2009年12月14日月曜日

アフリカに、カスタマーサービスを根付かせよ!!

インターンという名のお遊びちゃんの私は、会社では一応、カスタマーサービスを担当している。これは、コートジボワール支社のカスタマーサービスだけでなく、会社全体のカスタマーサービスの質を向上させるために、マニュアル作成から接客教育まで、ありとあらゆることをやっている。「アフリカで革新的な事業を行う企業は、カスタマーサービスにおいても先駆者でなければいけない。アフリカに、カスタマーサービスの文化を確立させるくらいの気合で、我が社としては頑張っていかなくては!!」と、気まぐれ社長がまたもや突拍子もないこと(でも道理にかなっている)を言い出したがために、そしてまた、日本びいきのボマちゃんが、「日本で感動したサービス精神を我が社にも取り入れたい」などと言い出したがために、私がこれを担当することになってしまった・・・というのがそもそもの話。

接客教育ですよ接客教育、この私が!!日本でバイトをしたぐらいの経験しかないこの私が、人様に接客のいろはを教えているんです。しかも、フランス語のネイティブでもなんでもないのに。最初は、本当に私なんかがそんな偉そうなことをやってしまっていのかどうか、結構悩んだよー。コートジボワール支社での研修はまだしも、各国にある支社のための研修も私が担当しているから、当然彼らとのコミュニケーションはオンライン上になる。これが本当に難しい。監督されているときだけ上手にやって、あとは適当にやり過ごすのが大得意なTIAな人々を相手にすると、この難しさはため息モノだ。それに接続の悪いインターネットと、時間にルーズなワーキングスタイル、おまけに、分かったつもりになっていて、実は何も分かっちゃいない知ったかぶり・・・と、トリプルパンチでやってくる。

まぁ、実際に研修をするに当たってのチャレンジについては、別の機会に話すことにして・・・今回は、カスタマーサービスの先駆者(?)としての苦悩や、実社会やら文化とのギャップについて、少しお話させてください。

これはおそらくどこの国に行っても同じことが言えると思うのだが、どこか外国に行って誰かに何かを教える際、どこまで自分の国のやり方を教えていいのかという境界線は非常に引くのが難しい。日本のカスタマーサービスは、世界のトップクラスだと誰もが認めている。そんな国で育った私には、そこまでのプロフェッショナルな経験がなくても、カスタマーサービスなんていうコンセプトがゼロのアフリカ各国で教えられることは山ほどある。簡単なことだ。例えば、客にはきちんと敬語を使うとか、ぶっきらぼうに電話に答えないとか、クレームに対して逆ギレしないで対応するとか。

だが、日本のやり方がトップクラスだとしても、あれは日本だから成功するわけで、こちらの社会には独自の文化や価値観がある。私の知っている「トップクラスのカスタマーサービス(=日本のカスタマーサービス)」のどこまでがプロフェショナルで普遍的なカスタマーサービスで、どこまでが日本文化の域に入るのか?カスタマーサービスの重要性がまだそこまで認識されておらず、その方法も確立されていない社会では、この判断基準が非常に難しい。

接客の実習で最初にぶち当たった壁は、言葉遣いだった。

フランス語には、日本語ほど複雑ではないにしろ、敬語が存在する。遠まわしな表現やへりくだった言い方など、ネイティブではない私にはちんぷんかんぷんだ。英語は本当に楽だったなぁ・・・と、懐かしささえ感じてしまう。

言語というのは、文法や表現を学べばいいわけではない。相手への思いやりや気持ちがそのまま言葉になるわけだから、よっぽどその言語が話されている社会に精通していないと、本当にペラペラになるのは難しい。

この敬語だけど、フランスの一流企業では結構使われているみたいだ。スーパーぐらいだとなかなかそういうわけにはいかないみたいだけど。日本では、スーパーだろうとどこだろうと、敬語は敬語として使われている。フランスでは、場所は限定されているとはいえ、使われている場所では使われている。では、コートジボワールやほかのアフリカ諸国ではどうか・・・。

コートジボワール支社の受付嬢であるマリアムは、私が来るまで、お客さんに命令形でものを言っていた。たまにs’il vous plaît(お願いします)がつくけれど、あとは全部命令形。Entrez(入って),Patientez(待って),Montrez(提示して)などなど。まだ、お客さんにtu(あんた)ではなくvous(あなた)と言っているからまだマシなのだが・・・。でも、これが銀行なんかに行っても、コートジボワールではそうなのね。本格的な場所ではVousを使ってはくれるものの、あとは全部命令形。s’il vous plaîtも、たまにつくかつかないかだ。だから、彼女があのような口調でお客さんに接するのは、当たり前のことなのだ。ウガンダや他の国でも、英語でさえ丁寧な表現を使わない店員にはしょっちゅう出くわした。というか、丁寧な表現すら使わない人が大多数なのだから仕方がないのだけれど。

ただし、あまり形式ばった敬語を使うと、今度は相手との心理的な壁を作ってしまい、結果として逆に不快感を与えてしまう。コートジボワールでは、母語同然にフランス語が話されているからまだしも、フランス語が社会の中での公式言語としてしか使われていないような国では注意が必要だ。母語の直訳でフランス語が使われる傾向にあるから、ただただきれいで完璧なフランス語を話せばいいというものではない。これは、ウガンダの英語もそうだったよ。

カメルーンにいる同僚とスカイプで言葉遣いについて話していたとき、カメルーンでの言葉遣いについて面白い話を聞いた。カメルーンでは、年を取ったおばちゃんなんかはMadam(奥さま)と呼ばれるよりもTantie(おばちゃん)と呼ばれた方が、親しみを持って尊敬されていると感じるらしい。大家族の中で、自然に年配の女性が尊敬されている、あの感覚がいいんだろうね。

こんなとき、受付にいる若い人は、むしろお客さんの娘や息子の感覚で接した方が、相手に好感を与えられるかもしれないのだ。もちろん、本格的なマイクロファイナンスの会社として、プロフェッショナルな言葉遣いは必要不可欠なのだが、文化とプロであることの間がどうしても難しい。結局は、接客をする人一人ひとりが、お客さんの性格やタイプをよく認識し、それに見合った対応をとることが大切になってくる。

コンゴ民主共和国では、教育を受けた人しかフランス語が話せない。アビジャンでは、そこらへんにいる物乞いも、学校に行ったことのないおばちゃんも、みんなパワフルなフランス語を話す。それくらいフランス語が浸透しているんだけど、それとはかなり対照的だね。それでもキンシャサではほぼ百パーセントの割合でリンガラ語が話されている。だから、私の会社のコンゴ支社では、ファーストコンタクトは必ずリンガラ語だ。そうでないと、誰がフランス語を話すことができて、誰がリンガラ語しか話せないのかが分からないからね。

あまりに世間とかけ離れたことをやりすぎると、それがどんなにプロフェッショナルな接客だとしても意味がなくなってしまう。結局は、お客さんに喜んでもらって初めて価値が認められる―これが接客というものなのだから、ぎこちなさや不快感を与えてはいけない。だからこそ、それぞれの国の文化や社会を尊重しないといけないんだけど・・・。ただし、「アフリカにカスタマーサービスの文化を築くぐらいの気合で先駆者になる!!」のが会社の目標だとしたら、それはそれでやり方に悩んでしまう。文化とか社会とか抜きにしても、ここの接客はお世辞にもいいとは言えないからねぇ。

会社に来客があったときの対応も難しい。

日本企業でもそうなのかも知れないけれど、こちらではとにかく、地位と権力がすべてだ。というのは、来客があった際に、VIPのお客さんには「これでもか」と言わんばかりの対応をするのに、他の来客に対しては、かなりそっけない対応をする。待たせるだけ待たせておいて謝罪の一言もない、飲み物すら出さない、相変わらずの命令口調、いかにも「あなたと話すのは面倒くさいんです」と言わんばかりの態度・・・などなど。本気になればあんなにペコペコできるのに、なんなんだいこのギャップは。しかも、わざわざ出向いてくれたお客さんに対して!!これには、未だに私は慣れることができない。

コートジボワールには、客人を厚くもてなす文化があるし、困っている人がいれば助け合うのは当たり前であるとみんな考えている。ところが、これが日常のレベルから仕事のレベルになるとどういうわけか、一気にダメになっちゃうんだよねぇ。

ウガンダのときにもこれは嫌というほど痛感したのだが、一般的にアフリカでは、権力をありありと見せ付け、互いの立場をハッキリとさせる(?)のが当たり前となっている。これはどこの社会にも共通しているものだとは思うけど、アフリカに来て、ここまでまざまざと見せ付けられた私は、かなりショックを受けた。まだ日本では、待たせている間にお茶を出すとか、どんなに粗雑に扱う場合でも、せめてきちんと誠意くらいは見せるでしょ?誰に対しても分け隔てなく対応するのはできないとしても、最低ラインというものはきちんと存在する。

パリにいるころ、私はカメルーン人である社長の外部の人への態度に、いつもイライラしていた。彼は非常に頭の切れる人だが、やはり心の底ではTIAなBig Manだと私は思っている。

Big Manの大きな特徴は、次の通りだ。自分が一番偉いと思っている(でも自分よりも上の人に対しては、油を売るのが上手)、自分の気分ですべてを動かしてしまう、気まぐれ、陽気で単純、お気に入りの人に対しては既存のルールや法律など無視してすべてを可能にする(が、しかし、気に入らない人には、言いがかりをつけて何もできなくしてしまう)、批判されるのが大の苦手・・・などなど。ウガンダに留学して学んだことの一つに、「このTIAなBig Manをいかにして手なずけ、どのようにBig Manを自分のペースに巻き込むか」というものがある。アフリカで生きていく以上、彼らを避けて通ることはできないからだ。日本では、まだルールがルールとしての拘束力を持っているから、そこまでBig Manにヘラヘラしなくても済むから便利だね。

うちの社長の場合、陽気ではないTIAなBig Manとでも言いましょうか。だから余計に面倒くさい。普通のTIAなBig Manにはジョークの一つや二つを言えばOKになる状況でも、うちの社長相手にはそういうワケにはいかない。

こんなTIAな状況で私が抱えていたカスタマーサービス(というか、来客対応)のジレンマは、こんな感じだった。

まず、当然社長は約束の時間を守らない。一時間遅れ、一時間半遅れは当たり前。まぁ、TIAだから約束の時間など存在しないに等しいのは分かるけど、ここはアフリカじゃなくてフランスですよ?そりゃ、フランス人も時間にはルーズだけど、せめて遅れるなら遅れるなりの誠実な態度というものがあるだろうという話だ。それなのに、一時間半遅れで登場する彼はいつも涼しい顔をしている。そして態度がデカい。うちの会社はまだ小さいし、だからこそ尚更、誰に対してもそれなりの対応をする必要があると私は思う。ましてや、先述したように、こちらはわざわざ出向いていただいている身なのだ。

お客さんを待たせている間、コーヒーやお茶を用意し、社長の遅刻に対して謝罪をするのはいつも私の役目であった。別にそんなことしなくてもよかったのだが、これくらい誰かがしないと申しわけがたたないでしょ。

これが、会社にとってそこまで重要ではないお客さんやらパリにいるアフリカ人の若者が相手だと、もっとぶっきらぼうな対応になることに私は段々気付いていった。皮肉だが、アフリカの人がアフリカの人を見下すのはよくあることだ。アフリカ人としてのコンプレックスを持っている人は残念ながらいるわけで、そういうコンプレックスを持っている人に限って、自らのアイデンティティを否定しているからなのか、そういう傾向に陥りやすい。私は、昔は自分が日本人であることをあまい良くは思っていなかったため、なんとなくだがそのような人の気持ちが分からなくもない。社長がどのような苦労をした/しているのかは知ったこっちゃないが、彼を見ていると、実は大きなコンプレックスを抱えているのではないかと思わざるを得ない場面に何度も遭遇する。

例えば社長は、彼らに対して「午前中に来るように」と言うとしよう。当然相手は時間を尋ねるが、彼は適当に「うーん、だいたい9時くらい。とにかく午前中だ。」と言う。すると、だいたいの場合、彼が登場するのは正午か一時くらいなのだ。こんなに待たせておいて、肝心のアポイントはちゃっちゃか終わらせてしまう。

何度か私は、社長にこのことを注意(?)した。「約束を守るという基本的な姿勢をトップが見せないで、どうやって社会の信用を得るつもりなんですか?」と。あ、でも、かなりかなりやんわりと言ったよ。ここは大和撫子の武器を使わないとね。ところが、当然Big Manである彼は、小生意気な学生にこんなこと言われていい気分になるはずがない。Big Manに対する批判はご法度なのだ。

「アフリカに、カスタマーサービスの文化を確立させるくらいの気合で・・・」とかなんとか言っている本人がこれだから、なかなか難しい。TIA。どこまで矯正したらいいのか、どこまで現地社会の文化に合わせるべきなのか、最終目標はどこなのか。今日も私は悩みに悩む。

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