2009年11月11日水曜日

インターンに至った経緯~ISFiT編~

寒かった。。。



ISFiTとは、平和をテーマにした世界最大のstudent festivalで、二年に一度、ノルウェー中部のトロンハイムという町で開かれている。

ISFiTについては、3年前にバイト先の先輩から初めて教えてもらった。ノルウェーから帰ってきた彼女は、よほどすばらしい経験をしたのだろう、真っ先に私のところに来て、次回のISFiTに参加するように勧めてくれた。一応ISFiTという名前だけ手帳にメモしたが、そんなことはすっかり忘れ、季節はめぐり、気付いたときにはウガンダでの生活が始まっていた。

マケレレには毎年、ノルウェー人が10名程度留学に来る。留学といっても、彼らの場合は3ヶ月程度で帰国してしまうのだが。このノルウェーとの留学プログラムはかれこれ10年以上も続いているらしく、マケレレ当局もVIP扱い(少なくとも、私の目にはそう映った)でノルウェー人学生を迎える。なぜVIPかって?科目登録のときも彼らは特別扱いだったし、住むところもアカムウェシという名の一番いいところに彼らは住んでいたからだ。ちなみに私は、科目登録に3ヶ月費やし、住んでいた所も、茶色の水がちょろちょろと管から出てくるものを『シャワー』と呼んでいるアフリカホールだった。別にいいけど。

ノルウェー軍団の一人と話していたとき、偶然にも、彼女が以前にISFiTのボランティアスタッフとして働いた経験の持ち主であることが発覚した。彼女がいなければ、ISFiTのことなどすっかり忘れ去ってしまっただろうから、巡り合わせってすごい。彼女にも応募を強く勧められたので、とりあえずダメ元でやってみることにした。応募するのはタダだしね。応募の際には英語でエッセーをいくつか書かなければいけなかったのだが、これはマケレレの授業中に書いた記憶がある。後でこのブログでも詳しく書くが、マケレレの授業中ほど無駄な時間は、この広い世界にもそうあるものではない、そのため、エッセーを授業中に書くことは、授業に参加するのよりも有効的な時間の過ごし方だったと思っている。

その後てんやかんやで放浪の旅をしたり、東京での再・新生活が始まったりと、目まぐるしく時は過ぎていってISFiTに応募したことなどすっかり忘れてしまっていた。今でもはっきり覚えているが、ちょうど2008年の早稲田祭の最終日のことだ。その日はちょうど早稲田の野球部が優勝し、ハンカチ王子の優勝パレードを野次馬として見物したんだけど、その直後にノルウェーからの招待状が届いていたのを見つけたんだよね。ISFiTは参加者の国籍のバランスを考慮して選考を行うため、日本人なら案外誰でも選ばれるんだと思う。実際に日本じゃほとんど知られてないイベントだし、応募者も少ないだろうし。だから、興味のある人はチャンスだよ!!

ISFiTは、結構面白かったよ。世界中から300人くらいの学生が集まったの。昼間は真面目にディスカッションとかしたけれど、あまり真面目くさったイベントでもなんでもなかったのが良かった。音楽あり、演劇あり、スポーツあり、パーティあり、飲み会ありで、ぎっしりと忙しい10日間だった。



パーティ。みんな最高だった!!
浴衣の着付けが実はおかしいことは、あえて言わないでおいてくださいね。


地元のノルウェー人の家庭にホームスティしたのだが、ルームメイトになった子がパレスチナ自治区のガザ出身の子だったり、グルジア人のグループとご飯を一緒に食べてさんざんロシアの悪口を聞かされたり、それから学業の傍ら人権活動家として頑張っている西サハラ出身の子とお茶したり。この子は何度も逮捕されて、何度もモロッコ当局から暴行を受けながらも負けずに頑張ってるの。ここまでして彼女を支えているものは、一体何なんだろう。彼女の話は本当にeye openingな体験だった。

それから、モザンビークで私が殺されかけた病院で研修しているという医学生にも遭遇した。とても頭のよさそうな、感じのいい男の子だった。「マプトで医学部に通ってて・・・」と彼が言ったとたん、「もしかして、マプト中央病院に出入りしたりしてる?」と聞いたらまさかのビンゴだった。こんなに賢そうな医学生が、あんなところ(病院ではなくもはや監獄で、一つ一つの命を大切にする余裕なんてないような場所)で研修してるなんて・・・彼には頑張ってほしいけれど、正直言ってモザンビークの医療の将来が思いやられる。

参加者全員が20ものワークショップに分かれてディスカッションをしたのだが、私のワークショップには奇跡的に(?)今回のISFiTの唯一のウガンダ人参加者がいた。やはり、ウガンダとは切っても切れない縁なのだろうか。しかもこのセボ(ガンダ語で、お兄さんとかおじさんとかいう意味)、ザ・ウガンダ人と呼べそうなほどウガウガしていて面白かったよ。ディスカッションの時に彼が発言するともう大変だった。一人で長々と語るんだけど、要点を絞らずにダラダラと話すから、長話の最後になっても結局何が言いたいのか分からない。しかも、周りの反応も見ないで自分の主張をまくしたてるだけまくしたてるから、誰も彼が何を言っているのか実は理解していないのに、時間だけが無駄に過ぎていく。この辺は、マケレレで優等生ぶってる連中にそっくりだった。このセボワールドには他の参加者も唖然としてたし、ファシリテーターも、話し合いの舵取りが完全に乱されてしまい、あたふたしていた。でも、彼のウガンダ人らしい真面目くさった野暮ったさが私にはすごく懐かしかった。彼の話すウガウガ英語があまりにもマケレレっぽかったので、セボが発言(というかもはや演説)するたびに、頭の中はノルウェーを離れてマケレレの教室に飛んでいってしまった。


ワークショップのメンバー。


ノーベル平和賞受賞者が3人来ていて、講演をしてくれたのもすごく心に残っている。アパルトヘイト廃止のために闘ったツツ大司教もそのうちの一人。かなりパワフルなおじいちゃんで、「ノーベル平和賞をとるには、大きな鼻とセクシーなお尻、それから覚えやすい名前(『ツツ』ってかなり分かりやすいよね)があればOK !!」というジョークまで飛ばして私たちを笑わせてくれた。

北アイルランドに住む主婦だったベティ・ウィリアムスさん。
1976年にノーベル平和賞を受賞しました。
このおばちゃんの演説は、井戸端会議みたいで面白かった!


ツツ司教。本物です。


一番感動したのは、2003年の受賞者であるイラン人人権活動家・弁護士のシリン・エバディさんの話。文化や宗教がいかに女性を搾取するための「正当な理由」として利用されているか、という話をしてくれたのだが、これは私がずっと前から関心を持っていたトピックなので聞いていて非常に勉強になった。当然、その場にいたイスラム教徒の男子学生の中には彼女の理論を強く批判する人もいた。そのせいで、質疑応答の時間が、会場全体を巻き込んでの大議論に発展してしまうというハプニングもあったけどね。それでも最後には、「私は神を信じ、愛しているからこそ、権力には屈しません。みなさんも、彼ら(権力)を恐れないで。若いんだからなんでもできます。」という熱いメッセージが発信され、ISFiT参加者からの拍手が鳴り止まなかった。

感動の講演を行い、ISFiTに参加していたイラン人学生にもみくちゃにされるエバディさん。
かくいう私も、感動したあまりに講演後、彼女の元へ猛ダッシュしたうちの一人。


私も、一応何度か活躍(?)しましたよ。笑

国連の高官とやらの偉そうなおっさんが講演してくれたんだけど、彼の考え方はあまりにも冷徹(良く言えば冷静)で、所々にブーイングがあがるほどだった。しかも、典型的な国連万歳タイプの人だったから、話自体もあまり面白くもなんともなかった。私は別にアンチ国連ではないし、ないよりかはあったほうがまだマシだと思っている。しかし、日本国内や海外でとある国連機関の活動に関わっていた経験から、国連の非効率性と無駄の多さについては(少しだけではあるが)理解しているつもりだ。多少失礼かなとも思ったけれど、せっかくのチャンス。自ら体験した国連の「ありえない」実態を正直に話し、その上で、資金運用に関する単刀直入な質問をぶつけてみた。

結構きわどい話をしたので、あまりシリアスにはなりたくなかった。だから、あえてジョークを交えて話したんだけど、会場にいた人たちが爆笑したり拍手してくれたからすごく嬉しかったよ。当の回答者のおじさんはちょっと怒ってたし、私の質問には全然答えてくれなかったけどね。この一件があってから、(自分で言うのもなんだけど)私はISFiTの参加者の間で結構人気者になった。写真撮影に応じたりとか、ちょっとしたスター気分だった。やっぱりユーモアは忘れちゃいけないね。

ISFiTは全然アカデミックなイベントではなかったけど、とにかく楽しかったしいい刺激になった。学生なら誰でも参加できるので、ぜひこれを読んで興味を持った学生さんは応募してみたらどうかな?次回は2011年の2月から3月にかけてだよ。

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