2010年4月2日金曜日

東京に戻ってきました!!

みなさま、お久しぶりです。


お久しぶりすぎて、もうこのブログを放置しつつあったぜというそこのあなた!!
ナツノが生きているのかどうかがよく分からなかったというそこのあなた!!
っていうか、むしろ私がブログをこうしてまた更新していることに対して驚いているそこのあなた!!

はい、申し訳ありませんでした~。まぁ、このブログ自体がTIAなので、そこらへんは笑って許してやってくださいね。

さてさて、今年の3月は、私にとっては非常に移動距離の激しい一ヶ月となりました。

なぜかといいますと・・・


3月頭~7日: コートジボワール西部
8日~10日: アビジャン

11日~16日: パリ
17日: 栃木
18日~20日:東京
21日: 新潟

21日~26日: シカゴ
27日~30日: ボストン
31日: 新潟
4月1日~: 東京


でででででーん。どうですかこの移動距離!!
もはや移動距離の計算なんかもする気になれないので、誰か代わりにお願いします(笑)。

そうなんです、一ヶ月の間に、四大陸を移動したことになるんですね。今までの最高が三大陸(やはり昨年の3月でした)なので、記録更新です。イエーイ。

コートジボワールの西はすばらしい場所でした。また後日レポート書きます。

パリは、会社の本部があるからその関係で滞在しましたが、西アフリカは日本からまだまだ遠い存在なので、どの道パリ経由でしか飛行機がないのです。ドバイ経由の便もあることはあるのですが、それだと アビジャン→アクラ(ガーナ)→ドバイ→大阪→東京 という恐ろしいフライトになってしまうんです。

今回のパリは短かったので、色んな人に会いまくっていたら終わってしまいました。中でも、前に少しだけ書いたイザベラちゃんに再会できたのは本当に嬉しかった!!今年、アビジャンは異常気象で例年よりも暑かったのですが、対するヨーロッパは3月だというのに氷点下にまでなってしまうような気候で・・・。当然、品川さんは冬服など持っていませんよ。薄手の長袖は一応着ていたのですが、やっぱり寒かったです。友達に冬服は借りましたが。

パリに着いたとき、私のクレジットカードに問題があって、お金がおろせなかったの。持っていたのは3ユーロと1500FCFA(約300円)、それに、前回のパリ滞在のときに余っていたメトロの切符一枚。でも、アビジャンからずっと一緒だった象牙人のおじさんが、3ユーロくれたために、どうにかパリ市内の友達の家までたどり着くことができました。このおじさんも、ATMからお金がおろせなくて困っていた(しかも彼の所持金も10ユーロ程度だった)のに・・・いい人!!TIA,困ったときには助け合うその精神。やっぱりアフリカは大好きです。

空港で、バス停までの道を空港案内所にいたムッシューに聞こうとしたら、ついついいつものクセで"Ei mon frère, on dit quoi? Tu sais comment arriver au bus, là? (おお兄弟よ!!今日はどんな感じだい?あんたさ、バス乗り場への、あれだよ、行き方知ってたりしない?)”とアビジャン訛りのフランス語で言ってしまいまして。唖然とする彼の顔を、私は忘れることがないでしょう。東京のど真ん中で、このクソ寒いのに薄着で、汚いバックパックを背負った国籍不明の外国人が、東北弁で道を聞いてきたら、そりゃ私だってびっくりするとは思います。

アビジャンからパリまでは、まさかのAFRIQUAYAHでした(苦笑)。何じゃそりゃ!?と、今、おそらくほとんどの皆さんがそう感じたことと思います。AFRIQUAYAHとは、なんとあのリビアの航空会社です。なので、トリポリ経由でした。もうここまできたら笑うしかありません。

リビアの独裁者であるカダフィ大佐は、なにかと外交政策にアフリカの結合を強調しているんです。アフリカの各都市とリビアをつないでいるAFRIQUAYAHは、そういう意味ではカダフィらしい航空会社だね。値段も他と比べてかなり低めになっている(だって石油が採れるんだもーん)し、エコノミークラスでも48kgまでOK。まあ、米袋7つにヤギ2頭、キャッサバ50kg分にニワトリ5羽、そして家族12人分の衣服とあれもこれもを持ってじゃないと移動できないTIA乗客に対応するには、エコノミークラスでも48kgまでOKにしないと無理なんだろうけどね。ちなみに、AFRIQUAYAHの公式文書には「チェックインは出発時間の三時間半前、荷物は一人30kgまで」とか書かれていたんだけど・・・。こう書いておけば、だいたいみんな出発の1時間半前には空港に到着して、荷物も一人当たり45~50kgで持ってくるだろうという超TIAな想定のもとにこう書かれているんだね。どうせみんな遅れるし、荷物も「コレくらい平気でしょ~」のノリだから。やはり、アフリカンの乗客に慣れております。賢い!!

カダフィのアフリカ政策といえば、忘れられないエピソードがいくつかあります。タンザニアはザンジバル島で、私は3週間ほどスワヒリ語の学校に通っていたんだけど、そこはリビア人学生で溢れかえっていたの。これは、どうやら「欧州系の言語よりもアフリカの言語を!!」というカダフィの方針らしいんだけどね。ところがどっこい、ボンボンの金持ちリビア人は、ほとんどまじめに勉強しないでサボったり、遊びほうけたり。まぁ、どこの語学学校にもこういう人はいるものだけど。

スーダンに行ったときも、ハルツームにカダフィの「gift」として送られた(!!)ホテルが、でででーんとナイル河岸にそびえているではありませんか!!あまりにも長く灼熱地獄のハルツームにいすぎたので、私たちはエアコンの恩恵にあやかるべくこのホテルを見に行ったんだけど・・・いやー、成金の力はすごいね。恐るべしオイルマネー。スパか中華料理屋から何から何まで揃っている、空っぽのホテルでしたよ。ちなみにウガンダにも、カダフィからのgiftで、無駄にジャイアントサイズなモスクがあります。カダフィは、独裁者と大の仲良しこよしみたいだね。ウガンダの新聞によると、このモスクのオープニング式典にカダフィがカンパラに来た際、ムセヴェニ大統領(ウガンダ)に「権力を保持し続けること」について伝授したのだとか。




これが、カダフィからのgiftであるホテル。いかにも「石油がザクザクしてますよ」なデザインだね。

このホテルの中はこんな感じ。この人は、スーダン人らしい本当に「いい人!!!」なアブドゥラヒムさん。彼との思い出も、日本のみんなに知ってもらいたいことだらけなので後で書きます。


リビアの空港は、予想通り、カダフィの肖像画で埋め尽くされていました。あれね、私も知らなかったんだけど、あの肖像画に描かれているカダフィって、サングラス越しにこっちをじっと見てるの!!肖像画の近くに立つと、カダフィの視線を感じるように描かれているんですね。おぞましい。この肖像画を写真で見た感じだとぜんぜん分からないけどね。


これこれ。この上を向いているサングラスの奥から・・・彼はあなたを見ているのです!!


AFRIQUAYAHの、リビア人客室乗務員(当然みんな男性)のサブサハラアフリカ人乗客に対する接客の仕方を観察するのは面白かったよ。なんていうのかな、アラブ人とアフリカ人の関係についてもそのうちブログに書きたいとは思うんだけど、多くのアラブ人はアフリカの人のことを下の立場の存在として見ているのね。歴史的にもずっとそうだったし、今だって、なんとなくそんな雰囲気はバシバシ出てる。そういう背景なんかを考えると、さまざまな発見(のようなもの)がありました。

そもそもの点として、メイドのいる家庭で育った彼らは人に仕えることになれていないね。動きはぎこちないし、テキトーだし。コップを配るときは、重ねたコップを奥の席の人につき出して取らせてるし(なんとなく想像つきますかね?)、食事を配るときは、後ろ向いてペチャクチャおしゃべりしながらだったし。お茶やコーヒーを配るときも、「テ、テ、テ(テとは、フランス語でお茶の意味)」って叫びながらスタスタ通路を歩くだけだったしね。インドの列車に乗ったことのある人は分かると思うんだけど・・・ホラ、インドの電車で、朝になると、どこからか茶売りのおじさんが乗ってきてさ、「チャーイ、チャーイ、チャイチャイチャイ。チャーイ、チャーイ、チャイチャイチャイ」っていう歌を歌うでしょ?あれに近いものが飛行機の中でも行われているとご想像ください。

今回もパリでは、面白い発見が色々あったよ。インドが大好きなモロッコ人である同僚のルブナちゃんは、ハードゲイの大ファンなんだって。私の同僚たちとインド人街にある小さなレストランにディナーにいったんだけど、そこでハードゲイの話で盛り上がりました。なんか、今、世界中でyoutubeのアクセス数がすごいらしいですよ、彼の動画。でも、確かにあの人、ビジュアルすごいからウケそうだよね。
ノルマンディー地方からわざわざパリまで会いに来てくれたノエミーちゃんと一緒に、お気に入りのアフリカンレストランに行ったときのこと。ひょんなことから、アビジャンの私の家のすぐ裏のほうに住んでいたというおばさんに遭遇したの。また、私の後ろに並んでいたお姉さんとも話を始めたんだけど、彼女はなんと東京に五年間も住んでいたんだって!!彼女自身はガボンの人だったんだけど、彼女のお父さんが、東京にあるガボン大使館で働いていたらしい。衝撃の、アフリカン九人兄弟in東京だったそうです。電車の中とか、かなり注目浴びたんだろうなー。これがきっかけで、その日は彼女とずっとお茶をしてしまいましたとさ。でも、こういう出逢いは素敵。

おフランスにいても、私はどうしてもアフリカと腐れ縁のようで。RER(パリの郊外に行くための電車)の中でたまたま話し始めたおっさんがアビジャン出身だったり、道に迷っている風貌だった三人組のうちの一人がケニア人(しかも、私の大好きなケニアの町であるWatamu出身!!)だったりと、まあいろいろあるよね。

そして、帰りの空港にて、アフリカネタではありませんがさらに衝撃的なことが!!実は、夏にパリにいたときに、群馬県は桐生市出身の日本人のご家族とメトロの中で十分くらい話をしたの。パリのメトロはものすごく冷たい雰囲気で、他人と会話をするなんてありえない空間なのに、どういうわけかこの日本人のご家族と私の間では会話が始まったんですね。地元も近いしね、桐生と大平は両毛線仲間だし(かなりジモッティーな話でごめんなさい)。そしたら・・・なんと、フランスに住んでいるという娘さんと、偶然にも八ヵ月後に空港のチェックインカウンターで再会!!これはすごい確立ですよね。しかも、向こうがなぜか私のバッグを覚えていて、それで声をかけてくれたの。「夏にお会いしましたよね?」と言われ、「ええええええ!!!」みたいな。再会できてうれしかったです。お声をかけていただいてありがとうございました!!

一昨年、私の東京のアパートにベルギー人が泊まりに来たんだけど、その人と池袋西口の裏道を歩いていたら・・・突然、そのベルギー人が雄たけびをあげながら、道端にいたインド人のおっさんとハグをし始めまして。なんでも、そのベルギー人の人が五年前にインドに旅行に行ったときにそのインド人の人と数日間一緒にいたんだって!!なんじゃいそりゃ。そしてその後二人は連絡を取り合うことがなかったんだけど、池袋の路地で思わぬ再会を果たした・・・のだとか。ひえええええ、これはすごいね。もちろん、その足でみんなで飲みに行きましたよ。

USAについてですが。実は、新潟県立高校の理数学科・選抜高校生37名のアメリカ研修に同行していたのです~。



シカゴの、全米一高い、シカゴのSears Tower改めWillis Towerのてっぺんにて。
ガラス張りの床の上で逆立ちしてみました。東京ツリー(だっけ?)が完成したら、同じことやろうと思います。


ところがどっこいだよ。シカゴの空港に着いたとき、アメリカの入国管理官に言わせるところの「all these countries(これら国々、つまり、アフリカの国々のこと)」のビザでいっぱいだった私のパスポートは怪しまれ、空港にある「別室」にナツノさんは連れて行かれたのです!!アメリカ政府が一方的にテロ国家に指定しているスーダンのビザがあったのも問題だったようで。あ、ちなみに私、スーダンの「居住外国人用ビザ」を持っているんです。別に住んでたわけじゃないんだけど、色々ありましてこんなビザをもらうハメになったのです。その「別室」では、ガッシリした体格の入国管理官から次々と質問をされたよ。やな感じ!!あのね、スーダン人のほうがあなたたちよりもよっぽど安全だと思いますが、何か?
ようやく解放してもらえたけど、なんだかフクザツですね。国際社会のアフリカに対する態度がこんなんだから、どんなに「支援」しようと「援助」しようと状況は何も変わらないんです!!まったくもう。
とまあ、今は東京です。大学を卒業するために、とりあえず戻ってきました。夏くらいまでは確実にいますので会いましょう皆さん!!

私の体は東京にあっても、心は常にアフリカにあります。これからも、このブログをよろしくお願いします!!