2009年12月31日木曜日

TIA式いじめ問題

ウガンダでもコートジボワールでも旅をしていたときも感じたのだが、多くの(一部の?)アフリカ人権力者のアフリカの人々に対する態度(特に、貧しい人や社会的に立場の弱い人々に対する態度)というのは、見ているだけで、こちらまで辛くなってしまう。

私は日本人だ。だから、こんなエピソードに見られるような面倒な取引はたまにはあるものの、相手もVIP待遇してくれる。最初は中国人だと思われたり、か弱そうな(?)アジア人の女の子だと思われるから、そりゃ私だってナメられるよ。中国人は、権力者の扱い方に慣れてる&すぐに現地社会のやり方を覚えるから、とりあえず払うんだよね。だからこそ、私が強気の態度で日本のパスポートを見せると、急に手のひらを返したように態度を改める役人なんて、そこら中にいる。

だが、アフリカ人(アフリカ系外国人含む)は、アフリカ人であるというだけで、権力を悪用するアフリカ人の連中からナメられてしまう。アフリカの人は、とにかく権力を恐れている人が多いし、ワイロだってとりあえず払うからね。だから余計に、「弱い者いじめと権力の見せつけが、酒と女と同じくらい大好き」な当局のヤツラがつけあがるのだ。


本当に信じられない話だけど、ヤツらは、人にペコペコされ、異常なまでに敬意を持って接されるのを心から快感に思っている。自分があたかも偉大な人物であるかのように扱われたいがために、わざと意地悪をするなんてよくある話だ。相手が心から自分に敬意を示していないことぐらい、一部の賢い(?)権力者は分かっているはずだ。自分だって昔は、そのペコペコする側の人間だったのだから。それでも、このくだらない風習(?)は終わることがなく続いている。そんな表面的な敬意なんて、払われたて何になるんだという話だが。

ところがどっこい。見た目はアフリカ人でも、外国人や外国育ちの人には、ヤツラのくだらない恐喝行為は通用しない。 そして、そんなシチュエーションでのヤツラの悔しそうな顔といったら!!

例えば
アウア。見た目はアフリカ人であるアウアだが、彼女はれっきとしたフランス人。書類上もフランス人だけど、中身も相当強いフランス女性だ。しかし当局の連中は、最初からはそうだとは夢にも思わない。アビジャンでは、様々な場面で、汚職警察による身分証明書のチェックをされるが、彼女のフランスのパスポートを見ると、ヤツらはいつもつまらなそうな顔をする。

ここには当然、植民地時代から現在に至るまでみっちりと叩き込まれた「フランス人=自分たちよりも上」というメンタリティーが彼らの中に存在するのだが、目の前にいる黒人女性が「自分たちも上」のフランス人であることに、どうしようもない悔しさを覚えるのだ。こういうヤツらに限って、男尊女卑のトンデモ人間だからね。だから余計に悔しいのだ。せっかく威張り散らして、権力を見せつけ、カネを巻き上げるいいチャンスだと思ったのに!!といった感じだ。

エチオピア生まれのカナダ人女性とスーダンを旅していたときにも、似たようなことは何度もあった。見た目がエチオピア人の彼女だが、パスポート上はカナダ人。最初は偉そうな態度で接してくる当局だが、彼女のパスポートを見るなり、歯がゆそうな表情を浮かべながら態度を改めるのだ。

スーダンには多くの貧しいエチオピア人が出稼ぎに来ているため、スーダンの権力者はエチオピア人のことを相当見下している。それに加え、エチオピア人女性の一般的なイメージが「男の三歩後ろにさがり、男のために尽くす、慎ましやかな美しい女性」である(日本女性のイメージに似ているね)ため、自分たちの目の前にいるエチオピア人の容姿をした女の子が、普通のスーダン人には絶対に勝てる相手ではないカナダ人であることに、何ともいえない感情を抱く。

アウアの場合もマスキの場合も、「見た目がアフリカ人なのに中身が違う」だけでなく、彼女たちが女性であることも、当局の連中が悔しがる大きな理由だ。「女だから、少し脅せばあとは簡単だろう」「アフリカの女は(アフリカ人である)自分たちの女だ。『男女平等』だのうるさいことばかり言う外国の女とは違う」と考えていたらどっこい。彼女たちは自由と独立の精神を持っているではないか。自分たちにペコペコしてくると思ったのに、それどころか、平等な態度で接してくる。そして、彼女たちの持つパスポートの強さがゆえに、自分たちには太刀打ちできない。


ところで、このようにアフリカ人権力者がアフリカ人を蔑むのって、すごく皮肉だけど、ここでは社会全体に溢れているよ。うちの社長でさえこんな感じだもの



原因は何なのだろうか?

そんなの無数に存在するのだろうが、私は、以下の五つは見逃せないポイントだと考えている。そして、これらポイントの一つ一つが本当に複雑で、大きな変化を遂げようとしているアフリカ大陸の様々な事情がよく反映されている。来週は、ここに書かれた一つ一つのことについて、年明け早々詳しく書くね。

① 非常に多くのアフリカの人は権力を心から恐れており、権力に抵抗するなどという考えすら浮かばない。

先述した通りだが、これは確実に一番大きな要因である。権力者が調子に乗ってしまう地盤が十分にあるんだね。忍耐強い平和主義者な人々だが、それがあだになってしまっているパターンだ。

② Fatalismのせいでみんなが諦めてしまっている。

とりあえずペコペコし、とりあえずワイロを払う。これは、ここで疲れずに生きていくための賢いサバイバル術だが、これだから事態はいつまで経っても変わらない。

③ 多くのアフリカの人は、アフリカ人であることに劣等感を感じている。つまり、自分で自分を蔑み、自分の同胞をも見下してしまうんだね。

悲しいが、これが老若男女問わず、今日のアフリカの人の多くに共通して見られるメンタリティーだ。本当に頭のいい人や、素晴らしい人々というのは、当然この劣等感には染まっていないけど。


白人至上主義と、黒人性の否定。こうして考えると、植民地主義、特に、「劣った現地の文化を捨てさせて優れたフランス文化を取り入れさせ」ようとしていたフランス式植民地主義は、見事に成功したといえるね。「アフリカの年」から50年。表立ってはアフリカは自由になったが、ヨーロッパ列強の呪縛から本当に解かれるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

④ サハラ以南のアフリカでは、富や権力を「見せるける」傾向が強く存在する。

これは決して文化的なものではないけれど、この大陸の至るところに色濃くこの傾向が存在しているのは誰の目にも明らかな事実だ。これが人々の生活や考え方はもちろん、HIV/エイズの問題やアフリカ外への移民の増加にも大きな影響を与えていると言ったら、日本にいる皆さんは驚くだろうか。

この傾向について、私の友人であるアフリカ人知識人の多くが「アフリカは、完全に道に迷ってしまっている」と言っている。まぁ、どこの社会も、大きな変化の渦の中にいるときというのは価値観やメンタリティーも劇的に変わるわけだから、なにもアフリカに限ったことじゃないんだけどね。今の日本も似たようなものだ。

⑤ ③の劣等感と④の「見せつける」傾向のコンビネーション。

権力を持つ連中は、自分たちよりも唯一弱い立場であるアフリカ人庶民に、余計に権力を見せ付けたがる。外国人は自分たちよりも上だという考えが心のどこかに存在しているから、自然と「自分よりも弱い人々=アフリカ人庶民」ということになってしまい、彼らに集中攻撃をかけるんだね。



ああ忌々しい。

この「弱い者いじめ」について少しずつ糸をほどいていくと、結局はこれも、現代アフリカが抱える様々なジレンマや葛藤がこんがらがって発生した問題であることが分かる。日本の学校でのいじめ問題も結局は、現代日本の抱える様々なビョーキが原因だったりするよね。

いじめとは、する側にも問題があるけど、「見てみぬフリをする」層がいる限りなくなるわけがない。それがたとえアフリカだろうと、日本だろうと。そして、一番複雑で苦しい状況にいるのが、実は他でもないいじめっ子であるという点も、やっぱり共通している。ヒットラーが実は、とんでもないコンプレックスの塊であったのも同じだよね。

誰かを悪役と決めつけちゃえれば簡単なんだけど。

2009年12月30日水曜日

ミュージックビデオ 南ア・エチオピア・スーダン編

東アフリカ西アフリカ以外の地域の音楽についても、ついでだからここで少し紹介するね。

まずは南ア。私が南アにいたのはほんの一ヶ月間程度で、しかもその間テレビは一度も見なかったから、ビデオについてはよく分からないんだけど・・・。

Lucky Dubeは、結構世界的に有名だよね。皮肉なことに、私が彼の音楽を聴くようになったのは、ウガンダ留学中に起きた彼の死がきっかけだったりするんだけど。

この日、ヨハネスバルグで彼はカージャックに襲撃され、自分の子どもの目の前で殺されたんだって。ウガンダで売られている新聞は、どれもこの事件を一面記事として扱ってたよ。「The Continent grieves(大陸が深く悲しむ)」っていうから、どんなVIPが亡くなったのかと思ったら、Luckyだったんだね。カンパラ市内のタクシー(乗客をぎゅうぎゅう詰めにする日本の中古バン)って、お互いに初対面の乗客同士があれこれと色んな噂話をするんだけど、Luckyが死んだときは、数日間は、彼の話でもちきりだった。





南アフリカ・ダーバンのストリート。


色んなアーティストのポスターがあるね。


Lucky Dube!!!



南アフリカの音楽を色々聞いてみたい!!という人には、The Great South African TripというCDがとりあえずおすすめ!!もちろん私のi-podにも入ってるよん。詳細はこちら

あとは、魔笛。南アフリカの「魔笛」が東京で公演をしたときに見に行ったけど・・・ごめんなさい、途中から気持ちよくてウトウトしてました(笑)。ただ、衣装から舞台構成から楽器まで、「あぁ、確かにモーツアルトなのに・・・えぇ!?モーツアルトだよね?」という感じだったよ。なんとなく分かるかな(笑)?モーツアルトって、魂だのパッションだのエネルギーだの激しさだのとはかなりかけ離れてて、なんだかしっくり来ないなと感じていたけど・・・さすが、南ア音楽界はやってくれました!!

パリにいたころ、街中のあちこちで、この南ア版魔笛の宣伝を目にした。オペラの公演地がどのように決まるのかなんて知ったこっちゃないが、「へへへーん、君たち、今から宣伝始めてるの?遅いね、東京はもう八ヶ月前に公演済みだよ~。ちょっとこのオペラの良さに気づくのが遅かったんじゃないのかな~?」という優越感に一人で浸っていたのをよく覚えている。

でもとりあえず、南アに続いて、アフリカ勢にはもっともっとヨーロッパ芸術の権威に挑戦してもらいたいね。植民地勢力が殺そうとした芸術。西洋の権威が未だに対等な存在として見なしていない文化。これら芸術や文化に対するディスクールが変わらない限り、今の不平等な政治も経済も変わらないんじゃないかな。

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次にエチオピア。エチオピア音楽!!!めちゃめちゃ大好きです。聞けば聞くほどハマります。その独特のリズムやこぶしを効かせるあたりが日本の演歌となんだか似ているの。

エチオピアの長距離バスって、何時間も(時には数日)かかるようなドライブ中、ずっとずっと同じテープを繰り返し流すんだよね。だから、目的地にたどり着く頃には、「テープの歌をほぼ完璧に鼻歌で歌えるようになっちゃう」なんてこともよくある。このエチオピアの音楽がですよ、美しいエチオピアの風景にこれまたマッチしているんだな。今でも、i-podに入っているお気に入りのエチオピア音楽を聞くたびに、私の心はいつのまにかエチオピアを旅している。

道路の質が悪いからねぇ。だから、こうして道なき道を進むこともしばしば。そんなときも、音楽はガンガンです。


これは、バスじゃなくて、トラックをヒッチしたときの写真ですが、

ここでももちろん、BGMはエチオピア音楽。国旗の下に貼られている三菱のステッカーには、

Ethio-Nipponって書いてあるの。見える?


これも、バスの車窓から(!!)の一枚。

かなり道幅の狭い山道を、人&荷物&動物でぎっしり詰まったバスは、

のんびりと進みます。エチオピア北部・シミエン山脈にて。


美しいエチオピア中南部。ああーーーーノスタルジー。


これも、エチオピア南部の車窓からの風景。マーケットだね。


美しいエチオピア南部の車窓から。


タイヤのトラブルのせいで、一時間半から二時間くらいこんな状態なこともしょっちゅう。

この日は、オランダ人のご夫婦もバスに乗っていました。

外国人はまずバスには乗らないんだけど、珍しい!!

この年になってもこうしておんぼろバスで旅するなんて、素敵なご夫婦です。


エチオピアの長距離バスの様子。真ん中にいるめがね君は、本当にマジでアフリカにまで来ちゃった中西君。


エチオピアの風景。旅をしていれば、こんなこともそりゃ起きますよ。





ウガンダ留学中もね、泣きたくなったり辛くなってしまったら、私はいつもエチオピアの音楽を聞いていた。今でも、「あ、ちょっとイライラがたまってるな」と感じたら、エチオピアの音楽を聞くようにしている。それほど、この音楽は私にとって、精神安定剤とも言える存在なのです。

エチオピアは、アフリカで唯一、外からやって来た人々に支配されなかった国。まぁ、*エチオピア国内の植民地主義らしきものはずっと昔からあって、今日でもそれが、国内や近隣諸国との不安定な状態をあおっているといえばあおっているんだけど。

*一番力の強いアムハリ人が、他の少数民族をずっと昔から支配し続け、現在の中央政府も彼らを(水面下で)弾圧し、彼らのエチオピア人化(=アムハリ化?)を奨励してるの。ちょっと中国に似てるかも。

まぁ、エチオピアについてはまた後でじっくりじっくり語ることにいたしまして。とにかく、エチオピアはアフリカ大陸の中でも非常にユニークな立場にある国で、独自の文化が強烈な光を放っているような場所なんです。誇り高き人々は、それはそれは母国を心から愛しておりまして、この精神は音楽にもよく反映されているね。「アメリカの真似をしてナンボ」な東アフリカや西アフリカとは対照的です。

エチオピアのビデオには、国旗がやたらと登場する。私が滞在したのがちょうど北京オリンピックの頃だったこともあり、ディバーバなんかの世界的ランナーが試合で走る姿も、ビデオの中で使われていたり。それから、伝統衣装を着た人々が、伝統舞踊を踊っている映像もかなり多いね。ちなみにこの伝統舞踊ですが、頭をやたらと激しく振る。私も挑戦したけど、一分も持たなかった。車酔いならぬダンス酔いをします、ハイ。

ここでいう伝統衣装ってのが、当然アムハリの伝統衣装(地域によってデザインが若干異なる)というのがポイント。エチオピアには二ヶ月くらいしかいなかったけど、その間、ミュージックビデオを目にする機会はいくらでもあった。それなのに、少数民族が登場するミュージックビデオをあまり見なかったのは、私の気のせいでしょうか・・・。一応、少数民族が登場するには登場しても、なんだか「一つのエチオピア」をプロパガンダするような、そんな政治的な雰囲気を感じ取ったのは私だけでしょうか?(北京の空港には、中国の様々な少数民族の伝統衣装を着ている、はちきれんばかりの笑顔の人々の絵が描かれているのとちょっと似ている?)エチオピア長い人、そこのところどうなのか教えてください。

あとは、ミュージックビデオの中には、日本の茶道にあたるブンナ(コーヒー道)の様子とか、国民食であるインジェラを料理する様子とかが収められているけど・・・どれもこれも、アムハリ色が強いようにしか見えないのは、私のエチオピアに関する知識が少ないせいなのでしょうか?

もちろん、ウガンダビデオのところで詳しく書いたようなイチャイチャビデオもあるけど・・・それがさ、なぜかエチオピア人がいちゃついてても、いやらしい感じがしないんだよね。清純派だし、むしろ超カワイイの!!見ているこっちがニタニタしてしまう、そんなイチャイチャビデオです。

エチオピアで一番人気の歌手は、やっぱりTeddy Afroじゃないかな。彼は、私が一番好きなエチオピア人アーティストでもある。かなりのイケメンだよ。歌は全部アムハリ語だから、何を言っているのか私にはよく分からないけど、母国を愛する気持ちを歌ったり、普通のラブソングなんかも歌ったり。ただ、彼は反政府的な歌も結構多く歌っているようで、ずっと当局からマークされていたらしね。彼のカリスマ性と音楽の才能、それに加えてこの反権力精神とくるでしょ、そりゃ、スーパースターになりますよね。

2008年、Teddyはアディスアベバの自宅付近で起きたひき逃げ事故の濡れ衣を着せられて逮捕された。彼が逮捕されている間、エチオピアでは、公の場所で彼の歌を流すのが禁止された。もちろん政府としては、「ひき逃げ事故を起こすようなヤツの歌を流したら、風紀を乱す」という理由でカモフラージュしたけど。私はちょうどその頃エチオピアにいたんだけど、ウラでは当然彼のCDは売買されているし、道端では彼の写真がなにげに他の人の写真に紛れて売られているし・・・という状態だった。やはり、政府の圧力では、民衆のパワーは抑えられないね。



アディスアベバには、原宿みたいに、有名人の写真が道端で売られている。
Teddyは右下の方にいるね。下から三列目の右から三番目、ネクタイを締めたちょび髭のおじさんは、
評判の悪い総理大臣です。ちなみに、この写真のすぐ横には、
イエスキリストや聖母マリアの絵が売られていました。なんでも混ぜちゃうこの感じが素敵です。



2008年8月には、北京オリンピックで大活躍したアスリートたちの凱旋セレモニー(スポーツ省主催=政府主催)を見物すべく、アディスアベバのスタジアムに行ったときにも、Teddyの人気ぶりはすごいなと感じた。エチオピア人にとってメダリスト陸上選手というのは、「愛する母国の名を国際的に知らしめたすごい人々」であり、「自分たちの兄弟姉妹」であり―もうとにかく大スターなのだ。そんなメダリストの凱旋セレモニーというわけで、盛り上がりっぷりはすごかったよ。




エチオピアの大スター、オリンピックメダリストたち。

左にいる、金メダルを二つ首からかけたこのかわいらしい女性が、あのディバーバです。



選手たちがスタジアムに到着するまでの間、エチオピアンポップ(演歌?)をガンガン流して場内を沸かせていた主催者だったけど、当然、このような国民的行事にやって来た群衆が一番求めているのは、国民的スターであるTeddyの歌だ。しかし、待てども待てども、彼の歌が流れてくることはない。(政府主催の行事なんだから、当然っちゃ当然だけどね。)これにイラついた人々は、なんとTeddyコールを始めたの。




大興奮の観客。選手が到着する一時間以上も前なのに、この盛り上がりっぷり!!



会場全体から沸き起こるTeddyコール。当局の目の前なのに、堂々と・・・すげーな。これに慌てた主催側は、音量をさらに上げて別のアーティストの歌を流しまくるも効果なし。

Teddyを求める人々vsその火を必死でかき消そうとする政府。

なんだか、エチオピアという国のほんの一部を、縮図で見た気分でした。

FacebookにもTeddyのファングループがあるよ。私はもちろん、ファンの一人です。Teddyがついに釈放されたときには、もう書き込みの大洪水。興味がある人は、見てみてね。

他の歌手だと、Gossayeもいいよね。あー、彼の音楽を聞いていると、本当にインジェラが食べたくなる!!エチオピアに戻りたい!!

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ハルツーム政府の勢力内である北部スーダンとエジプトでは、もちろんアラブのポップが圧倒的な地位を確立している。アラブのポップといえば。「ズンチャ、ズンチャ♪ハビービ♪ハビービ♪」っていうイメージぐらいしか沸かないけどね。(ハビービ:アラビア語で「baby」という意味)

そうそう、スーダンの「金持ち子どものど自慢」みたいなビデオを見たの!!あれは、ハルツームに向かうバスの中でした・・・。もはや何が起きているのかなんてパッパラパーだったし、あれが果たしてのど自慢だったのか、根本的なところがナゾなんだけど・・・。

でも、ちびっ子スーダンキッズ(いや、そもそも彼らはスーダン人だったのか?笑)の才能には脱帽です。すましてばかりで全然笑わないし、小憎たらしいオーラがガンガン出てるし、おまけに観客(全員女性)のスーダンマダム(かなりふくよかな方ばかり)のご満悦な笑顔がアップで映し出されるごとに、私はちょっぴりイライラしていたけど(笑)。

ウィーン少年合唱団が世界一だと思っているあなたは、ぜひスーダンへ行ってみて、それでもウィーンの方がいいと思ったら「世界一」という表現を使いましょう。



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http://www.youtube.com/watch?v=fNXbwhW7NIg


Lucky Dubeのビデオ。歌もそうだけど、ビデオもメッセージ性が強い。お尻ばかり映しているコートジボワールのビデオは、足元にも及びません。



http://www.youtube.com/watch?v=FkWtbaIDnP4

Teddy Afroのビデオ。これは、政治色が強いやつね。

http://www.youtube.com/watch?v=NVTevqYNxuQ&feature=rec-LGOUT-real_rev-rn-1r-1-HM

エチオピアの風景や伝統なんかが詰まったビデオ。結構、エチオピア音楽の典型的なビデオかも。もちろんTeddy Afroだよ。


http://www.youtube.com/watch?v=THW7UHmRTys

Gossayeのビデオ。いい歌です。

2009年12月29日火曜日

ミュージックビデオ 西アフリカ編

クリエイティブでクレイジーな人々であふれかえっている西アフリカ。ここに来る前から、西アフリカの音楽にはかなりの期待をしていた私。そして、ここの音楽シーンは、チンタラタラタラした東アフリカとはちょっと雰囲気が違うけど、うん、かなりホットです。かなりというか、めちゃめちゃホットです。

思えばウガンダでも、西アフリカ音楽(特にナイジェリア音楽)は大大大人気だったなぁ。


コートジボワールの音楽ジャンルはZouglouと呼ばれている。代表的なアーティストは、Magic SystemとかYode & Siroとかかな。Zouglouの歌詞は、本当に面白い。好きな女の子にアプローチするために、「自分はBenguiss(フランス帰りの男の人)だ!!」と思わずでまかせを言ってしまった失業青年の苦悩を歌った歌とかね。

レゲエも人気よ。Tiken Jah de Fakolyという歌手は、かなり政治的な歌をバンバン歌ってて、一時期マリにて避難生活(?)を送っておりました。あとは、もちろんボブ・マーリーはどこでも人気だよね。

ただ、フランス語圏で問題なのが、彼の歌の内容が分からないっていうこと。特にレゲエみたいなメッセージ性の強い音楽だと、歌詞ってやっぱり大切だよね。そんな悩み(?)を解決するために、たまにこちらでは、「ラジオ英語講座」ならぬ「ラジオレゲエ講座」をやってるよ。英語のレゲエの歌を流して、これをフランス語に訳したり、あとはその歌の社会的背景なんかをご丁寧に説明してくれたり。


全くの余談になってしまうが、アビジャンに住むようになってから、音楽と食べ物の関連性についてよく考えるようになった。なんて言えばいいのかな。「塩と油で長時間グツグツ煮込みすぎ気味のシチュー&ウガリ(トウモロコシの粉でできた、味のない食べ物。東アフリカの主食)」が定番の東アフリカでは、音楽にも、塩と油がと煮込みすぎた感じがよく反映されているし、リズムもどこかウガリな感じだ。まぁ、それもそれで決して悪くはないんだけど、東アフリカの食べ物と同じで、飽きが来るのは(私の場合)早かった。一方で、「唐辛子をふんだんに使ったシチュー&豊富な種類の主食」が定番の西アフリカでは、かなりパンチの効いた(たまに効きすぎているけど)音楽が、個性的なアーティストから次々と生み出されている。

アビジャンで一番ホットなのは、地元っ子にYop TownとかPoyと呼ばれているヨプゴン地区じゃないかな。ここのナイトライフはとにかくクレイジー。新聞を見ていると、毎日のように「DJ○○のライブinヨプゴン!!」という案内が出ている。DJは多いね。一ヶ月くらい前かな、DJ Obamaの特集記事が組まれてたよ。

太陽が沈むと、Yop Town中がライブ会場のようになり、人や車でごった返す道は、大きなクラブパーティ会場のようになる。もうね、道端の人が、そこらじゅうで踊ってるの。ちびっ子たちも、赤ちゃんを抱えて道端で焼き魚を売っているおばさんも、コーラを飲んでいると見せかけておいて実は
クトゥク(ヤシでできたお酒)を飲んでいる飲兵衛イスラム教徒のおっさんも、みんなみんな。

Maquisと呼ばれるコートジボワールの飲み屋があちこちにあるYop Townでは、それぞれのmaquisが、まるで競争をするかのように、とにかく大音量で象牙音楽をガンガン流すこれに合わせるかのように、車という車がクラクションを鳴らしまくる。電気もハデハデだよ。一年中クリスマスみたい。

お茶で喉を潤すブータンのお寺系クラブやら、酒癖の悪い若者が集まるノルウェーのクラブやら、世界には色々なナイトライフがあるんだなとしみじみ感じていた私だが、このYop Townもまた、新しいナイトライフの形を見せてくれた。

そうそう、なぜだか知らないんだけど、アビジャンの人は、鏡の前で踊るのが大好きなの。鏡の中の踊る自分を見て、大喜びしながらさらに激しく踊る人が大発生中です。
アビジャンの七不思議の一つだね。



鏡の前で踊りまくる象牙人の図。

そんな西アフリカだから、ミュージックビデオの発想もぶっ飛んでるのが多い。チープなものはやっぱりチープだけど、愛嬌のある個性派揃いだ。この前、友達とミュージックビデオを見ていたんだけど、その中でいくつか面白いのがあったから紹介するね。




まずは、イケイケのダンスビデオから。写真にしちゃうと分かりにくいのが残念ですが、結構激しいダンスを踊っているのにもかかわらず、葉巻を絶対に口から離さない彼。あれだけ激しく動いていて、その間ずっと鼻呼吸ですかい!?かっこつけるのも楽じゃないね、お疲れ様です。








このビデオは、撮影地がパリですね。ゴージャスなホテルのロビーで踊る象牙アーティスト。それなのに、アーティストの背景にはなぜか、中学校の文化祭の劇にでも使われていそうな風景画が!!って、豪華なホテルで撮影してる意味ないじゃん。下の写真の左側を少し見れば分かるんだけど、絵の端っこ部分が映っちゃってるよね。「背景にかけてある絵の中の風景で歌い踊る」様子を撮りたいのなら、こんな初歩的なミスはおかさない。「ゴージャスなホテルで歌い踊る」様子を撮りたいのなら、こんなダサい絵は最初からしまう。まったくもう。どっちかにしてほしいよね、中途半端なんだから。

あ、ちなみに、フランスでは公共の場所では禁煙ですよ、お兄さん。








お次はこれ。この歌大好き!!コートジボワールへの愛をテーマにした歌なんだけどね。この、群衆の中に象牙国旗(注:アイルランドじゃないよ 笑)がなびいている映像や、その下にあるフランス軍の映像は、2002年にフランスの介入によって起きた“内戦”当時のアビジャンのリアル映像。そして、歌の中ではフランスをこっぴどく酷評し、「俺たちの美しい国から出て行け、このクソ野郎ども!!」と言っております。

ぜひ、来年の*la fête de la musiqueに彼らを招待して、エリゼ宮(大統領公邸)でコンサートを開いてもらいたいものです。ちなみに、今年のla fête de la musique@エリゼ宮は、フランス軍だかなんだかの音楽隊による、非常につまらないコンサートでした。

*毎年夏至の日に、ヨーロッパのあちこちで開かれてる音楽祭のこと。パリでは、道端で、公園で、カフェの中で―街全体から音楽が溢れるんだよ。




さてさて。Tu as raison(あんたは正しいよ)と、いかにも安っぽい書体で書かれているこちらのビデオ。これ見たときね、爆笑しちゃった、というのは、ビデオの撮影場所が、私の会社の取引先であるC comexというお店の中でされていたからなんだけど。

このお店、ドンキホーテを彷彿とさせる「ごちゃごちゃな何でも屋」で、店内のほとんどがシントー(安い中国製品)で埋め尽くされている。店の奥にはどういうわけか、「メイドインチャイナな日光の神橋」とも呼べなくもない橋(写真参照)が置いてあり、橋の周りには、アフリカポップカルチャーのシンボル的存在ともいえる造花(もちろんシントー)が!!

本当に意味が分からないんだけど、でも、これがクールでイケてるデコレーションだと思うのがアビジャン流らしい。ちなみにこのビデオ、C comexの家具売り場や、なぜか分からないけど食器売り場でも撮影が行われておりました。商品であるソファーやベッドに横たわり、もうやりたい放題です。




これは・・・笑。

どうして三点倒立なのかを象牙人に聞いてみたけれど、「分からない」というお返事がやっぱり返ってきました。私としては、ちんちくりんのズボンが膝を曲げることでさらに短くなり、ズボンの裾と足首の間に、中途半端な隙間ができてしまっていることが気になって仕方ありません。同じ三転倒立でも、膝さえ曲げなければ、こんな情けない絵にはならなかっただろうに・・・。背景のCGも、実はもう少し頑張れたと思いませんか?

関係ないけどさ、アフリカ男性のこの髪型って、三点倒立しやすそうだよね。


これは、伝統療法のお医者さん。





この歌は、SIDA(エイズ)をテーマにしたものだったよ。歌の内容を要約するとこんな感じだ。

「SIDAになっちまったんだって?あの男にうつされたんだって?だからあの時、papaとmamanの言うことをちゃんと聞いて、自分の態度とライフスタイルを改めていればよかったのに!!SIDAになっちまったんだって?お嬢ちゃん、病院に行って薬を買うお金はあるのかい?SIDAになったのに、まさか伝統療法に頼るつもりじゃないよな?あの男は君に、素敵な服を買ってくれたかもしれない。でも、あいつは君に、薬を買うお金まではくれたのかい?」

なんだか。。。援助交際に走る物質主義・拝金主義のマケレレビッチよ、フランス語を勉強して、この歌を聴きなさい!!と私は言いたいね。


せっかく、このようなHIV/エイズ問題に向き合うタイプのビデオが登場したと思ったら・・・












どうよどうよどうよ、このお尻お尻お尻。しかも、この隠し撮り具合が何とも言えずTIA。アフリカの男の人って、西も東も南も、お尻フリークが異常に多いような気がする(女性の体は胸よりもお尻だ!!と言い張る男は非常に多い)んだけど、だからってこんな「お尻大集合」みたいなのをミュージックビデオにしなくたっていいじゃないかと思いませんか?


更に・・・・・




これを見たときは、さすがに固まったね、いろんな意味で(苦笑)。


そしたら・・・・


ちなみにこれは、私が撮った写真の中でも、一番刺激が低いヤツね。これぐらいなら、ブログに載せても許容範囲かな・・・と思われたので。

「クレヨンしんちゃん」を子どもに見せたがらない世の中の親は、頭が異常だと思ってた私だが、さすがにこれは・・・いやいやいやいやいや、やっぱり子どもに見せちゃまずいでしょ。しんちゃんは名作です。下ネタは多いけど、かわいいし、感動するいい話が多いし、風刺のセンスも抜群だしね。でも・・・これは・・・。

ついさっきまで、エイズ問題の意識を高めるための歌をやっていたのにね。こんなんだから、エイズは結局はなくなりませんよね。

っていうか、なんじゃいこの撮影会。失業率が高くてヒマだからって、どんなにお尻が好きだからって、昼間っからアンタたちダメ男&勘違いビッチは何してるんですかい。

唖然とする私を横目に、私の象牙人の友達は、「あはははは、でもこれが現実の世の中なんだぜ。子どもたちにとってはいい社会勉強の教材じゃないか!!」と言い出す始末。まぁね、彼の言うことも正しいんだけどね・・・。

番外編へと続く


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http://www.youtube.com/watch?v=5deC004ULoc

Espoir 2000の歌。

http://www.youtube.com/watch?v=ok8a5Drvj_Y

Yode &SiroのQuel est mon pays?(俺の国はどこなんだ?)。お母さんがコートジボワール人でお父さんがブルキナファソ人のアビジャン生まれの女の子の歌。コートジボワールには近隣諸国(ブルキナ、マリ、ニジェールなど)からたくさんの外国人が出稼ぎに来ているんだけど、そのせいで、子どもたちの国籍取得問題がかなり深刻化しているんです。ここの役所はかなり腐っているせいもあり、法律では「コートジボワール国籍」を認められるはずの子が、役所から拒否されたりね。

http://www.youtube.com/watch?v=gUhQX-8lHVY

Guerreとは、「戦争」という意味。

http://www.youtube.com/watch?v=RGUaSrnY2gM

Magic Systemのダンス。かなりアビジャンっぽい。

http://www.youtube.com/watch?v=xzR3JS609dI

Tiken Jah de Fakolyの歌。Françafrique(フランスに支配され続けるアフリカ)というタイトルの歌。

http://www.youtube.com/results?search_query=tiken+jah+de+fakoly&search_type=&aq=f

Tiken Jahの他の歌。あまりよくは聞いたことないけど、タイトルからして強烈そうなのばっかだね。

Africain à Paris(パリのアフリカ人)、Plus rien ne m'étonne(もはや何に対しても驚かない)、Dscrimination(差別)、Y'en a marre(もう十分だ)、Le pays va mal(国が悪くなってしまう)






Africa as one


アフリカのことを勝手なイメージを通して見ている人の中には、「アフリカ人は種族やクランに分かれて、いつまでも争いを続けている野蛮な人々」という勝手な発言をする人がたまにいる。でも、私は思う。(ここでは、皆さんに分かりやすいように、raceがあたかも存在するかのような前提として説明をするが)「黒人」ほど、raceへの帰属意識や同じraceの人に対する兄弟愛を強く持った人は、この地球上に存在しないのではないだろうか。

例えば、ケニア人とギニア人の間には、ネパール人と日本人と同じくらいの違いが存在する。普通、ネパール人と日本人が出会ったとき、互いを「アジア人」「兄弟」として認識することなんてあまりないよね。でも、これがケニア人とギニア人なら「俺たちは同じ黒人でアフリカ人。だから俺たちは兄弟だ!!」ってな感じに、95%の確立でなるよ。

だからこそ、「パンアジアニズム」は実現しなかったのに「パンアフリカニズム」は生まれたんだろうね。

もちろん、広いアフリカだ。宗教が違うだとか、話す言語が違うだとか、違う政党を支持しているだとか、そんな理由で「あいつは俺とは兄弟じゃない、別モノだ」と言っては、特定の人やグループを排除する人も多く存在するし、貧しい人や社会的に排除されている人に、大金を横領している政治家を「同じアフリカ人なのだから、兄弟愛を持ちなさい」と言っても無理な話だ。また、戦争をしている地域では、「同じアフリカ人」もへったくりもない。

ただ、時々アフリカの外では、単なる権力闘争が、民族同士や宗教間の争いであるかのような言い方をされてしまうが、それは誤りだ。お金持ちとはいわなくても、家族みんなが十分に食べられるだけのゆとりがあり、泥棒はたまにいても、平和な場所で暮らしており、かつ心がオープンで、ある程度の教養のある人々というのは、都会に住んでいようと田舎に住んでいようと、Africa as one(一つのアフリカ)のフィロソフィーを持っている。心が広く、ノリがいい人が多いのも、Africa as oneの考えが受け入れられやすい理由の一つだ。

そして、このAfrica as one(一つのアフリカ)の考え方は、アフリカ内外にいる知識人にもそれなりに支持されている。

私がここで意味する「知識人」というのは、ただの高学歴者や著名な学者のことじゃないよ。学問の世界のみに籠っているような人や、学問の権威にすがって生きているような人は、私に言わせてみると、ただの臆病な愚か者だからね。本当の知識人は、インテリジェンスの力を駆使して実際の世界を良くしようとするし、既存の権力に対して常に闘っている。だから、そこら辺で警備員をしているお兄ちゃんやmaquis(コートジボワール式飲み屋)を経営しているおばちゃんの中にも、私にとっては「知識人」な人が案外チラホラとしている。

そんな知識人には、パンアフリカニズムの崇拝者・・・とまではいわなくても、Africa as oneの考えを持った人が多いのはどうしてだろうか?

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第一に、知識人は、歴史や今日の現状を、広い視野から見つめることができる。広いアフリカ大陸の歴史は実に多様で、Africa as oneの考えではアフリカの歴史を語ることはできない。それでも、今日のアフリカのあり方を決定付ける要因となった植民地主義・ネオコロニアリズム・泥棒独裁者による長期政権は大陸のほぼ全ての地域に共通している歴史&現在だし、これら植民地主義やネオコロニアリズムによって壊されてしまった精神的文化やメンタリティーのせいで、« *Les Africains sont complement perdus »の状態に陥ってしまっているのも、大陸全土に共通して見られる傾向だ。

*Les Africains sont complement perdus=アフリカ人は完全に道に迷ってしまっている

こうして見ると、多様性の中にも多くの共通点があるのがアフリカの歴史と今日のアフリカだ。だからこそ歴史を知っている人は、「自分の民族」や「自分の国家」というちゃちい概念にとらわれず、広い視野で客観的に、大陸全体を見回すことができるんだね。「長州藩だの薩摩藩だのにとらわれずに、『日本』という概念を持ち、広い世界の中での『日本』のあり方について考えようじゃないか」という坂本竜馬の考え方に少し似ている。

第二に、知識人というのは、アフリカの外でアフリカがどのように語られているのか―世界が(とりわけ西洋が)アフリカに対して使うディスクールがどのようなものであるのか―を知っている。今でこそ、アフリカ人知識人のお陰で少しずつ変わってきているとはいえ、アフリカは、アフリカ自身が語るのではなく、常に外部の人間から「語られる存在」、つまりobjet(対象)としてしか見なされてこなかった。今日でもこの傾向はかなり根強く残っているよね。(参考までに、この「白人至上主義と黒人コンプレックス」についても読んでみてくだされ。)

アフリカの外でアフリカがどのように語られているかをよく知っている人は、私によく、「アフリカに来るのは怖くなかったのかい?」と冗談で聞いてくる。私がブログの中でよく使っているTIA(This is Africa)という表現も、彼らがよく言う「まぁ、this is Africaだからしょうがないよね。」という自虐ブラックジョークからお借りしている。みなさん、みなさんが抱いている「アフリカのイメージ」は、ここにいる頭のいい人々には全部お見通で、彼らはそんなイメージを抱いている外国人を皮肉の対象として見ているんですよ!!


ちょうど、日本=ゲイシャとニンジャとしか考えていない外国人を、私たちがちょっとバカにした目で見るのと同じだね。

世界の人々が「アフリカ」に対して抱いているイメージ、メディアが映し出す「アフリカ」、欧米文学や欧米映画に登場する「アフリカ」、政治的にも経済的にも、強い国家の対象にしか過ぎない「アフリカ」、援助機関がこぞって見せようとしている「かわいそうなアフリカ」。

例えば、今この文章を読んでいるあなたが知っている「アフリカ」とは、誰によって描かれた「アフリカ像(アフリカ象じゃないよ 笑)」だろうか。ホテル・ルワンダ?BBCやCNN ?国際機関やNGO?それとも、「ナツノのアフリカ留学(笑)」?この中で、Jeune Afriqueから直接情報を得ている人はいるだろうか?アフリカ人学者の本を読み、アフリカ人文豪の作品を味わったことのある人はいるだろうか?チープなナイジェリア映画でも真面目なドキュメンタリーでもなんでもいいけど、アフリカ人監督によって作られた映画を見たことがある人はいるだろうか?「アフリカが語るアフリカ」に触れたことのある人はいるだろうか?

以前の私なら、「アフリカ=世界から無視された存在」という概念を持っていたから、「ハリウッド映画や援助機関が、アフリカの外にいる人々の関心を高めるために、アフリカにまつわる題材を取り上げるのはいいことだ!!」と叫んでいただろうが、今はそうは思わない。むしろ、これらが私たちに与えるイメージが「アフリカ」になってしまっていることに怒りすら感じるし、大きなお世話だと思っている。やはり、アフリカが自らの力で立ち上がり、外部の人の関心の低さと、自身に向けられた曲がったイメージと闘う必要がある。いつまでも外の人に言わせ放題言わせていては、いつまで経ってもこのままだ。

さらに悪いことには、外から押し付けられた『アフリカ』のイメージが、多くのアフリカの人にとっての『自己像』になってしまっていることである。

これはマケレレ大学で強く実感した。私の教授のほとんどは、「アフリカからの視点で物事を見つめよう!!」などという議論すら沸いていなかったころの欧米で修士号を取った人々だった。そんなところで教育を受けた彼らが、西洋の視点からでしかアフリカについて語ることができなくなってしまったのは、仕方がないといえば仕方がないことなのかもしれない。残念なことに、マケレレ大学では私にとっての「知識人」に出逢うことはできなかった。どの教授も、社会的地位と金と権力にすがるタイプ(ああ、かなりTIA !!!)で、「既存の権威への挑戦?クリティカルシンキング?ボクニハソレガワカリマセ~ン」状態だったのだから。

私は、アフリカについて学びたかったものの、パリやロンドン、ワシントンにある世界的に有名なアフリカ学の学校には絶対に留学したくなかった。そして、「アフリカの視点でアフリカについて学ぶため」にウガンダ留学を決意した。だが、そんな期待は見事に裏切られた。知識人の教授がいないから、マケレレの教育は、ウガンダ人大学生(=将来のエリート)を相手に、外から押し付けられたアフリカのイメージがあたかも本当のアフリカの姿であるかのような授業を行うのだ。

私はよく、このどうしょもないマケレレの授業の数々を、「1960年代のイギリス人が中学生相手に行っているアフリカ講座」と批判していた。

話を戻そう。

アフリカの外で言いたい放題に言われているアフリカの姿が、あたかも本当のアフリカであるかのように扱われ、この「外から語られるアフリカ」が、実際のアフリカの人々をも支配してしまっているこの状況。すごく矛盾しているし、理不尽だよね。ただ、この「外からのディスクール」の力と権威はあまりにも強すぎて、これを覆すのにはおそらく、何百年という月日がかかるだろう。

アフリカ人の知識人はこの状況と闘うため、同じような迷惑を被っている仲間と団結する必要がある。そうでもしないと、この「外からのディスクール」っていうヤツは強力すぎて、なかなか太刀打ちできる相手ではないからね。

私のザンビア人の兄貴が言っていた。「『外から押し付けられているイメージ』を前にすると、ザンビア人もニジェール人も関係ない。俺たちアフリカ人はみんな兄弟で、みんなで共に、この権威と闘わないといけないっていう気持ちになるんだよなぁ。」そんな彼は、別に高学歴でもないし、見た目はタダのギャングなんだけど、私にとっては立派な知識人だ。物知りで、オープンで、正直で、ユーモアたっぷりで、頭が切れて、強くて、とにかくcool。もちろん、大きなハートとAfrica as oneの精神を併せ持っている。ブラックジョークのセンスが抜群なのも、ぬるいTuskerビールを片手にいつまでもおしゃべりができちゃうのも、彼のことが大好きな大きな理由だ。

余談になるが、彼はケニア人の相棒(この相棒もなかなかイケてる!!)と会社を経営していて、今ではナイロビ・ラゴス・ヨハネスバルグという、“アフリカ三大危険都市”を往復する生活をしている。彼の弟もなかなかイケてるよ。シングルファーザーをしながら、今ではケープタウンでバリバリ仕事をしている彼だが、「新しいアフリカの男」の姿を模索しながら、日々生きているんだって。家庭を顧みずに酒と女におぼれまくり、威張り散らすだけ威張り散らしているダメ男がわんさかしているこの大陸では、この弟さんも、私にとっては立派な知識人の一人である。あっぱれ!!

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Africa as oneの概念で面白いなと思うのは、システムとしてのアフリカ連合(AU)があまり上手くいっていないのにもかかわらず、人々の心はAfrica as oneでつながっているという点だ。やっぱり、政治になるとダメダメなのがTIAだけど、政治よりも深い部分でつながっている限り、Africa as oneは大丈夫なんじゃないかな?(と楽観的に私が考えるようになったのは、私自身がアフリカナイズしたからであろうか・・・。)

これは、ヨーロッパとは対照的だ。EUにも問題は山積みだけど、政治的な制度としては、相当上手くいっている。だが、ヨーロッパ人にアフリカ人のような「EU兄弟愛」が根付いているかと言われたら、私はそうは思わない。みんなEU圏内を自由に行き来しているし、仲良しこよしだけど、やはり「私はヨーロッパ人」とは誰も言わず、「私はオランダ人」「僕はドイツ人」という自己認識をしている人が圧倒的だ。もちろん、ヨーロッパの国家の概念というのは、アフリカのそれよりも遥かに古いわけだから、そんなの当たり前といえば当たり前だけど。

2年前にマケレレの学生に、「パンアフリカニズムが世界を支配する!!」と熱弁をふるわれて、「勘違いウガンダ人め、世界を知りなさい」だなんてちょっとバカにした感想を抱いた私だが、基本的な考え方はあの頃とは変わっていない。貧富の差がますます拡大していくこの大陸では、どこにいっても「お金持ちメンタリティー」と「貧乏人メンタリティー」が混在しており、いずれはこの二つが、大陸を二分してしまうのではないかという考えさえ、私は今でも抱いている。

あ、でも、あの頃よりはアフリカのエトセトラが分かるようになったから、今はあのときの彼らのことをそこまではバカにはしてないよ。「世界を支配する!!」あたりがやっぱり短絡的なウガンダ的発想だとは感じるけど。

お金持ちは、「貧乏なあの人たちと私は別世界の人間」という視点から貧しい人々を見ているし、お金持ちと国内の貧困問題の話をしても「確かにかわいそうだけど・・・私には関係ない」という感想しか抱いていない。日本もそうだよね。日本国内の貧困問題を、自分の問題として受け止めている中産階級というのは皆無に等しい。アフリカも日本も、みんな結局は自分のことで精一杯だし、自分がもっといい生活を送れるように、必死になって頑張っている。

一方で貧しい人は、汚職の構造からも分かるように、お金も、権利も、人生の選択肢も取り上げられ、ますます這い上がるのが難しい環境に生きている。本当に生活が苦しい人にとっては、Africa as oneの精神も兄弟愛も何もない。第一、最低限の水準の生活すら送れない人に、「大きな視点で物事を見ろ」だなんて言ったところでどうなる?「明日のご飯を何とかしないといけないから、それどころではない」という返事が返ってくるに決まっている。彼らの生活苦の背景にはアフリカを搾取する先進国が隠れており、また、アフリカの政治をコントロールする大国が潜んでいることも、外国人である私たちやアフリカのお金持ちは知っているが、教育も情報もない貧困層にとってはそんなの「???」である。自分たちの生活が苦しいのは、目の前にいるアフリカ人金持ちやアフリカ人権力者が全部悪いんだ―このように、見える範囲内に不満の矛先を向けるのは仕方がないことだ。

何度も言うように、この大陸がこのままの状態で突き進んでいくと、Africa as oneからはどんどん遠のき、大陸は二極化してしまう。

これほどまでに貧富の差が目につく社会だと、アフリカ中が、それこそ南アやナイジェリアのように、とにかく治安の悪い場所になってしまってもおかしくないのではと思うが、そこがアフリカの人々のすごいところである。忍耐強い平和主義者は、ひたすら耐えながら、今日も微笑を絶やさない。

個人的には、大陸が二分化しようと何が起きようと、私には関係のない話だが、アフリカ人知識人の応援はしたいなぁ。やはりアフリカには、「語られる対象」ではなくて「自身が語る存在」になってもらいたいし、そうなったときに、世界の力の分配がどのように変化するのかがちょっぴり楽しみでもあるからね。

でも、そこにたどり着くためには・・・・ちーん、まだまだ宿題は山積みです。頑張れアフリカ、とりあえず、アフリカ人知識人や私に、これ以上「まったくもうTIAなんだから」と言わせないように頑張ってくださいな。

ミュージックビデオ 東アフリカ編

ミュージックビデオって、どこの国も面白いよね。最新のミュージックビデオを見ると、その国の流行や社会、文化が一目で分かる。昔のミュージックビデオを見て、「どうしてあの頃はあんなのがイケてると思ってたんだろう?」と疑問を抱いたことがある人なんか、多いんじゃないかな?

Jポップのビデオは、在日外国人にとっては相当の「???」だと思う。ここ六、七年ほどは、最新のJポップにほとんど触れていないから良く分からないけど、モー娘。のビデオなんて、どう思われていたんだろうね(笑)。

アフリカのミュージックビデオは、音楽のイメージをそのまま映像にするというよりも、ビデオで人を惹きつけて、興奮させて、人々に一瞬の夢を与える役割の方が大きいように思える。だから、ピカピカの車と女性の軍団は必須だし、衣装だって、アメリカの黒人ファッションを真似ようとしているものが多い。まぁ、どんなに真似ようと頑張っても、当然、「いかにも中国製」のチープなファッションで落ち着く場合が多いんだけど。ちなみに、女性軍団は必ずしも美女軍団でないといけないわけではない。とにかく、女の数が多ければ多いほどgood、それがTIAミュージックビデオっす。さすが。

ただ、ここの人は本当にミュージックビデオが大好きだから、この「一瞬の夢」にとてつもない妄想を抱く人が多い。だから、ビデオを製作する人は、ミュージックビデオが社会に与える影響をきちんと考えてから、金儲けだけでなくて責任感も持って製作にあたってほしい。まぁ、こんなこと言っても、責任感を持つ人なんて皆無に近いのだろうけど。

現代アフリカが拝金主義&富と権力の見せつけが大好き主義になってしまったのも、アフリカ各国やアメリカのミュージックビデオの影響が大きいといえば大きい。例えば、きちんとした情報が行き渡っていないアフリカ貧困層にとっては、ミュージックビデオの中で見るピカピカギラギラしたアメリカがアメリカなのだ。ビジュアル的な「ピカピカギラギラ」が、教育を受けていない人に与えるイメージの強烈さというのは、それはそれは大きい。だから、「こんな地獄を抜け出して、俺はアメリカに行きたいんだ!!」という貧困層の人にアメリカがどんな国なのかを聞いてみると、「○○のミュージックビデオで見たのだが、こうこうこうで・・・・」という返事が返ってくるなんてことは、日常茶飯事だ。

HIV/エイズもそうだね。ミュージックビデオから感化され、多数の女性と関係を持つことを夢見るダメ男はたくさんいるわけだけど、そのせいで、どんなにHIVの予防教育をしても、無駄に終わってしまう場合がある。そりゃ、「HIVは□□で△△で危険だから、不特定多数の人と性的交渉を持ったらダメですよ」なんていう小難しい話をダラダラされるのよりも、三分間のミュージックビデオのほうが、頭に強く残るよね。先ほど述べた拝金主義に感化される女性陣は、ビデオに見られるようなゴージャスライフを謳歌することを夢見て、援助交際に走ったり、より金持ちの男性を求めて次から次へと交際相手を替えてしまう。もちろん、これらはHIV感染率を高める大きな原因です。

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さてさて、東アフリカの音楽は、西アフリカや中央アフリカと比べると、チンタラダラダラしているものが多い。当然私は、東アフリカのミュージックビデオの中では、ウガンダのビデオに一番慣れ親しんで(?)いる。でもね、ウガンダの音楽って、ただでさえチンタラしている東アフリカの音楽の中でも、とりわけチンタラ度が高いんだよ。ほら、金子みすゞさんだって「みんなちがってみんないい」って言っているくらいだからさ、別にそれはそれで、チンタラしていようがしていなかろうが構わないんだけど・・・ウガンダのミュージックビデオ。あのウガウガさが大好きです(笑)

ウガンダの音楽って、リズミカルなダンスミュージックとはだいぶかけ離れているものの、壮大なバラードとも全然違うから、どうしてもビデオの内容は演技モノが多かったりする。「このビデオを作る際に、どうしてこの人たちはいつも同じ発想しか得られないのだろうか?」といつも不思議に思っていたが、ウガンダミュージックビデオの演技モノというのは、セボ(男)とニャボ(女)がイチャイチャしているのばっかりなんだよね(笑)

イチャイチャビデオは世界中にあるけど、ウガンダの場合、まず、出演者の表情がニタニタしているの。ニコニコじゃなくてニタニタ。セボは鼻の下を完全にのばしちゃってるし、ニャボはニャボで、「ナンパされるの&男に貢がれるのが大好きなウガンダビッチ」特有の、“あの表情”を浮かべているんです!!(←ウガンダ経験者しか分からないような表現を使ってごめんなさい。)

“あの表情”がイマイチよく分からないという皆さんのために説明をすると、うーん、何て言ったらいいのかな。「セボにお姫様扱いされて、勝ち誇った気持ちを素直に顔に出したいのに、真面目でシャイな女の子を演出したいから、頑張って抑えようとするものの、込み上げてくるニタニタだけは隠し切れない」と言えば、なんとなく想像つくかな?

また、多くの場合、セボ一人につき複数のニャボが存在するのだが、これもなんだか見ていてイライラするんだよね。アメリカのミュージックビデオにも、男性アーティストの周りに美女がゾロゾロ・・・なんてシーンはよく登場するけど、あくまでもクールに絡んでるよね。CGでかっこよく編集されているし、照明も、画質も、全てが合わさって、そこまでいやらしい印象は与えない。ところがどっこい、ウガンダ音楽の場合、CGなし、照明なしで、おまけに、日本のお父さんが子どもの運動会で使うビデオカメラでの撮影とくるわけだから、なんともいえない雰囲気が直に出まくりでありまして(こう思うのは私だけ?)。アメリカのビデオが「ここにいる女たちに指一本でも触れてみな。そしたらどうなるか分かってるんだろうな」だとしたら、ウガンダのビデオは「ヘヘヘ、ここにいる女はみんなオイラのものだぜ、うひょひょひょひょ」なのである。ちょっとナツノワールドな表現だったね、分かりにくくてごめんなさい。まぁ、いいんじゃない?ウガンダらしいじゃん。

一度、ムズング(白人)女性二人を両腕に抱えて、鼻の下のばしながら演技をしている男性アーティストのビデオを見た。白人女性を「手に入れる」のは世のお馬鹿なウガンダ男性の夢であり、大きなステータスにも繋がることだ。だから、ミュージックビデオが「人々に一瞬の夢を与える役割」を担っているこの国では、製作側としては、正しいビデオを作ったと言える。そうでないと、現実世界でムズング女性を「手に入れる」なんて、大多数のウガンダセボにとっては一生叶わぬ夢物語にしか過ぎないからだ。

このビデオは、たまたまウガンダ在住の日本人女性と一緒にいたときに目にしたのだが、「このビデオのアイディアは、コンプレックスから来てるよねぇ。」という点で私たちは同感だった。

前に、大学でポストコロニアリズムの授業をとっていたときに、「植民者とは、人々の頭の中で非常に男性的なイメージがあり、植民地側の人間は、女性的なイメージがある」という話になった。確かに、アフリカ(=女性)は常にヨーロッパ(=男性)に語られるobjet(対象)であった(あり続けている)という意味では、非常にこの理論は現実にマッチしている。また、ヨーロッパが絶対的な力でアフリカを押さえつけたことや、「白人男」がアフリカにやって来て人や資源を盗んでいったということ、「ヨーロッパが上でアフリカは下」という概念が使われたことでも、植民者のイメージはオトコオトコしている。

このビデオは、その昔、白人男の手に渡ってしまった俺たちだが、今はこうして、ヤツラの世界から来た白人女を逆に「手に入れ」て「支配」することができるんだという、勝ち誇ったというか、コンプレックスというか、なんだかそんな必死なウガンダ男性の心理を表しているようだった。ミュージックビデオ一つで考えすぎかもしれないけど、ポストコロニアリズムというのは、芸術やエンターテイメントによく表れているっていうしね。

このビデオの中のムズング女性。ニコニコしていた彼女たちが、表情が若干引きつっていたと感じるのは、私だけであろうか。

もちろん、イチャイチャビデオ以外も(少数ながら)あるよ。でもね、そのどれもがウガウガしてるんだよね(笑)。

例えばウガンダのダンスミュージックビデオ。典型的な例を描写すると、こんな感じ。体格のいい厚化粧お姉ちゃん四人組が体のラインにぴったりのシャツ&ズボンを着用して、コンクリートにヒビの入ったガタガタな駐車場で踊っている。しかも、この踊りからもやる気が感じられず、四人の動きはばらばらだし、リハーサルはちゃんとやったんですか?と、監督に聞きたくなってしまう衝動に駆られる。まぁ、ウガンダだししょうがないね。

あとは、私が大好きなのは、大自然の中やバナナ畑の中で歌い踊るイマドキアーティスト。これはご当地モノというか、いい感じだと思うよ。

まだ、同じ東アフリカのミュージックビデオでも、ケニアやタンザニアのビデオはお金も少しはかかっている感じはする。

Bongo Flava(タンザニアのヒップホップ)のビデオに関しては、ちゃんとスタジオで撮影されていたり、CG合成が加えられていたり、カメラもわりと本格的なものが使われていたりしているため、結構本格的だ。アーティストが歌う姿も貫禄がある。だから、初めてケニアでミュージックビデオを見て、私は衝撃を受けた。

ちなみに、Bongo Flavaはかなりいいよ~。おススメです。

ミュージックビデオ 西アフリカ編に続く



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youtube で見つけられたウガンダミュージックビデオ。チェケラしてみて!!

http://www.youtube.com/watch?v=nqvpsbnbcek

ジュリアナちゃん。超かわいいし、歌も上手い!!彼女は、HIVへの関心を高めるために、色々頑張ってるんだよ。

http://www.youtube.com/watch?v=CMyIhV_YlVc

結構アメリカナイズしているウガンダビデオ。

http://www.youtube.com/watch?v=mdPYKUlCIRk&feature=PlayList&p=0BDCF2AA422B4142&index=1

まだ許容範囲内のイチャイチャビデオ。壮大なナイル河の源流でのダンスがウガンダです。


http://www.youtube.com/watch?v=uq9RBtHSLYI&feature=PlayList&p=0BDCF2AA422B4142&index=17

ウガンダのダンスミュージックビデオ。懐かしすぎる。

http://www.youtube.com/watch?v=DgOohwyk1gE

車と女軍団、まじで超典型的。これも、結構アメリカナイズされているビデオだね。編集がきちんとされているし。




2009年12月23日水曜日

「年上らしく、年下らしく」・・・って、何なんじゃい

先週の木曜日の朝、一緒に働いているマティーが、血相を変えて私の部屋にやって来た。

「ナツノ、あんた昨日、下のスーパーで一騒動やらかしたりしたでしょ?」

ビンゴ!!一騒動起こしましたが何か?

そもそもの話はこんな感じだ。

私のオフィスの真下にはスーパーがあるのだが、コートジボワール到着直後、チーズからワインからクロワッサンからペットボトルの飲み物まであるこのスーパーには、感動しっぱなしだった。「別に大きいスーパーでもないのに、なんなんだいこの品揃えは!!なんでペットボトルが冷蔵庫の中でいい感じに冷えているんだ!!(壊れているけど)どうしてエスカレーターもあれば、レジがパソコンで管理されているんだ!!す、すごいぞアビジャン、こりゃTInA(This is NOT Africa)だ!!」ってな感じにね。

ただし、やっぱりここも、低賃金でコキ使うのが得意なレバノン人経営のスーパー。接客の態度はありえないくらい悪い。客を睨みつけ、敬語も使わなければ、命令口調で「今ここにはお釣りがないから、誰か他の人のところに行きなさいよ。」という始末。コートジボワールの通貨であるCFAフランは、細かいお金が上手く社会の中にまわりきっていない。そんなんだから、お釣りがないと、キャンディーやらペンやらで小銭の代わりにされることもしばしば。そして極めつけは、客が買ったばかりの商品を、ぶっきらぼうに投げつけるの。

私は、何度もレジのおばちゃんの横柄な態度に抗議してるんだよ。まぁ、おばちゃんに抗議しても無駄だから、おばちゃん軍団を取り仕切っているマネージャーにも毎回文句は言うんだけど。当然おばちゃんには逆ギレされるワケでして。(象牙おばちゃんはかなり迫力があってさすがの私もひるんでしまいますが・・・最近では動じなくなったぜぃ、ouais!!)

コネがないと仕事に就けないここアフリカでは、マネージャーレベルの人間だと話にならない。そもそも従業員は、マネージャーよりも上の人とのコネで雇われていることが多いから、マネージャーも下手に彼らに注意できないの。だから、最終的にはオーナーに苦情を言わなければ意味がない。

そんなワケで、私はこのスーパーのオーナーとは既に顔見知りである。多分、要注意カスタマーのブラックリストに載っちゃってるね(苦笑)。彼はなかなかのアラビック・ジェントルマンで、いつもにこやかに誠実な対応をしてくれる。ただし、聞くだけ聞いておきながら、社内教育に私の声を生かすなんてことはまずありえないだろうけどね。そもそも社内教育などないし、しても無駄であることは彼が一番承知している。それに接客の質を向上させたところで、この辺一帯を独占しているのはこのスーパーだから、売り上げに何ら変化がないことは明らかである。

西アフリカにいるレバノン人やら東アフリカにいるインド人に代表されるような「上手にアフリカでビジネスをやっている外国人」というのは、売り上げさえあれば、あとは客のことなどなんとも思っていない人が多い。というか、ヒューマンマネージメントがメチャクチャ難しいアフリカだ。それは仕方がないといえば仕方がないことなのかもね。

悔しいかな。どんなにムカつく店でも、ここ以外に特に周りにはお店があるわけではないから、結局何があろうと私はこのスーパーで買い物をせざるを得ない。食べ物は路上で買うとしても、飲み物はここにないとないものが多いから・・・嗚呼悔しい。こうして、文句を言いながらもこのスーパーに通う日々だ。

ただし、このスーパーの警備員や裏方のおじさんたち、パンコーナーのおばちゃんなんかは、本当に親切でフレンドリーな人々なの。いつも彼らに挨拶をすると、自然とにこやかになっちゃうよ。よく、警備員のおじさんたちとは、一緒にお昼を食べながらジベタリアンをするんです、私。彼らのほうが、レジの仕事は絶対に向いているね。

レジのおばちゃんも、レジ以外の場所で会うと、すごくいい人たちなんだけど。挨拶だってちゃんとするよ(私からする場合がほとんどだけど)。やっぱりアフリカは全体的に、日常レベルから仕事レベルにまで持っていくのが難しいね。日常生活ではできることが、仕事になる途端にできなくなってしまうの。会社で働いていて、ますますその思いが強まる今日この頃。

ところで・・・先週の水曜日の騒動にはもう一人登場人物がおりまして。彼の紹介もさせてくださいな。

この子は十二歳くらいかな(本人に聞いてもよく分からないのだが)?毎日午前中に、このスーパーの前の道路で物乞いをしている少年がいる。典型的なストリートチルドレンだね。薬物におぼれた人に特有の目をした彼は、最初の一ヶ月間は毎日のように私に何かをねだってきた。「お姉ちゃん、お腹が空いたよぅ・・・」と、お涙頂戴のトーンでね。

一ヶ月くらい経ったある日、私は彼に、物乞いをやめるように説教(?)した。これが大人なら放っておくのだが、彼はまだ子どもだ。こんな年齢のうちから物乞いに慣れてしまっては、その後苦労するのは彼自身なのだ。ちなみにお節介なナツノさんは、あれちょうだいこれちょうだいとせがんでくる子どもに対しては、なるべくその場で叱るようにしているよ。だって、叱る人がいなくなっちゃうのが、その子の将来にとって一番の悲劇でしょ?叱るとね、だいたい周りにいる大人から感謝されるんですよ。「よくぞ言ってくれた。あの子のためにもこの国の未来にためにも、あなたが言ったことは必要なことだ。」ってね。

アフリカが変わるためには、まずは、次世代のメンタリティーが変わらなくてはいけない。いつまで経っても「自分は弱い」だの「自分は貧しい」だの言ってたって、ジーザスもアッラーも政府も助けちゃくれない。

この子のすごいところはね、私が叱った後、ピシャリと物乞いをやめたことなの。もちろん、他の人に対しては未だに物乞いを続けているけれど。物乞いをやめたと思ったら、なんとこの子、代わりに、いつも挨拶をしてくれるようになったの。それ以後、挨拶をしたり、天気の話をしたり、互いの健康を気遣ったりする、ちょっと奇妙な友情関係が続いている。私がマラリアから復活したときも、色々気遣いの言葉をかけてくれた。本当に優しい子。「今ならまだ遅くないから、彼が手遅れの年齢に達する前に何とかならないかなぁ。」と、お姉ちゃん(おばさん?)は密かに願っているのですが。

さてさて。先週の水曜日はね、そんな彼に少し早いクリスマスプレゼントを・・・と思って、スーパーで好きなお菓子を買ってあげることにしたんです。今まで一度もなにもあげたことがなかったけど、彼がいい子だから特別に。スーパーに一緒に入る前に、誤解を与えないように何度も説明をしたよ。そして、この子も分かってくれたようだったから、一緒にスーパーに入ったの。

もちろん、普段は親切な警備員も、みすぼらしい身なりの物乞いの少年と一緒に入店する私を見て驚いていた。実際に、彼らはこの子をいつもスーパー前の道路から追い出そうとしており、時には力ずくでかかることも。(まぁ、分かるけどね。)何人かの警備員は彼の入店を断ろうとしたが、私が事情を説明してなんとか許してくれた。他のお客さんもジロジロ見ていたけれど、特に何の問題もなしに、お菓子を選び終えた私たちは、レジへと向かった。

んで、やっぱり戦争勃発。象牙おばちゃんvs頑固な東洋人。今回は、その東洋人の傍らに、物乞い少年もおります。

まず、最初のおばちゃんは私たちを透明人間のように扱った。私たちの番が来たのに、後ろに並んでいるおじさんを呼んだのね。キーーーーーーー!!!「ちょ、ちょっと、ウチラが先に並んでたんだけど」と抗議したし、そのおじさんも「この二人が先だ」と言ったにもかかわらず、この第一おばちゃんは完全無視。そしていつものあの一言。「誰か他の人のところに行きなさいよ。」原因は、物乞い少年への差別意識だと私は考える。

二番目のおばちゃんは、ひたすら「お釣りがない」と言い張った。私たちが買おうとしていたのは450フラン分のビスケットで、2000フランで支払いをするつもりだったのだが。このババアのレジの中に十分なお釣があったことを、私は実は知っていた。それなのに、「お釣がない」の一点張り。

もちろん苦情バトルはスタート。「お釣ならちゃんとあるでしょ、嘘つかないでよ。第一、このスーパーのカスタマーサービスはどうなってるの?客は私たちなんですけど。それが、お金を払っている人に対する言葉遣いなの?」

この日は、私の連れに対するスーパー全体の態度が気に入らなかったから、いつもよりも早口&感情的に喋っている自分に気付いた。まるで汚物を扱うような態度!!私が連れてきた人に対して相当失礼だよね、だからといって、コートジボワールでは(というかアフリカ全体では)冷静さを失って感情的になってしまったほうが負けなのだ。

この二番目のおばちゃん(ジャイアンのママのアフリカバージョン)は、普段から一番態度がでかくてぶっきらぼうで、迫力で客を脅しているとしか思えないような人だ。だいたい、このスーパーのレジのおばちゃんと何かしら問題があるといえば、彼女との場合がほとんどだった。

彼女もこの日はイライラしていたようで、初めてマジギレされた。むくっと立ち上がり、人差し指で私を指さしながら、「今日という今日は許さないわよ。なんだいその生意気な態度は!!こんな汚いのまで連れて来て!!」と叫び、しまいには「十二時にスーパーの入り口に来な。決着つけようじゃないの!!!」と呼び出される始末。スケバンの喧嘩じゃないんだからさぁ。

彼女は、仲裁に入ったマネージャーすらも怒鳴りつけた。私も相当怒ってた。普段から彼女のことは気に入らなかったけど、子どもの目の前で、あんな大人気ない発言を普通はするかぁ?私の普通が普通じゃないのがTIAだし、彼女にしてみたら、物乞いを連れて来るなんていうのはイカれた人の行動なのだろうけど・・・。これは、文化や価値観の違いで片付けてしまえる事なのでしょうか?これって、差別というものなのではないのでしょうか?

とりあえず三番目のおばちゃんにお金を払ってスーパーを出たものの、なんだろうね、この後味の悪さ。悲しくなっちゃうな。とりあえずこの物乞い少年に一言謝って、私はオフィスへと戻っていった。

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だから、翌朝マティーに「ナツノ、あんた昨日、下のスーパーで一騒動やらかしたりしたでしょ?」と聞かれたとき、いかにも私が一方的に悪いというような言い方をされて、私としては腑に落ちなかった。ただ、「スーパーの女性を罵った挙句に手まで出したんだって!?」と言われたときにはさすがに反論したけど。

罵倒・暴力は、今回は封印していたのですが何か?こうして、話をいちいち針小棒大にするのが本当にTIA。何だって平気で言うんだからね、あることないこと。いちいち大げさなんだよ。ぶっちゃけ面倒くさい。

確かにウガンダ留学当時は、あまりにも話し合いの埒があかなすぎて(というか、相手がバカで意地悪で話し合いが成り立たなすぎて)、机をバーンとたたいたり、持っていた本を床に叩き付けたりすることもたまにあった。だって、そうでもしないと、本当にどうにもならないんだもん。こうでもしないと相手は話を聞いてくれないし、気がおかしくなってしまいそうになる。TIAな幼稚な話し合いは、リアルに神経がすり切れる。

あの頃の私は、まだまだTIA式の「ゲーム」(ひたすら忍耐と我慢を必要とする話し合い)に慣れていなかった。まぁ、今でも未熟なわけですが。だからこそこうして、スーパーのおばちゃんだとか警察なんかとすったもんだしちゃうんだよね。いつか本当に慣れる日が来るのでしょうかね。

ただし今回、ジャイアンのママ相手には、本当に何もしていません!!!!!殴りたい衝動に駆られたけれど、力じゃ絶対に勝てる相手じゃないのは最初から分かってるし。

もちろん、マティーには事情を全部説明したよ。同僚に誤解されてはたまったもんじゃないからね。でも、その後彼女から、非常に大切なことを教わった。

「ナツノ、いい?あなたが怒った理由はよく分かった。でもここでは、いくらあなたが客だとしても、いくら相手が態度の悪い店員だとしても、年下の者は年上の者に対して礼儀正しくなきゃいけないの。年上の者が絶対なの、分かる?」

そ、そんなの、日本だって一緒だよ。年上の人を敬う文化は日本にだってあるし、私だって、年長者には礼儀正しくありたい。でもこの場合、お金を払っているのは私なんだよ?ビジネスという観点から見れば、彼女の態度は全然プロフェッショナルじゃない!!それに、どう考えたって彼女の態度は幼稚だった。いくら彼女が身体的には年上でも、精神的にお子ちゃまなあんな人が、それでも絶対だと言うのか?ガキみたいな一つ年上の先輩すらもあがめなきゃいけない、日本の中学生じゃないんだからさ。

「でも、コートジボワールではビジネスもなにも関係ないの。ここでは、年上は年上らしく、年下は年下らしく振舞わないといけないの。」

・・・・。「ここではこうだ」と言われてしまったら、どんなに腑に落ちないことでも、外国人として、受け入れざるを得なくなってしまう。悔しいけど。

確かにコートジボワールに来た直後は、一番年下の私が「社内教育」をするというので、なかなか同僚から受け入れてもらえなくて大変だった。見くびっているわけではないけれど、「どうしてこんな小娘から何かを教わらなきゃいけないんだ!!」の視線は辛かったよ。とはいえ、私の同僚は全員24~26歳。そこまで歳が離れているわけじゃはないんだけどね。

「それから・・・これがもしも、あなたの家の近くのスーパーでだったら、どんなにやり合ったって構わないわ。ただ・・・。ただ、オフィスの近くで誰かと問題を起こすのは絶対にダメ。ここでは、みんながみんなを知っているでしょ。あなたがこの会社で働いていることも、私があなたと一緒にここで働いていることも、スーパーの彼女たちは全部知っているの。小さなコミュニティーなのよ、結局は。今日私がスーパーに行ったときに聞かれたわ。『おたくの会社はどういうつもりなの?』って。」

西アフリカのパリ」は、栃木県の田んぼの町と、同じ世界だ(苦笑)。

「彼女たちが、いかにして物事を大げさに言うのか、あなただってよく分かっているでしょ?実際にさっきも、私はてっきり、あなたが彼女たちに対して暴力を振るったものと思い込んでいたわ。いい?ここでは、誰か気に入らない人がいると、みんながあることないこと言い出すの。そうすると、だんだん彼らは、その気に入らない人の家族や職場に対しても何でも言い出すの。このままだと、スーパーのお客さんや彼女たちの周りの人に、私たちの会社の悪い評判が広まるのは時間の問題だわ。」

信じられない話だけど、マティー曰く、レジのおばさんの中には、私の母親が魔女であると言い張っている人もいるんだって。これが笑い話では済まされないのがアフリカ。魔女or魔女の子ども扱いされたら、もうかなりやばい証拠なの。魔女狩りは、(日本語情報はこちら)アフリカ全土で深刻な問題なんだよ。


そして・・・ここの人はとにかく噂話が大好き。マティーが言ったことは、確かに正しい。

日本でだって「友達の友達」くらいの話ならするだろうけど、ここでは「友達のいとこの夫の妹の隣人」レベルであれば、みんなが面白がってあることないことゴシップする。親戚の人数が多いし、みんな仲良しでしょ?近所の絆も深いしね。みんなおしゃべりが大好き(というか、みんなそこまで忙しくないから、おしゃべり以外にすることがない)&お節介。そして、みんなアフリカンなテキトーさを持ち合わせている。つまり、噂が常識ではありえないような形に膨らんでも、あるいは膨らませても、誰も気付かない&気にしないのだ。

また、噂がここで持つ力というのは、日本のそれとは比べ物にならないほど大きい。みんな噂を本気で信じて、また噂を情報源として生きている。新聞だって、噂の根拠を確かめないままに記事にしてしまう。信じられないけど、TIA。

****************

私一人の評判が下がるだけなら痛くもかゆくもないのだが、会社全体に迷惑をかけるわけにはいかない。そうか、ここでは「年上らしく・年下らしく」がキーワードで、どんな状況でもそれは守らないといけないのか。

悔しいけど、新しい視点を得たような気がする出来事だった。この事件以来このスーパーには行ってないけど、頭下げて謝ってこようかなぁ。自分のためにも、会社のためにも。ただ、彼女の「こんな汚いのまで連れて来て!!」発言は、どうしても許すことができない。

汚職のところでも書いたけど、自分にとっては理不尽にしか思えない状況の中で、グッとこらえて我慢する―これは今の私に一番欠けていることであり、今の私が一番苦手とすることだと思う。ウガンダ留学では「耐えること」の本当の意味を学んだが、仙人ではない私には、まだまだ克服するべき困難がたくさんある。

はぁ。異文化の中での生活は、それが何度目であっても楽じゃないね。どの文化的要素を取り入れて、どれを取り入れないようにするのか。取り入れたくない文化に対しては、どのように妥協すればいいのか。文化を取り入れない道を選んだ際には、どのようにして上手く周りの人とやっていけばいいのか。文化にも、変わらなければならないものと、伝承されなければならないものとあるしね。

C’est tellement difficile…..(マジ難しいぜ)

やっぱりウガウガなウガンダ映画

名前だけのアフリカ映画祭に行ったぜ!!2008年5月1日の日記です。

10時に始まる予定だった、セネガルのミュージシャンの映画を見たかったんだけど・・・遅れて到着したら、1時間半も予定が遅れてました。まぁ、2時間遅れよりマシだね。そして、大幅に遅れているというのに誰も何もしようとしないというのがさすがウガンダ。私たちが到着したときには来賓挨拶が行われてたんだけど、ハデハデなリボンをつけていたその来賓とやらが、魂の抜け切った感じのヨボヨボなマケレレの先生だったのがウケた。 しかも彼、奥さんらしいニャボ(女性)と一緒にステージに立ってたんだけど、もう時間お構いナシに喋るわ喋るわ。しかもなまりすぎてるのと、要点がいまいち掴めないスピーチだったから、結局何を言っているのかよく分からなかった。マケレレの授業とまったく同じ。彼、スタッフに最後は止められて、ステージから強制的に下ろされてました(笑)。ウガンダ人って、年配者に対してNOをつきつけることがほとんどないんだけど、それでも強制終了させられる彼って一体・・・。

予定が遅れてたせいで、結局見たかった映画は見られなかったんだけど、代わりに見るハメになった安っちいウガンダ映画に、私も一緒に行った日本人女性も大爆笑。絶対に制作費100円くらいですよ、あれは。

奥さんが三人いる農夫(このさ、当たり前のように奥さんが複数人いる、っていうのがどうもねー)の話だったんだけど。あるとき日照りが続いて、作物が育たなくなっちゃったんだって。その時のシーンがまずツッコミ。日照りを表現するために、一本の枯れ果てたトウモロコシをアップで映すだけなの。もちろん、バックには青々としたウガンダの豊かな畑が映っちゃってる!!さすがウガンダw ウガンダは、全然日照りとか飢えとか関係ない国なんです。それなのに一生懸命枯れてる畑を演出しようとして、演出しきれてないところが面白かった。

奥さん三人が雨乞いをするシーンも、青々とした風景の中で撮影されてて。まぁ、ウガンダで枯れ果てた場所を見つけるのはほぼ不可能だから、しょうがないよねぇ。

んで、食べ物がなくなったから、夫と妻三人の計四人で、ジャングルに入っていって食べ物を探すシーンがあったんだけど・・・。

あははははははははは

ジャングルの中で、四人で一生懸命蚊を退治する場面があったの。でも、パチパチと手を叩く音が音声に入りきれてなくて、決死の作戦で舞台袖にいたスタッフが、映像に合わせてパチパチ音を演出してた。そしてそれを見たお客さんも、一生懸命みんなで一斉にパチパチと手をたたき出す始末・・・。うーん、TIA。こうして、よくわからないまま周りと一緒にパチパチと蚊を退治する音を出しだす私。つまらない映画だったけど、なにかが起きるたびに観客から歓声が沸いたり「バーーーーーーンビ!!アイヤイヤイヤイヤーーーー!!!(ガンダ語で“Oh no!!!”という意味)」という声が聞こえてきたりと、会場全体が一つになった、素敵な映画でした。

この映画の後に、出演者と監督による舞台挨拶という、豪華なおまけまでついてたよ。ただ、農夫と第一夫人を演じていたニャボはあまりにウガウガしすぎてて(反応が鈍い)、自分に質問がされているというのに気付いていなかった!!あれでよく演技ができたよね。どんな手を使って演技をさせたんだろう。

ヒマラヤのお寺系クラブにて

標高がそこまで高くない部分のブータンの風景。のどか!!

こんな場所は、国のあちこちに。



ちょうど、ヒマラヤ山脈のちっちゃな王国・ブータンをうろちょろしていた頃だったんだけど、仲良くなった同い年のブータン人の女の子に「今日の夜はクラブに行くわよ」と誘われた。

当時のブータンはまだ民主化されておらず、ほぼ鎖国状態だったの。ビザが取れたのはラッキーだったが、やはり自由には旅行できなかった。でも、かなり親切なガイドさんがどこにでも連れて行ってくれて、何でも質問に答えてくれたし、英語の分からない人と話す際には通訳してくれた。彼の口癖が「isn’t it?」で、何に対してもそう言っていたので、密かに心の中でイライラしていたのも、今では素敵な思い出だ。「You like Bhutan, isn’t it?(君はブータンが好きisn’t it?)」「You want to meet many local people, isn’t it?(君はたくさんの地元の人に会いたいisn’it it?)」みたいな。

また、その頃のブータンには「夕方の五時までは、国民全員が伝統衣装を身に着けなきゃいけない」だとか「建物は五階建てまで。必ずブータンの伝統建築スタイルを取り入れるように」だとかいう法律があったんだよね。王様(当時の王様は、きのこが大好きらしい)はみんなから愛され、尊敬されている。2008年には民主化されることがもう既に決まっていて、どうやらそれを言い出したのが、他でもない王様らしいんだけど、逆に国民が民主化に反対!!みたいなね。「教養のある国民が少ない国では、民主主義は絶対に成功しない。まだブータンは、民主化には早すぎる。」と言っている人、多かったよ。町でも村でも。


小学校の制服も、もちろん伝統衣装。


国連もこんな建物です。ブータン建築の知識がゼロの私には、寺にしか見えない。

グローバル化の影響で、世界的に価値観・社会・文化が怒涛の変化を遂げ、人類は今、ちょっと迷走気味だよね。そんな中、この国はそれを防ぐのに一生懸命になっていたよ。悪く言えば統制されているってことになるけど、ブータンを見ていると、あれはあれでいいのではないかという気分になった。一番重要なのは、国民が幸せかどうかってことだからね。パンドラの箱は、開けないほうがいい場合もあるのかもね。

熱心な仏教徒である人々は、それはそれはつつましやかに静かに幸せに暮らしている。強盗事件が起きると、トップニュースになる。平和なユートピアです。浮世離れ!!



お寺にて。

このお寺は素晴らしかったよ。でも、着くまでが結構大変!!
ここで、ブータン人と結婚してチベット語を自在に操るアメリカ人の仏教徒のお姉さんに遭遇。

修行キッズの洗濯風景。左の方のお尻丸出し君がかわいい。


あぁブータン!!もう一度マジで行きたい!!非常に美しい国です。景色も、人の心も。今は少し変わっちゃったみたいだけど、17世紀あたりにタイムスリップしたみたいで、本当に不思議な経験でした。ホームスティしたのもいい経験だった。GNP(国民総生産)ならぬGNH(国民総幸福度)では、いつも上位にランクインしているね。皆さん、本当はあまり宣伝したくないのですが、ブータンは超超穴場っす。

そんな国で「クラブに行くわよ」と言われたもんだから、最初は耳を疑った。しかし、これは面白いことになりそうだと、すぐに「行く!!」と答えた私だった。夕方の五時を過ぎて、伝統衣装からジーパンに履き替えた彼女。夜になって、彼女の家にイケメンの彼氏(ブータンにはカッコいい人が多い~)と仲間たちがやって来た。これからご飯を食べて、いざクラブへGOだ。

昼間のイマドキ・ブータンガール(左)はこんなだけど・・・


5時になった瞬間に着替えます。着替えると、イチャイチャモード全開です。


首都・ティンプーは小さな町で、周りには田園風景が広がっている。もちろん夜だったから真っ暗だけど、栃木で育った私には懐かしい場面です。中学・高校時代には、似たような真っ暗の田んぼ道を、自転車で毎日往復しておりました。

「着いたよ」と言われて車から降りると、ブータン建築の知識ゼロの私の目には、お寺にしか映らない建物の前にいた。なんとなく予想はしていたけど、す、すごい・・・!!周りには、ちょっとダサめの格好をした若者が何人かいた。車も結構止まってる。

中に入ると、そこは本当にクラブだった。クラブというか、田舎のスナックみたいな感じ。コートジボワールにも似たような場所がありました。そして・・・かかっている音楽は、アメリカのHip Hopでもなければ、ブータンの伝統音楽でもありません。そう、南アジアで絶大に支持されている、ヒンディー・ポップだったのです!!インドに少し疲れたからブータンに行ったのに、しかもインドで疲れていた理由が、ヒンディー・ポップの呪縛から逃れられない(インドでは、どこに行っても流れている)からだったのに、こんなところでまたヒンディー・ポップに遭遇するとは!!今じゃ、ヒンディー・ポップの良さを少しずつ理解できるようになった私だけど、当時は、あの甲高い歌声がどうしてもムリだったの。レバノン・ポップもそうだけど、インドや中東のイマドキの音楽は、楽しめるようになるまでに時間と忍耐を要します。

そんなヒンディー・ポップにあわせて、体をクネらせる若者たち@ちょっとダサい服。六本木にいる日本人よりも情熱的でした(笑)。ここにいる人みんなが、昼間には伝統衣装を着ているのか・・・そう考えると、あまりのギャップにただただ唖然とするばかりだ。

ちなみにこのクラブ、三年半前のティンプーのホット・スポットだったよ。もちろんお酒はありません。若者たちは、踊り疲れたらオレンジジュースかコーラかお茶で喉を潤し、再びヒンディー・ポップに体をクネらせるのです。

翌朝、私をクラブに連れて行ってくれた彼女は、家族の誰よりも早起きし、伝統衣装に身を包み、仏壇(というか、もはやチャペル。ブータンの家の最上階は、必ずチャペルがあるんだって!!)の周りにあるバターでできた蝋燭(バターでできているのに蝋燭と言うのか?)に火をともし、お祈りを始めた。昨日の夜の彼女とは別人だ。



各家庭にあるという仏壇(?)の様子。


こうして、ブータンの一日が今日も始まる。

2009年12月22日火曜日

アフリカの映画事情

おしん!!

健さんのヤクザものは、確かスーダンでも見たような・・・。

これはコートジボワールのテレビ情報誌ね。


アフリカの人は、テレビドラマや映画が大好き。中産階級に人気なのはアメリカの番組(フランス語圏でも大人気)だけど、ここの人は何でも好んで見るね。とにかく家族というものがそれはそれは重要であるため、家族みんなでドラマや映画を楽しむためにも、テレビとDVDプレイヤーは必需品だ。家にテレビがなければ、近所の家や、友達の家に見に行く。スラムでも、テレビとVCDプレイヤー(シントー:安い中国製品)の普及率はすごいし、VCDのレンタルは、だいたいどこの国に行っても街中のあらゆるところに存在する。だいたいは中国の海賊DVDかただのコピーだから、画質はかなり悪いけど。中国語のVCDも多いよ。

特に、コートジボワールのテレビの普及率はすごいよ。正式なデータがないのが残念だけど、スラムでも難民の家でも村でも、テレビのある家庭はかなり多いなという印象を受けている。さすがはコートジボワール。TInAです。

ちょっとここで、どんなのがこの大陸で人気なのかを紹介します!!







*ハリウッド*
まぁ、これはどこでも世界中で大人気だよね。

ウガンダで始めてみた映画が「High School Musical」だったのが未だに忘れられないな。寮に入ったばかりの頃、ルームメイトもまだ来ておらず、一人ぼっちで夜部屋で本を読んでいたの。そしたら向かいの部屋の子に「一人で寝るの!?怖くないの!?(アフリカの女の子は一人で寝られない。大家族に慣れているからかな。)」と仰天され、彼女の部屋にしばらくの間強制連行(?)されまして。まぁ、この夜彼女が私の部屋にやって来たそもそもの理由っていうのも、High School Musicalが見たくて、私のパソコンを使いたかったからなんだけどね(苦笑)。あぁマケレレ女子大生。

中でも特に大人気なのが、ジャッキー・チェンやブルース・リーの映画だよ。カンフー、空手、テコンドーものはもう大大大人気。話の展開が複雑ではないのがいいのだと私は思う。あまり難しいと、ここの人は見るのをやめてしまう。

東アフリカの人にはよく、ジャッキー・チェンと私がどういう血縁関係であるかをよく聞かれた。大学の近くの市場のおばちゃんなんて、私が香港と日本と中国と韓国と台湾の違いを何度も何度も何度も何度も説明したのにもかかわらず、毎回「ジャッキー・チェンとあんたはどういう関係なんだい?(なんか、こう聞かれると、ジャッキー・チェンの奥さんに尋問されているみたいになるよね)」と聞いてきた。ニャボ!!あなたは今まで何の話を聞いていたのですか?さすが、ポケモンで言えばヤドンに当たるウガンダ人。だから、ウガンダ滞在も三ヶ月を過ぎる頃には、彼女には面倒くさいので「彼は私の叔父です」と言うようにしていた。そうすると喜んでもらえるし、野菜も安く手に入るしね。

この前、会社のベナン支社のヴィヴィアンに、カスタマーサービス教育をしていたときに、たまたまアジアのアクション映画の話になったの。彼女は普通のギャルで、仕事に対する態度もあんまり良いとはいえないから私は少し困っているんだけど、彼女でさえ「もう何度も何度も見てるから、自分がカンフーや空手の技を全部マスターしたかのような錯覚があるわ。」と言っていた。

現地の言葉に吹き替えがされている映画も、ほんのちょっぴりではあるが存在する。これがね・・・マジ爆笑。マジTIA。

まず、コストを安く抑えたい&技術がないだけだから、吹き替えの声優さんはたったの一人。大体は声の太い男性声優がガービーガービー叫んでいるだけというね。メチャメチャ美人なヒロインもこの人が担当するんだけど、声質を変える工夫も特にはされてないの(笑)。登場人物の声質や口調、トーンは全部一緒。喜怒哀楽なんかもお構いなし。ラブシーンなのに、聞こえてくる音は、声の太い男がドヤドヤ叫んでいるだけ・・・みたいなね。これ、文字にしてもあまり面白くないから実際にみんなにも見てもらいたいなぁ。だからアフリカに来てね・

アフリカを放浪していると、当然ながら、バスにたくさん乗る。中にはテレビがついているというだけの理由で「超豪華版」呼ばわりされているバスもあるんだけど、ウガンダ北部で一度、白黒のハリウッドだかヨーロッパ映画が流れておりまして。この「ワンマン吹き替え映画」だったのだが、もううるさくてうるさくて。というのはこの映画、戦争モノだったんだけど、なんと戦闘シーンの爆音なんかもこの声優さんが担当してたのね。何度も言うように、コストを抑えるため&技術がないため、吹き替えの声を入れる→それを消して実際の映画の効果音バージョンにする→また吹き替えにする・・・っていうプロセスが完全に無視されてるからなのですが。だから、映画の上映中は、太い声の男がガーガー叫ぶ魔の二時間以外の何ものでもなかった。バス中大音量だし、周りの乗客は大歓声を上げながらそれを見ているしね。アハハ。

ただし、ハリウッドの映画に見る世界が実際のアメリカだと思い込む人は後を絶たないよ。拝金主義とか、アフリカ否定&アメリカ至上主義は、ハリウッド映画の影響が大きいと私は思わずにはいられない。だから、なんだか複雑な気持ちになる。



*アフリカン*
出ました(笑)。いや、これについてはまた特集組んでいっぱい書きますよ。

アフリカ映画で一番の人気はもちろんナイジェリア映画。大陸全体の心をわしづかみです。東アフリカのオリジナル映画はあまり見なかったけど、ガーナ映画やコートジボワール映画も人気だね。ナイジェリア映画ほどではないけど。私が見た唯一のウガンダ映画に関してはこちらをどうぞ。

アフリカの映画は、制作費が1000円以内で済んでいるとしか思えない。車の中のシーンで、カメラマンがフロントミラーに映っちゃうのはよくあることだ。キャスティングも、絶対にそこら辺の人を引っ張ってきただけだよ(笑)。喜怒哀楽の繊細な表情は演じ切れていないけれど、代わりにいちいち表現がダイナミック。雄たけびを上げて悲しみを表現し、目が飛び出るほどの表情で驚きを表現し・・・といった具合だ。


ナイジェリア映画の一場面。婚約者の浮気を発見したシーンでは、

このようにして衝撃を体全体でダイナミックに表現します。



話の内容は、毎回毎回超TIA。しかも主人公は、だいたいめちゃめちゃの金持ち。アメリカで大儲けした男が、ギラギラの服にピカピカの車で白人女性を連れて村に帰ってきた話だの、お金持ちの玉の輿に乗るべく奮闘する女の話だの、十人の女を同時に引っ掛けるドラ息子の話だの、若くてきれいな新しい奥さんが、古株の奥さんたちにネチネチにいじめられる話だの。

これを、老若男女問わずにみんなが仲良く見るのがアフリカ流。ここから子どもたちは、社会の何たるやを学んでいるのかしら。教育的にはどうなんだろうと思わずにはいられないけどな。



*韓流ドラマ*
私がウガンダにいた頃は、東アフリカ全体で「チャングム」が大人気だった。双子のケニア人の友達がいたんだけど、二人ともチャングムを見ながら毎回号泣していたらしい。少女チャングムがお母さんと生き別れになるシーンは、彼女たち曰く「なんという過酷なmaisha(スワヒリ語で、『人生』という意味)なの、あんなに小さな女の子が!!!嗚呼!!!!!!」だそうだ。この感想を言いながら本当に二人そろって泣き出してしまったため、いやー、焦ったよ。思い出し笑いじゃなくて思い出し涙だね。感情を豊かに表現する人がアフリカには多いけど、この双子ちゃんにはビックリだったわ。



ウガンダのテレビでチャングムを発見。



ただ、チャングムを見るときにみんなが困っているのは、誰が誰だか分からなくなっちゃうことなんだって。みんな同じ服着て、同じ顔してるから。アジア人が同じ顔に見えることに対して、私は反論はしません。なぜなら、私もアフリカの人(特に男)は全部一緒に見えるからね。

「冬のソナタ」とか、あと何だっけ、名前忘れたけど、病気の女の子の話(ウォンビンが出てた!!)なんかも放送されてたよ。とにかく韓流はすごいです。そして、ウォンビンのカッコよさは、ここの女の子には分からないそうです。



ああ、ヨン様発見!!



エチオピア東部のハラルという伝統的なイスラムの町で見た「冬ソナ」は、アラブの衛星放送だったからアラビア語でした。ヨン様の声が男らしかったよ。見ている人に聞いてみると、みんなアラビア語は完全には分からないけど、とりあえず見ているとのこと。アフリカ大陸のあの地域は、結構文化が複雑に混ざっているから、さすがだなと思った瞬間だった。

ハラルでそれを見たのはエチオピア人の友達の家で見たんだけど、何か起こるたびに、でっぷりした母ちゃん(大奥的な雰囲気)が、ハラル語でコメントをしていた。これはどこの国でも一緒だね。そして、ドラマが終わったときには家全体に重~い雰囲気が漂っておりました。外に出て、かなり太陽が眩しかったのがかなりのギャップでした。



* ラテンアメリカのソープドラマ*
あー、これね(笑)。これでもか!!というほどドロドロしすぎの南米ドラマ。オーストラリア版の「渡る世間」とも言えるであろう(?)Home and Awayもビックリなほどの、このドロドロ具合。これもこちらでは大人気。

家族みんなで一生懸命見ているのが、かなりドロ沼化している複雑な南米系恋愛ものだったりする。南米ドラマは分かりやすいよ。主人公はだいたいお金持ちで、美男美女で、性格のいい人なの。それで、その人の恋人もやっぱり美男美女で、善の塊のような人ね。恋人のバックグランドはお金持ちか貧乏かのどちらかだ。そして必ず、二人の関係を邪魔しようとするビッチ&バスタードが存在する。このビッチ&バスタードの悪さを視聴者に分かりやすくするために、彼らは非常にわかりやすい「いかにも悪役」な表情を浮かべているのが常だ。

日本やアメリカのドラマってあまりよく知らないけれど、「完璧人間」と「100%悪役」っていう登場人物はほとんど出てこないよね。登場人物の一人ひとりに光と影があって、それを上手に繊細に表現していると思うんだけど。でも南米ドラマは、とにかく善と悪を登場させて、分かりやすさを追求しているように思う。これが、複雑なことが苦手なアフリカの人の嗜好にマッチして大ヒット!!あまりややこしいストーリーだと、アフリカの人は見るのをやめてしまうので。



* トルコドラマ*
エチオピアにて。これもアラビア語の吹き替えだったよ。でも、私が「エチオピア人の妹」と呼んでいるサルワはアラビア語を理解する才女であるため、丁寧に解説してくれた。助かった!!アディス・アベバの彼女の家には一週間くらいいたんだけど、三日目あたりから私もこのドラマを心待ちにするようになってたね。

「言葉が分からなくても展開がつかめるほど分かりやすい」という意味では、ラテンアメリカのソープドラマよりちょっと下だなと思った。俳優さんの表情が、割とクールだったからだ。ただ、私がたまたま見たドラマにの登場人物には悪役が登場してなかったのがウケた(笑)。そして、目立った悪役がいないがために、そこまでストーリーは複雑じゃなかったよ。

話の内容はこんな感じ。ムハンマドっていう超金持ちスーパーイケメンがいて、彼の家は家族そろって善人なの。彼の奥さんは貧しい家庭からやって来た美女。あ、名前忘れちゃった。ムハンマドの印象があまりにも強くて(笑)。Anyway,貧乏な彼女をムハンマドの家族は暖かく受け入れ、その家族の助けのおかげで、彼女は自分のファッションブランドを立ち上げる。このブランドが大成功で、今や彼女は、イスタンブール中を忙しく飛び回るデザイナーだ。ところが、この二人に様々な困難がふりそそぐ。彼女が病気になったり、ムハンマドが強盗に刺されたり、その挙句の果てには彼が記憶喪失になったり。

記憶喪失を使うドラマって、かなりクラシックだよね。



* ボリウッド*
出ましたボリウッド。当たり前だけど、東アフリカのインド人の間ではゆるぎない地位を確立しております。東アフリカのインドパワー恐るべし。東アフリカの経済は、完全に彼らに牛耳られていますね。そして、これまた彼らは上手にやるんだな、色々と。インド人についてはまた後で書きます。面白いよ。

南アなんかでも大人気だったよ。エチオピアのサルワの妹ちゃんは、とにかくボリウッドが大好き。いつもいつも、ボリウッドのジャンジャカしてるのを見ながらうっとりしていた。ちなみに彼女、ヒンディー・ポップのミュージックビデオも大好きです。

そうそう、ヒンディー・ポップといえば、ブータンで、面白い経験を三年半前にしたよ。詳しくはこちら

アフリカ黒人の間でももちろんボリウッドはよく見られているけど、あまり好き好んで自ら見てるっていうわけではないというのが私が受けている印象。「流れていれば見るけどね~」といった感じだ。それよりもみんな、ハリウッドやアフリカン映画を見たがる。



* アニメ*
フランスは、世界ナンバー2のオタク国家だけど、そんなフランスメディアの影響を直に受けている仏語圏アフリカでは、アニメがじわりじわりと人気を博すようになってきている。本屋に行けば「クレヨンしんちゃん」が売られているしソルボンヌには、キャンディーキャンディーやらワンピースやらがレンタルショップに並んでいるしね。

コートジボワール西部、リベリア国境からそんなに遠くないサンペドロという町に行ったとき、私はリベリア難民の人々とつるんでいた。難民としてコートジボワールに来てから十五年以上経っている人がほとんどであったため、子どもたちの世代になると、もうみんなコートジボワール生まれ。だから、「難民」といってみんなが想像するような、あの難民キャンプのイメージではなく、みんな自分の家を持ち、仕事を持ち、地元のコートジボワール人からの差別と戦いながらも、苦しいながらも、一生懸命生活している・・・そんな感じだよ。

このリベリア難民の子どもたちの間では、何を隠そう、「ドラゴンボール」が大人気だった。ドラゴンボールの時間になると、テレビに釘付け。11歳のウィリアムス君は、「将来は悟空みたいに強く優しくなりたいんだ」と言っていた(涙)。これから「難民の子」として社会の荒波にもまれるであろうウィリアムス君だが、ぜひ、ドラゴンボールを忘れないで、たくましく生きてほしいなと願うばかりだ。


ウィリアムス君。かわいい。



別れ際に、ウィリアムス君はドラゴンボールのスケッチ画をくれたの。あれはずっと大切にしていかなきゃ。