2009年12月19日土曜日

心がリセットされるとき

 宣言します、私は生まれ変わりました!!

ウガンダに来てからちょうど2ヶ月目の週の木曜日、いつも通りアフリカンダンスの授業に出ていた私は、踊りながらある重要な点に気がついた。
エチオピアを出てから(つまり、ウガンダに到着してから)今日まで、一日として落胆させられなかった日はなかった。毎日何かしら、誰かしらに失望または怒りの念を感じ、その度にこの国を否定してきた。しかし、文句を言うのは簡単だが、果たして私は、自分が感じてきた理不尽さに見合うだけのことをしてきただろうか。文句ばかりを言って状況改善のために何もしないというのは、正に、自分が批判し続けてきたウガンダ人の特徴そのものではないか。そうだ、留学期間は限られているのだ。文句など言っている場合じゃない!!

なぜこのようなアイディアが降ってきたのかは分からないが、とにかく今までのモヤモヤが一気に吹き飛んだのは確かだ。

マケレレ大学やウガンダ社会のように、“正直者や努力をした人がバカを見る”場所でモチベーションを保つのは容易なことではない。


特に私は、なにか一つのことが上手くいっている時は無限のエネルギーを自分の中に感じるのだが、反対に一つでも上手くいかないことがあるとすぐに全てにおいてヤル気をなくしてしまう。留学生活の滑り出しは、必ずしも順調ではなかった。科目登録の洗礼を受け(未だに終わってないし・・・)、授業と大学に心底がっかりし、人を信用できなくなり、せめて、何か本当に学べることがしたいと思ってはじめたインターン探しは上手くいかなければ、こんな私を理解してくれる人が周りにいない。周りの人は、私がどうしてイライラしているのかが理解できないからね。

社会の中の何もかもが効率悪く動くために予定は大幅に狂い、やろうとしていたこと、やりたかったことがほとんど手付かずのまま時間だけが過ぎていく。留学前にあれこれ考えていただけに、理想と現実のギャップにはもう疲れてしまった。次第に社会や人を見る目もネガティブになっていき、悪い点ばかりが目に付いくようになっていた。こんなに居心地の悪い国にそれでも留まる理由は、何だろう?理由はないけど、意地のみが私の中にはある。こんな状態だ。

しかし、この国、社会、大学、教育、人々、政治、経済、メンタリティー、その他全てに対し、こうして疑問を感じているのは私だけではない。大多数が現状に妥協し、受動的な態度に甘んじてしまっている中で、かたや少数ながら、現状に挑戦し、変化を求めて能動的に思考を働かせている人も確かにいる。特に、自分のモチベーションがどん底まで落ちきっていたときには、このように周囲と戦っている子どもや若者の存在が大きな励ましとなった。

個人が持つ力や潜在性は。それが若ければ若いほど、可能性は無限大だ。志が高い人とは、自分の内部に介在する全ての能力に気づき、それをどのように有効に活用できるかを知っている人のことだと私は思う。このような人は、それを磨くための努力を惜しまない。磨ききったときに得られるものを信じているから。このような人は、耳を傾けるべきアドバイスとそうではないものを知っている。どうすれば確実に変化を起こすことができるかを分かっているから。このような人は、人の痛みを感じ取る繊細さを持っている(正直、ここの国に住む大部分の人は、人の立場になって考えるってことができてないと思わずにはいられない)。何のために自分が存在するのかを常に意識しているから。

少数派であるとはいえ、一人ではない。外国人である私には直接的にできることは何もないが、他に同じ疑問点を持った人がわずかながらいて、彼らはエンパワーメントを必要としている。エンパワーメントだなんていうと、あたかもこちら側が上であるかのような印象を持ってしまうが、彼らと交流して友情を育むだけで十分なのだと最近の私は考えるようになった。新しい価値観や視点を互いに学びあうことで、彼ら自身が、逆風だらけのウガンダ社会でも起こせるような変化を自らの手で生み出すことができる。私も、彼らからたくさん学べる。

  幸い、この2ヶ月の間に、私と似たような考え方をするウガンダ人数名に出会った。彼らとの交流を通して、ムズングとしてアフリカの未来創りに関わるにはどのような形で行うのが最善なのかを試行錯誤していきたい


とにかく、私は今までの自分を反省し、生まれ変わることにした。ただの批判から、クリティカル・シンキングへ。チャレンジは大きいが、同じ志を持った仲間がいるから頑張れるはずだ。




ちょうど二年前の十月だね、私はこんな文章を書いていた。なんか・・・文章全体から若さが満ち溢れている(笑)!!この文章、「宣言します」とか言っておいて今の今までお蔵入りになってしまったのは、他でもない、インターネットが二ヶ月間消えたからなんです。マケレレの上層部が大学のお金を使い込んじゃって、電話とネットが学内から消えた期間があったのよね。その空白の二ヶ月間に、総理大臣が福田さんになっていたのが衝撃的だった。「あぁ、あの官房長官が・・・こりゃまた出世したものだね」みたいなね(笑)。

ウガンダ生活で何が一番大変だったって、そりゃぁもう色々あるけれど、自分の感情をコントロールして、落ち込みすぎない状態を保つことが一番難しかったような気がする。高校時代の留学もそうだったんだけど、結局、海外生活を通して何に対する発見が一番多いかと言われれば、自分自身に対する発見なんだよね。異文化だとか、現地社会なんて、二番目三番目なんです。

今でこそ、ある程度は力を抜くことも覚えたし、汚職だろうと何だろうと「アハハ~、しゃーないな、TIA(This is Africa)だし」だなんて笑い飛ばせるようになったけど、もうね、二年前はそんな悠長なこと言ってる場合じゃなかったんだよ。そもそも、私のイライラを理解してくれる人が周りにいなかったし、インターネットは遮断されるから日本にいる家族や友達に対してグチることもできなかったし。誰かと経験や感情を共有するのって、こんなにも尊いことなんだなぁと気付かされたのがウガンダだった。

それに私は、ウガンダ人のメンタリティーがどうしてもダメで・・・。今でも苦手だな、大多数のウガンダ人の考え方とか行動パターンとかは。ウガンダに戻ってみたいけれど、私が本当の大人になるまでは、行かない方がいい気もする。第三の故郷であるからこそ、余計にそう感じてしまう。

それに比べてコートジボワール生活は楽だよ。そりゃ色々あるし、悩みは尽きないけれど、こっちの人のメンタリティーの方が私には合っているみたい。みんなオープンでさっぱりしていて、国の発展のために、または生活を向上させるために自分たちの力で頑張ろうとしているんだよね。象牙人は、ウガンダ人ほど他力本願ではないし、何よりもプライドがある。

ここではネットだって毎日接続できる。これは、精神安定剤だよ。友達や家族と連絡を取り合うと自分は一人じゃないって思えるし、世の中にはまだ自分と同じ価値観を持つ人がいるんだ!!っていう確認ができるし。今はすごい時代だ。だからこそ、大変な苦労をしながらも海外へと旅立ってった先人を、私は心から尊敬する。夏目漱石はロンドン留学中にウツウツだったみたいだけど、分かるよーーー!!あんなに頭がいい人でも、理解し合える人との交流がないのはつらいものなんだね。

今抱えている悩みは、どちらかというと将来に対する悩みだとか、今までのバイトからは見えてこなかった「働く」ことに対する戸惑いだとか、そんなものが中心だから、それを思えばウガンダ時代よりも楽チンである。あのころは、ウガンダ人のうんざりさせられるようなメンタリティーに始まって、「欲望とは」「理性とは」「貧しさとは」「劣等感とは」「権力とは」「人類とは」など、もうアレですよ、どんどん深みにはまっていったから。ほぼ病的だったと言われればそこまでだけど、あの日々があるから、もう何があっても大丈夫・・・かな?

実際に、この前のマラリアでは考える時間ができたので、色々なことに思いをめぐらせたよ。そうしたら、なんだか心がリセットされたというか。アフリカンダンスの授業中に気付いた「ひらめき」みたいなものが、マラリア休暇中にやって来た感じです。そういう意味では、今回のマラリアはポジティブなマラリアだったと自分では思ってる。

ちなみに・・・。この宣言に書かれているような『生まれ変わり』だけど、あんまり長くは続かなかったよ(笑)。さすがウガンダ。そのうちの25%は自分にも非があるとは思うけど、うん、さすがウガンダ。


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