2010年6月26日土曜日

「サービスを送る」ビジネス②

このオンラインショップと同じ要領で、例えば教育費の納入も簡単に行うことができる。

ウガンダにいるときにこれは目の当たりにしたことなのだが、授業料を確実に払える生徒が少ないため、かなり多くの私立学校は頭を抱えている。とりあえず授業は受けさせるけれども、授業料が確実に支払われるのかどうかが分からない。もちろん子どもたちは勉強がしたいし、公立学校の質はあまりよくないため、親としては私立に行かせたい。特にウガンダでは、私は子どもを公立学校に行かせているという親に出会ったことがない。どんなに貧しい人も、授業料の未納・滞納など紆余曲折を経ながらも、どうにかして子どもを私立に行かせようとしている。公立学校なんて、質が悪すぎて行かせるだけ無駄だと諦められているからだ。

マケレレ大学でもそうだった。授業料を払える保証はどこにもないけれど、とりあえず授業は受けているというクラスメイトがどれだけいたことか!!お金がきちんと集まるのを待っていたら、いつまで経っても授業は受けられない。「授業料はまだ払ってないよ。でも、たぶん来週にはおじさんがお金を送ってくれることになっているから・・・大丈夫だと思う」だの「両親が、今一生懸命お金を探してくれている」だの、そんな人がかなり多かった。マケレレでは、期末試験の一週間前までに正式に科目登録を済ませれば、とりあえず成績はつけてもらえる。しかし、その科目登録をするためには、授業料の納入を済ませていないといけない。お金がないと、当然成績や単位は来ないわけだから、当然、学期の半ばも過ぎる頃には、呑気なウガンダ人も焦り始める。あんなクソ大学のインチキ学位だけど、苦学生にとっては汗と涙の結晶なのだ。

アフリカにいる親戚や家族の子どものために教育費を払っている海外在住のディアスポラはかなり多い。しかし、ここに来て、また同じ疑問が浮かび上がってくる。ディアスポラが「教育費」の名目で送っているお金は、本当に教育のために使われているのか?

そこでオンラインショップと同様、私たちの会社とパートナーになっている学校に対しては、ディアスポラがオンラインで直接学費を納入できるシステムが存在する。子どもたちにとっては、お金のことを心配せずに安心して学校に行くことができる。学校にとっては、決まった期間内に確実に授業料の徴収が可能になる。そして、アフリカの外にいるディアスポラにとっては、自分たちのお金が教育に姿を変えているという保証になり、安心して送金することができる。

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また、似たような要領で医療サービスなんかも提供することができる。医療の場合はちょっと特別だ。

今アフリカでは、ITを使った遠隔医療が非常に注目されている。専門医のいない農村部でも、テクノロジーさえあれば、都市部や先進国にいる医師たちの診察が直接受けられるというわけだ。もちろん、遠隔医療を実現させるためには、停電のない安定した電気の供給や、それなりに接続のいいインターネットが不可欠なのだ。また、例えばスカイプでヨーロッパにいる専門医の診断が直接受けられたとしても、村に医療器具や設備などがないのでは意味がないため、そうした設備整備が早急な課題となってくる。

私が働いていた会社では、アフリカ各地の病院・診断所やヨーロッパにいる医師と提携してネットワークを構築し、アフリカにいるアフリカ人ディアスポラの家族が病気になった際にも、ヨーロッパにいる家族が治療に参加できるようなシステムを作っている。こうすることで、離れて暮らす家族が治療に立ち会えるようになるだけではなく、互いの健康状態についての理解も深まり、また、より透明でより分かりやすい医療行為をスポンサーであるアフリカ人ディアスポラに見せることができる。

ま多くのアフリカ諸国では、健康に対する知識と意識が未だに低いままである。病院とは病気になってから初めて行く場所であり、病気を予防しようだとか、普段から健康でいようだとかいう気持ちもなかなか生まれない。カロリーのことを「ビタミン」と呼び、油っこい食べ物こそが一番体にいいと思っている人たちだからねぇ。ケニアのラム島で居候させてもらった家のおばさんは、私のためにフライドポテトを買ってきて「たんとビタミンを取りなさい。体にいいのよ。」としきりに勧めてくれた。

しかし、この医療サービスを送るマイクロファイナンスを利用すれば、健康診断や人間ドッグのようなサービスをも、アフリカで暮らす人々に提供することができる。ヨーロッパに移住した人たちは、当然、病気の予防の大切さに気付いている。そこで、彼らがアフリカにいる家族に健康診断をプレゼントしてしまえば、どんなに面倒臭くても、その家族は健康診断を受けることになる。家族からの贈り物なのだから、心理的に健康診断を受けようとする気持ちが生まれるのは当然と言えば当然だ。

病気の予防がどれだけ重要なものかという説明をする際にも、同じことが言える。見ず知らずの人や外国人に言われるのよりも、自分の家族に言われた方が、説得力があるし聞く方も素直に聞いてくれる。何よりも、家族の言葉は心に響く。

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今、アフリカはかなり面白くて、かつてないほどにダイナミックな時代を迎えている。脆弱な平和ではあるけれど、今まで内戦の舞台となってきた地域の多くが復興に向けて立ち上がろうとしている。それに伴い、アフリカ各国間の経済的な結びつきは強まる一方だ。経済的な結びつきが強まれば、当然モノやお金、人の移動も今まで以上に活発になる。(そんな時代だからこそHIV/エイズは本当に気をつけないといけないよね。)ビジネスマンはアフリカ中を飛び回り、勉強や仕事のために外国暮らしをする人や、アフリカ大陸内の出稼ぎ移民、また、アフリカ内の国際結婚カップルも、今後ますます増えるであろう。そうなると、今は先進国からアフリカへの一方的な流れが主流となっているディアスポラ関連サービスだが、これからはアフリカ大陸内でのやりとりの重要性が上がり、動きもますます活発になるはずだ。そういう意味では、非常にエキサイティングなことをしている会社で働いていたなぁと未だに思う。

「アフリカにはモノやお金がないから」と初めからステレオタイプで決め付けるのではなく、「モノやお金の流れが滞っていて、上手くまわり切れていないのはどうしてなのか」というところに着目する必要があるかもね。楽観的すぎるかもしれないけれど、私は、アフリカは自分たちの力でやっていく実力があると心の底から思っている。実際、IMFの統計によると、(サハラ以南のアフリカに関しては)外国からの援助資金より、アフリカの外にいるアフリカ人ディアスポラから公式ルートを通して流れてくるお金のほうが大きな額であることが分かる。

私の好きな言葉の中に、the way you see the problem is the problem(問題の見方自体が問題なのである)というものがある。アフリカを見ていると、まさにそうだなと実感せずにはいられない。国際社会(&時々アフリカ自身)の、アフリカという場所そのものへの眼差し自体がどれだけ大きな問題になっていることか。(このように言っている私自身の問題意識そのものが問題だったりもするわけだから、マトリョーシカ人形みたいなものなんだけどね。)「アフリカ=忘れ去られた大陸」でも、「アフリカ=援助の対象(objet)」でも「アフリカ=さまざまな知識を教えてあげなくてはならない相手」でもないのだ。要は、ここにだって社会があって人がいて日常生活というものが存在しているのだ。だから、何でも外から持ってきてしまうのではなく、どっぷりとじっくりと現地の生活に触れながら、社会の中の元気な部分とそうでない部分の間の流れを食い止めている原因について思いを馳せた方がよほど(本人のためにもアフリカのためにも)役に立つのではないだろうか。実際に日本のような国でも、いいビジネスや政策というのは、いつもこうした着眼点から始まっておるわけだしね。結局は、アフリカも日本も、根本では問題解決への道は同じなワケです。はい。

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