2010年6月9日水曜日

better baby?なんじゃそりゃ

もしもいつまで経っても結婚できないと嘆いている大和撫子がいたら、今流行りの婚活などに無駄なお金と時間と労力をかけずに、私はアフリカへ行くことを薦める。

こんな私でも、アフリカ各国の道を歩いていると結婚をよく申し込まれた。私でさえこうだったのだから、ほとんどの日本人女性はそれ以上であろう。

ヤギ四十頭と引き換えに息子の嫁になってくれと言ってきた、マンゴー売りのおばさん。警察署のお偉いさんだから何をしてもいいと勘違いし、私と結婚して日本で新生活を始める壮大な計画を延々と話して聞かせてくれたおっちゃん。「俺の村には、大きなカカオ農場と畑があるから心配するな!!」と言ってくれたおじさん。(ちなみに、彼に「一夫多妻制は嫌だよ」と言ったところ、「じゃあ俺のかみさんと別れる!」という予想外の一言を、彼は吐き捨てていました。喜んでいいのやらなんなのか。)スワジランドでは、牛十二頭と引き換えに、第三夫人になってくれと頼まれたこともあったかな。

牛十二頭・・・かなりいいオファーである。どうして断ってしまったのか、未だにあの日の自分の言動が信じられない。きっと、マラリア明けで、脳が正常に機能していなかったのであろう。

なぜこんな私に結婚を申し込んでくるのか。私と結婚すれば当然、「逆玉の輿にのれる」だの「日本に行くビザがもらえる」だのと考えている人が大半であることは、今さらこの場で述べる必要もないと思うので割愛する。それよりも私が驚いたのは、生まれてくる子どもを大きな理由に挙げている人の多さだった。結婚の意味合いが少し日本のそれとは違うので、彼らにとっては、子どもというのは結婚の際に非常に大きなキーワードとなってくるんだね。いい子どもをたくさん産んでくれる人こそ、理想の結婚相手なのだ。

そんな風に、子どもを理由に結婚を申し込んでくる人と話していると、やや頻繁に会話に登場するある言葉がある。そしてこの言葉を聞く度、私は失望と怒りを感じずにはいられなかった。

「better baby(より良い赤ちゃん)が欲しいんだ」

おそらくこの言葉を発している本人には深い意味はないのだろうけれど、こんな発言を無意識のうちにしてしまうということ自体がおかしい。Betterとは、何と比較したときのbetterなのか、何を基準にして考えたときのbetterなのか、どうして私との子どもだとbetterなのか――。問い詰めなければならない事やハッキリさせておくべき点はたくさんあるよね。私があまりにも真面目な顔をして次々と質問をするものだから、逆に相手の方が困ってしまった・・・なんてことはよくあった。「軽いノリで言っただけなのに、なんだいこの女は、こんなに真剣になりやがって」状態である。

彼らがなぜbetter babyと言うのか――その理由は簡単であると同時に、ちょっぴり悲しい。多くの人とディスカッションをしていくうちに見えてきたもの、それは、Better babyという発言を私の目の前でした人の多くが、「混血の子どもは、二つの人種の優れている点を受け継いでいる」と考えていることである。

それぞれの人種の優れている点??

人種という概念そのものに疑問を抱いている私にとっては、一番最初にツッコませていただきたいのがこの「優れている点」に関するエトセトラである。納得できないものの言い方だけど、とりあえずこのように考えている人の意見を聞こうじゃないですか。

彼らに言わせてみると、黒人の優れている点とは身体能力とパワーであり、白人の優れている点とは頭の良さ(intelligence)やメンタリティーであるというのだ。もちろん、「黒人にも頭のいい人はたくさんいるし、白人にもバカな奴らはいる。黒人でも身体能力が低い人もいれば、白人でもパワーの強い人もいる。」とみんなが付け加えていたけど。

アフリカの人にとって、「身体的な強さ」は非常に大きな意味を持つ。男も女も、強くて力がある方が尊敬を集める。伝統的な価値観が強く残っているようなところにそのような考え方が残っているのかと思いきや、ウガンダでもコートジボワールでも、これは現代社会全体に浸透している。街にあるオフィスで働いているホワイトカラーの人にとっても、力の強い人はやはり憧れの存在らしい。

私はよく、面倒なことを避けるために既婚者として話を通していたが、私の夫に関する質問の中でもとりわけ典型的なのは、以下のようなものである。

「夫の名前は?」
「夫の職業は?」
「夫の国籍は?」
「子どもはいるのか?」
「その夫は強い男なのか?」

うん、そうなんです(笑)。それくらい、彼らにとっては「強い」ということが、社会的にも重要な意味を持っているのです。でも、intelligenceやメンタリティーは白人の方が優れていると思っていることは、遺憾の一言に尽くね。

更に話を深めると、「だからオバマは大統領にふさわしい人物である」ということらしい。これは、アビジャンの道端で靴の修理屋をしている、二十代後半くらいの男性との会話の中で実際にあったやりとりだ。「アメリカの大統領と言えば世界の大統領だ。こんなに重要な役職に就いたオバマは、アフリカの強さと白人の頭脳が合わさっているからこそ、あのような立派な器になったんだ。」

しつこいくらい何度も繰り返すが、アフリカの人のみんながみんな、このような考え方をしているわけではない。この社会心理の病気とも呼べそうな状況を嘆き、見えない敵を相手に必死に闘おうとしている人を、私は何人も知っている。ただし、残念なことに、無意識のうちに人々の心の中にこのような白人至上主義的考えが蔓延してしまっていることは、認めざるを得ない事実なのだ。

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