2010年6月8日火曜日

高学歴の大量生産工場

マケレレのシンボルである、通称「象牙の塔」。かつては、本当に名門校だったらしいマケレレ。
未だにこの大学を、「アフリカのハーバード」と呼ぶ人が後を絶たない・・・がんばれ(笑)。



マケレレ大学の一日は長い。朝は七時から一限が始まり、休みなしに夜の十時まで授業がある。ちなみに一コマは一時間だ。

なぜそんなにスケジュールを詰めないといけないのか。答えは簡単だ。大学の持つキャパシティーを考えずに、お構いなしに大勢の学生を入学させるからだ。ワイロがあれば誰でも大学に入れちゃうもんね。まさに、「高学歴の大量生産工場」である。だからこそ、朝の七時からノンストップで教室をフル回転させないと、回しきれないんだね。

その昔、アミンがまだ大統領だったころ、マケレレに入る学生には全て奨学金が給付されていた。少人数のエリート教育が徹底され、教育の質も学生のモチベーションも、現在とは比較できないほど高かったらしい。古き良き時代のマケレレとして、当時を知る人たちは懐かしそうに私にそう教えてくれたものだ。

ちなみに、マケレレにはかなりの割合でケニアやタンザニアから留学生が来ているよ。彼らの多くは、自国の大学に入れなかった子たち。だから、みんなマケレレに対して文句を言ってはいるけれど、ちょっと負い目を感じている部分も少なからずある。私も私でそれはよく承知していたから、「ケニアではこんなことは絶対に起きないのに!!」と言っているケニア人学生がいても、「だったらケニヤッタ大学(ケニア一の名門大学)に行けばよかったのに」とは決して言わなかった。マケレレの堕ちぶりは、東アフリカでも有名な話だから、正直な話、マケレレに来ても文句をたくさん言いたくなるような環境に身を置くことになるであろうことは、事前にいくらでも予測できたはずだ。それでも彼らがマケレレに来る背景には、家族からの強い希望や「とにかく学歴さえあれば、なんとか人生やっていけるかもしれない」という期待がある。

ウガンダに留学していた当時はマケレレに対する批判的な意見しか持てなかったし、何よりもマケレレという、「自分の良心に反する地獄のような場所」とまで言いのけては毛嫌いしていた場所に私自身がどっぷりと浸かっていた。そのため、このような期待をマケレレ大学という場に求めている人たちを見ては、彼らやアフリカの将来を嘆きたくなるような感情に駆られてばかりいた私であった。「こんなにふざけている内容の教育を受けて!!社会的にはエリートかもしれないけど、中身が伴っていないじゃないの、中身が!!!これだから、何も考えられない、何も生み出すことのできないエリートがどんどん増えていって、この国はダメになっていくんだ!!!」

この気持ちは今でも変わらないけれど、マケレレの怒涛の日々から解放されて約二年がたった今だから思う。これって、日本も状況としては全く変わらないよね?少なくとも、大学の環境は日本のほうが断然上だけど・・・。

なんていうかな。やはり、「教育こそが貧困から脱出するためのカギだ!!」という認識が広まったのはいいことだけど、ウガンダ人非ウガンダ人を問わず、マケレレには「学士さえ取ればとりあえず人生安泰だ」という考えの人が多いような気がする。これは、私の日本の大学にも同じことが言えるね。ただし、少なくとも私の大学は、本気で勉強したい人にはそれなりの環境が整っている。マケレレは・・・日本の私立大学とウガンダの公立大学を比較している時点で間違っているのかもしれないけれど、それでも、「君たち!!!なにか勘違いしていない?ちょっと世間知らずすぎない?この状況で、本当に学んでいるとでも思っているの?」と、学生全体に叫びたい気持ちでいっぱいだった。これは、教育関係の問題を取り扱う諸団体や国連、政府にも同じことが言える。ただ単に学校を作ればいいのか。学校に行く子どもたちや、大学に行く人の数が増えればいいのか。中身が伴っていない教育など、教育と呼んでいいものなのか。

「学位の大量生産工場」は、日本の大学全入時代とかなり似ている。このように表現するとおそらく、これを読んでいる皆さんにも、ウガンダで起きている高学歴者と社会構造の問題をすんなりと想像していただけるのではないだろうか。(結局は、どこの国で起きている問題も根本は同じであるということ。アフリカだろうと、日本だろうと。)

そして、学位の大量生産工場では、さまざまな歪が生まれている。

学位が珍しくなくなった時代、マケレレを出ていたって仕事がそう簡単に見つかるわけではない。だからこそ、学士取得後に実は自分が何の知識もスキルもないことに気づいて大学院に進学する人や、就職活動に失敗して、仕方なしに修士課程を始める人が後を絶たない。院を卒業した人でも、メイドさんやゴミ拾いの職に就く人もいるくらい、この国の就職難は厳しい。

もっとも、修士号を持つメイドさんやゴミ拾いさんたちは、多くのsnobなマケレレの学生・卒業生よりも賢い生き方をしていると私は思うけどね。日本以上に社会格差が大きくて、かつその格差が目に見えるウガンダ社会では、自分の置かれたレベルよりも下のことを行うことは、心理的にout of question(問題外)であり、プライドが絶対に許さないのである。だから、どんなに生活が困窮しようと、道端で果物を売りながら食いつないでいくという発想はどこにも起きない。そんなことするくらいなら、売春をしたり、親戚に頼ったりするほうを彼らは選ぶであろう。(日本でもそうなのかな?)そんな中で、修士号を持つメイドさんやゴミ拾いさんは、struggleしながらも自分の力で生きようとしている。根性我慢物語が大好きな日本人の目には、こちらのほうがカッコイイ生き方に映る。

マケレレにいた当時に院生の友達もそれなりにいたが、彼らが教えてくれたマケレレ大学院の実情で驚くべき点がいくつかあった。そして、それらの話を聞いた後、大学院も結局は学位の工場であることを私は悟った。

マケレレの大学院の授業のレベルは学部と同じくらい(つまり、日本の中学校と同じレベル)であり、授業中の書き写しと教授へのご機嫌取りがメイン。そして、上に行けばいくほど、教授から不正な評価を受ける確率が高くなるという。AやA+はまずは取れない。時々、学位の取得でさえ、教授に邪魔をされて困難になることもある。全ては、「卒業した後の学生は、自分の職業的地位を脅かすライバルになりかねない」という恐れからきている(と、少なくともマケレレの院生は推測している)。

私は、大学院生のこの推測を、単なる勝手な推測として笑い飛ばすことがどうしてもできなかった。何でもあり得るTIAでは、こんなことは日常茶飯事だからだ。

いろいろ考えてみると、最終的には「大学とは何か」という疑問にたどり着く。私自身、大学に入った一番大きな理由は、将来のために「学位取得者」という社会的地位がどうしても必要だったからであることを認めざるを得ないから、「何も学べなくても、とりあえず大学に行けばなんとかなるかもしれない」という考えのマケレレ生の気持ちが分からなくもない。もちろん、大学で出会った人や学んだことはかけがえのないものだけれど、人や知識と出会うために大学に在籍している必要があるとは私は思わない。

結局のところ、何を大学に求めるかということは人それぞれ違うから一概には言えないのですが。それでも、高学歴大量生産工場としての意味合いしか持たない大学には大きな疑問を抱いてしまうね。井の中の蛙じゃないけれど、自分たちは国際水準の一流教育を受けている!!と信じ込んでいる、プライドの高いマケレレ生のことを考えると、他人の国の事情なのに頭痛が始まるのはどうしてなんだろう・・・。

マケレレ後期には、私は夜間部の授業を中心にとっていたが、夜間部の学生には様々なバックグラウンドを持った人がいてなかなか面白かった。昼間部の学生は、プライドの高い中産階級出身者が多い印象を受けたし、クラスメイトと話していても面白くも何ともなかったというのが正直な感想だが、夜間部には働きながら学んでいる人や、一度社会に出てから大学に行く必要性を痛感した人、それから、子育てが終わって一段落したお母さんたちがたくさんいた。みんな忙しい人たちだったからなかなかゆっくり話をする時間がなかったのが残念だけど、この人たちを見ていると、教育の質や制度に問題は山積みでも、ウガンダとウガンダの大学生を応援したい気持ちになる。

みんな今頃どうしてるのかな。

そう思うと同時に、本当に勉強がしたいと思っている学生のためにも、マケレレの状況が一日でも早く改善されることを願ってやまない。とりあえずは、努力が正当に評価される大学になってもらいたいね。ワイロやセックスがないといい成績が来ない高学歴者の大量生産工場なんて、こんなに志が高い人たちにはもったいなさすぎる。

2 件のコメント:

履歴書の添え状 さんのコメント...

いつも楽しく観ております。
また遊びにきます。
ありがとうございます。

Natsuno さんのコメント...

こんにちは!
いやいや、こんなくだらないことばかりがツラツラと書かれているブログに遊びに来ていただき、こちらこそありがとうございますです。返事が遅くなってごめんなさい。9月3日は、確か、上海でアフリカ名毎日を過ごしていたころでした。

来年の目標は、ブログをまじめに書くことなので、是非これからも遊びにいらしてくださいね!