2010年7月1日木曜日

マケレレ大学vsナツノの大バトル 第一ラウンド~科目登録編~②

ようやく時間割表をゲットした新米日本人留学生のナツノさんを次に待ち構えていたのは、フカフカの椅子に座り、できない秘書を何人も使い、無駄に仕事を複雑化し、自分の地位をただ単に見せつけたいだけの、どうしようもない時間泥棒たちであった。これね、本当に、彼らを殴らなかった私は偉かったと思うよ(笑)。

時間割をもとにして、どの科目を登録するのかをついに決めることができた。授業以外の時間も有効活用したかったため、留学生活全体のイメージを湧かせることができて少しホッとした。受講する授業を決めたからには、すぐに登録しなくてちゃ!!

留学生担当のマーサには、科目登録に必要な書類一式をもらった。どこの部屋で働いている○○さんに会って、△△の手続きをして、それから●●さんに会って、▲▲をして・・・という膨大な情報のリストも一緒に。この時私は察した。ウガンダ人の名前を覚えるのは、不可能に近いのだということを・・・。ンゴニャベさんだのモゴドンバさんだの、日本人の名前すら覚えられないような私には、ウガンダ人の名前は難しすぎる。

さてさて、マケレレ大学の規則集なる本に明記されていた、「交換留学生は、二つのDepartmentにまたがる授業を自由に取ることができる」という情報をすっかり信用し、意気揚揚であった私だが、ここでもう一つ、TIAのワナで知らなかったことがあった。

それは、書かれたルールはあくまでも飾りであり、実際には力がほとんどないということであった。言い方を変えれば、実際に現場で働いている権力者の性格と気分、それから、その権力者と自分との相性によって、全てが変わってしまうのがTIA流なのである。この暗黙の掟を理解するために、頭の固かった私は半年以上も費やすことになる。毎回毎回イライラし、ヒステリーを起こし、「こんなクソみたいなところ、出てってやる!!」と反抗期の中学生のような状態になり、何度か本当に泣いてしまい、打ちのめされて(大袈裟じゃないよ。本当に打ちのめされたんだよ。)、ようやくこの鉄則を学んだ。

そもそも論として、大学の役人たちが大学の組織構造を正しく理解していないのである。というか、大学の規則に対する理解でさえ個人の裁量に任せるところの大きな「ザ・無法地帯」マケレレ大学では、正しい情報もへったくれもない。だから、たとえそれが公式には「間違っている」情報やルールだとしても、それが大多数の役人に同じような解釈と理解が得られていれば、つまり、少なくとも「暗黙の掟」なるものがまとまってくれていてば、まだ助かるのだが・・・。

困ったことに、それぞれの役人が、自分に都合のいいようにルールを解釈してしまっているせいで、全体が大混乱に陥っているのである。もう誰の手にも負えない状態というのは、まさにあの状態のことを言うのだろう。ただでさえこんがらがっているところに、ウガンダの社会に関する知識もバックグラウンドもないような外国人が入っていくのは、結構しんどい。正しい情報なるものが存在しない上に、十人にアドバイスを求めれば、十通りの答えが返ってくるからだ。しかもしかも、アドバイスを手に入れるためにもTIAな時間感覚だから、とんでもない時間が必要となってくる。効率性などという言葉は彼らの辞書には存在しないため、とにかく忍耐あるのみだ。

いざ科目登録を始めようと思ったときに、会う役人会う役人が、それぞれ違った「Faculty」と「Department」の理解をしていることに私は気づいた。Facultyの傘下にDepartmentがあると言い張る人もいれば、その逆であると思い込んでいる人もいる。そこにさらにInstituteなるものまで存在するから、余計に話はややこしくなる。マケレレ大学規則集には、Departmentの下にFacultyとInstituteがあるって書いてあるんだけどね。

アドミッション・オフィス、アカデミック・オフィス、登録課、学生課・・・これらの「オフィス」と称する場所には、たいてい意地悪で太ったおじさんかおばさんが1人と、彼らの秘書が二、三人いる。学部・学科レベルでもそう。学部長、学科長、学部コーディネーター、学科コーディネーター。それぞれが、キャンパス中に分散されたオフィスでそれぞれ気ままに仕事をしている。理論上は内線電話やインターネットで彼らはつながっているのだが、そんなの機能しているワケがない。実際に、私がマケレレにいる間には、誰かが電話代のためにあった予算を着服してしまったために料金が払えなくて、二ヶ月間、内戦を含む電話とインターネットがキャンパスから消えてしまったから・・・TIAだ、やっぱり。

 科目登録の際に私が一番苦労したのは、授業料に関することと、留学生の科目登録に関することであった。

本来なら、私が日本で在学している大学とマケレレ大学との間には契約書が交わされており、交換留学生はマケレレでの授業料を払わなくてもいいことになっている。しかし、私がこの交換留学プログラムの第一号(別称:「お試し」または「餌食」)であったがために、降りかかってきた災難は尋常ではなかった。契約を交わした張本人であるマーサは、きっぱりと「あなたは授業料を払う必要はないわ」と初めから言ってくれていたが、この交換プログラムについて知っているのが彼女だけという状態であったために、会う役人会う役人には「授業料を払ったという証明書がない限り、君は授業の登録をすることはできないよ」と言われ続けた。「でも、私の場合は払わなくてもいいんですよ」と言っても、馬の耳に念仏(ウガンダ人の耳に正論?笑)で、まともに立ち会ってもらえない。間違っているのが彼らであることを示す必要があるのだが、プライドの高いTIAな役人相手にそれはなかなか簡単なことではない。まぁ、彼らにとっては自分たちが常に正しいわけだから、仕方がないことと言ってしまえばそこまでなのだが。

授業登録に関してもそうである。そもそも、正規のマケレレの学生と留学生の間には、授業登録に関して違ったルールが適用されるということ自体、役人の間では全く知られていなかった。だから、どんなにマーサに「大丈夫よ」と太鼓判を押されても、手続きはかなり難航した。みんながみんな、「そんなルールは存在しない」と言うわけだからね。しまいには、本当のことを言っているのがマーサなのか奴らなのかが本当に分からなくなる。ここで重要なこととは「本当のこと」ではないことも学んだ。重要なのは、「誰が話しているルールが、実際に機能しているルールなのか」というところであるからだ。

この無知でアホな役人どもを相手に、これまたおバカだった当初の私は、真面目に取り合ってしまった。彼らのプライドを傷つけないようにヨイショの一つや二つでもしてあげればよかったのに、そんな悔しい真似は死んでもしたくなかった。だから、真正面から正論を振りかざし、その度に失敗した。悔しかったよ。「日本や欧米のように、社会がルールに従って成り立っているのって、実は本当は奇跡に近いくらいすごいことなんだな」と、マケレレに到着して数週間で気が付いた。

マケレレでさらに厄介なことには、オフィスで仕事をする人の大多数が、柔軟性と責任感に欠けていることである。私は科目登録中、数え切れないほどの『オフィスたらい回しの旅』に出かけ、様々な人に出会ったが、使える人はほんの一握りだった。そんなこと言うと生意気と思われるかもしれないけど、事実なのだから仕方がない。

臨機応変という言葉は、ウガンダには存在しない。理由は簡単だ。頭を使って考えながら働いている人がほぼ皆無で、マニュアルに書かれていないケースが勃発すると、みんなお手上げ状態になってしまうから。また、本当は解決策を知っているのに、単純に面倒くさいから誰も何もやろうとしない。ルールを都合のいいように利用している面々も、もしも自分の勝手な判断のせいで何かあったときにはいつでも責任転嫁ができるように、たいていは他人任せにしてしまう。要は、みんな結局、組織という大きな存在を前にすると、普段はやりたい放題やっている、自分の勝手なるルールに自信が持てなくなるんだよね。よって、何かあるとすぐに「その件なら、まずは○○さんに許可をとってからにして」「それは、私の管轄下じゃないから」「○○さんのサインはもらったのかい?」とふっかけてきて、オフィスのたらいまわしが始まる。

責任追及を免れたいあたりが日本のことなかれ主義と似ているけど、日本人はまだ、相手に思いやりを持って接することができるからいい。マケレレの人を前にすると、本当に、お腹の底で激辛キムチ鍋をグツグツやっている気分になる。そして、いくら授業のためとはいえ、こんな馬鹿相手にいったい自分は何をしているのだろうかという虚無感に襲われる。今じゃ笑える話だけど、当時はすごく辛かった。助けてくれる人もいなかったし、このイライラを理解してくれる人もいなかったから、一人でどんどん底なし沼であがいている感覚(経験ないけど)になった。

オフィスのたらい回しなら日本にもあるけど、ウガンダのそれと比べたら、日本のそれを「たらい回し」と呼ぶのが申し訳なくなる。

まず、オフィスが見つからない。キャンパス内の移動も、タクシーやボダボダを利用する学生がいるくらい大きな大学構内。そこにオフィスが分散している。やっと教わった通りのお目当ての建物にたどり着いたと思ったら、「ここじゃないよ」とだけ言われて追い返される。誰も、どこに何があるのかを把握していないのだ。

しかも、お目当ての役人がいつでもオフィスにいるなどと思ってはいけない。そうやらアフリカでは(っていうか、日本でも同じか・・・)、彼らのような偉い人は無駄に多くの「会議」をするのがお好きらしく、なにかにつけてオフィスを留守にする。お茶や昼食のために、2時間消えてしまうことも珍しくない。日本なら、きちんと代わりの人が対応してくれるのだが、代わりの人が業務内容を理解していないのだから、本人がいない場合は出直すしかない。また、金曜日の午後はほとんど当てにならない。お昼を食べてからオフィスで少し仕事をしているフリをしたら、みんなさっさと仕事を切り上げて、みんなとっとと帰ってしまうからだ。アポイントメントという文化はそもそも存在しないので、トライするだけ無駄だ。すっぽかされても文句すら言えない。ここでは、アポイントを破る人ではなく、とろうとした人が馬鹿なのだから。

一番確実なのは、朝一で彼らに会いに行くことだ。しかし、出勤時刻も自分の気分次第で変えてしまう彼らである。一般のウガンダ社会では、八時か八時半には仕事を開始して、一時から二時までの間を昼休みとし、五時十分前になったらさっさと仕事をやめてダラダラとおしゃべりをし、そして帰宅するのが通常である。しかし、先述したように、個人単位のオフィスが広いキャンパスに分散しているマケレレ大学では、オフィサーが気分の赴くままにやりたい放題やっているため、それぞれのオフィスでは就業時間に関しては無法地帯となっている。惨事になったらもう帰宅してしまっているという役人もいる。

雨の日はたいてい十時近くにならないとやって来ないものだが、気まぐれな彼らがいつやってくるのかなど分かったものではないから、公式な出勤時間である八時半からずっと待ち構えていなければならない。普段はアフリカンタイムも計算に入れて約束の場所に行くことがとても大切だが、役人の場合、最初からアフリカンタイムを計算して遅く行ってはダメなのだ。例えば、いつも十時にならないとやってこないAさんのオフィスに十時ぴったりに到着したとしよう。すると、その人の秘書に「Aさんは会議に出発するために9時半にここを出たよ。ダメじゃない、ちゃんと時間通りに早く来ないと(←お前がそれを言える立場なのかと怒鳴りたくなるけどね)。明日の朝、もしかしたらAさんに会えるかもね。とにかく出直しなさい」と言われてしまうことがよくある。所詮そんな会議なんて、やるだけ無駄なのだろうけど・・・なーんて思ってても口に出したら即アウトなので、大人しく黙っているしかない。

Aさんが何時になったらオフィスに来るのかを秘書に聞いて、その時間に自分も戻ってくればいいじゃないか。ところが、秘書という仕事はただのパーソナルお茶出し係である場合が多いため、自分の上司の予定をなにも把握していないんだな。普通なら、秘書にことづけを頼めば万事は上手くいくはずであるし、それが秘書という職業のハズなんだけど。彼女たちはそんな面倒なことは断固拒否する。今思い出してもイライラするわ・・・あの愛想の悪くてレイジーで使えないビッチな秘書たち!!そして、不親切な態度でこう言うのがオチだ。「明日の朝戻ってきたら?そしたら多分会えるんじゃない?それか、別のオフィスに行ってよ。」

どんなに上の立場の人と直接会って話をつけても、その人の公式な署名入りの手紙がなければ、他のオフィスに行っても信用してもらえない。「君はそう言うけどねぇ、私は○○から直接それを聞いたわけではないから・・・手紙はあるのかい?」もうお分かりいただいてると思うが、この“手紙”を手に入れるのが一番面倒な過程なのである。そして、手紙の形式に少しでも間違いがあると、受け取ってすらもらえない。また、言われた通りの書類とサインを揃えて出陣しても、態度をコロコロと変えやがる奴らは言いたい放題だ。「○○が足りないよ。出直してきな。」あんたね、さっきあんたに言われた通りの書類を持ってきたでしょうが!!!

本当はそんな書類は必要ないのだが、ただ単に意地悪で言っているだけなのだ。または、面倒くさいことにはタッチしたくないため、頑張って引き受けないような手をあれこれ考えているとかね。

「お前は背中にバッテリーを何本隠し持ってるんだ?」と、よく日本にいた頃に冗談で友達に聞かれていたほどの私であったし、実際にバイタリティーはかなり高いほうだとは自負している。しかし、ウガンダでの最初の10週間は、日に日に心がやせ細っていくのが実感できた。体が細くなったわけではないのが残念だ。

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