2009年12月17日木曜日

金食う政治家とのプチ・バトル

(左から)B大佐、ロビー、アネット



 ウガンダに来てから二ヵ月半たったある日、非常に興味深くて貴重な経験をした。政治家のセンセイと、ちょっとしたバトルを繰り広げてしまったのである。

 プロジェクト仲間のアネット(後でこのプロジェクトについては書くぜ~)と、学校訪問の帰りに、カンパラ中心街にあるイタリアンレストランの前を通りかかった時のことだ。たまたま、一人の男性が転倒する場面に遭遇した。彼の名前はロビー。ロンドン在住の南アフリカ人ジャーナリストで、その夜は超大物政治家で、汚職で有名なB大佐との対談を控えているという。転倒した彼を手当てをした私たちは、彼とすぐに打ち解けて仲良くなったので、お礼も兼ねてということで、ちゃっかり私たちも対談にお邪魔させてもらうことになった。

「ちょっとね、このB大佐っていうのは要注意人物だよ。」と、B大佐を待っている間にロビーとアネットは私に説明した。

軍隊出身の彼は20年近い政治家生活を謳歌しており、現大統領の大親友だ。これまでも数々の大臣職を歴任してきた。この日、ロビーが5分の遅刻に焦ったあまりにケガをしたのに対し、B大佐は1時間以上も人を待たせた末に、涼しい顔をしてノコノコとやって来た。

B大佐の大物ぶりは、レストランスタッフの態度を見ればすぐに察することができた。いつもは無愛想なウガンダ人ウエイターが、笑顔をばら撒いてキビキビと動いていたからだ。後日、ウガンダ人ルームメイトと話していたら、彼女たちもこの政治家のことは良く知ってたよ。ぎゃんぎゃん笑いながら「B大佐?あはは、で?コイツは何て言ってたの?」と聞いてきた。

大きな体にごつい指輪。周囲を時折きょろきょろと見渡し、唾を飛ばしながら話をしていた彼は、まさに、想像していたアフリカのB ig Manそのものであった。ジャーナリストの質問には答えていないくせに、聞かれてもいない持論を述べるだけ述べる。この彼はラジオ局を所有しているんだけど(ありがちすぎるTIA)、このラジオ局の話なんか、聞かれてもいないのに、インタビューの八割くらいを占めていたんじゃないかな。苦笑いをしながらも、Big Manとの遭遇には手馴れた(?)様子のロビー。まだTIAとか良く分からない時期だったから、ただただ唖然とする私。

そんなB大佐は、突然私に向かって「ウガンダはどうだい?楽しんでるかい?」などと関係のない質問をしてきた。

この質問に、私は正直に答えた。というか、Big Manの扱い方を良く知らなかった私は、この嫌~な雰囲気の漂っているクソジジイのシャクに障ってやろうと企んだんだね。こんなとき、ただの学生としてウガンダに行ったことろとてもラッキーに思った。もしも仕事で行っていたら、彼に対してヘラヘラした態度をとってヨイショしないといけなかっただろうからね(そうじゃないと、大物政治家と問題でも起こしたら、どんな仕打ちが待っているかが分からないのがTIA)。彼の質問に対しては、「今のところ日本を恋しく思うことはありませんが、汚職や不正がなくて、権力の乱用もなくて、きちんと機能すべきことが機能している社会になら今すぐにでも帰りたいです」と正直に答えた。

「汚職」――。この単語が登場した瞬間に、彼の猛反撃が始まった。今までの自信と余裕に満ちた表情はどこへやら、「ウガンダには汚職などない!!メディアがでっちあげを報道しているせいで、この国にはあたかも汚職が存在するかのようなイメージができあがっているだけだ!!」と、テーブルをたたいて躍起になってきた。汚職で有名な彼。よほど、メディアとは因縁があるのだろうか。ウガンダの新聞には、連日汚職のニュースが並んでいるからね。「だったら日本は全く汚職のない、完全にクリーンな国なのか。」十年前の品川家の兄弟げんかと同レベルである。

メディアでこれまでに報道された数々の汚職事件の例を挙げながら、「日本にも汚職は存在しますが、ウガンダほど社会の隅々までに汚職と腐敗が浸透しているわけではありませんよ。実際に、普通に生活している私は、一度も汚職の場面に遭遇したことがありません。」と、できるかぎり冷静に答えたが、彼はそれを遮って喋り続けた。政治家でありながら、話を聞くという基本的な姿勢を持たないのである。僅かな沈黙を見つけてようやく話を聞いてもらえたと安心しても、「ウガンダで汚職がこれほどにもメディアに登場するということは報道の自由が確立されているからこそであり、逆に日本こそその点では危険なのではないか。」と。「さっきの私の言ったことはちゃんと聞いていましたか?」と、こちらから聞き返したくなる。もうね、本当にやりとりのつじつまがあてなくて、ちんぷんかんぷんだったんだよ。先述したとおり、報道の自由を提唱した彼自身がラジオ局を所有している。笑っちゃうよね。

後で友人に聞いた話だが、彼は80年代の内戦時代にムセヴェニ現大統領とともにゲリラ戦を戦い、ムセヴェニが権力を掌握して以来ずっと、権力の座に座り続けているらしい。そういやムセヴェニ自身も、自分で憲法に「大統領任期は最大でも二期」と加えておきながら、いざ自分の大統領引退の時期が近づくと、反対勢力を弾圧したりわいろをばらまいたりと、ありとあらゆる方法を使って憲法改正を強行したんだっけ。そんでもって、無理やり三期目の大統領選に立候補(もちろん選挙は正当な選挙ではない)したんだって。ウガンダは再来年にも選挙が実施される。ムセヴェニ四期目?えへへへへ、どうなんでしょうか。ウガンダの政治についてはまた後ほど。

まぁ、そんなこんなだから、B大佐は大統領の大の仲良しなんだよね。結局もともとは反政府勢力としてゲリラ戦をやっていた人だから、政治家として向いているのかどうかは別として。おおTIA,権力構造が・・・ちーん。

しかしながら、人間とはどうしてこれほどまでに権力に固執するのだろう。もしかしたら、権力をいったん持ってしまうと、私なんかには分からないような快感があるのかもしれない。でも、本当はみんなに煙たがられてるのに、うわべだけでペコペコされても嬉しいものなのだろうかと、この日のB大佐を見ていて思った。本当は、彼はものすごく寂しい人なんじゃないか???

「教育が弱いからこそ、権力に弱い人材が輩出されているのは紛れもない事実だ!!」マケレレ大学の権力構造にうんざりしていた私は、心からそう思った。先生をあがめ、先生にペコペコしないと成績や学位の来ない教育現場。権力者の言うことが絶対的で、これが社会だけでなくて教育という場においても同じなのである。

加えて、大家族制の首長感覚がこれを助長しているのかもしれない、などと考えてみたり。父親は絶対的な存在で、他の人は何があろうと父親に逆らうことなく従う。この権力構図というか、権力に対する人々の態度が、政治という形に表れているだけなのかもしれない。ただし、伝統的な制度では、いつでもバランスが取れるようなしくみになっていた。母親や他の親戚の大人が、父親とは別の役割を果たすとかね。それに、父親は心から尊敬される存在だ。多くのTIA政治家のように、嫌がられる存在ではない。だが、どうして現代ウガンダ社会では、権力の暴走がいとも簡単に行われてしまうのだろう。

南アフリカのマンデラのように、あれほどまでに広く民衆に支持されていても任期いっぱいで勇退する指導者も少数ながら存在する。そう考えると、この問題を首長制のせいにしてしまうのもいかがなものか、とも考えた。南アフリカにも、首長制は伝統的に存在するのだから。

「ジャーナリストたるもの、事実を伝えるためには、ああいう悪魔と戦うことも必要なんだ。人間関係の延長みたいなものさ。それにしても、汚職について弁明をしていたときの彼は見苦しかったね。」B氏が立ち去った後、こう言ってケラケラ笑って見せたロビー。彼ほどのバイタリティーと心の広さがないと、この大陸ではやっていけないのかも知れない。

「権力は人々の中に存在するものだ。公正な選挙を!!」と謳った壁画がカンパラ市内にはあるが、この国ではそれが、皮肉として書かれているようにしか思えない。

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