height='72' 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/&gt;外国人、特にヨーロッパ系の白人は、アフリカでは神様のように扱われる場合がかなり多い。彼らは頭がよく、経済的にも豊かで、全てを可能にする力を持っている。それに比べて自分はどうだろう。自分はどんなに逆立ちしても、白人を超えることはできない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;都市部で暮らす人や教育を受けた人は、ここまで思っている人はほとんどいないだろう。たまに、「俺は肌の色が黒いから金がない」だの言ってくるアホには遭遇するけどね。しかし、子どもや農村で暮らす女性など、社会的に弱い人々と話していると、彼らが（口ではそうは言わなくても）心の中では「白人＞黒人」と感じているのがヒシヒシと伝わってくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;援助活動ねぇ・・・私には、これがかえって、一部の現地の人の白人至上主義を助長させているように思えて仕方がないのですが。大金を持って自分たちを「援助」するという理由の下にやって来る外国人をたくさん見ると、貧しい人々が白人至上主義になってしまうのも仕方がないよね。戦後間もない頃の日本で、お菓子を配る米兵に子どもが群がったのと同じことなのかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;援助によって生じる白人至上主義は、特にウガンダで感じた。一般的なウガンダ人の援助に対する態度は&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_16.html"&gt;こちら&lt;/a&gt;を参照していただくことにして。結局、援助活動の財源は、外からやって来る人々がもたらしてくれるワケで。そうなると当たり前なのだが、これらスポンサー族は、現地社会やプロジェクトを行っているコミュニティー内で、絶対的な発言力を持つようになるよね。まぁ、スポンサーがあれこれ口出しするのは、いつの時代もどの国でもどの分野でも当たり前のことなんだけど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;特にウガンダは、国全体（政府も含む）が「国連様様、世界銀行様様、国際NGO様様、チャリティー大好きミッション系団体様様」な雰囲気丸出しで、彼らのご機嫌をとるためなら、「何だって致します」状態だった。少なくとも、私の目にはそう映った。コートジボワールでは、国連や世銀にかなり批判的な人が多いんだけどね。この、外からの援助にヘラヘラしている態度は、白人至上主義と大きくリンクしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、どんなに住民の参加を強調しているプロジェクトでも、どんなに現地の専門家でプロジェクトチームが固められていようと、プロジェクトにかかわる現地の人材というのは、結局はスポンサーによって選ばれている。つまり、スポンサーの仲良し軍団や、外国人・国際機関とある程度考え方を共有している人が、大きな権力を握るというワケね。そのほうが、スポンサーとしてもやりやすい。まぁ、これも当たり前の理論ではある。誰だって、自分とは考え方や意見の異なることにお金は出さないでしょ、そりゃ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば、NGO（国際NGO＆現地NGO）がひしめき合うウガンダ北部。内戦も終わり、元子ども兵士の社会復帰プロジェクトやら、IDP（国内避難民）キャンプの支援プロジェクトやら、とにかくプロジェクトの数がすごいことになっている。しかし、それらプロジェクトに充てられる財源は限られているため、現地人によって運営されている現地NGO間の競争はかなり熾烈だ。彼らは、スポンサー（多くの場合はアフリカの外からやって来る）に最終的には気に入られないと生き残ることはできない。そこで、多くの現地NGOが白人至上主義にならざるを得なくなる。現地の文化や価値観に合っていなくても、ムズング（外国人）の目に問題と映るトピックを扱ったプロジェクト案を提出する、とかね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;極端な話、援助活動とは、「援助する側の人間にとって都合のいいアフリカ」を作り上げるための活動に他ならない―ちょっと冷たすぎるけど、そんなもんじゃない？援助も結局はビジネスなんだし。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊ ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;美意識や恋愛が、どのように白人至上主義と繋がっているのか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アフリカでは、全体的に美白ブームが巻き起こっている。もっとも、今に始まったブームではなく、結構前からあるみたいだけどね。アフリカ系の肌が真っ白になることはなくても、少しでも明るい色の肌を手に入れようと、多くの女性が必死になっている。肌に悪影響を及ぼす薬を使ったクリームはお店に溢れているし、ファッション誌や街中の看板にも、美白商品の宣伝はしょっちゅう登場する。「若い頃にたくさんクリームを使ったせいで、肌がおかしくなっちゃった」なんていうおばさんや、顔は明るめの小麦色なのに、腕や足は真っ黒なお姉さんにも度々遭遇する。そしてその度に、私の胸はなんともいえない痛みに襲われる。あんなに美しい色の肌なのにね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アフリカの男の人と話していると、明るめの色の肌の女性がモテる条件であることがなんとなく分かるよ。アフリカ系アメリカ人や混血の女の子なんて、そういう意味では本当にパーフェクトなんだとか。広告に出てくる女性も、黒すぎる人はあまりいないかも。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それから髪の毛。まっすぐで、フワフワで、きめ細やかでボリュームたっぷりの髪の毛は、美の象徴のようなものだ。しかし、アフリカの女性の地毛は、その理想とは一味もふた味も違う。そのためか、都市部に住むほとんどの女性は、つけ毛をしてオシャレを楽しんでいる。編みこみやチリチリな髪形も根強く支持されてはいるが、それさえもつけ毛である場合が多いんだよ。「私は１００％自分の髪で勝負よ！！」という女性はかなりの少数派なんじゃないかな。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私のボサボサの髪の毛でさえ、ここではみんなから羨望のまなざしで見られる。女の子たちは私の髪を触りたがるし、実際に「髪の毛ちょーだい」と言ってくる若い女性もチラホラといる。以前、モンバサの知り合いの家に泊まっていたときに、髪の毛を２０センチほどバッサリ切った。そして、切った髪の毛をゴミ箱に捨てた。五分後、ゴミ箱を覗き込んでみると、さっき捨てたはずの髪の毛が消えている・・・と思ったら、メイドさんがこっそり拾っていたらしい。私の髪の毛を使ってつけ毛を作りたいんだって。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;美に関しては、ないものねだりをしてしまうのは仕方がない。白人の女の子はやたらと日焼けしたがるし、私も数回、髪の毛をチリチリにしたことがある。しかし、理想の恋人や結婚相手に至ってはどうだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;お金やビザ目当てで外国人に言い寄るのは、途上国では決して珍しい光景ではない。しかし、お金目的ではなくても、「白人至上主義」「黒人性の否定」の気持ちから、外国人をターゲットにするヤツラもチラホラいる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えばカメルーンでは、お金を払ってまで外国人と結婚したがる人や、子どもを外国人と結婚させたがる親がいるんだって。信じられない話だけど・・・複数のカメルーン人から似たような証言を得ているから、カメルーン裏社会（？）の事実なのかもね。これは、白人至上主義のせいなのかなんなのか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、セネガルの今までの歴代ファースト･レディーは、全員白人女性なのだという話を最近聞いた。そういや去年、インチキ選挙で大統領に就任した、ガボンのアリ・ボンゴ（独裁長期政権を続けてきたオマル・ボンゴの息子。ボンゴ父はフランスの大のお気に入りだった）の奥さんもフランス人だ。彼女、なんか見るからにnoir（黒）な雰囲気がビシビシと伝わってくるように見えるのは、私がボンゴ親子に抱いている嫌悪感のせいなのかしら。アルジェリアの法律が「大統領になるためにはアルジェリア人の配偶者がいることが必要だ」と言っているのと対照的だね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみにこのボンゴ父ですが、彼の奥さんは、隣国であるコンゴ共和国の大統領令嬢なんだよ。アレだよ、斉藤道三が娘を織田信長に嫁がせたのと同じようなものだよね。時代はだいぶ違うけど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まぁ、大統領だろうと誰だろうと、好きな人と結婚するのが一番だけど（というか、そもそも奥さんは何人いるんだという話だけど）・・・それでも、この大陸には&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_29.html"&gt;「白人女性を手に入れること＝本当に大きなステータス」&lt;/a&gt;と考えるダメ男が非常に多い。特に、「イメージ」「見てくれ」「外見」による影響力がとてつもない現代アフリカだ。そんな中で大統領のような人が白人の女性と結婚したら、国民に与える影響は相当大きいはずだよね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マケレレ大学に留学していた頃、最初の数ヶ月間だけだが、ノルウェー人の留学生グループと一緒だった。彼らの大学からは、毎年マケレレにノルウェー人留学生が送り込まれているのだが、私の代のノルウェー人たちは、常に「リピーター」のマケレレアン（マケレレの学生）に付きまとわれていた。「リピーター」とは、代々のノルウェー人とつるみたがる連中のことである。ムズング（外国人）と一緒にいると、それだけで一目置かれる存在になれるし、学内ステータスもアップする。特にノルウェー人は、金髪に青い目の典型的なムズング（白人）だから、リピーター以外のウガンダ人学生からの視線もすごかったよ。対する私は、中国とウガンダのハーフだと思われてたから、そこまででもなかったけどね（笑）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ただ、中には、「『better baby（よりよい赤ちゃん）』が欲しいから」と付きまとわれている子たちもいて少しかわいそうだった。さすがに、このBetter babyの話を聞いたときは驚愕したけどね。「は？？betterってなんだよ、品種改良の家畜じゃないんだからさ・・・」というのが正直な感想であった。それと同時に、どうしてここまで白人に憧れるのかが理解できなかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もちろん、地位や権力のためだけに、白人の配偶者・恋人・友人の存在を夢見るわけではない。中には、アフリカにはびこる拝金主義やら保守的な価値観にがんじがらめになってしまっている人々に嫌気が差し、その反動から、「自由な世界」で育った外国人と一緒になりたいと願う人もいるのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このタイプの人々の言い分は、ウガンダの多くの若者の、あまりにも薄っぺらな人間関係を目の当たりにした私にとっては、分からなくもないものばかりなんだよね。実際、私の留学生活とは、人間不信に陥りかけていた自分との戦いの日々だったし、狭い視点からしか物事を見られない人々に囲まれる生活は、想像以上に厳しいものだった。また、超保守的な栃木の田んぼで思春期の荒波を潜り抜けた（？）自由奔放人間として、「自分により近い価値観を持った人との出逢い」「自分の目を開かせてくれるような人との出逢い」を自分の世界の外に求めようとする気持ちというのは痛いほどよく分かる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だからこそ、このタイプの人に出会うといつも私は困惑してしまった。あなたの言い分は分からなくもないけど・・・解決の糸口を白人に求めなくてもいいじゃない？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私が自ら経験した中で一番困惑したのは、西ウガンダを旅行していたときのエピソードである。非常に信仰深くて慎み深いガイドの男の子と一緒に、私はトレッキングをしていた。休憩中に彼は突然こう言い出した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「僕は将来、絶対に外国人の女の人と結婚したい。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それまでの会話から、彼が拝金主義の若者ではないことは分かっていたため、私は余計に驚いた。理由を尋ねると、彼は続けた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ウガンダ人やコンゴ人、ケニア人の女の子をよく知っているけど、みんな自分のことばかり考えていて、表面的で、他人を財源としか考えていないんだ。人間関係の基準は、そこから経済的・物質的利益を得られるかどうか。恋愛に至っては、その傾向はもっと強いね。僕のdignity（尊厳）を尊重するだとか、僕という人物に対する真の評価をくだすだとか、一緒に協力して家庭を築いていくだとか、アフリカの女の子にはきっとできないよ。だからこそ、僕は親切で賢い外国人の人といつか結婚したいんだ。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;うーん、さすがガイドとして多くの外国人を相手にしているだけのことはあるね。でも、だからといって、外国人に何故あなたはこだわるの？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とりあえずこのガイドの男の子には、少数ながら、私がであった素晴らしいウガンダ女性の話をしたよ。彼の気持ちはすごくよく分かるんだけど、一応この状況で「そんなことないよ」の一言ぐらい言っておかないと・・・ねぇ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また、&lt;a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%8E%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%89%E3%81%AE%E4%B8%98%E3%80%88%E4%B8%8A%E3%80%89%E2%80%95%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%80%E8%99%90%E6%AE%BA%E3%81%AE%E9%9A%A0%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E7%9C%9F%E5%AE%9F-%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97-%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%81/dp/4872901584"&gt;『ジェノサイドの丘』&lt;/a&gt;という本の中にも、同じような理由から白人女性との結婚を熱望するピグミー男性の話が書かれていた。ピグミーっていうのは、中央アフリカ各国では差別の対象となっている場合が多いんだけど、その反動からか、「自分のことを正当に判断してくれるのは、平等と差別反対の精神を持った白人のみだ！！」という概念を持つようになっちゃったらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;貧困よりもガバナンスの問題よりも、こうした白人至上主義に見られるようなアフリカの心の方が、この大陸ではよっぽど深刻な問題だ。この過去の産物を引きずったままの状態で、アフリカは今、大きな変化を迎えている。この変化がアフリカの自信となり、植民地支配の傷を完全に癒して誇りを取り戻してくれるのか。それとも、表面と中身のバランスがますます失われ、大陸は今後も迷走し続け、力の強い国々にいいように利用され続けてしまうのか。スピリットのない人なんて、死人と同じようなものだからねぇ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だからこそ、オバマの大統領就任は、アフリカの子どもたちにとっても大きな意味のある出来事だったんじゃないかな。オバマは自分自身を「アフリカ人だ」と公言している。そんな人が世界で一番影響力のあるポストに就いたことは、「自分にももはや全てが可能なんだ」という希望をアフリカの子どもたちに抱かせるとともに、「白人＞黒人」から「白人＝黒人」の時代が本当に到来したことを＊分かりやすく印象付けているよね。彼の登場は、アメリカ一国だけではなく、大航海時代以降の人類の歴史にとっても大きな一幕であったことは間違いないだろう。 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#333399;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#ff0000;"&gt;＊ この「分かりやすく印象付ける」ことが、現代アフリカではかなり重要。これについては明日か明後日に詳しく書くね。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それでもやっぱり、私は人類にraceなど存在しないとあくまでも言い張り続けたいから、オバマの肌の色だけでチヤホヤする人にはなりたくないんだけど・・・これがアフリカの心に自信を取り戻させてくれるなら、そこまでおカタくならなくてもいいのかな、なんて思ってみたり（笑）。&lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-2557198762812932187?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/2557198762812932187/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=2557198762812932187' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/2557198762812932187'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/2557198762812932187'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/01/blog-post_13.html' title='現代アフリカの心は複雑だ！！　白人至上主義②'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-7497542895703663462</id><published>2010-01-13T01:07:00.003+09:00</published><updated>2010-01-13T02:22:52.975+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='アフリカの本当の問題'/><title type='text'>現代アフリカの心は複雑だ！！　白人至上主義①</title><content type='html'>&lt;span style="color:#006600;"&gt;日本の大学で文化人類学の授業を取っていたとき、私たちの教授は「人類の生物学的な特徴を元にrace（人種）という概念が生まれたといわれているが、厳密には、人類にraceなど存在しない」と言った。Raceという概念が極めて政治的であることは分かっていたけれど、やはり、ネグロイド、モンゴロイド、コーカソイドなどのように、大まかに人類は分類可能だと思っていた私にとっては、目からウロコだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この教授によると、生物学上のraceとは、染色体の数や形に共通点が見られる生物の分類を意味する。言い換えれば、raceが違う生物というのは、染色体になんの共通点も見られないことになる。当然ヒトの染色体は、日本人であろうとボリビア人であろうとガボン人であろうと、みんな同じである。このように共通の染色体をもったヒトとヒトの間に、違うraceなど存在し得ない。私たちがraceと呼んでいるものは、よって、生物学的な要素など一切含んでおらず、完全に政治が生み出した概念である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なるほど、これはものすごく説得力のある理論だ。この話を聞くまでの自分も含めてだが、「ヒトにはraceの違いが存在する」と思い込んでいる人の多いこと多いこと。Raceを理由に優越感・劣等感を感じている人など論外だが、「racism（人種差別）反対！！」と叫んでいる人々や、オバマが「人種的マイノリティー」だからとちやほやしている人も、そもそも論としてraceなど存在しないということを分かっているのだろうか・・・と疑問に感じる。「racism反対！！」と叫んだり、オバマのraceが故にちやほやしている人というのは、「ヒトにはraceというものが存在する」という前提から抜け出せていないからね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、実際には存在しないはずのraceだが、虚像の概念・押し付けられた概念として、世界のほとんどの人の心を支配しているのは事実である（私も含めて）。どんなに「実際にはraceは存在しない」と言われても、それを頭で理解はできても、現実の世界のありとあらゆるところにこのraceという虚像の概念が影響を及ぼしている。虚像の概念であろうと、それが実際に効力を発揮してしまっている以上は、raceは存在するのと同じことなのではないだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;実際に力を持ってしまっている、虚像の概念としてのrace。うーん、ややこしいね。とりあえず、このブログの中ではあえて現実を直視して、「人種は存在する！！」という書き方をしておりまずが。そっちのほうが皆さんに色々説明するのに便利だしね。そこら辺はご了承願います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;冒頭の授業から半年後、私はアフリカの大地に初めて降り立った。しかし、ここで生活していくにつれ「ヒトにはraceなど存在しない」という「事実」が単なるキレイゴトにしか思えなくなった。そりゃ、私だって、raceは実は存在しないんだと未だに自信を持って説明できるし、信じていたい。しかし、この大陸について深く知れば知るほど、「黒人性」や「黒人アイデンティティ」という概念抜きには、アフリカの人の心理やメンタリティーを理解することができないことに気付いていく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本当は、黒人だからどうのこうのだなんて言わずに、彼らのことを理解できるのが一番なんだけど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば、「日本人」を理解するために、日本人がいわゆる「モンゴロイド種族」であることは全く関係ないよね。しかし、「コートジボワール人」や「ウガンダ人」を理解するためには、ネガティブにも歩シティブにも、「黒人性」や「黒人アイデンティティ」を無視することはできない。それだけ過去の歴史のダメージが大きかったのか、&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/africa-as-one.html"&gt;Africa as one&lt;/a&gt;の意識が強い文化（？）なのか、何か特別な魔法でも潜んでいるのか（アフリカにいると、本当にここには魔法が存在するのではないかと思わされることがよくある）。―私にはまだ良く分からない。もっと勉強しないと。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この、非常に複雑な「黒人性」「&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/africa-as-one.html"&gt;黒人アイデンティティ&lt;/a&gt;」だが、今回はその中でも、一部のアフリカの人が抱いている「白人至上主義」と「自らの黒人性に対するコンプレックス」について少しお話したいと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「白人至上主義」や「自らの黒人性に対するコンプレックス」はネガティブな動機であるが、アフリカ人としてのアイデンティティや黒人アイデンティティのエネルギー元の一部であると私は考えている。一つのアイデンティティが確立するには、他者と出会い、その他者を通して自分を再認識することが必要だから、こういうネガティブなのも、アイデンティティの存在のためには不可欠と言えば不可欠なんじゃないかな。ちょっと複雑な気持ちになりますが。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一応前もって断っておきます。この文章を読んだあなたは賛否両論さまざまな感想をお持ちになられるでしょうが、私はあくまで、キレイゴトなしに率直に現状について述べているだけです。なので、あまり深刻に受け止めずに、「こういう風に考えている人もいるんだな」程度に思っていただけたら・・・と願う次第であります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;白への憧れ?&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここまで言うと言い過ぎかも知れないけど、マイケル・ジャクソンが肌の色を変えたのは、一部の（多くの？）アフリカの人やアフリカ系の人々の心理を表している。白い肌は、それだけで権力だ。白い肌があれば、「&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/africa-as-one.html"&gt;語られる」存在&lt;/a&gt;ではなく「語る」立場になることができるのだ。別に、今日の二十一世紀の世の中では、（公式には）白い肌というだけの理由で権力を得られるわけでもなければ、他者を「語る」立場に常にいるワケではない。が、しかし、白い肌を持つことには確かにこんなイメージがどこかにある。ないと言ったら、それは単なるキレイゴトだと私は思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;日本人にとっては、白い肌に対してここまでの強いイメージはないかも知れないけど（日本は植民地化されなかったしね）、この心理がなんとなく分かるっていう人は多いんじゃないかな？実際に、白人は誰でもカッコいい＆美人だと思い込んでいる人や、白人に特別扱いをする人は日本にわんさかしてるよね。あとは、東南アジアとか南米系の人の話はまともに聞かないのに、白人の話はちゃんと聞く人とか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自らのアフリカ人性や黒人性を否定したい気持ち。これは植民地主義が与えた打撃の中で最も深刻かつ大きなもので、今日のアフリカを見ると、政治から経済まで、援助活動から美意識まで、または理想の恋人像に至るまで、実にありとあらゆるところに影響を及ぼしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;植民地主義は、資源を盗んだり人をさらったりしただけではない。ヨーロッパ人はアフリカの文化や歴史を否定し、誇りと自信を失わせ、キリスト教を広めて自分たちと同じ神を信仰させた。自らの価値観を押し付けることで、自分たちに順良に従う人間を作り出したのである。まぁ、これはアフリカだけに限った話じゃないけど、世界中どこを見渡しても、アフリカほど壊滅的な打撃を受けた場所はない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;植民地主義というのは、魂を奪い、殺し、その後の世代をも精神的に支配する。人々のメンタリティーを植民地化し、結局は自分たちのやりたいように、その国の人々を操り人形にしてしまう。計算高くて、何百年間も後まで影響を及ぼすという意味では、原爆や虐殺よりも残虐なんじゃないかな。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先ほど、「政治から経済まで、援助活動から美意識まで」と書いたが、実際に私がアフリカで気付いた「自らのアフリカ人性や黒人性を否定したい気持ち」や、精神的な植民地の傷跡を少しここで紹介したい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まずは政治と経済。今日のアフリカは、＊ネオコロニアリズムに完全にやられている。特に旧仏領は、Françafriqueの呪縛から未だにとかれていない。Françafriqueというのは、France（フランス）とAfrique（アフリカ）を合わせた造語なんだけど、簡単に言えば「フランスに支配され続けるアフリカ」という意味だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#ff0000;"&gt;＊ネオコロニアリズム/新植民地主義；第二次世界大戦後、植民地体制を脱却した新興諸国を、再び諸大国が政治･経済的に支配・従属させようとする外交上の方策。広辞苑より引用。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;植民地主義の中での植民地は、名実ともに支配を受けていた。しかし、ネオコロニアリズムは、表では旧植民地が独立を得たかのように装っておきながら、実際には旧宗主国やアメリカが全てを操っている。上手に隠されているから、余計にいやらしいし、ややこしいし、醜い。ネオコロニアリズムやFrançafriqueについては、もうちょっと時間のあるときに思ったことをつらつらと書きますね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;政治や経済がこんなんだから、当然人々の間には「アフリカ人＝やっぱりいつまでたってもダメダメ」なFatalism（運命への服従）ムードが生まれてしまう。まぁ、何度も言うように、本当に立派だなと思わせるような人や志のある知識人なんかは、批判をしながらもあきらめないという姿勢を保っているよ。だから、社会全体がfatalismなワケではありません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみに、ネオコロニアリズムと、ネオコロニアリズムに起因する「いつまでたってもダメダメ」ムードは、現代のアフリカ各地で多くの人々が抱いているアフリカそのものを否定する心理やアフリカの外に出れば天国が待っているという考えに直結している。アフリカ脱出希望者のほとんどは、単純に金稼ぎのために外に出たいという人だ。しかし、「この社会にいる限り、この人々に囲まれている限り、自分はダメになってしまう」というような理由からアフリカ脱出を夢見ている人も少なからずいるんだな。すごく皮肉で悲しいことだよね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でも、私には彼らの気持ちが痛いほど分かる。というのは、私自身、海外に眼を向けるようになったきっかけというのが、日本という国や日本社会、現代の日本人に対して、批判的でネガティブな気持ちしか抱けなくなったからだ。最初にそう思うようになったのは、確か小学校四、五年生ぐらいの頃だったかな。「日本は小さな国なのにごみを出しすぎていて、じきに埋立地がなくなってしまう！！」という話を社会の授業中に聞いたとき、「あぁ、やべーな日本。」と感じとったんだよね。そして、その頃から日本社会の問題点ばかりが目に付くようになってしまった。その結果として、思考が昔から単純な私は、「こんな国にいてもお先真っ暗だ・・・じゃぁ海外に脱出すればいいんだ！！」という結論に至ったのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まぁ、様々な国で様々な体験を重ねたおかげで、今となっては日本万歳主義者になってしまいましたが（笑）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;話がそれました。すみません。&lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-7497542895703663462?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/7497542895703663462/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=7497542895703663462' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/7497542895703663462'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/7497542895703663462'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/01/blog-post.html' title='現代アフリカの心は複雑だ！！　白人至上主義①'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-3714135470444073770</id><published>2009-12-31T19:52:00.008+09:00</published><updated>2010-01-27T04:41:07.196+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='アフリカへの思いなど'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='コートジボワールの社会'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='汚職'/><title type='text'>TIA式いじめ問題</title><content type='html'>&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;ウガンダでもコートジボワールでも旅をしていたときも感じたのだが、多くの（一部の？）アフリカ人権力者のアフリカの人々に対する態度（特に、貧しい人や社会的に立場の弱い人々に対する態度）というのは、見ているだけで、こちらまで辛くなってしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は日本人だ。だから、&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_02.html"&gt;&lt;span style="color:#993300;"&gt;こんなエピソード&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;に見られるような面倒な取引はたまにはあるものの、相手もＶＩＰ待遇してくれる。最初は中国人だと思われたり、か弱そうな（？）アジア人の女の子だと思われるから、そりゃ私だってナメられるよ。中国人は、権力者の扱い方に慣れてる＆すぐに現地社会のやり方を覚えるから、とりあえず払うんだよね。だからこそ、私が強気の態度で日本のパスポートを見せると、急に手のひらを返したように態度を改める役人なんて、そこら中にいる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だが、アフリカ人（アフリカ系外国人含む）は、アフリカ人であるというだけで、権力を悪用するアフリカ人の連中からナメられてしまう。アフリカの人は、とにかく権力を恐れている人が多いし、&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_21.html"&gt;&lt;span style="color:#993300;"&gt;ワイロだってとりあえず払う&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;からね。だから余計に、「弱い者いじめと権力の見せつけが、酒と女と同じくらい大好き」な当局のヤツラがつけあがるのだ。 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;本当に信じられない話だけど、ヤツらは、人にペコペコされ、異常なまでに敬意を持って接されるのを心から快感に思っている。自分があたかも偉大な人物であるかのように扱われたいがために、わざと意地悪をするなんてよくある話だ。相手が心から自分に敬意を示していないことぐらい、一部の賢い（？）権力者は分かっているはずだ。自分だって昔は、そのペコペコする側の人間だったのだから。それでも、このくだらない風習（？）は終わることがなく続いている。そんな表面的な敬意なんて、払われたて何になるんだという話だが。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;ところがどっこい。見た目はアフリカ人でも、外国人や外国育ちの人には、ヤツラのくだらない恐喝行為は通用しない。 そして、そんなシチュエーションでのヤツラの悔しそうな顔といったら！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば&lt;/span&gt;&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/11/blog-post_371.html"&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;アウア&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;。見た目はアフリカ人であるアウアだが、彼女はれっきとしたフランス人。書類上もフランス人だけど、中身も相当強いフランス女性だ。しかし当局の連中は、最初からはそうだとは夢にも思わない。アビジャンでは、様々な場面で、汚職警察による身分証明書のチェックをされるが、彼女のフランスのパスポートを見ると、ヤツらはいつもつまらなそうな顔をする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここには当然、植民地時代から現在に至るまでみっちりと叩き込まれた「フランス人＝自分たちよりも上」というメンタリティーが彼らの中に存在するのだが、目の前にいる黒人女性が「自分たちも上」のフランス人であることに、どうしようもない悔しさを覚えるのだ。こういうヤツらに限って、男尊女卑のトンデモ人間だからね。だから余計に悔しいのだ。せっかく威張り散らして、権力を見せつけ、カネを巻き上げるいいチャンスだと思ったのに！！といった感じだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;エチオピア生まれのカナダ人女性とスーダンを旅していたときにも、似たようなことは何度もあった。見た目がエチオピア人の彼女だが、パスポート上はカナダ人。最初は偉そうな態度で接してくる当局だが、彼女のパスポートを見るなり、歯がゆそうな表情を浮かべながら態度を改めるのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;スーダンには多くの貧しいエチオピア人が出稼ぎに来ているため、スーダンの権力者はエチオピア人のことを相当見下している。それに加え、エチオピア人女性の一般的なイメージが「男の三歩後ろにさがり、男のために尽くす、慎ましやかな美しい女性」である（日本女性のイメージに似ているね）ため、自分たちの目の前にいるエチオピア人の容姿をした女の子が、普通のスーダン人には絶対に勝てる相手ではないカナダ人であることに、何ともいえない感情を抱く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アウアの場合もマスキの場合も、「見た目がアフリカ人なのに中身が違う」だけでなく、彼女たちが女性であることも、当局の連中が悔しがる大きな理由だ。「女だから、少し脅せばあとは簡単だろう」「アフリカの女は（アフリカ人である）自分たちの女だ。『男女平等』だのうるさいことばかり言う外国の女とは違う」と考えていたらどっこい。彼女たちは自由と独立の精神を持っているではないか。自分たちにペコペコしてくると思ったのに、それどころか、平等な態度で接してくる。そして、彼女たちの持つパスポートの強さがゆえに、自分たちには太刀打ちできない。 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;&lt;br /&gt;ところで、このようにアフリカ人権力者がアフリカ人を蔑むのって、すごく皮肉だけど、ここでは社会全体に溢れているよ。&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_7361.html"&gt;&lt;span style="color:#cc6600;"&gt;うちの社長でさえこんな感じだもの&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;原因は何なのだろうか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんなの無数に存在するのだろうが、私は、以下の五つは見逃せないポイントだと考えている。そして、これらポイントの一つ一つが本当に複雑で、大きな変化を遂げようとしているアフリカ大陸の様々な事情がよく反映されている。来週は、ここに書かれた一つ一つのことについて、年明け早々詳しく書くね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;① 非常に多くのアフリカの人は権力を心から恐れており、権力に抵抗するなどという考えすら浮かばない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先述した通りだが、これは確実に一番大きな要因である。権力者が調子に乗ってしまう地盤が十分にあるんだね。忍耐強い平和主義者な人々だが、それがあだになってしまっているパターンだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;② Fatalismのせいでみんなが諦めてしまっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とりあえずペコペコし、とりあえずワイロを払う。これは、ここで疲れずに生きていくための賢いサバイバル術だが、これだから事態はいつまで経っても変わらない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;③　多くのアフリカの人は、アフリカ人であることに劣等感を感じている。つまり、自分で自分を蔑み、自分の同胞をも見下してしまうんだね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;悲しいが、これが老若男女問わず、今日のアフリカの人の多くに共通して見られるメンタリティーだ。本当に頭のいい人や、素晴らしい人々というのは、当然この劣等感には染まっていないけど。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#3333ff;"&gt;白人至上主義と、黒人性の否定。こうして考えると、植民地主義、特に、「劣った現地の文化を捨てさせて優れたフランス文化を取り入れさせ」ようとしていたフランス式植民地主義は、見事に成功したといえるね。「アフリカの年」から５０年。表立ってはアフリカは自由になったが、ヨーロッパ列強の呪縛から本当に解かれるには、まだまだ時間がかかりそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;④ サハラ以南のアフリカでは、富や権力を&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2010/01/blog-post_26.html"&gt;「見せるける」&lt;/a&gt;傾向が強く存在する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これは決して文化的なものではないけれど、この大陸の至るところに色濃くこの傾向が存在しているのは誰の目にも明らかな事実だ。これが人々の生活や考え方はもちろん、ＨＩＶ/エイズの問題やアフリカ外への移民の増加にも大きな影響を与えていると言ったら、日本にいる皆さんは驚くだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この傾向について、私の友人である&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/africa-as-one.html"&gt;アフリカ人知識人&lt;/a&gt;の多くが「アフリカは、完全に道に迷ってしまっている」と言っている。まぁ、どこの社会も、大きな変化の渦の中にいるときというのは価値観やメンタリティーも劇的に変わるわけだから、なにもアフリカに限ったことじゃないんだけどね。今の日本も似たようなものだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;⑤ ③の劣等感と④の「見せつける」傾向のコンビネーション。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;権力を持つ連中は、自分たちよりも唯一弱い立場であるアフリカ人庶民に、余計に権力を見せ付けたがる。外国人は自分たちよりも上だという考えが心のどこかに存在しているから、自然と「自分よりも弱い人々＝アフリカ人庶民」ということになってしまい、彼らに集中攻撃をかけるんだね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ああ忌々しい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この「弱い者いじめ」について少しずつ糸をほどいていくと、結局はこれも、現代アフリカが抱える様々なジレンマや葛藤がこんがらがって発生した問題であることが分かる。日本の学校でのいじめ問題も結局は、現代日本の抱える様々なビョーキが原因だったりするよね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いじめとは、する側にも問題があるけど、「見てみぬフリをする」層がいる限りなくなるわけがない。それがたとえアフリカだろうと、日本だろうと。そして、一番複雑で苦しい状況にいるのが、実は他でもないいじめっ子であるという点も、やっぱり共通している。ヒットラーが実は、とんでもないコンプレックスの塊であったのも同じだよね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;誰かを悪役と決めつけちゃえれば簡単なんだけど。 &lt;/span&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-3714135470444073770?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/3714135470444073770/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=3714135470444073770' title='8 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/3714135470444073770'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/3714135470444073770'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/tia.html' title='TIA式いじめ問題'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><thr:total>8</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-2321261352287483999</id><published>2009-12-30T18:40:00.012+09:00</published><updated>2010-01-04T20:21:31.495+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='旅　スーダン'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='旅　南アフリカ'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='エンターテイメント'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='旅　エチオピア'/><title type='text'>ミュージックビデオ　南ア・エチオピア･スーダン編</title><content type='html'>&lt;span style="color:#ff6666;"&gt;&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_29.html"&gt;東アフリカ&lt;/a&gt;と&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_5676.html"&gt;西アフリカ&lt;/a&gt;以外の地域の音楽についても、ついでだからここで少し紹介するね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まずは南ア。私が南アにいたのはほんの一ヶ月間程度で、しかもその間テレビは一度も見なかったから、ビデオについてはよく分からないんだけど・・・。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Lucky Dubeは、結構世界的に有名だよね。皮肉なことに、私が彼の音楽を聴くようになったのは、ウガンダ留学中に起きた彼の死がきっかけだったりするんだけど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この日、ヨハネスバルグで彼はカージャックに襲撃され、自分の子どもの目の前で殺されたんだって。ウガンダで売られている新聞は、どれもこの事件を一面記事として扱ってたよ。「The Continent grieves（大陸が深く悲しむ）」っていうから、どんなVIPが亡くなったのかと思ったら、Luckyだったんだね。カンパラ市内のタクシー（乗客をぎゅうぎゅう詰めにする日本の中古バン）って、お互いに初対面の乗客同士があれこれと色んな噂話をするんだけど、Luckyが死んだときは、数日間は、彼の話でもちきりだった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#ff6666;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#ff6666;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#ff6666;"&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/Szsl1DgagcI/AAAAAAAAAt8/bHRyCHSUZjs/s1600-h/IMG_0862.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420968169875079618" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/Szsl1DgagcI/AAAAAAAAAt8/bHRyCHSUZjs/s320/IMG_0862.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; 南アフリカ・ダーバンのストリート。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/Szsl16IbV-I/AAAAAAAAAuU/ZUcotl-P5XM/s1600-h/IMG_0860.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420968184538421218" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/Szsl16IbV-I/AAAAAAAAAuU/ZUcotl-P5XM/s320/IMG_0860.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; 色んなアーティストのポスターがあるね。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/Szsl1eXT5OI/AAAAAAAAAuE/asVERpIt3Os/s1600-h/IMG_0861.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 240px; DISPLAY: block; HEIGHT: 320px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420968177084654818" border="0" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/Szsl1eXT5OI/AAAAAAAAAuE/asVERpIt3Os/s320/IMG_0861.JPG" /&gt;&lt;/a&gt; &lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;Lucky Dube!!!&lt;/span&gt; &lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;南アフリカの音楽を色々聞いてみたい！！という人には、The Great South African TripというＣＤがとりあえずおすすめ！！もちろん私のi-podにも入ってるよん。詳細は&lt;a href="http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_ss?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&amp;amp;url=search-alias%3Dpopular&amp;amp;field-keywords=the+great+south+african+trip&amp;amp;x=13&amp;amp;y=23"&gt;こちら&lt;/a&gt;。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あとは、魔笛。&lt;a href="http://www.magicflutethemusical.com/"&gt;南アフリカの「魔笛」&lt;/a&gt;が東京で公演をしたときに見に行ったけど・・・ごめんなさい、途中から気持ちよくてウトウトしてました（笑）。ただ、衣装から舞台構成から楽器まで、「あぁ、確かにモーツアルトなのに・・・えぇ！？モーツアルトだよね？」という感じだったよ。なんとなく分かるかな（笑）？モーツアルトって、魂だのパッションだのエネルギーだの激しさだのとはかなりかけ離れてて、なんだかしっくり来ないなと感じていたけど・・・さすが、南ア音楽界はやってくれました！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;パリにいたころ、街中のあちこちで、この南ア版魔笛の宣伝を目にした。オペラの公演地がどのように決まるのかなんて知ったこっちゃないが、「へへへーん、君たち、今から宣伝始めてるの？遅いね、東京はもう八ヶ月前に公演済みだよ～。ちょっとこのオペラの良さに気づくのが遅かったんじゃないのかな～？」という優越感に一人で浸っていたのをよく覚えている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でもとりあえず、南アに続いて、アフリカ勢にはもっともっとヨーロッパ芸術の権威に挑戦してもらいたいね。植民地勢力が殺そうとした芸術。西洋の権威が未だに対等な存在として見なしていない文化。これら芸術や文化に対する&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/africa-as-one.html"&gt;ディスクール&lt;/a&gt;が変わらない限り、今の不平等な政治も経済も変わらないんじゃないかな。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次にエチオピア。エチオピア音楽！！！めちゃめちゃ大好きです。聞けば聞くほどハマります。その独特のリズムやこぶしを効かせるあたりが日本の演歌となんだか似ているの。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;エチオピアの長距離バスって、何時間も（時には数日）かかるようなドライブ中、ずっとずっと同じテープを繰り返し流すんだよね。だから、目的地にたどり着く頃には、「テープの歌をほぼ完璧に鼻歌で歌えるようになっちゃう」なんてこともよくある。このエチオピアの音楽がですよ、美しいエチオピアの風景にこれまたマッチしているんだな。今でも、i-podに入っているお気に入りのエチオピア音楽を聞くたびに、私の心はいつのまにかエチオピアを旅している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#ff6666;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SztsLsItfVI/AAAAAAAAAvk/RLxOM8kjzxg/s1600-h/DSCF4786.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5421045524552580434" border="0" alt="" src="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SztsLsItfVI/AAAAAAAAAvk/RLxOM8kjzxg/s320/DSCF4786.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; 道路の質が悪いからねぇ。だから、こうして道なき道を進むこともしばしば。そんなときも、音楽はガンガンです。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SztsLY1KxlI/AAAAAAAAAvc/BnsMZm_Qvkg/s1600-h/DSCF4047.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5421045519370339922" border="0" alt="" src="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SztsLY1KxlI/AAAAAAAAAvc/BnsMZm_Qvkg/s320/DSCF4047.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; これは、バスじゃなくて、トラックをヒッチしたときの写真ですが、&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;ここでももちろん、ＢＧＭはエチオピア音楽。国旗の下に貼られている三菱のステッカーには、&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;Ethio-Nipponって書いてあるの。見える？&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SztsK4kU8fI/AAAAAAAAAvU/aZLP1RkAUWM/s1600-h/DSCF3727.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5421045510709768690" border="0" alt="" src="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SztsK4kU8fI/AAAAAAAAAvU/aZLP1RkAUWM/s320/DSCF3727.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; これも、バスの車窓から（！！）の一枚。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;かなり道幅の狭い山道を、人＆荷物＆動物でぎっしり詰まったバスは、&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;のんびりと進みます。エチオピア北部・シミエン山脈にて。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SztsKk4MLeI/AAAAAAAAAvM/5LdLr1IFtj0/s1600-h/DSCF2430.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 240px; DISPLAY: block; HEIGHT: 320px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5421045505424371170" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SztsKk4MLeI/AAAAAAAAAvM/5LdLr1IFtj0/s320/DSCF2430.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;"&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt; 美しいエチオピア中南部。ああーーーーノスタルジー。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SztsKVz_PkI/AAAAAAAAAvE/Bw0N5XU7SX8/s1600-h/DSCF3211.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5421045501380214338" border="0" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SztsKVz_PkI/AAAAAAAAAvE/Bw0N5XU7SX8/s320/DSCF3211.JPG" /&gt;&lt;/a&gt; &lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;これも、エチオピア南部の車窓からの風景。マーケットだね。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SzsrXhWn4EI/AAAAAAAAAu8/uU24VTmVD88/s1600-h/DSCF3152.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420974259560767554" border="0" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SzsrXhWn4EI/AAAAAAAAAu8/uU24VTmVD88/s320/DSCF3152.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; 美しいエチオピア南部の車窓から。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SzsrXdXcsGI/AAAAAAAAAu0/tzd_-SUiC0w/s1600-h/DSCF2402.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420974258490486882" border="0" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SzsrXdXcsGI/AAAAAAAAAu0/tzd_-SUiC0w/s320/DSCF2402.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; タイヤのトラブルのせいで、一時間半から二時間くらいこんな状態なこともしょっちゅう。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;この日は、オランダ人のご夫婦もバスに乗っていました。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;外国人はまずバスには乗らないんだけど、珍しい！！&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;この年になってもこうしておんぼろバスで旅するなんて、素敵なご夫婦です。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SzsrXCvKtnI/AAAAAAAAAus/QRnKE8rAZAM/s1600-h/DSCF2306.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 240px; DISPLAY: block; HEIGHT: 320px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420974251342214770" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SzsrXCvKtnI/AAAAAAAAAus/QRnKE8rAZAM/s320/DSCF2306.JPG" /&gt;&lt;/a&gt; &lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;エチオピアの長距離バスの様子。真ん中にいるめがね君は、本当にマジでアフリカにまで来ちゃった中西君。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SzsrWy8rNvI/AAAAAAAAAuk/sJLmjy8pJ_w/s1600-h/DSCF4377.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420974247103903474" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SzsrWy8rNvI/AAAAAAAAAuk/sJLmjy8pJ_w/s320/DSCF4377.JPG" /&gt;&lt;/a&gt; &lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;エチオピアの風景。旅をしていれば、こんなこともそりゃ起きますよ。&lt;/span&gt; &lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ウガンダ留学中もね、泣きたくなったり辛くなってしまったら、私はいつもエチオピアの音楽を聞いていた。今でも、「あ、ちょっとイライラがたまってるな」と感じたら、エチオピアの音楽を聞くようにしている。それほど、この音楽は私にとって、精神安定剤とも言える存在なのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;エチオピアは、アフリカで唯一、外からやって来た人々に支配されなかった国。まぁ、＊エチオピア国内の植民地主義らしきものはずっと昔からあって、今日でもそれが、国内や近隣諸国との不安定な状態をあおっているといえばあおっているんだけど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#ff0000;"&gt;＊一番力の強いアムハリ人が、他の少数民族をずっと昔から支配し続け、現在の中央政府も彼らを（水面下で）弾圧し、彼らのエチオピア人化（＝アムハリ化？）を奨励してるの。ちょっと中国に似てるかも。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まぁ、エチオピアについてはまた後でじっくりじっくり語ることにいたしまして。とにかく、エチオピアはアフリカ大陸の中でも非常にユニークな立場にある国で、独自の文化が強烈な光を放っているような場所なんです。誇り高き人々は、それはそれは母国を心から愛しておりまして、この精神は音楽にもよく反映されているね。「アメリカの真似をしてナンボ」な東アフリカや西アフリカとは対照的です。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;エチオピアのビデオには、国旗がやたらと登場する。私が滞在したのがちょうど北京オリンピックの頃だったこともあり、ディバーバなんかの世界的ランナーが試合で走る姿も、ビデオの中で使われていたり。それから、伝統衣装を着た人々が、伝統舞踊を踊っている映像もかなり多いね。ちなみにこの伝統舞踊ですが、頭をやたらと激しく振る。私も挑戦したけど、一分も持たなかった。車酔いならぬダンス酔いをします、ハイ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここでいう伝統衣装ってのが、当然アムハリの伝統衣装（地域によってデザインが若干異なる）というのがポイント。エチオピアには二ヶ月くらいしかいなかったけど、その間、ミュージックビデオを目にする機会はいくらでもあった。それなのに、少数民族が登場するミュージックビデオをあまり見なかったのは、私の気のせいでしょうか・・・。一応、少数民族が登場するには登場しても、なんだか「一つのエチオピア」をプロパガンダするような、そんな政治的な雰囲気を感じ取ったのは私だけでしょうか？（北京の空港には、中国の様々な少数民族の伝統衣装を着ている、はちきれんばかりの笑顔の人々の絵が描かれているのとちょっと似ている？）エチオピア長い人、そこのところどうなのか教えてください。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あとは、ミュージックビデオの中には、日本の茶道にあたるブンナ（コーヒー道）の様子とか、国民食であるインジェラを料理する様子とかが収められているけど・・・どれもこれも、アムハリ色が強いようにしか見えないのは、私のエチオピアに関する知識が少ないせいなのでしょうか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もちろん、&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_29.html"&gt;ウガンダビデオ&lt;/a&gt;のところで詳しく書いたようなイチャイチャビデオもあるけど・・・それがさ、なぜかエチオピア人がいちゃついてても、いやらしい感じがしないんだよね。清純派だし、むしろ超カワイイの！！見ているこっちがニタニタしてしまう、そんなイチャイチャビデオです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;エチオピアで一番人気の歌手は、やっぱりTeddy Afroじゃないかな。彼は、私が一番好きなエチオピア人アーティストでもある。かなりのイケメンだよ。歌は全部アムハリ語だから、何を言っているのか私にはよく分からないけど、母国を愛する気持ちを歌ったり、普通のラブソングなんかも歌ったり。ただ、彼は反政府的な歌も結構多く歌っているようで、ずっと当局からマークされていたらしね。彼のカリスマ性と音楽の才能、それに加えてこの反権力精神とくるでしょ、そりゃ、スーパースターになりますよね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;２００８年、Teddyはアディスアベバの自宅付近で起きたひき逃げ事故の濡れ衣を着せられて逮捕された。彼が逮捕されている間、エチオピアでは、公の場所で彼の歌を流すのが禁止された。もちろん政府としては、「ひき逃げ事故を起こすようなヤツの歌を流したら、風紀を乱す」という理由でカモフラージュしたけど。私はちょうどその頃エチオピアにいたんだけど、ウラでは当然彼のCDは売買されているし、道端では彼の写真がなにげに他の人の写真に紛れて売られているし・・・という状態だった。やはり、政府の圧力では、民衆のパワーは抑えられないね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/Szsl04ojiCI/AAAAAAAAAt0/0VzrKUwq-eE/s1600-h/DSCF4670.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420968166956435490" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/Szsl04ojiCI/AAAAAAAAAt0/0VzrKUwq-eE/s320/DSCF4670.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;/div&gt;&lt;/div&gt;&lt;/div&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="color:#ff6666;"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;アディスアベバには、原宿みたいに、有名人の写真が道端で売られている。&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="color:#ff6666;"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;Teddyは右下の方にいるね。下から三列目の右から三番目、ネクタイを締めたちょび髭のおじさんは、&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="color:#ff6666;"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;評判の悪い総理大臣です。ちなみに、この写真のすぐ横には、&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="color:#ff6666;"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;イエスキリストや聖母マリアの絵が売られていました。なんでも混ぜちゃうこの感じが素敵です。&lt;/span&gt; &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#ff6666;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#ff6666;"&gt;２００８年８月には、北京オリンピックで大活躍したアスリートたちの凱旋セレモニー（スポーツ省主催＝政府主催）を見物すべく、アディスアベバのスタジアムに行ったときにも、Teddyの人気ぶりはすごいなと感じた。エチオピア人にとってメダリスト陸上選手というのは、「愛する母国の名を国際的に知らしめたすごい人々」であり、「自分たちの兄弟姉妹」であり―もうとにかく大スターなのだ。そんなメダリストの凱旋セレモニーというわけで、盛り上がりっぷりはすごかったよ。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;p align="center"&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SzsrWvaX5mI/AAAAAAAAAuc/tSJSmsLBZ1Y/s1600-h/DSCF4700.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420974246154724962" border="0" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SzsrWvaX5mI/AAAAAAAAAuc/tSJSmsLBZ1Y/s320/DSCF4700.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; エチオピアの大スター、オリンピックメダリストたち。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;p align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;左にいる、金メダルを二つ首からかけたこのかわいらしい女性が、あのディバーバです。&lt;/span&gt; &lt;/p&gt;&lt;p align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#ff6666;"&gt;選手たちがスタジアムに到着するまでの間、エチオピアンポップ（演歌？）をガンガン流して場内を沸かせていた主催者だったけど、当然、このような国民的行事にやって来た群衆が一番求めているのは、国民的スターであるTeddyの歌だ。しかし、待てども待てども、彼の歌が流れてくることはない。（政府主催の行事なんだから、当然っちゃ当然だけどね。）これにイラついた人々は、なんとTeddyコールを始めたの。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/Szsl1mjsT6I/AAAAAAAAAuM/nYQTWZEdgPk/s1600-h/DSCF4678.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420968179284070306" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/Szsl1mjsT6I/AAAAAAAAAuM/nYQTWZEdgPk/s320/DSCF4678.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; 大興奮の観客。選手が到着する一時間以上も前なのに、この盛り上がりっぷり！！&lt;/span&gt; &lt;/div&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#ff6666;"&gt;会場全体から沸き起こるTeddyコール。当局の目の前なのに、堂々と・・・すげーな。これに慌てた主催側は、音量をさらに上げて別のアーティストの歌を流しまくるも効果なし。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Teddyを求める人々vsその火を必死でかき消そうとする政府。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なんだか、エチオピアという国のほんの一部を、縮図で見た気分でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;FacebookにもTeddyのファングループがあるよ。私はもちろん、ファンの一人です。Teddyがついに釈放されたときには、もう書き込みの大洪水。興味がある人は、見てみてね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;他の歌手だと、Gossayeもいいよね。あー、彼の音楽を聞いていると、本当にインジェラが食べたくなる！！エチオピアに戻りたい！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ハルツーム政府の勢力内である北部スーダンとエジプトでは、もちろんアラブのポップが圧倒的な地位を確立している。アラブのポップといえば。「ズンチャ、ズンチャ♪ハビービ♪ハビービ♪」っていうイメージぐらいしか沸かないけどね。（ハビービ：アラビア語で「baby」という意味）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そうそう、スーダンの「金持ち子どものど自慢」みたいなビデオを見たの！！あれは、ハルツームに向かうバスの中でした・・・。もはや何が起きているのかなんてパッパラパーだったし、あれが果たしてのど自慢だったのか、根本的なところがナゾなんだけど・・・。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でも、ちびっ子スーダンキッズ（いや、そもそも彼らはスーダン人だったのか？笑）の才能には脱帽です。すましてばかりで全然笑わないし、小憎たらしいオーラがガンガン出てるし、おまけに観客（全員女性）のスーダンマダム（かなりふくよかな方ばかり）のご満悦な笑顔がアップで映し出されるごとに、私はちょっぴりイライラしていたけど（笑）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ウィーン少年合唱団が世界一だと思っているあなたは、ぜひスーダンへ行ってみて、それでもウィーンの方がいいと思ったら「世界一」という表現を使いましょう。 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#000000;"&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www.youtube.com/watch?v=fNXbwhW7NIg"&gt;http://www.youtube.com/watch?v=fNXbwhW7NIg&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Lucky Dubeのビデオ。歌もそうだけど、ビデオもメッセージ性が強い。&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_5676.html"&gt;お尻ばかり映しているコートジボワールのビデオ&lt;/a&gt;は、足元にも及びません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www.youtube.com/watch?v=FkWtbaIDnP4"&gt;http://www.youtube.com/watch?v=FkWtbaIDnP4&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Teddy Afroのビデオ。これは、政治色が強いやつね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www.youtube.com/watch?v=NVTevqYNxuQ&amp;amp;feature=rec-LGOUT-real_rev-rn-1r-1-HM"&gt;http://www.youtube.com/watch?v=NVTevqYNxuQ&amp;amp;feature=rec-LGOUT-real_rev-rn-1r-1-HM&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;エチオピアの風景や伝統なんかが詰まったビデオ。結構、エチオピア音楽の典型的なビデオかも。もちろんTeddy Afroだよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www.youtube.com/watch?v=THW7UHmRTys"&gt;http://www.youtube.com/watch?v=THW7UHmRTys&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Gossayeのビデオ。いい歌です。&lt;br /&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-2321261352287483999?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/2321261352287483999/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=2321261352287483999' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/2321261352287483999'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/2321261352287483999'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_30.html' title='ミュージックビデオ　南ア・エチオピア･スーダン編'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/Szsl1DgagcI/AAAAAAAAAt8/bHRyCHSUZjs/s72-c/IMG_0862.JPG' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-8769527105631977858</id><published>2009-12-29T18:29:00.011+09:00</published><updated>2009-12-31T03:15:43.588+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='エンターテイメント'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='コートジボワールの社会'/><title type='text'>ミュージックビデオ　西アフリカ編</title><content type='html'>&lt;span style="color:#009900;"&gt;クリエイティブでクレイジーな人々であふれかえっている西アフリカ。ここに来る前から、西アフリカの音楽にはかなりの期待をしていた私。そして、ここの音楽シーンは、&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_29.html"&gt;チンタラタラタラした東アフリカ&lt;/a&gt;とはちょっと雰囲気が違うけど、うん、かなりホットです。かなりというか、めちゃめちゃホットです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;思えばウガンダでも、西アフリカ音楽（特にナイジェリア音楽）は大大大人気だったなぁ。 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;p&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;コートジボワールの音楽ジャンルはZouglouと呼ばれている。代表的なアーティストは、Magic SystemとかYode &amp;amp; Siroとかかな。Zouglouの歌詞は、本当に面白い。好きな女の子にアプローチするために、「自分はBenguiss（フランス帰りの男の人）だ！！」と思わずでまかせを言ってしまった失業青年の苦悩を歌った歌とかね。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;レゲエも人気よ。Tiken Jah de Fakolyという歌手は、かなり政治的な歌をバンバン歌ってて、一時期マリにて避難生活（？）を送っておりました。あとは、もちろんボブ・マーリーはどこでも人気だよね。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;ただ、フランス語圏で問題なのが、彼の歌の内容が分からないっていうこと。特にレゲエみたいなメッセージ性の強い音楽だと、歌詞ってやっぱり大切だよね。そんな悩み（？）を解決するために、たまにこちらでは、「ラジオ英語講座」ならぬ「ラジオレゲエ講座」をやってるよ。英語のレゲエの歌を流して、これをフランス語に訳したり、あとはその歌の社会的背景なんかをご丁寧に説明してくれたり。&lt;/p&gt;&lt;/span&gt;&lt;p&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;全くの余談になってしまうが、アビジャンに住むようになってから、音楽と食べ物の関連性についてよく考えるようになった。なんて言えばいいのかな。「塩と油で長時間グツグツ煮込みすぎ気味のシチュー＆ウガリ（トウモロコシの粉でできた、味のない食べ物。東アフリカの主食）」が定番の東アフリカでは、音楽にも、塩と油がと煮込みすぎた感じがよく反映されているし、リズムもどこかウガリな感じだ。まぁ、それもそれで決して悪くはないんだけど、東アフリカの食べ物と同じで、飽きが来るのは（私の場合）早かった。一方で、「唐辛子をふんだんに使ったシチュー＆豊富な種類の主食」が定番の西アフリカでは、かなりパンチの効いた（たまに効きすぎているけど）音楽が、個性的なアーティストから次々と生み出されている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アビジャンで一番ホットなのは、地元っ子にYop TownとかPoyと呼ばれているヨプゴン地区じゃないかな。ここのナイトライフはとにかくクレイジー。新聞を見ていると、毎日のように「ＤＪ○○のライブinヨプゴン！！」という案内が出ている。ＤＪは多いね。一ヶ月くらい前かな、ＤＪ Obamaの特集記事が組まれてたよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;太陽が沈むと、Yop Town中がライブ会場のようになり、人や車でごった返す道は、大きなクラブパーティ会場のようになる。もうね、道端の人が、そこらじゅうで踊ってるの。ちびっ子たちも、赤ちゃんを抱えて道端で焼き魚を売っているおばさんも、コーラを飲んでいると見せかけておいて実は&lt;/span&gt;&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/11/blog-post_23.html"&gt;&lt;span style="color:#993300;"&gt;クトゥク&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;（ヤシでできたお酒）を飲んでいる&lt;/span&gt;&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/10/blog-post_03.html"&gt;&lt;span style="color:#993300;"&gt;飲兵衛イスラム教徒&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;のおっさんも、みんなみんな。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Maquisと呼ばれるコートジボワールの飲み屋があちこちにあるYop Townでは、それぞれのmaquisが、まるで競争をするかのように、とにかく大音量で象牙音楽をガンガン流すこれに合わせるかのように、車という車がクラクションを鳴らしまくる。電気もハデハデだよ。一年中クリスマスみたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_23.html"&gt;&lt;span style="color:#993300;"&gt;お茶で喉を潤すブータンのお寺系クラブ&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;やら、&lt;/span&gt;&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/11/blog-post_2782.html"&gt;&lt;span style="color:#993300;"&gt;酒癖の悪い若者が集まるノルウェーのクラブ&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;やら、世界には色々なナイトライフがあるんだなとしみじみ感じていた私だが、このYop Townもまた、新しいナイトライフの形を見せてくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そうそう、なぜだか知らないんだけど、アビジャンの人は、鏡の前で踊るのが大好きなの。鏡の中の踊る自分を見て、大喜びしながらさらに激しく踊る人が大発生中です。&lt;/span&gt;&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/11/blog-post_3813.html"&gt;&lt;span style="color:#993300;"&gt;アビジャンの七不思議&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#33ff33;"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;の一つだね。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznQoLOELtI/AAAAAAAAArU/q9GZ1dnjBF8/s1600-h/DSC03411.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420593015142231762" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznQoLOELtI/AAAAAAAAArU/q9GZ1dnjBF8/s320/DSC03411.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;鏡の前で踊りまくる象牙人の図。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;そんな西アフリカだから、ミュージックビデオの発想もぶっ飛んでるのが多い。チープなものはやっぱりチープだけど、愛嬌のある個性派揃いだ。この前、友達とミュージックビデオを見ていたんだけど、その中でいくつか面白いのがあったから紹介するね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznmQqYPYtI/AAAAAAAAAtU/TpeWKM_WX_I/s1600-h/DSC03719.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420616800445358802" border="0" alt="" src="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznmQqYPYtI/AAAAAAAAAtU/TpeWKM_WX_I/s320/DSC03719.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まずは、イケイケのダンスビデオから。写真にしちゃうと分かりにくいのが残念ですが、結構激しいダンスを踊っているのにもかかわらず、葉巻を絶対に口から離さない彼。あれだけ激しく動いていて、その間ずっと鼻呼吸ですかい！？かっこつけるのも楽じゃないね、お疲れ様です。 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznQooRU8pI/AAAAAAAAArc/lLBEbId24Uc/s1600-h/DSC03699.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420593022940541586" border="0" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznQooRU8pI/AAAAAAAAArc/lLBEbId24Uc/s320/DSC03699.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznQo69U5RI/AAAAAAAAArk/h2r8VLbDOmg/s1600-h/DSC03700.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420593027956925714" border="0" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznQo69U5RI/AAAAAAAAArk/h2r8VLbDOmg/s320/DSC03700.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;このビデオは、撮影地がパリですね。ゴージャスなホテルのロビーで踊る象牙アーティスト。それなのに、アーティストの背景にはなぜか、中学校の文化祭の劇にでも使われていそうな風景画が！！って、豪華なホテルで撮影してる意味ないじゃん。下の写真の左側を少し見れば分かるんだけど、絵の端っこ部分が映っちゃってるよね。「背景にかけてある絵の中の風景で歌い踊る」様子を撮りたいのなら、こんな初歩的なミスはおかさない。「ゴージャスなホテルで歌い踊る」様子を撮りたいのなら、こんなダサい絵は最初からしまう。まったくもう。どっちかにしてほしいよね、中途半端なんだから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あ、ちなみに、フランスでは公共の場所では禁煙ですよ、お兄さん。 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznQpsnZjLI/AAAAAAAAAr0/g1PebGLsNzw/s1600-h/DSC03704.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420593041286728882" border="0" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznQpsnZjLI/AAAAAAAAAr0/g1PebGLsNzw/s320/DSC03704.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;div&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznQpCOKY3I/AAAAAAAAArs/HUSxdeMPdHc/s1600-h/DSC03703.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420593029906588530" border="0" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznQpCOKY3I/AAAAAAAAArs/HUSxdeMPdHc/s320/DSC03703.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;div&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznVlEOqaTI/AAAAAAAAAr8/W4D4z_JD_MM/s1600-h/DSC03705.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420598459284220210" border="0" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznVlEOqaTI/AAAAAAAAAr8/W4D4z_JD_MM/s320/DSC03705.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;お次はこれ。この歌大好き！！コートジボワールへの愛をテーマにした歌なんだけどね。この、群衆の中に象牙国旗（注：アイルランドじゃないよ　笑）がなびいている映像や、その下にあるフランス軍の映像は、２００２年にフランスの介入によって起きた“内戦”当時のアビジャンのリアル映像。そして、歌の中ではフランスをこっぴどく酷評し、「俺たちの美しい国から出て行け、このクソ野郎ども！！」と言っております。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ぜひ、来年の＊la fête de la musiqueに彼らを招待して、エリゼ宮（大統領公邸）でコンサートを開いてもらいたいものです。ちなみに、今年のla fête de la musique＠エリゼ宮は、フランス軍だかなんだかの音楽隊による、非常につまらないコンサートでした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#ff0000;"&gt;＊毎年夏至の日に、ヨーロッパのあちこちで開かれてる音楽祭のこと。パリでは、道端で、公園で、カフェの中で―街全体から音楽が溢れるんだよ。&lt;/span&gt; &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;/span&gt;&lt;div&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznVlW007iI/AAAAAAAAAsE/ItInzygvI1s/s1600-h/DSC03706.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420598464276131362" border="0" alt="" src="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznVlW007iI/AAAAAAAAAsE/ItInzygvI1s/s320/DSC03706.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さてさて。Tu as raison（あんたは正しいよ）と、いかにも安っぽい書体で書かれているこちらのビデオ。これ見たときね、爆笑しちゃった、というのは、ビデオの撮影場所が、私の会社の取引先であるC comexというお店の中でされていたからなんだけど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このお店、ドンキホーテを彷彿とさせる「ごちゃごちゃな何でも屋」で、店内のほとんどがシントー（安い中国製品）で埋め尽くされている。店の奥にはどういうわけか、「メイドインチャイナな日光の神橋」とも呼べなくもない橋（写真参照）が置いてあり、橋の周りには、アフリカポップカルチャーのシンボル的存在ともいえる造花（もちろんシントー）が！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;本当に意味が分からないんだけど、でも、これがクールでイケてるデコレーションだと思うのがアビジャン流らしい。ちなみにこのビデオ、C comexの家具売り場や、なぜか分からないけど食器売り場でも撮影が行われておりました。商品であるソファーやベッドに横たわり、もうやりたい放題です。 &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;/span&gt;&lt;div&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznVljI10NI/AAAAAAAAAsM/iMStPiUP8nI/s1600-h/DSC03708.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420598467581300946" border="0" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznVljI10NI/AAAAAAAAAsM/iMStPiUP8nI/s320/DSC03708.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これは・・・笑。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どうして三点倒立なのかを象牙人に聞いてみたけれど、「分からない」というお返事がやっぱり返ってきました。私としては、ちんちくりんのズボンが膝を曲げることでさらに短くなり、ズボンの裾と足首の間に、中途半端な隙間ができてしまっていることが気になって仕方ありません。同じ三転倒立でも、膝さえ曲げなければ、こんな情けない絵にはならなかっただろうに・・・。背景のＣＧも、実はもう少し頑張れたと思いませんか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;関係ないけどさ、アフリカ男性のこの髪型って、三点倒立しやすそうだよね。 &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;/span&gt;&lt;div align="center"&gt;&lt;a href="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznmQW0OW2I/AAAAAAAAAtM/ycdCRnhsT2I/s1600-h/DSC03718.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420616795194022754" border="0" alt="" src="http://3.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznmQW0OW2I/AAAAAAAAAtM/ycdCRnhsT2I/s320/DSC03718.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt; これは、伝統療法のお医者さん。&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;/span&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/Sznhg2SfR-I/AAAAAAAAAtE/JASfGquxrSk/s1600-h/DSC03716.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420611580962228194" border="0" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/Sznhg2SfR-I/AAAAAAAAAtE/JASfGquxrSk/s320/DSC03716.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznhgoIezmI/AAAAAAAAAs8/MPvriqlJNKg/s1600-h/DSC03715.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420611577162157666" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznhgoIezmI/AAAAAAAAAs8/MPvriqlJNKg/s320/DSC03715.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この歌は、ＳＩＤＡ（エイズ）をテーマにしたものだったよ。歌の内容を要約するとこんな感じだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「ＳＩＤＡになっちまったんだって？あの男にうつされたんだって？だからあの時、papaとmamanの言うことをちゃんと聞いて、自分の態度とライフスタイルを改めていればよかったのに！！ＳＩＤＡになっちまったんだって？お嬢ちゃん、病院に行って薬を買うお金はあるのかい？ＳＩＤＡになったのに、まさか伝統療法に頼るつもりじゃないよな？あの男は君に、素敵な服を買ってくれたかもしれない。でも、あいつは君に、薬を買うお金まではくれたのかい？」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なんだか。。。援助交際に走る物質主義・拝金主義のマケレレビッチよ、フランス語を勉強して、この歌を聴きなさい！！と私は言いたいね。 &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;せっかく、このようなＨＩＶ/エイズ問題に向き合うタイプのビデオが登場したと思ったら・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;/span&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznhgNTtdSI/AAAAAAAAAs0/D4dmiu8p5wk/s1600-h/DSC03714.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420611569961497890" border="0" alt="" src="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznhgNTtdSI/AAAAAAAAAs0/D4dmiu8p5wk/s320/DSC03714.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;div&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznhfxIS0wI/AAAAAAAAAss/wpuQomYjU78/s1600-h/DSC03713.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420611562397422338" border="0" alt="" src="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznhfxIS0wI/AAAAAAAAAss/wpuQomYjU78/s320/DSC03713.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;div&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznhfehthNI/AAAAAAAAAsk/SLG8Z2ybAqc/s1600-h/DSC03712.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420611557403755730" border="0" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznhfehthNI/AAAAAAAAAsk/SLG8Z2ybAqc/s320/DSC03712.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;div&gt;&lt;a href="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznVmfdwwiI/AAAAAAAAAsc/1s_CVhNgMnw/s1600-h/DSC03711.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420598483775177250" border="0" alt="" src="http://1.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznVmfdwwiI/AAAAAAAAAsc/1s_CVhNgMnw/s320/DSC03711.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznVmH1ux1I/AAAAAAAAAsU/WvMye8esxWM/s1600-h/DSC03710.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420598477433259858" border="0" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznVmH1ux1I/AAAAAAAAAsU/WvMye8esxWM/s320/DSC03710.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どうよどうよどうよ、このお尻お尻お尻。しかも、この隠し撮り具合が何とも言えずTIA。アフリカの男の人って、西も東も南も、お尻フリークが異常に多いような気がする（女性の体は胸よりもお尻だ！！と言い張る男は非常に多い）んだけど、だからってこんな「お尻大集合」みたいなのをミュージックビデオにしなくたっていいじゃないかと思いませんか？ &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;更に・・・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;/span&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznmRVJRhTI/AAAAAAAAAtk/HsWVrB-ghnU/s1600-h/DSC03723.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420616811925308722" border="0" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznmRVJRhTI/AAAAAAAAAtk/HsWVrB-ghnU/s320/DSC03723.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/span&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznmRDh8tzI/AAAAAAAAAtc/r7rXUk863G0/s1600-h/DSC03721.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420616807196964658" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznmRDh8tzI/AAAAAAAAAtc/r7rXUk863G0/s320/DSC03721.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これを見たときは、さすがに固まったね、いろんな意味で（苦笑）。 &lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div align="left"&gt;&lt;br /&gt;そしたら・・・・&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;/span&gt;&lt;a href="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznmRkFaN2I/AAAAAAAAAts/AMb_6lZNVns/s1600-h/DSC03725.JPG"&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 320px; DISPLAY: block; HEIGHT: 240px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5420616815935633250" border="0" alt="" src="http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznmRkFaN2I/AAAAAAAAAts/AMb_6lZNVns/s320/DSC03725.JPG" /&gt;&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちなみにこれは、私が撮った写真の中でも、一番刺激が低いヤツね。これぐらいなら、ブログに載せても許容範囲かな・・・と思われたので。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「クレヨンしんちゃん」を子どもに見せたがらない世の中の親は、頭が異常だと思ってた私だが、さすがにこれは・・・いやいやいやいやいや、やっぱり子どもに見せちゃまずいでしょ。しんちゃんは名作です。下ネタは多いけど、かわいいし、感動するいい話が多いし、風刺のセンスも抜群だしね。でも・・・これは・・・。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ついさっきまで、エイズ問題の意識を高めるための歌をやっていたのにね。こんなんだから、エイズは結局はなくなりませんよね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;っていうか、なんじゃいこの撮影会。失業率が高くてヒマだからって、どんなにお尻が好きだからって、昼間っからアンタたちダメ男＆勘違いビッチは何してるんですかい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;唖然とする私を横目に、私の象牙人の友達は、「あはははは、でもこれが現実の世の中なんだぜ。子どもたちにとってはいい社会勉強の教材じゃないか！！」と言い出す始末。まぁね、彼の言うことも正しいんだけどね・・・。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;番外編へと続く &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;p&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;span style="color:#009900;"&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;a href="http://www.youtube.com/watch?v=5deC004ULoc"&gt;http://www.youtube.com/watch?v=5deC004ULoc&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Espoir 2000の歌。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www.youtube.com/watch?v=ok8a5Drvj_Y"&gt;http://www.youtube.com/watch?v=ok8a5Drvj_Y&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Yode &amp;amp;SiroのQuel est mon pays?（俺の国はどこなんだ？）。お母さんがコートジボワール人でお父さんがブルキナファソ人のアビジャン生まれの女の子の歌。コートジボワールには近隣諸国（ブルキナ、マリ、ニジェールなど）からたくさんの外国人が出稼ぎに来ているんだけど、そのせいで、子どもたちの国籍取得問題がかなり深刻化しているんです。ここの役所はかなり腐っているせいもあり、法律では「コートジボワール国籍」を認められるはずの子が、役所から拒否されたりね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www.youtube.com/watch?v=gUhQX-8lHVY"&gt;http://www.youtube.com/watch?v=gUhQX-8lHVY&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Guerreとは、「戦争」という意味。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www.youtube.com/watch?v=RGUaSrnY2gM"&gt;http://www.youtube.com/watch?v=RGUaSrnY2gM&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Magic Systemのダンス。かなりアビジャンっぽい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www.youtube.com/watch?v=xzR3JS609dI"&gt;http://www.youtube.com/watch?v=xzR3JS609dI&lt;/a&gt; &lt;/p&gt;&lt;p&gt;Tiken Jah de Fakolyの歌。Françafrique（フランスに支配され続けるアフリカ）というタイトルの歌。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www.youtube.com/results?search_query=tiken+jah+de+fakoly&amp;amp;search_type=&amp;amp;aq=f"&gt;http://www.youtube.com/results?search_query=tiken+jah+de+fakoly&amp;amp;search_type=&amp;amp;aq=f&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;Tiken Jahの他の歌。あまりよくは聞いたことないけど、タイトルからして強烈そうなのばっかだね。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;Africain à Paris(パリのアフリカ人）、Plus rien ne m'étonne（もはや何に対しても驚かない）、Dscrimination（差別）、Y'en a marre（もう十分だ）、Le pays va mal（国が悪くなってしまう）&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;/p&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/4327752313857806804-8769527105631977858?l=africa-ryugaku.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/feeds/8769527105631977858/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://www.blogger.com/comment.g?blogID=4327752313857806804&amp;postID=8769527105631977858' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/8769527105631977858'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/4327752313857806804/posts/default/8769527105631977858'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_5676.html' title='ミュージックビデオ　西アフリカ編'/><author><name>Natsuno</name><uri>http://www.blogger.com/profile/11657768659622518282</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='24' src='http://bp0.blogger.com/_zTl7DObovBM/RtweMotAGvI/AAAAAAAAAAo/W8hGXglpMKY/s320/mini+with+maria.JPG'/></author><media:thumbnail xmlns:media='http://search.yahoo.com/mrss/' url='http://4.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/SznQoLOELtI/AAAAAAAAArU/q9GZ1dnjBF8/s72-c/DSC03411.JPG' height='72' width='72'/><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-4327752313857806804.post-498839221023619125</id><published>2009-12-29T02:47:00.006+09:00</published><updated>2009-12-31T01:24:34.783+09:00</updated><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='アフリカへの思いなど'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='こんな人から影響を受けています'/><category scheme='http://www.blogger.com/atom/ns#' term='ウガンダの大学'/><title type='text'>Africa as one</title><content type='html'>&lt;a href="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/Szt-eIkcZPI/AAAAAAAAAvs/NwF4pEb29kE/s1600-h/DSCF4768.JPG"&gt;&lt;img style="TEXT-ALIGN: center; MARGIN: 0px auto 10px; WIDTH: 240px; DISPLAY: block; HEIGHT: 320px; CURSOR: hand" id="BLOGGER_PHOTO_ID_5421065632632038642" border="0" alt="" src="http://2.bp.blogspot.com/_zTl7DObovBM/Szt-eIkcZPI/AAAAAAAAAvs/NwF4pEb29kE/s320/DSCF4768.JPG" /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;div&gt;&lt;span style="color:#cc9933;"&gt;&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;アフリカのことを勝手なイメージを通して見ている人の中には、「アフリカ人は種族やクランに分かれて、いつまでも争いを続けている野蛮な人々」という勝手な発言をする人がたまにいる。でも、私は思う。（ここでは、皆さんに分かりやすいように、raceがあたかも存在するかのような前提として説明をするが）「黒人」ほど、raceへの帰属意識や同じraceの人に対する兄弟愛を強く持った人は、この地球上に存在しないのではないだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば、ケニア人とギニア人の間には、ネパール人と日本人と同じくらいの違いが存在する。普通、ネパール人と日本人が出会ったとき、互いを「アジア人」「兄弟」として認識することなんてあまりないよね。でも、これがケニア人とギニア人なら「俺たちは同じ黒人でアフリカ人。だから俺たちは兄弟だ！！」ってな感じに、９５％の確立でなるよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だからこそ、「パンアジアニズム」は実現しなかったのに「パンアフリカニズム」は生まれたんだろうね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もちろん、広いアフリカだ。宗教が違うだとか、話す言語が違うだとか、違う政党を支持しているだとか、そんな理由で「あいつは俺とは兄弟じゃない、別モノだ」と言っては、特定の人やグループを排除する人も多く存在するし、貧しい人や社会的に排除されている人に、大金を横領している政治家を「同じアフリカ人なのだから、兄弟愛を持ちなさい」と言っても無理な話だ。また、戦争をしている地域では、「同じアフリカ人」もへったくりもない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ただ、時々アフリカの外では、単なる権力闘争が、民族同士や宗教間の争いであるかのような言い方をされてしまうが、それは誤りだ。お金持ちとはいわなくても、家族みんなが十分に食べられるだけのゆとりがあり、泥棒はたまにいても、平和な場所で暮らしており、かつ心がオープンで、ある程度の教養のある人々というのは、都会に住んでいようと田舎に住んでいようと、Africa as one（一つのアフリカ）のフィロソフィーを持っている。心が広く、ノリがいい人が多いのも、Africa as oneの考えが受け入れられやすい理由の一つだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そして、このAfrica as one（一つのアフリカ）の考え方は、アフリカ内外にいる知識人にもそれなりに支持されている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私がここで意味する「知識人」というのは、ただの高学歴者や著名な学者のことじゃないよ。学問の世界のみに籠っているような人や、学問の権威にすがって生きているような人は、私に言わせてみると、ただの臆病な愚か者だからね。本当の知識人は、インテリジェンスの力を駆使して実際の世界を良くしようとするし、既存の権力に対して常に闘っている。だから、そこら辺で警備員をしているお兄ちゃんやmaquis（コートジボワール式飲み屋）を経営しているおばちゃんの中にも、私にとっては「知識人」な人が案外チラホラとしている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんな知識人には、パンアフリカニズムの崇拝者・・・とまではいわなくても、Africa as oneの考えを持った人が多いのはどうしてだろうか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;第一に、知識人は、歴史や今日の現状を、広い視野から見つめることができる。広いアフリカ大陸の歴史は実に多様で、Africa as oneの考えではアフリカの歴史を語ることはできない。それでも、今日のアフリカのあり方を決定付ける要因となった植民地主義・ネオコロニアリズム・泥棒独裁者による長期政権は大陸のほぼ全ての地域に共通している歴史＆現在だし、これら植民地主義やネオコロニアリズムによって壊されてしまった精神的文化やメンタリティーのせいで、« ＊Les Africains sont complement perdus »の状態に陥ってしまっているのも、大陸全土に共通して見られる傾向だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="font-size:85%;color:#000000;"&gt;＊Les Africains sont complement perdus=アフリカ人は完全に道に迷ってしまっている &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こうして見ると、多様性の中にも多くの共通点があるのがアフリカの歴史と今日のアフリカだ。だからこそ歴史を知っている人は、「自分の民族」や「自分の国家」というちゃちい概念にとらわれず、広い視野で客観的に、大陸全体を見回すことができるんだね。「長州藩だの薩摩藩だのにとらわれずに、『日本』という概念を持ち、広い世界の中での『日本』のあり方について考えようじゃないか」という坂本竜馬の考え方に少し似ている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;第二に、知識人というのは、アフリカの外でアフリカがどのように語られているのか―世界が（とりわけ西洋が）アフリカに対して使うディスクールがどのようなものであるのか―を知っている。今でこそ、アフリカ人知識人のお陰で少しずつ変わってきているとはいえ、アフリカは、アフリカ自身が語るのではなく、常に外部の人間から「語られる存在」、つまりobjet（対象）としてしか見なされてこなかった。今日でもこの傾向はかなり根強く残っているよね。（参考までに、この「白人至上主義と黒人コンプレックス」についても読んでみてくだされ。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アフリカの外でアフリカがどのように語られているかをよく知っている人は、私によく、「アフリカに来るのは怖くなかったのかい？」と冗談で聞いてくる。私がブログの中でよく使っているTIA(This is Africa)という表現も、彼らがよく言う「まぁ、this is Africaだからしょうがないよね。」という自虐ブラックジョークからお借りしている。みなさん、みなさんが抱いている「アフリカのイメージ」は、ここにいる頭のいい人々には全部お見通で、彼らはそんなイメージを抱いている外国人を皮肉の対象として見ているんですよ！！&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#cc9933;"&gt;&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style="color:#cc9933;"&gt;&lt;span style="color:#ff0000;"&gt;ちょうど、日本＝ゲイシャとニンジャとしか考えていない外国人を、私たちがちょっとバカにした目で見るのと同じだね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;世界の人々が「アフリカ」に対して抱いているイメージ、メディアが映し出す「アフリカ」、欧米文学や欧米映画に登場する「アフリカ」、政治的にも経済的にも、強い国家の対象にしか過ぎない「アフリカ」、援助機関がこぞって見せようとしている「かわいそうなアフリカ」。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば、今この文章を読んでいるあなたが知っている「アフリカ」とは、誰によって描かれた「アフリカ像（アフリカ象じゃないよ　笑）」だろうか。ホテル・ルワンダ？BBCやCNN ?国際機関やNGO？それとも、「ナツノのアフリカ留学（笑）」？この中で、&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/rfi-tv5-rfi-presence-africaine-jeune.html"&gt;Jeune Afrique&lt;/a&gt;から直接情報を得ている人はいるだろうか？アフリカ人学者の本を読み、アフリカ人文豪の作品を味わったことのある人はいるだろうか？チープなナイジェリア映画でも真面目なドキュメンタリーでもなんでもいいけど、アフリカ人監督によって作られた映画を見たことがある人はいるだろうか？「アフリカが語るアフリカ」に触れたことのある人はいるだろうか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;以前の私なら、「アフリカ＝世界から無視された存在」という概念を持っていたから、「ハリウッド映画や援助機関が、アフリカの外にいる人々の関心を高めるために、アフリカにまつわる題材を取り上げるのはいいことだ！！」と叫んでいただろうが、今はそうは思わない。むしろ、これらが私たちに与えるイメージが「アフリカ」になってしまっていることに怒りすら感じるし、大きなお世話だと思っている。やはり、アフリカが自らの力で立ち上がり、外部の人の関心の低さと、自身に向けられた曲がったイメージと闘う必要がある。いつまでも外の人に言わせ放題言わせていては、いつまで経ってもこのままだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さらに悪いことには、外から押し付けられた『アフリカ』のイメージが、多くのアフリカの人にとっての『自己像』になってしまっていることである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これはマケレレ大学で強く実感した。私の教授のほとんどは、「アフリカからの視点で物事を見つめよう！！」などという議論すら沸いていなかったころの欧米で修士号を取った人々だった。そんなところで教育を受けた彼らが、西洋の視点からでしかアフリカについて語ることができなくなってしまったのは、仕方がないといえば仕方がないことなのかもしれない。残念なことに、マケレレ大学では私にとっての「知識人」に出逢うことはできなかった。どの教授も、社会的地位と金と権力にすがるタイプ（ああ、かなりTIA !!!）で、「既存の権威への挑戦？クリティカルシンキング？ボクニハソレガワカリマセ～ン」状態だったのだから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私は、アフリカについて学びたかったものの、パリやロンドン、ワシントンにある世界的に有名なアフリカ学の学校には絶対に留学したくなかった。そして、「アフリカの視点でアフリカについて学ぶため」にウガンダ留学を決意した。だが、そんな期待は見事に裏切られた。知識人の教授がいないから、マケレレの教育は、ウガンダ人大学生（＝将来のエリート）を相手に、外から押し付けられたアフリカのイメージがあたかも本当のアフリカの姿であるかのような授業を行うのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私はよく、このどうしょもないマケレレの授業の数々を、「１９６０年代のイギリス人が中学生相手に行っているアフリカ講座」と批判していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;話を戻そう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アフリカの外で言いたい放題に言われているアフリカの姿が、あたかも本当のアフリカであるかのように扱われ、この「外から語られるアフリカ」が、実際のアフリカの人々をも支配してしまっているこの状況。すごく矛盾しているし、理不尽だよね。ただ、この「外からのディスクール」の力と権威はあまりにも強すぎて、これを覆すのにはおそらく、何百年という月日がかかるだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アフリカ人の知識人はこの状況と闘うため、同じような迷惑を被っている仲間と団結する必要がある。そうでもしないと、この「外からのディスクール」っていうヤツは強力すぎて、なかなか太刀打ちできる相手ではないからね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私のザンビア人の兄貴が言っていた。「『外から押し付けられているイメージ』を前にすると、ザンビア人もニジェール人も関係ない。俺たちアフリカ人はみんな兄弟で、みんなで共に、この権威と闘わないといけないっていう気持ちになるんだよなぁ。」そんな彼は、別に高学歴でもないし、見た目はタダのギャングなんだけど、私にとっては立派な知識人だ。物知りで、オープンで、正直で、ユーモアたっぷりで、頭が切れて、強くて、とにかくcool。もちろん、大きなハートとAfrica as oneの精神を併せ持っている。ブラックジョークのセンスが抜群なのも、ぬるい&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/10/blog-post_03.html"&gt;Tuskerビール&lt;/a&gt;を片手にいつまでもおしゃべりができちゃうのも、彼のことが大好きな大きな理由だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;余談になるが、彼はケニア人の相棒（この相棒もなかなかイケてる！！）と会社を経営していて、今ではナイロビ・ラゴス・ヨハネスバルグという、“アフリカ三大危険都市”を往復する生活をしている。彼の弟もなかなかイケてるよ。シングルファーザーをしながら、今ではケープタウンでバリバリ仕事をしている彼だが、「新しいアフリカの男」の姿を模索しながら、日々生きているんだって。家庭を顧みずに酒と女におぼれまくり、威張り散らすだけ威張り散らしているダメ男がわんさかしているこの大陸では、この弟さんも、私にとっては立派な知識人の一人である。あっぱれ！！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Africa as oneの概念で面白いなと思うのは、システムとしてのアフリカ連合（AU）があまり上手くいっていないのにもかかわらず、人々の心はAfrica as oneでつながっているという点だ。やっぱり、政治になるとダメダメなのがTIAだけど、政治よりも深い部分でつながっている限り、Africa as oneは大丈夫なんじゃないかな？（と楽観的に私が考えるようになったのは、私自身がアフリカナイズしたからであろうか・・・。）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これは、ヨーロッパとは対照的だ。EUにも問題は山積みだけど、政治的な制度としては、相当上手くいっている。だが、ヨーロッパ人にアフリカ人のような「EU兄弟愛」が根付いているかと言われたら、私はそうは思わない。みんなEU圏内を自由に行き来しているし、仲良しこよしだけど、やはり「私はヨーロッパ人」とは誰も言わず、「私はオランダ人」「僕はドイツ人」という自己認識をしている人が圧倒的だ。もちろん、ヨーロッパの国家の概念というのは、アフリカのそれよりも遥かに古いわけだから、そんなの当たり前といえば当たり前だけど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;２年前にマケレレの学生に、「パンアフリカニズムが世界を支配する！！」と熱弁をふるわれて、「勘違いウガンダ人め、世界を知りなさい」だなんてちょっと&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2007/11/blog-post.html"&gt;バカにした感想を抱いた私&lt;/a&gt;だが、基本的な考え方はあの頃とは変わっていない。貧富の差がますます拡大していくこの大陸では、どこにいっても「お金持ちメンタリティー」と「貧乏人メンタリティー」が混在しており、いずれはこの二つが、大陸を二分してしまうのではないかという考えさえ、私は今でも抱いている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あ、でも、あの頃よりはアフリカのエトセトラが分かるようになったから、今はあのときの彼らのことをそこまではバカにはしてないよ。「世界を支配する！！」あたりがやっぱり短絡的なウガンダ的発想だとは感じるけど。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;お金持ちは、「貧乏なあの人たちと私は別世界の人間」という視点から貧しい人々を見ているし、お金持ちと国内の貧困問題の話をしても「確かにかわいそうだけど・・・私には関係ない」という感想しか抱いていない。日本もそうだよね。日本国内の貧困問題を、自分の問題として受け止めている中産階級というのは皆無に等しい。アフリカも日本も、みんな結局は自分のことで精一杯だし、自分がもっといい生活を送れるように、必死になって頑張っている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一方で貧しい人は、&lt;a href="http://africa-ryugaku.blogspot.com/2009/12/blog-post_21.html"&gt;汚職の構造&lt;/a&gt;からも分かるように、お金も、権利も、人生の選択肢も取り上げられ、ますます這い上がるのが難しい環境に生きている。本当に生活が苦しい人にとっては、Africa as oneの精神も兄弟愛も何もない。第一、最低限の水準の生活すら送れない人に、「大きな視点で物事を見ろ」だなんて言ったところでどうなる？「明日のご飯を何とかしないといけないから、それどころではない」という返事が返ってくるに決まっている。彼らの生活苦の背景にはアフリカを搾取する先進国が隠れており、また、アフリカの政治をコントロールする大国が潜んでいることも、外国人である私たちやアフリカのお金持ちは知っているが、教育も情報もない貧困層にとってはそんなの「？？？」である。自分たちの生活が苦しいのは、目の前にいるアフリカ人金持ちやアフリカ人権力者が全部悪いんだ―このように、見える範囲内に不満の矛先を向けるのは仕方がないことだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;何度も言うように、この大陸がこのままの状態で突き進んでいくと、Africa as oneからはどんどん遠のき、大陸は二極化してしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これほどまでに貧富の差が目につく社会だと、アフリカ中が、それこそ南アやナイジェリアのように、とにかく治安の悪い場所になってしまってもおかしくないのではと思うが、そこがアフリカの人々のすごいところである。忍耐強い平和主義者は、ひたすら耐えながら、今日も微笑を絶やさない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;個人的には、大陸が二分化しようと何が起きようと、私には関係のない話だが、アフリカ人知識人の応援はしたいなぁ。やはりアフリカには、「語られる対象」ではなくて「自身が語る存在」になってもらいたいし、そうなったときに、世界の力の分配がどのように変
