2009年12月15日火曜日

私の会社について②~送金の思わぬ落とし穴~

前回、難しい状況の下で、どのようにして人々がピンチを切り抜けているかという話をした。そして、マイクロファイナンスとしての送金制度が、いかにして、アフリカのみならず世界中の貧困層の家計を助けているのかという話も書いた。

だが!!!

送金には送金なりの問題がある。ここでは、そんな送金制度が抱えがちな問題について触れてみたいと思う。

そもそも送金なんて、結局は援助資金と同じなのである。つまり一番大切なのは、送られてきたお金を「どう使うか」であり、「お金が送られてくるかどうか」ではなく、お金が「いくら」送られてきたのかでもないということだ。自分が大統領を勤めている国の貧困を世界に訴えかけておきながら、送られてきた援助資金の約半分を着服して、ジャングルのベルサイユ宮殿だかなんだかを建てちゃうアホがいるように(実話ね、コレ)、先進国にいる親戚や友達に上手いこと頼んで送金をしてもらい、あとはやりたい放題・・・なんていう人だってわんさかしているのだ。特にタチが悪いのは、公的機関ならモニタリングが入れても、さすがに各家庭にそんなことができるハズがない。あくまでも送金とは、双方の信頼関係に基づいて行われている。ただ、この信頼関係が悪用されたとき、或いは、悪用するつもりはないのにいいように利用されたとき―これが一番面倒くさい。貧困解決策としての送金型マイクロファイナンスの、思わぬ(?)落とし穴である。

ディアスポラからお金が送られてきても、そのお金が有効的に活用されていないことが多い。これは一体どういうことだろうか?

例えば、子どもの教育費にと送られたお金があるとしよう。果たして、このうちのそれくらいが、実際に教育費として使われるのだろうか。お父さんのお酒代や、お母さんのお化粧代に消えてはいないだろうか。新しいビジネスを始めるための資本として、毎月小額のお金をコツコツと送金しているディアスポラがいるとしよう。その送ったお金の本当の使い道は?アフリカにいる家族も家族で、「このお金は○○が一生懸命ためたお金だから、きちんと約束どおりの使い方をしよう」という人が大半でありながらも、「あ、今月はもうお金がない!!まぁ、一回くらい大丈夫だよねぇ・・・」だとか「ちょっと友達にいいところ見せたいから、今夜だけは○○が送ってくれたお金で、みんなに好きなだけ飲み食いさせてやろう」だなんてことはないだろうか。誰かが病気だという連絡を、外国にいるディアスポラが受けたとしよう。緊急で大きな額の送金をしたとしても、果たして、その病気だという話は事実なのだろうか。送金をしてもらうための狂言である可能性は否定できないし、実際に病気の治療のためにお金が使われたとしても、信頼できる医療が不足しているアフリカで、その治療費がきちんと*有効的な治療につながるのか。

*国によって事情は異なるが、「公式には」無料で医療を提供してくれることが多い公立病院。そこでまともに診てもらうためには、多くの場合、もちろんワイロが必要だとなってくる。だから結局は、公立の病院での治療が無料で澄むことは稀なのである。ウガンダ時代の知り合いで、ワイロの額が足りなかったために公立病院で出産時に放置され、結果として、生まれてきた赤ちゃんを亡くしてしまった女性がいる。彼女は直接面識のある人であるから、私は余計にショックだった。

お金を積んで得られる医療のレベルだって「あの」医療レベルでしょう・・・。私は自分で体を張ってまで経験しているから分かるのですが、あの時は本当に冗談抜きで殺されかけた。公立病院での治療など、治療を受けないも同然か、余計に悪化させるかのどちらかなのだ。それくらい、ハッキリ言って医療のレベルは低い。

だからといって、私立病院など、庶民はおろか、外国人でさえ保険なしにはなかなか行けるものではない。ましてや、保険制度など実際には存在していない国がほとんどだ。現地の人には、結局はそんなに多くのオプションは残されていない。医療に限界があるのは世界中どこに行ってもそうだけど、ここではそれ以前の話だ。つまり、結局お金を払っても、そのお金がin vain(無駄)な結果に終わってしまう可能性があまりにも高いのである。

だから、本当のお金持ちはヨーロッパやアメリカで治療をするんだね。これくらいの資金力があるというのも、実に黒い雰囲気が漂っているけど。



実はお金がないのに、見栄張って若い女の子連れて飲みに行っちゃう。子どもの教育費は払えなくても、服と化粧品と携帯の通話料だけには何がなんでもお金を使う。大家族なのにみんな失業中だから、お金なんか送られてきても貯金なんかできやしない。ある日突然物価がとんでもなく上昇することも日常茶飯事だし、人々の収入の割には物価が高いし、とにかくここではお金の面に関しては予想不可能なことばかりなのです。だから、みんなお金があるとパーっと使っちゃうのかもね。お金があれば、とりあえず明日どうなろうと、今日の夜は親戚中を集めていいもの食べるぜ!!みたいなね。

こんなとき、割と女性はこまめに今後の計画をしてへそくりなんかを貯めているのは、きっとどこの社会も一緒だろう。女の本能というものでしょうか。援助機関もマイクロクレジット(小額貸付)機関も、割と女性を上手に巻き込みながら、住民の経済的安定を目指しているのにはものすごく納得する。

海外にいる友達や親戚を、お金としてしか見られなくなっちゃう人の多さにも驚く。これはきっと、アフリカだけに限ったことじゃないとは思うんだけどね。やっぱり急にお金持ちになるっていうのは、対人関係の上で本当に大変なことだと思うよ。

以前にチョコレートベイビーのところで少し書いたが、今までなんの金銭的利害もなしに、友達や親戚として仲良くしていた人たちが、ひとたび自分がヨーロッパに来ると態度をガラリと変え、金のなる木としか見てくれなくなるんだね。本人がどんな苦労をしてヨーロッパでお金をためているかも知らずに。実際にこちらにいると、「先進国では政府がお金をばら撒いてくれる」というとんでもない迷信を本気で信じている人にたまに遭遇する。こんなんだから海外在住のディアスポラは、いいように利用されるだけされてしまう恐れがある。これじゃぁ、外からの援助金を着服する官僚や政治家と、そんなに変わりはないよね。

私が働く会社は、そんなディアスポラが抱えるジレンマを解消して、より良い方法でお金がアフリカ社会に還元されるように、との思いからつくられた。社長はカメルーン人ディアスポラで、パリにある仏語圏アフリカ出身の若者から構成されているシンクタンクで出逢った他の若者と一緒にこの会社を立ち上げた。だから、みんな本当に色々な国の出身だよ。セネガル、ブルキナファソ、コンゴ=ブラザヴィル、コンゴ民主共和国、ベナン、コートジボワール、ニジェールなどなど。

社長のアイディアに賛同したエムボマは、出資者の一人として重役のスポットに就いている。エムボマみたいに有名になっちゃうと、本国からはお金の要求が引切りなしに来るから大変だったろうね。親戚の数がやたらと多いアフリカだから、余計に。

やはり、アフリカのチェンジメーカーはアフリカの人以外に他ならない。ここの複雑な事情を一番よく知っているのは彼ら自身なのだから。

よく、「参加型開発」だなんていって、まぁ結局はこれも押し付けなんだけど、第三者が外から持ち込んだ判断基準を基に計画された開発計画に、「なるべく地元の人にも参加してもらいましょう」的なニュアンスを加えてそれらしくしている開発があるよね。今はそういうのがものすごく流行っているから、あまり批判する人がいないみたいだけど。国連も世銀もNGOも、みんな「やれ参加型開発だ」「やれボトムアップだ」だなんて言ってジタバタと頑張ったり自己満足したりしているけれども、あれは参加型開発でもなんでもないと思ってしまうのは私だけであろうか。もしかしたらそうかもね、結構自分で言うのもなんだけど、へそ曲がりな子だったし、昔から。

そういう善人ぶったプロジェクトにうんざりしていた私は、アフリカのディアスポラによって考え出されたアイディアをもとにした、ディアスポラとアフリカに残る家族のためのビジネスモデル(しかも、成功すれば確実に、従来の方法ややり方を180度変えながら、アフリカのみならず世界全体に変化を起こせるようなモデル!!)は、とても新鮮に見えた。

同時に、「そうそう、これこれ!!こんな人たちこそが、今のアフリカには一番必要なんだ!!変化はアフリカの中から起きないといけないとずっと信じてきたけれど、ついにそれに出会えた!!!」というひらめきというか、ビビビっとくる電流のようなものを体全体で感じた。ニーズをよく理解している人だからこそ、誰も今までやったことのない発想で事業を始められるんだね。

では、それがどんなビジネスなのか・・・?これについてはまた今度ね~

0 件のコメント: