2009年12月23日水曜日

ヒマラヤのお寺系クラブにて

標高がそこまで高くない部分のブータンの風景。のどか!!

こんな場所は、国のあちこちに。



ちょうど、ヒマラヤ山脈のちっちゃな王国・ブータンをうろちょろしていた頃だったんだけど、仲良くなった同い年のブータン人の女の子に「今日の夜はクラブに行くわよ」と誘われた。

当時のブータンはまだ民主化されておらず、ほぼ鎖国状態だったの。ビザが取れたのはラッキーだったが、やはり自由には旅行できなかった。でも、かなり親切なガイドさんがどこにでも連れて行ってくれて、何でも質問に答えてくれたし、英語の分からない人と話す際には通訳してくれた。彼の口癖が「isn’t it?」で、何に対してもそう言っていたので、密かに心の中でイライラしていたのも、今では素敵な思い出だ。「You like Bhutan, isn’t it?(君はブータンが好きisn’t it?)」「You want to meet many local people, isn’t it?(君はたくさんの地元の人に会いたいisn’it it?)」みたいな。

また、その頃のブータンには「夕方の五時までは、国民全員が伝統衣装を身に着けなきゃいけない」だとか「建物は五階建てまで。必ずブータンの伝統建築スタイルを取り入れるように」だとかいう法律があったんだよね。王様(当時の王様は、きのこが大好きらしい)はみんなから愛され、尊敬されている。2008年には民主化されることがもう既に決まっていて、どうやらそれを言い出したのが、他でもない王様らしいんだけど、逆に国民が民主化に反対!!みたいなね。「教養のある国民が少ない国では、民主主義は絶対に成功しない。まだブータンは、民主化には早すぎる。」と言っている人、多かったよ。町でも村でも。


小学校の制服も、もちろん伝統衣装。


国連もこんな建物です。ブータン建築の知識がゼロの私には、寺にしか見えない。

グローバル化の影響で、世界的に価値観・社会・文化が怒涛の変化を遂げ、人類は今、ちょっと迷走気味だよね。そんな中、この国はそれを防ぐのに一生懸命になっていたよ。悪く言えば統制されているってことになるけど、ブータンを見ていると、あれはあれでいいのではないかという気分になった。一番重要なのは、国民が幸せかどうかってことだからね。パンドラの箱は、開けないほうがいい場合もあるのかもね。

熱心な仏教徒である人々は、それはそれはつつましやかに静かに幸せに暮らしている。強盗事件が起きると、トップニュースになる。平和なユートピアです。浮世離れ!!



お寺にて。

このお寺は素晴らしかったよ。でも、着くまでが結構大変!!
ここで、ブータン人と結婚してチベット語を自在に操るアメリカ人の仏教徒のお姉さんに遭遇。

修行キッズの洗濯風景。左の方のお尻丸出し君がかわいい。


あぁブータン!!もう一度マジで行きたい!!非常に美しい国です。景色も、人の心も。今は少し変わっちゃったみたいだけど、17世紀あたりにタイムスリップしたみたいで、本当に不思議な経験でした。ホームスティしたのもいい経験だった。GNP(国民総生産)ならぬGNH(国民総幸福度)では、いつも上位にランクインしているね。皆さん、本当はあまり宣伝したくないのですが、ブータンは超超穴場っす。

そんな国で「クラブに行くわよ」と言われたもんだから、最初は耳を疑った。しかし、これは面白いことになりそうだと、すぐに「行く!!」と答えた私だった。夕方の五時を過ぎて、伝統衣装からジーパンに履き替えた彼女。夜になって、彼女の家にイケメンの彼氏(ブータンにはカッコいい人が多い~)と仲間たちがやって来た。これからご飯を食べて、いざクラブへGOだ。

昼間のイマドキ・ブータンガール(左)はこんなだけど・・・


5時になった瞬間に着替えます。着替えると、イチャイチャモード全開です。


首都・ティンプーは小さな町で、周りには田園風景が広がっている。もちろん夜だったから真っ暗だけど、栃木で育った私には懐かしい場面です。中学・高校時代には、似たような真っ暗の田んぼ道を、自転車で毎日往復しておりました。

「着いたよ」と言われて車から降りると、ブータン建築の知識ゼロの私の目には、お寺にしか映らない建物の前にいた。なんとなく予想はしていたけど、す、すごい・・・!!周りには、ちょっとダサめの格好をした若者が何人かいた。車も結構止まってる。

中に入ると、そこは本当にクラブだった。クラブというか、田舎のスナックみたいな感じ。コートジボワールにも似たような場所がありました。そして・・・かかっている音楽は、アメリカのHip Hopでもなければ、ブータンの伝統音楽でもありません。そう、南アジアで絶大に支持されている、ヒンディー・ポップだったのです!!インドに少し疲れたからブータンに行ったのに、しかもインドで疲れていた理由が、ヒンディー・ポップの呪縛から逃れられない(インドでは、どこに行っても流れている)からだったのに、こんなところでまたヒンディー・ポップに遭遇するとは!!今じゃ、ヒンディー・ポップの良さを少しずつ理解できるようになった私だけど、当時は、あの甲高い歌声がどうしてもムリだったの。レバノン・ポップもそうだけど、インドや中東のイマドキの音楽は、楽しめるようになるまでに時間と忍耐を要します。

そんなヒンディー・ポップにあわせて、体をクネらせる若者たち@ちょっとダサい服。六本木にいる日本人よりも情熱的でした(笑)。ここにいる人みんなが、昼間には伝統衣装を着ているのか・・・そう考えると、あまりのギャップにただただ唖然とするばかりだ。

ちなみにこのクラブ、三年半前のティンプーのホット・スポットだったよ。もちろんお酒はありません。若者たちは、踊り疲れたらオレンジジュースかコーラかお茶で喉を潤し、再びヒンディー・ポップに体をクネらせるのです。

翌朝、私をクラブに連れて行ってくれた彼女は、家族の誰よりも早起きし、伝統衣装に身を包み、仏壇(というか、もはやチャペル。ブータンの家の最上階は、必ずチャペルがあるんだって!!)の周りにあるバターでできた蝋燭(バターでできているのに蝋燭と言うのか?)に火をともし、お祈りを始めた。昨日の夜の彼女とは別人だ。



各家庭にあるという仏壇(?)の様子。


こうして、ブータンの一日が今日も始まる。

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