2010年7月1日木曜日

マケレレ大学vsナツノの大バトル 第一ラウンド~科目登録編~①

科目登録がようやく終わったのが、留学開始から十二週目のことだ。期末試験の二週間前に科目登録が完了・・・って、オイオイ、なんだいそりゃ。しかし、時間と忍耐と膨大なエネルギーの末にようやく手に入れた学生証を手にしたときは、涙が出そうになった。

マケレレの管理のずさんさと組織構造の非効率性は、誰もが認識している。だけど、ここまでヒドイとはねぇ。初めてのアフリカ滞在十四ヶ月の間、何が一番つらかったかと聞かれたら、二回のマラリアでも意味のない勉強でも終わりのないバカな役人とのバトルでもなく、迷わず「マケレレのカオス」と答えるだろう。マケレレ大学の組織構造は、もうhopelessとしか言いようがないと留学中は思っていたものだ。今となっては、これがTIA組織構造だから仕方がないと諦められるんだけどね。いやいや、自分で言うのもなんだけど、私も成長したものだ。

そもそもの災難は、留学開始の約半年前の時点で既に始まっていた。留学手続きのために、大学の留学センターの担当者であるIさんから、至急日本の大学に願書を送るようにとのメールが春休み中に来たのだ。

そのとき私はちょうどフランスにいた。当時はカウチサーフィングなど知らなかったので、ネットを使うためにわざわざ高いお金を払ってインターネットカフェに来なければならなかった。しかも、1ユーロが約170円のご時世である。それでも、泣く泣く大金を払ってネットカフェに引きこもり、マケレレ大学に提出するための願書作成に勤しむことにした。夢だったアフリカ留学のためだから、この痛い出費は避けられない。

願書には、希望学部と希望科目を表記する欄が4つあったのだが、いきなりそんなものを選べといわれても困る。とりあえずマケレレ大学のウェブサイトを見てみたが、このホームページは内容がぐちゃぐちゃで整理などまったくといっていいほどされていなかった。授業情報にたどり着くために、どうしてウェブ上なのに、早速たらいまわしにされているんだか。しかも、最新更新歴が二年前だしねぇ、マケレレのサイト。二年前の講義情報から自分が取りたい授業を選びなさいとか、話にならない。今にして思うと、これはその後に次々と起こる嵐の前兆にすぎなかった・・・。

シラバスなんてものは存在しないため、とりあえず講義のタイトルだけで授業を選んで願書を完成させた。そして、まだ日本人の時間感覚の中で生きていた当時の私は、締め切りに間に合うようにしっかりと日本に郵送した。

後日、Iさんからまたメールがあった。「品川さん、先方の手違いで、この願書は間違いだったそうです。申し訳ありませんが、もう一度送っていただけないでしょうか。」

Iさんは謝ることないのにね。それにしてもマケレレさん、郵送費とネット代と大切な時間を返してください。日本の大学生はウガンダの学生よりもお金持ちかもしれないけど、それでも私はこのためにメチャメチャ頑張ってバイトしたんだからねーだ!!!

日本へ帰り、大学の新学期も始まり、留学を目前に控えて相変わらずドタバタする日々が続いていた。私の学部では全員留学が原則であるため、数ヵ月後の出発を控えた新学期にもなると、留学の話題でもちきりになる。ところがどっこい、周りの友達が次々に留学先からの書類を手にしていく中で、私にだけはいつまでたっても連絡が来ない。連絡が来ないどころか、交換留学の締結を結んでいるはずの私の日本の大学とマケレレとの間で、何のコミュニケーションもない状態であるというのだ。まぁね、焦っても仕方がないし。何よりも、留学先の大学と音信不通の状態になってしまうことの重大さに気付いていなかった私は、平和に慌ただしく毎日を過ごしていた。

二年前の情報によると、どうやらマケレレの授業開始は八月中旬であるらしかった。ところが、七月に入っても何の連絡もないではないか。タダでさえ心労が絶えないIさんは更にナーバスになり、会うたびに「マケレレにはメールを何度もしてるんですけれど・・・返事が・・・。電話もしているんですけどね。どうして出てくれないんだろう・・・」と、とりわけ変化のないTIAな状況を泣きそうな顔で報告してくれた。Iさんのせいじゃないのに、なんだかかわいそう。

しつこいくらいに書くが、当時の私はまだまだ日本の時間感覚の中で生きていた。つまり、「大学の授業開始日の数日前には、遅くとも現地に到着していなければならない」という「常識」が、私を支配し続けていたのである。(ちなみにその一ヶ月後には、この「常識」がTIAな世界では通用しないということに気付かされるのだが。)だが、肝心の授業開始日も分からなければ、入寮日などの情報もゼロである。どうしよう・・・早く飛行機をとらないと、大変なことになる。

日本からアフリカに行く場合、ヨーロッパ経由か中東経由が一般的なのだが、値段は中東周りの方が断然安い。というか、ヨーロッパ周りは、学生に手の届く値段ではないので最初から選択肢にはなかった。中東経由の航空会社のうち、カタール航空はウガンダには飛んでいないため、そうなると私が利用しなければならない航空会社は自動的にエミレーツになる。しかし、当時は日本からドバイまでは一日一便しか飛んでおらず、しかも八月のピーク時ともなると、席はすぐに埋まってしまう。ウガンダから入寮開始日などの情報が来たら予約をしようと考えていた私は、結局それを待たずに航空券を買うことに決めた。七月中旬のことだ。キャンセル待ちでようやく席を確保できたが、出発はその日から数えて二週間後になってしまった。学期末の試験や課題に追われ、東京のアパートの引き上げやら何やかんやで、渡航の準備をゆっくりとする時間もないまま、とうとう旅立ちの日はやってきてしまった。

ちなみに私は、アフリカに到着したその日のうちに、人生初の救急車を経験してしまうという伝説(?)を作ってしまっている。(詳しくはこちらを参照。)これは、調子に乗って飲んでしまった私にも非はあるが、マケレレがきちんと事前に情報をくれてさえいれば、もっと計画的に予防接種だってできたのに・・・と思ってしまう。

留学許可書をようやく手にしたのが出発の前日であったのだから、ドタバタもいいところである。まぁいい。とりあえず間に合った。Iさんも嬉しそう。これでようやく留学できる!!

ウガンダにはいつ到着すればいいのかが分からなかったため、マケレレから何かしらの連絡があるまでは、エチオピアで遊んでいることにした。結局エチオピアには二週間いたが、その間に入院したり、飛行機に置いていかれたりとTIAの洗礼を早くも浴びさせられたのであった。ようやくウガンダに到着したあとも、最初の数日間はこの有様だった。

これからいよいよ留学生活が始まる―そう思った瞬間、マケレレ側から、再びTIAな通告があった。「あなたが選んだ授業は今学期は開講されていないから、もう一度選んで登録しなおして。」くっそー。ネットカフェ代のユーロを返しやがれ。

「もう一度登録し直す。」これが、マケレレと私の戦闘開始の合図になるとは。

科目を登録するには、まずは大学の組織図を理解する必要がある。マケレレ大学のルールが書かれた本によると、交換留学生は、二つの違ったDepartmentから好きな授業を自由に選ぶことができると明記されている。マケレレには学部(Faculty)や付属研究機関(Institutes)が二十二も存在しており、それぞれが複数の学科(Department)から成り立っている。ここまでは日本とさほど変わらないし、私がしなければならないことは、二つのDepartmentから面白そうな授業を組み合わせることのみであるから、そこまで複雑ではないはずだった。

日本の大学では、時間割は新学期が始まる前に完成する。学生たちは長期休暇の間に授業登録を済ませ、学期の第一日目から、(授業に出席する人は)きちんと授業に出席する。ところがウガンダでは、時間割がいつまでたっても完成しない。時間割がなければ科目登録もできない。実際にこのときも、時間割を待っているだけで授業開始から三週間も経ってしまった。とはいっても、暦の上で授業開始の日から二週間の間というのは、実際には授業などない。先生も来なければ、学生もまだキャンパスに戻ってきていないからだ。学生の多くは、実家からキャンパスに戻ってくるのに必要なお金がなかなか集まらないがために、戻ってこられないという場合がほとんどだ。だから、物事が少しずつ正常な状態になり始めてから時間割が完成するまでに、一週間かかると考えるのが正解だ。

大学の機能が長期休暇中は完全に止まり、学期が始まっても、機能しているのは半分くらいという有様なのだから、仕方がないと言えば仕方がない。三週間の間、私は毎日のようにお目当ての二つのDepartmentにまたがる各Facultyの事務所に行っては、借金の取り立てならぬ時間割の取り立てに躍起になった。事務所といっても、アカデミックコーディネーターと呼ばれている、実際にはコーディネートも何もしていない人々の個人オフィスに毎日顔を出しているだけだったんだけどね。

あまりにも私がしつこいものだから、途中から「ああ、またこの子か」と言わんばかりの顔をされるようになってしまった。どうして彼女は、時間割ができていないくらいでこんなにヒステリーを起こしているのだろう。できていないものはできていないのに。あと一カ月も経てばどうせ完成するのに、何が一体問題だと言うのだろう。

私はというと、埒の明かない状態に対して毎日のようにがっかりし、とんでもない場所に来てしまったことを実感させられた。だがもう遅い。ウガンダに来てしまった以上、最後まで何が何でも残らなければならないのだから。

この時、肩書ばかりで実際には何もしていない留学課のマーサには、「科目登録が終わっていなくても、授業に行かなきゃダメよ」と言われ続けていた。何言ってるんだこのおばさん。授業に登録していないのに、どうやって出席しろという話なんだ。まだまだ固い私の頭の中では、「科目登録→授業開始」という絶対的な順番があり、登録を済ませていないのに、実際に単位を取るかどうかも分からないような授業にとりあえず出続けるというのは非常にナンセンスに思えた。

ウガンダの非効率さにイライラし始めたのはこの頃だ。あれから三年弱が経ち、大抵のことは「TIAだししょうがないよね~」と笑い飛ばせるようになった今の私でも、マケレレの組織の非効率さにはうんざりしてしまうだろう。ところが、当時の私の周りには、ウガンダでのサバイバル術を相談できる人もいなければ、私のイライラを理解してくれるような人や値観を共有できる人もいなかったために、あれよあれよの間にイライラが溜まってしまった。「郷に入れば郷に従え」の本当の意味を理解していなかったために、日本から持ってきた尺度をそのまま使っていたんだね。そりゃ、イライラも溜まるはずである。

これからアフリカ留学を考えている人へ私がアドバイスできることがあるとしたら、今までのすべてを忘れなさいということしか言えない。リアルな話、あの大陸ではジタバタもがいても溺れてしまうだけだ。疲れてしまうし、現地社会に対して極端に批判的になるし、物事は進まないし、いいことなど本当に何もない。それよりも、ここは思い切って今までの「常識」すべてを捨てて赤ちゃんのような状態になり、throw yourself in the environment(環境に身を投じる)しかないのだ。時間はかかっても、最終的に裏切られるようなどんでん返しが待ち構えていても、これらすべてがTIAな経験であり、留学で学ぶべき事柄なのだ。

私とマケレレのバトル・第一ラウンド~科目登録~は、まだまだ続く・・・・。

1 件のコメント:

21emon さんのコメント...

コメントしたつもりだったのですが・・
あれ?
改めまして・・いまそのマケレレから
コメントしてます・・・
戦ってますよ~~
あるいみ~~
いつから授業あるのか・・・
だれも しらない感じですよ~(^^ゞ