2010年5月26日水曜日

ザンジバルのキベキ

小学生の頃こそ、こっくりさんだの学校の怪談だのを信じては本気でビビっていた私だが、今ではそういう類のものは一切受け付けない、典型的な二十一世紀型人間となってしまった・・・ハズだった。そのハズだったんだけどね。ところが、アフリカ大陸で次々に目撃する、科学や「常識」では到底説明のつかないような出来事を目の前に、(スピリチュアルな面で)今日の私はあの頃の自分にかなり近づいた。今は、こっくりさんも学校の怪談も結構信じていたりするよ。こういうのがあったほうがこの世界は面白いしね。

ちなみに、個人的にはスピリチュアリティを再獲得できたことは、それなりにいいこと思っている。畏敬の念とか、何かをおそれる気持ちというものがないと、人間中心な考え方のエゴイズム街道をまっぐらに突き進んでしまうような気がするからね。

インド洋に浮かぶタンザニアはザンジバル島にいたときのこと。結局この島に三週間も滞在してしまった私だが、三週間もいると、島のあちこちに友達ができ、旅行という非日常的な時間をすごしているはずの自分にも、日常生活に近い生活パターンというものが形成されるようになってくる。その日の夕方もいつものように、シューという女の子の家でレバノンポップ(なぜかザンジバル住民の間で大人気)のビデオを見ながら、家族に紛れて団欒していた。すると、叔母さんとお母さんから、「今日の夜はキベキがあるからあんたもいらっしゃい」というお誘いを受けた。

左から、シューのお母さん、シュー、シューの叔母さん



キベキ?キバキ(ケニアの大統領の名前)?カブキ?まあいいや。とにかく行こう。

という訳で、夜の*saa tano(スワヒリ語で「五時」という意味。ということは、私たちの時間感覚では何時になるでしょうか?下記参照)にぞろぞろと家を出た、シューとお母さんと叔母さんと私。きちんと、ザンジバルの伝統衣装に身を包みます。向かったのは、村の外れのほうにある集会所のような場所。男子禁制(らしい)のその場所には、すでに何かの植物の葉(魂の浄化のため)で飾り付けがされており、デデデーンとした体格のおばちゃんたちが、お揃いのカンガ(タンザニアの布。実際はインド製がほとんどだってことはナイショ)を着て煙を炊いているではありませんか。

* スワヒリ語では、私たちの時間と比べて六時間の時差があるの。朝の七時がsaa moja(直訳すると一時)、夜の九時がsaa tatu(直訳すると三時)・・・という具合にね。これは、スワヒリ語では、「日の出の時間が一時(saa moja)だ」という感覚があるからなんですね~。素敵でしょ?でも、スワヒリ語ネイティブの人と約束の時間を確認するときは要注意。Saa ya Kiswahili(スワヒリ時間)なのか saa ya mzungu(ムズング時間)なのかを念押しして何度も確認しないと、ただでさえ二時間遅れてくる人たちなのに、加えて六時間も待つことになる・・・なんてことが本当にあるらしいので。ちなみにちなみに、東アフリカと日本の時差は六時間だから、日本の時間と東アフリカのスワヒリ語時間がまったく同じということになる。スワヒリ語圏を走っている車のほとんどが日本からの中古車である事実を踏まえると、日本車の中にある時計がどれも正確なスワヒリ語時間である理由が分からなくもないね。そう、彼らは、日本から輸入した車に設置されている時計の時刻を、現地時間に直す必要がないってこと。楽チン!!

ムズング時間の私の腕時計と、スワヒリ時間の公共の時計。




しかも、煙の隣には大量のアルコールが!!インド洋交易時代にオマーンの支配下にあったザンジバルは、今でこそ観光地化したせいでお酒の入手が可能になったが、住民が飲酒をすることは絶対にないという話を聞いていたために私は少し驚いた。(あ、でも、ザンジバルで居候させてもらっていた家のお兄ちゃんたちは、金曜日以外は毎晩ビール飲んでたよ。)でもね、アフリカのキリスト教やイスラム教は、現地古来のアニミズムと混ざったりしているせいで結構曖昧だし、そもそもイスラム教は個人と神の契約に基づいている宗教だから、彼らがお酒を飲もうと、なにをしようと、理解できなくはないんだけどね。

とりあえず座って待つこと一時間半。だんだんと人が集まりだしてきて、私のムズング時間の腕時計で深夜の一時をまわったところでいきなり雄たけびが始まった。アフリカやインドを旅した人なら分かると思うんだけど、女性の独特の裏声を使った「オロロロロロロロロ~」のように聞こえる、あの雄たけびだ。太鼓のリズムと、マラカスのような楽器の音も入ってくる。すると、もう既に泥酔してトランス状態に陥っているおばさん三名が、文字通り「お腹の底から」声を振り絞りながら踊り始めた。この踊りがね、もうなんというか。少し離れていても、彼女たちのエネルギーと熱がひしひしと伝わってくるような、そんな踊りだったの。私の周りに座っていた人々も、手をたたきながら一緒に歌っている。ムンムンとする場内。汗で私のカンガもぐしゃぐしゃになってくる。

ザンジバル風の服を着た日本人の図。




一時間経っただろうか。気がつくと、真ん中で踊っているおばさんの人数が、十人くらいにまで増えていた。お酒は次から次へと振舞われるため、だんだんと会場全体がトランス状態に陥ってきた。熱気と汗のせいで、狭い集会所内部の湿度と温度が上がりっぱなしだ。普段お酒など飲まないから、ゲロゲロの人も出てくる出てくる。それでもみんなは歌い踊り続ける。そのうちに居眠りをする人も出てくるのだが、そんな仕草を少しでも真ん中にいるおばちゃんに見られたら大変だ。すぐにお酒を浴びかぶせられ、平手打ちを食らう。そんなおばちゃんたちの意識だって朦朧としている。みんなが一生懸命酔いと眠気と戦いながら、キベキは続く。

隠し撮りに成功した一枚。午前三時半。キベキは盛り上がってきています。



私も何度かお酒をかけられたし、平手打ちだって食らった。そのお陰か、朝の三時や三時半を回る頃には、眠気のピークも超えてハイテンションになってきた。お酒も少し飲んだのだが、気持ちが悪くなる味だったので一口だけにしておいた。だんだんと私のテンションが上がってくると、周囲の人の間にも新たな変化が見えるようになってきた。

魂やら精霊やらが、彼女らの体に乗り移ってきたのだ。

乗り移る??ハイ本当です。本当に乗り移ってくるんです。

こう書くと、おそらくほとんどの日本の方には信じてもらえないかもしれないが、私はウガンダやコートジボワールでも、人が魂やら精霊やら悪霊やらにとりつかれる瞬間を何度か目撃している。厳密に言えば、どの魂がそんな場面で人間に乗り移るかで少しずつ違ってくるようなのだが、原則として、魂が乗り移るときに人がどうなるかというと・・・

1. だんだんと寡黙になり、表情が顔から消える。
2. 焦点が合わなくなる。たまに白目になる。
3. 痙攣を起こす。
4. 痙攣を起こしながらも、何かにとりつかれたかのように(というか、とりつかれているんだけどね)踊るか暴れるかする。
5. たまに、「アーッ、アーッ」だの「ギャーーーーー」だのの叫び声もセットでついてくる。
6. 魂が体から出て行った瞬間に、眠ってしまうか、何事もなかったかのように元の本人に戻る。でもちょっとお疲れ気味。

で、周りにいる人はたいてい、その人の体を押さえつけようとするか、薬草の煙を炊くか、魂を沈めるための各種植物をうちわのようにして扇いで風を送るかするのだ。

この凄みをみなさんとも共有したい気持ちは山々なのですが、このような状況をビデオに撮ることは硬く禁じられている場合が多かったので、ビデオらしいビデオがありません。もしもご興味がありましたら私でよければ再現しますので、メールしてください(笑)。

このキベキの会場では、私以外の人はほぼ全員乗り移られたんじゃないかな。それも、一人ひとり、交代制(!!)で順番が回ってくるのだ。こんな場所に一晩中いたら、スピリチュアルな事象を否定することはもはやできなくなるのも無理はないだろう。事実、私は、自分がいつ乗り移られるのかが怖くて怖くて仕方がなかった。怖かったのは、みんなの体に入り込んでいる魂が、いい魂なのか悪い魂なのかがよく分からなかったからという理由もある。周りにいた人に聞こうとしても、みんなトランス状態でそんな質問に悠長に答えている場合じゃなかったしね。

お酒を飲んでいなかったから大丈夫かな・・・とは心のどこかで思っていたものの、同じくあまり飲んでいなかったシューまでもが乗り移られたときにはビビッたよ。最終的には私には何事もなしにキベキは終わったが、やはり、信じる力というか念じる力というか、人間の心理ってすごいね。私が乗り移られなかったのは、単純に、他の人よりも魂やスピリチュアルな事柄への畏怖の念が弱かったからに他ならないだろう。「病は気から」ではないが、この世界には、科学が説明できないことがまだまだたくさんある。

それにしても、儀式終了後の集会所のカオス加減といったら!!ゲロリンチョとお酒と汗の匂いに、湿気と温度と眠気と疲労と手のひらの痛み(一晩中手をたたいていましたので、トーゼンです)が加わった感じをご想像ください。そして、さっきまで私に酒をかけたり平手打ちを食らわせたりしていたシューのお母さんは普段のお母さん(でもやっぱり疲れている 笑)に戻り、四人で仲良く家路に着いたのでした。

その日の夜、居候先の家に帰ってことの一部始終をザンジバル兄ちゃんたちに話すと、まずはみんなから「え!?なんだよお前、キベキに行ってたのかよ!?sindiyo!? (本当に?)」という反応が。と、ここでようやくキベキに関する説明を英語でしてもらえることになったのであった。

キベキは、もともとコモロ諸島(ザンジバルとマダガスカルの間にある島。今は政情不安定が続いている国の一つ)から伝わる儀式で、精霊を体の中に入れて、浄化をするためのものなのだとか。ザンジバルにイスラム教が伝わる前からあるものだから、この儀式中に飲酒をするのは許される行為であると判断されるんだって。ただし、今は本当は禁止されている儀式の一つ。どんな精霊なのか、いつ行われる儀式なのか、どうして女性だけなのか・・・聞きたいことは山ほどあったが、ザンジバル兄ちゃんたちはあまり知らないようだった。ということは、コモロにいつか行くべきだというご啓示でしょうかね(笑)。

先ほど人間の信じる力のすごさについて少し触れたが、あの儀式が浄化のための儀式であると知った瞬間、なんとなくだが、ムンムンとした集会所から出た瞬間のフレッシュさや、家に帰ったときに体を洗ったときのさっぱり感が、私自身の魂を浄化してくれたような気分になった。まあね、この世界、結局全ては心持次第・・・だもんね。

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