2010年5月12日水曜日

地名とポストコロニアリズム

ビクトリア湖、ビクトリアの滝、リビングストン、シャルル・ド・ゴール大通り、ミッテラン通り―。これらの共通点に気づいた方は手を挙げてくださーい。

これらはすべて、実際にアフリカ大陸に存在する地名です。シャルル・ド・ゴールに関しては、ほとんどの旧仏領の国の主要都市には必ず存在しているんじゃないかな。今、世界中で少しずつだけど、「外国人によって押し付けられた地名を現地語の名称に変えましょう」運動が起きているよね。インドでは、マドラスがチェンナイになったり、カルカッタがコルカタになったりしているし、エベレストも、サガルマータだのチョモランマだの色々呼ばれるようになってきている。果たしてアフリカは・・・名称変更する気はあるのでしょうか(笑)。ビクトリア(イギリスの女王)、リビングストン(イギリスの宣教師)、シャルル・ド・ゴール、ミッテラン(ともにフランスの大統領。別名、フランスのネオコロニアリズム政策の中心人物)・・・これって全て、かつての支配者側の名前をそのまま使っているだけだよね?いいのかアフリカ、こんなんで悔しくないのか!!

もしも浦賀が「ペリータウン」で、厚木が「マッカーサーシティ」になっていたら、私は毎日デモをしていることであろう。

たかが地名ごときで、そこまで神経質にならなくても・・・とお思いになる方もいらっしゃるかも知れないが、名称って、アイデンティティを構成したり、自己を認識する上で、本当に重要だと私は信じている。前にも少し書いたかもしれないけど、私は「アフリカのスイス(ルワンダのこと)」やら「日本アルプス」に見られるような「○○の△△」という名称があまり好きではない。どうしてスイスが「ヨーロッパのルワンダ」で、アルプス山脈が「ヨーロッパの木曽山脈」だとダメなのか、という話だ。

という訳で、今回は珍しく(?)手短に、アフリカの地名に関することを書きたいと思います。最後の部分が少し本題から反れるけど、笑って許してくださいね。

西アフリカのギニア湾には、「黄金海岸」「穀物海岸」「象牙海岸」「奴隷海岸」とヨーロッパ人に呼ばれる場所があった。何という自分勝手なネーミング(苦笑)。「この辺は穀物をたくさん輸出できるから、今日からここは『穀物海岸』だ!!」みたいな?ふざけてるね。ガーナはイギリス植民地時代に「黄金海岸(Gold Coast)」と呼ばれていたが、独立の際に名前をアフリカ風に変えようということになって、ガーナになった。一方のコートジボワールは、「象牙海岸(Côte d’Ivoire)」がそのまま、しかもフランス語のまま、国の名前になってしまった。アフリカの植民地解放・独立運動のリーダー的存在だったガーナと、おフランスをそのままコピーしようとしたコートジボワール。隣国同士だけど、
考え方によって国名がこんなにも変わるものなんだね。ジンバブエやブルキナファソも、かつては「ローデシア」「オートヴォルタ」と、植民地時代から受け継がれていたヨーロッパ言語による地名が国名に採用されていたけど、ムガベ(言わずと知れた、ジンバブエの現大統領)やサンカラ(ブルキンファソの元大統領。アフリカのチェ・ゲバラ的存在)が力を握ってからは、「アフリカ風にしようぜ!!」ということで変わった。国名が変わっていないのはコートジボワールくらい。こんなこと言うと怒られちゃうかもしれないけど、私はコートジボワールというネーミングはかなりセンスの悪いものだと思っている。まぁ、今更国名の変更ってのも微妙だけど。

コンゴ民主国の首都であるブラザヴィルや、ガボンのフランスヴィル。これも、マジで最低な名前だよ。ヴィル(Ville)とはフランス語で「街」という意味だから、直訳すると、ウラザヴィルは「ブラザの街」、フランスヴィルは「フランスの街」っていうことになる。ブラザっていうのは、コンゴ民主国を「探検」し、後のブラザヴィルとなる村を「発見」したフランス人の名前。うーん・・・。ちなみにブラザヴィルには、今日もブラザの銅像がたっているらしいです。この話を聞いて、「ウソやん!!」って思ったけど、どうやらこれは本当の話のようです。


ブラザヴィルにブラザの銅像についてネットで調べていたら、こんな写真を発見しました。
なんなんでしょう、このセンスの悪さ&この無駄に大きなサイズ。
コンゴ民主国は今年の8月に独立50周年を迎えるわけだけど、どうして片づけないのかしら。


お隣のコンゴ民主共和国の首都であるキンシャサは、植民地時代はレオポルドヴィルと呼ばれていた。レオポルドというのは、あの広い国土のコンゴを「私有地」化したベルギーの王様の名前ね。コンゴの近現代史は相当なドロドロ具合でも、この名前にnonを突きつけたのが、モブツだった。私の知る限り、この名称変更が、彼の行った数少ない(というか、唯一の??笑)良い政策のうちの一つである。

ブリュッセル郊外には、王立中央アフリカ博物館という最低の博物館があるの。ここね、本当にひどいよ。展示の仕方や説明の仕方に植民地主義の色が強く反映されまくっているし、何よりも、レオポルド二世の銅像が堂々と建っているところにツッコミだね。あまりにひどすぎて、行く価値大です。是非とも、コンゴの歴史についていくらか知識を得てから行ってみてください。面白さが100倍になります。

最低の博物館といえば、パリにあるケ・ブランリ美術館もひどかったなという印象を受けた。去年の夏に初めてここに行ったとき、les arts des civilisations primitives(「原始文明芸術」って訳せばいいのかな?)の衝撃の文字が、この美術館の名前の横にデカデカと書いてあるのに非常にショックを受けた。ただし、この前改めてケ・ブランリのホームページを見たら、どこにもそんなことは書かれてなかったから、きっとこの名称をやめたんだね。アビジャンの家で一緒に住んでいたシャカは、「あの泥棒美術館は、シラク主義の総本山だ!!俺たちは見世物ではないし、シラク主義の色眼鏡を通した世界なんてインチキだ!!」と酷評していた。この言葉に私も同感だ。この美術館の主催者や表現者が、そこに展示されている展示品の多くをかつては(というか、今でも)野蛮なものとしてしか見なしていなかった事実を考慮すると、ケ・ブランリにまつわる議論が白熱するのも理解できる。

しかもね、ここ、展示物が陳列されているだけで、説明がかなり不足しているというか。だから、一周して見終わっても、「ああ、エキゾチックな美術館だったね」で終わってしまう。あんな並べ方で、この美術館の訪問者のうちの一体何割が、展示品を芸術として鑑賞し、展示品についての理解を深めることができているのだろう。

地名もそうだけど、美術館や博物館の表現の仕方って、すごくセンシティブで政治的な問題だ。ただ、特定の文化や勢力間の「ホンネの事情」を感じ取るために、イライラはするけれどもこれほど面白い場所はないね。

アフリカ各国でも、博物館には結構足を運んだよ。中には管理の状態が悪くて、クモの巣がかかっている展示物も紛れているけど、博物館のスタッフが提供してくれる情報量は、やはり、ヨーロッパにあるアフリカ博物館なんかよりもずっと豊富だ。ヨハネスブルグにあるアパルトヘイト博物館やキガリにあるジェノサイド祈念館、カイロ博物館は、かなり評判いいよね。個人的には、コートジボワールのGrand Bassamというところにある「衣装博物館」や、アジスアベバにある国立博物館、南エチオピアのJinkaというところにあるSouth Omo Museumが結構好きだった。なので、これらの場所に行く機会があったら是非行ってみてください。衣装博物館には、アントニオというおっさんが働いていて、去年の秋に生まれた彼の娘さんの名前はアキちゃんです。っていっても、コートジボワールに秋もへったくれもないんだけどね。常夏なので。アントニオに「ナツノを知ってる」って言えば、ビールと魚とアチャケ(キャッサバでできたクスクスのような食べ物。ハマります)を奢ってくれるかも??笑


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