2010年5月13日木曜日

アミおばさん一家との交流を通して

いつもパパイヤを特別価格で売ってくれている、近所のアミおばさん。彼女の娘のハワは、いつも『ここ』を出る方法について話している。「ここ」というのは、近所のコミュニティーのことであり、アビジャンのことであり、コートジボワールのことであり、そして、彼女にとってはアフリカそのもののことであるらしい。「ここは毎日が同じことの繰り返し。だから私は、l’autre côté du monde(世界の反対側)に私はどうしても行ってみたいの。」へぇ、行ってどうするの?と聞くと、「まずはとにかく、違う世界を見てみたい。」だって。私にはこの気持ちが痛いほど分かる。周りの女の子がジャニーズの雑誌に夢中になっていた中学時代、私はというと、草野仁さんが宣伝していた「週刊ユネスコ世界遺産」なる渋い雑誌を購読しては、毎晩空想の中の世界旅行に出かけていた――栃木の田んぼにいた頃の私は、そんな子でした(笑)。

ハワの母親であるアミおばさんと私は、なぜか知らないけどすごく気があう。彼女はいつも、近所では一番大きくて質のいいパパイヤやパイナップルを売っていた。仕事をしていた時は結構ストレスを溜めていた私だが、毎晩仕事帰りにアミおばさんのところに寄って、パパイヤを食べながら色んな愚痴を聞いてもらうのが日課となっていた。もはや彼女は、そこらの銀座のママよりも何枚も上手だよ。



パイナップルをむいてくれるアミおばさん。コートジボワールでは、パイナップルは桂剥きにします。



もともと彼女は、リベリアとの国境近くの出身なのだが、2002年に始まった内戦中に、旦那さんが突然蒸発してしまったらしい。よくある話だ。彼が反政府軍に騙されて連れて行かれたのか、洗脳されて行ってしまったのか、自ら志願して行ってしまったのか、果ては誘拐されたり殺されたりしてしまったのか。本当のことは誰も知らないし、知る術もない。とにかく彼女は、内戦を逃れて・・・というよりは、旦那さんが突然いなくなったせいで生活に困窮してしまい、子どもたちと一緒に仕事を求めてアビジャンへ流れ着いた。アビジャンへ来る交通費とこの街の物価の高さは、彼女にとっては相当な負担だったに違いない。まずは物乞いから初めて、少しずつお金が貯まったところで彼女は果物を売る商売を始めた。今では小さな家もあるし、扇風機やテレビだって持っている。

彼女いわく、生きることとは基本的には苦しいことであり、その中でいいことがあれば、その人は本当にラッキーなだけらしい。最初から幸福な人生を送ることが前提となっていて、思うようにことが進まなくなった途端に絶望してしまう日本人とは、考え方がだいぶ違うね。「やりたいことができた」「食べたいものが食べられた」「終わらせたい手続きが終わった」これだけですごくラッキーなのだから、それ以上は望んだらいけないし、このうまくいっている状態を「当たり前の状態」と思うなんてとんでもない。本当にうまくいかないと思ってら、とりあえず笑いながらうまくいかない方向にとことん流されてみるのが一番の方法。結局はアッラーの意思によってしか事は進まないのだから。

この彼女の言葉は、仕事ごときでイライラしていた私にはかなり大きく響いた。なんというか、すごく強いというか深いというか逞しいというか。

ただし、彼女に関することで、私が最後までどうしても理解できないことが一つだけあった。それは、ファンタのこと。アミおばさんには六人の子どもがいて、そのうち、冒頭に登場したハワと、七歳のナストゥーがアビジャンで一緒に暮らしている。他の子どもは自立したか、村にいる親戚の家に預かってもらっているんだって。ファンタは十一歳で、アミおばさんの妹さんの子どもらしい。ただし、アフリカの人が意味する「妹」が、必ずしも日本人の意味する妹と意味が一致しているわけではないので要注意だ。ここでは、従姉妹も姪も、みんな「妹」扱いになる。

ハワは、幼いころにファンタの母親に当たる人の元に預けられ、そこで八年もの時間を過ごしたそうだ。学校にも行っていたし、家でもファンタの兄弟姉妹と同じように扱われ、みんなで一緒に育ったとハワ本人が言っていた。「だから今度は」とアミおばさん。「だから今度は、en échange (その代わりに)ファンタがウチに来ることになったんだよ。もうかれこれ二年になるね。」

ところが、「en échange」とは言っていたものの、アミおばさんのファンタへの扱い方に、私はいつも疑問を抱かざるを得なかった。なぜなら、まるでファンタを取り巻く日常が、漫画やドラマみたいなんだもん!!

まず、ファンタは学校へは行っていない。これについては「二年以内には必ず行かせるよ。ファンタも学校に行きたがっているし、ちゃんと教育は受けないとね。」と、アミおばさん。「でも、今はお金がないし・・・それに、あの子の村の役所では、なかなかファンタの出生証明書を発行してくれないんだよ。書類がないと、入学の手続きができないくらい、あんたも知ってるでしょ?」

心なしか、ファンタはいつも、ちょっと影のある顔をしていた。元々シャイな子なんだけど、たまに本当にね・・・私の考えすぎかもしれないけど、こう、人を心配にさせるような表情を浮かべるの。ナストゥーがお昼寝をしたり友達と遊んでいる間には、ファンタはアミおばさんの果物売り場で店番をしたり、掃除をしたりしている。ナストゥーがハワやアミおばさんの腕に抱かれて甘えているときには、ファンタは無表情にその光景を眺めている。お菓子を食べているのはいつもナストゥーで、ファンタがビスケットや飴を頬張っているのを私は見たことがない。それに・・・それに、外向的で近所のアイドル的存在のナストゥーが、ファンタに対してちょっぴり意地悪というか、無意識のうちに二人の間に「お姫さまと付き人」のような関係が出来上がっていることに、私は気付いた。

よく働くね、ファンタ。

店番中のファンタ。



周りに大人がいないタイミングを見計らってファンタに事情を聞いてみようとしても、彼女はいわゆる模範解答しか私に話してはくれなかった。「学校に行きたくないの?」「私はここで果物を売っているほうがいいの」「ナストゥーとは一緒に遊んだりしてる?」「ナストゥーはすごくいい子よ」「村には帰りたい?」「・・・でも、今はここにいる方がいいから・・・」 余談ですが、こういうセンシティブな質問の仕方や人の心をオープンにする方法、もっと勉強したいです。

でも、こんなファンタもやっぱり子どもだなぁと、安心させるエピソードが一つだけある。クリウマスが近づくある日、こっそりと彼女は私に、プレゼントのお願いをしてきたのだ。ファンタはウスリムだけど、アビジャンでは、宗教の違いを超えて、クリスマスにプレゼント交換をする人が増えているみたいね。

他人の家の事情にあまり首を突っ込むのはよくないし、アミおばさんのような強い人を相手には無意味なことであるから何もできなかったけど、私のような立場の人間は、ああいう場面ではどのように振舞うべきだったのだろう。今でも考えてしまう。ファンタが実際に家の中でどういう扱い方をされているのかは、私には本当に分からないことだった。近所の他の人は、みんな知っていたのかな?何でもオープンなアフリカンコミュニティだけど、暗黙の了解の存在感が高いのもまた事実である。私には、この「ファンタ問題」が、近所のコミュニティー内での「触れてはいけない部分」の一つであるような印象をずっと受けていたのだが・・・考えすぎかな。

親戚の家で育つ子どもや「とり替えっ子」は、決して珍しい存在ではない。マケレレ大学の留学生担当(←名前ばかりの担当者)の職員も、エイズ孤児である自分の甥や姪を引き取って自分の子どもと一緒に育てていたし、今や日本の大学で勉強しているR君も、ウガンダにいた頃は友達の家族のところに居候していた。居候っていう言葉とは少し違うような気がするのだが、日本感覚でいうとそんな感じであるため、あえて「居候」という表現を使った。実際は、もうその家族が彼にとっての「家族」であり、その家族の大黒柱であるお母さんはR君のことを「自分の息子」と呼んではかわいがっていたけどね。

スワヒリ語をはじめとする多くのアフリカ言語では、叔父さんや叔母さんという単語がなく、みんな「お父さん」「お母さん」と一緒になてしまう。この例からも分かるように、この大陸では、「子どもはみんなで育てる」「みんなが子どもの親&どの子どもも自分の子」が基本である場合がほとんどだ。あの広い大陸のだいたいどこに行ってもこの傾向にあるらしいから、結構素敵だよね(笑)。ただし、今は都市部の中産階級を中心に、アフリカでも核家族化が進んでいる。彼らの多くは、一人ひとりの子どもにきちんとした環境や教育を提供したいと考えており、子育ての方針もかなり西洋的だ。コートジボワールで一緒に働いていたデニーズは、自宅に、二人の息子の個別の部屋を設けている。一つの部屋で大家族が一緒に寝るのが当たり前という社会で の彼女の方針に、最初私は驚いたが、よくよく考えてみると、ウガンダにもいましたいました、こういう人。anywayこうした新しい子育て方針のもとでは、一人ひとりに莫大な投資をすることが必要となってくるから、たくさんの子どもを育てるという選択はあまりしたがらない。(とは言えども、やはり文化的にはアフリカンなので、日本よりもそういう部分ではかなり寛容的だ。)

典型的なアフリカの元気なおばちゃんであるアミおばさんは、中産階級でもなければ(統計上は貧困層とまではいかなくても、貧しいほうに分類されるはず。家にテレビあるけどね)、価値観は完全に「うちの子どもはみんなの子」タイプの人である。それでも、あれほどまでに、自分の生んだ子とそうではない子を分けている。もちろん、世の中には色々な人がいるから、彼女のような人が少なからずいるのは当たり前のことだけど。

どんなに地元の人と仲良くなっても、こういうときに突っ込んだことを何も聞けない自分は、所詮は部外者なんだなと実感せざるを得ない。聞けたとしてもどうせ、あのようなシチュエーションでは、場を取り繕うような嘘の答えが返ってくるだけ・・・なんてのは簡単に予想できたし。たかが半年の付き合いではなかなか心の奥の奥まで開いてもらえないものだ。複雑に絡まった家庭事情を、そしてその背景にある社会と文化を理解するなんて、短期間では到底無理ね。

もっと時間をかけて信頼関係を作り上げれば、アミおばさんタイプは、裏のウラまで「もういいよ・・・」ってぐらいにぺちゃりくちゃりと何でも話してくれるものなのですが(笑)。

私にできることは、ファンタが幸せになってくれること・・・そして、アミおばさんが本当にファンタを学校へ行かせることを願うだけ。やるせないです。

1 件のコメント:

高谷 翔平 さんのコメント...

なつの、

今Danonのヨーグルトを食べながらなつののブログを読んでいます。(笑)
最新のエントリしか読んでいないのでそれについてのコメントしか出来ないけど、もし時間あったら他のエントリも読んでコメントしてみるね。

で、「アミおばさん一家との交流を通して」のエントリなんだけど、後半はself-explanatoryだったのでコメントは割愛します。(何じゃそりゃ)

前半の部分でアミおばさんの幸福論についての話が特に興味深かったのでこれについてコメントさせてください。俺はアミおばさんのこと、当然分からないしアフリカに行った事もないので想像でしか出来ない。だけど、彼女が言った事はものすごく共感できる。

自分はニート時代よりも幾らか楽観的にはなったけど、それでも自分の人生の中で「99パーセントは苦労、1パーセントは幸福」で出来ていると思う。そう悟ったのも結局3年間の空白期間を体験したからこそである。もっと言えば、その空白期間をそもそも体験したのも、今まで人生の中で「挫折」を体験した事がないからだと思う。

前にも話したけど、高校3年生のときアメリカの大学に学士入学をする事を決意した。今まで小中高と希望校に入る事ができたり無事進学する事が出来た。それがいざアメリカの大学を受験すると、人生初の「NO」が突きつけられた。その結果をもらった時自分の弱さからか高校や志望校に文句つけたり親や家庭環境のせいにしたりしてとにかく自分の未熟さを認めなかった。それゆえの3年間だったと思う。

だから彼女の言葉を読んだ時「自分の事だ」と思わず頭の中で浮かんだ。悲しいかな、うちらの世代の日本人はそういった意味で世間知らずというか、打たれ弱いと思う(ステレオタイプ化するのはいけないけど、特にSILSにいるとそう感じざるを得ない)。そしていざ社会人になって少しでも決められたレールから外れると「甘い」「怠けている」等罵倒される。

多分、今日本社会が足りないのはふと立ち止まって考える事じゃないかなと思ったね。少し時間を掛けて今自分の立場を考えると(正社員だろうがそうでなかろうが)日本人としてたどり着く結論としてまさにアミおばさんが主張するように「自分達がいかにラッキーか」と言うことなんじゃないかな?それと同時に「あまりにも悲観視してどうするの?」という事じゃないかな?

やっぱり何だかんだ言って日本人は幸せだよ。俺達もそう。だって俺は(いけるかどうかまだ微妙だけど)大学院に行こうと思えば行けるし、なつのだって世界中旅して色んな人達に出会えたのも日本人であるからという事じゃない?苦労はたくさんあるけど、それでも最低限の衣食住は確保出来るし、日本にいる限り安全でいられる。それなのにこの悲観・ストレスはどこから来ているのだろう?

なつのの言ってる事、何となく分かるようになった。アフリカ人から学ぶ事はたくさんあるってね。いや、正確には「自分だけじゃないんだ、こういう考え方を持っている人」かな?「最初から幸福な人生を送ることが前提となっていて、思うようにことが進まなくなった途端に絶望してしまう日本人とは、考え方がだいぶ違う」って読んだ時、なつのはそんじょそこらのサラリーマンのオッサンよりもずっと大人だなと思った。いや、ホントに。22歳でそれを悟った日本人がもっといたら日本社会は少し変わると思うけどなぁ・・・

とまぁ、こんな感じ(ヨーグルトもとっくに全部食べちゃった)。とにかく、面白いエントリだったよ。また時間あったら他のエントリの感想も書くね。それじゃまた!

高谷

PS:ところで仕事全然始まらん!ホントだったら今週辺りからなつのと一緒に(アラビア語の授業が終わった後)渋谷でお茶しようかなと思ったけど、就業先が俺の職歴のバックグラウンドチェックで1週間もかかってなかなか就業できない!(怒)