2009年11月20日金曜日

インターンに至った経緯~休学のススメ in フィレンツェ~

おおフィレンツェ。おおルネッサンス。


フィレンツェに到着したのは深夜を過ぎたころだった。電車が40分遅れたのにも関わらず、Aは駅で待っていてくれた。「ごめんね、イタリアっていつも電車が遅れるんだよね・・・」と彼に言われたが、40分などとんでもない!!アフリカでは2,3日の遅れは日常茶飯事なので、40分なんか、私にとっては定刻通りでございます。

家まで歩いている間、イタリアがどうして先進国として認識されているのかという話で盛り上がったが、「理由?そんなの、ローマ帝国とルネッサンスの栄光を21世紀に至るまで引きずっているから以外にはありませんね」という点で、私たちはすぐに同意に至った。ダメダメな政治にガタガタの経済、穴だらけの社会制度にマフィアに牛耳られたメディア。それでも、ローマ帝国とルネッサンスが西洋の社会や価値観に与えた影響を考えると、こんなのは微々たるものなのかな。一応カフェのトイレには紙があるし、夜になれば街灯がちゃんと点く。こういった意味では、ウガンダに比べればイタリアなんて、余裕で先進国だとは思うけど。とりあえずAも私も、G8からイタリアを追い出すことには賛成という点で、またもや同意に至った。

ところで、私の大学には濃い人生を歩んでいる個性キャラがわんさかしているが、このAは、その中でも私が最も影響を受けたうちの一人である。Aは、とにかく人生の楽しみ方を熟知している。見た目と経歴から判断すると間違いなくチャラ男なのだが、中身は他の誰よりも真面目な日本男児。そんな彼についてちょいと紹介させてくださいな。

高校時代に一年間アメリカに留学していた彼は、大学受験が終わった直後の高3の春休みに、かねてから興味のあったイタリアを一人旅した。その後、大学生最初の夏にはインドを放浪したらしい。まだこの時私たちは運命の出逢いを果たしていなかったが、同じ時期にインドにいたんだね。デリーの旧市街の市場あたりで実はすれ違ってたりして。

ある日、新宿アルタ前の喫煙所でタバコを吸っていた彼(当時未成年だろ、コラ!!)は、たまたま隣にいたイタリア人と話をし始めた。私はタバコは吸わない主義なのでよくは知らないが、喫煙所ってコミュニケーションの場所としてかなりいいみたいだね。

Aがイタリア語を勉強していたあったこともあって、会話が弾む二人。このレオという名のイタリア人は、フィレンツェでレストランやバーを経営していて、大規模なパーティなんかもプロデュースしている人なんだって。Aはダンサーだから、音楽なんかにも結構詳しい。すっかり意気投合した二人はすぐに仲良くなった。

それから半年後、レオに招待されて(しかも飛行機代も出してもらったらしいからビックリ!!笑)イタリアに行ったAは、彼のパーティで踊ったり、レオの仕事を少し手伝ったりして春休みを過ごした。ここで招待するレオもすごいけど、喫煙所で知り合った人にの招待を受けて本当にイタリアまで行っちゃうAもすごいよね。

私がウガンダに行っていたころ、Aはリトアニアに留学した。分類上はヨーロッパだけど、僻地留学組に十分入れるね。イタリアならこれからまだまだ住む機会はあるだろうから、今回は、留学のチャンスがないと行けないような所を選びたかったのだとか。ものすごくAらしい考え方だ。このラテン系の東洋人は、旧ソ連の北国で更に個性に磨きをかたようだ。

日本に帰国後、彼は大学を一年間休学して、イタリアへ行くことにした。留学から帰国すると、ほとんどの人はすぐに就活か院試モードに突入するため、彼の決断は相当異例であると言える。Aの人生哲学を知っていた私は別に驚きもしなかったが、このタイミングでの休学はアッパレだと思った。とにかく次へ次へと何かにつけて急いでいる私には、とても真似できることじゃないなぁ(と、少なくとも当時はこんな感想を抱いた)。

彼の何が素晴らしいって、とにかく時間の使い方である。秋までは学祭に向けてダンスに燃え、冬まではイタリアのためにバイトをしながら様々な本を読み漁り、それからイタリアに旅立っていった。常に精神的にも時間的にも余裕を持っているため、色んな意味でギリギリ人間な私にしてみれば、見習うべき点がたくさんある。

フィレンツェに到着した翌朝目が覚めてみると、あらビックリ。Aが住んでいたのは、あの有名なヴォッキオ橋から歩いて五分もしないロケーションだった。「豊かな毎日を過ごすためには、お金をかけてもそれなりにいい場所を」というAの思いが実現した形だ。「食はものすごく大切な生活の要素だから」と、冷蔵庫の中には少量ながらも、様々なイタリアン食材が並んでいる。今回のイタリア滞在中には、語学だけではなくて料理やワインも勉強しているらしいね。なんつーか・・・かっこよすぎるぞ!!衣食住は基本的に手を抜いている私は、またもや自分のこれまでのスタイルを改めなくちゃなぁと実感させられた。



世界のヴォッキオ橋。ここの近所に住むとか、どんだけだ。


フィレンツェのあるトスカーナ地方には、もうそれはそれは絵に描いたような「ザ・南ヨーロッパの田舎」の風景が広がっている。中世の村フリークである私にとっては、まさに夢のようなところだ。春だから気候はいいし、ご飯はおいしいし、時間はゆったり流れる。それなのに、同じように時間がゆったりと流れるアフリカとは違って、いちいち疲れなくて済むからもう素晴らしすぎる。なんつーのかな。考えてばかりでごちゃ混ぜになってた頭が、きれいサッパリと洗われたとでも言えばいいのかな。イタリアの春の魔力だね。


なんか・・・落ち着きます。色んな意味で、ゆとりを持つことの大切さを教えてくれてるみたい。


トスカーナの田舎をサイクリングするのもいいね。

あ、どうも。ボンジョルノー。

今までに行ったどのヨーロッパの村or小都市よりもビビっときた、サン・ジミニャーノ。
こんな風景で休学について考えると、もう東京に戻る理由も、先へ先へと急ぐ理由も忘れちゃうね。


この日は天気もよかったし、この小さな中世の街と、周辺の田舎道のお散歩だけで一日が終わった。
こんなトスカーナに住んでいるなんて、なんてAはラッキーなんでしょう 。



とにかく、フィレンツェ二日目にはもう既に、私はAの全てを崇拝(笑)するようになっていた。だから、彼がコーヒーを飲むときは私もコーヒーを飲んだし、外で昼寝をするときは一緒に行って昼寝をした。彼が図書館に行くときは私も金魚のフンのようにくっついて行ったし、家で勉強するぞと言われれば、私も部屋にこもってひたすら勉強した。世界のフィレンツェにわざわざ来たのに勉強かよ!!という話だが、Aがすることは何でも真似したかったのだからしょうがない。

フィレンツェの街を見下ろす丘で、読書をするA。贅沢な生活だ。嫉妬する!!


レオとの出会いも衝撃的だったよ。ぶっ飛んだ人々には遭遇する方だとは自分でも思うけど、彼はぶっ飛んでるだけではなくて、本物のカリスマだ。そうじゃないと、アルタ前でたまたま知り合った日本人を、遠く離れたイタリアになんて招待しないよね。

彼はとにかく、夢の塊のような人だ。いつもワクワクするような楽しいことを考えては、それをカタチにしている。本人も言っていたが、彼にとって仕事とは、おいしいご飯を食べ、様々な場所を旅し、いいお酒と音楽に酔いしれることなんだって。こうすると、いいアイディアもインスピレーションも生まれてくるから、あとはそれに従うだけなんだとか。事実、彼のアイディアは多くの人の心を惹きつけている。彼の経営するレストランやバーは繁盛してるし、パーティだって毎回大成功を収めている。こんな生き方もあるんだね!!脱帽です。私が特に素敵だなと思ったのは、年に一度、仕事の関係者を対象にレオが企画しているミステリーツアーだ。飛行機に乗るまで、行き先は誰にも教えないんだって。こんなのを仕事仲間のために実行しちゃうなんて、発想力のズバ抜けたカリスマは、やることがいちいち素敵すぎる。

彼のレストランは、そもそも観光客なんかをターゲットにはしていない。だから、地元の人にしか分からないような、こりゃまた目立たない場所にひっそりと位置している。だが、一歩中に入れば別世界。アイディアいっぱいの店内はいるだけで楽しい気分になってくるし、生演奏の音楽にはもううっとりするしかなかった。Aは、たまに夜になるとここでウェイターとして働いてるんだって。もうアレだね、イタリアという国を完全に楽しみつくしてるね、彼は。

こんな雰囲気の中、凡人離れしたカリスマと食べるフルコース・イタリアンの味といったら!!フィレンツェに来るまでの21年間、フルコースのイタリアンなんて食べたことなかった庶民・品川は、お皿にちょこんと乗ったパスタを前に、ただただおののくばかりであった・・・だなんて、ここではあえて言わないことにします。ちなみにここには、明太子スパゲッティもミートソースもなかったよ。

レオが経営するレストランの厨房にお邪魔させていただきました。


Aのエラいところは、こんなレオにも全然媚びていないところ。普通、あれだけすごい人を目の前にすると、みんな「どう気に入ってもらえるか?」みたいなつまらないことばかり考えちゃうんだろうけど・・・さすがAだ。見た目はチャラいのに、やっぱり中身は本物の日本男児だね。今回の滞在も、上手く媚びれば、住む場所くらいはレオのお世話になることだってできただろう。しかし、Aは自立する道を選んだ。レオもレオで、そんなAを子ども扱いするだちか、そういった感じが全然ない。二人の間にある自然でオトナな距離感は、見ているだけで心地よかった。

ってか・・・休学って・・・なんかアツいんだけど!!

私達の大学の所属学部には、飛び級で卒業を早められる制度がある。入学以来、私はこの制度を利用して、ちゃっちゃか大学を卒業してしまうつもりでいた。(だって、学費高いんだもーん。)だから正直言って、休学なんて最初から眼中になかった。大学を休むために、学費の半分を払わなくてはいけない理由も意味が分からない。

ところが、二年ほど前に休学制度が変わり、今では破格の値段で休学することができるらしいではないか。ドケチな私は、それでも休学中にどうして大学にお金を払わなければいけないのかが理解できないのだが、とにかく休学がぐっと身近な存在になったのは確かだ。そんなタイミングで、魂友であるAの休学ライフを目の当たりにしたのである。これはもう、そそられて当然です。

先述したとおり、Aは既に私の教祖と化していた。今でも彼は私の神だけどね。そのため、彼と話せば話すほどAワールドに引き込まれていき、しまいには、世の中の大学生がどうしてみんな休学という道を選ばないのかが不思議で仕方がなくなるほどだった。モラトリアム万歳!!

フィレンツェにいた一週間、休学をするという仮定で、私は密かに妄想に勤しんでいた。色々な夢を見させていただきました(笑)。シリアでアラビア語留学とか、ブラジルでサンバ&ポルトガル語修行とか、マダガスカルでバックパッカーの向けのバイトでもしながらフランス語を磨くとか。全体的にAの影響を受けすぎのような気もするけどね。まさかこの数日後には、このときの妄想とはやや違った方向ではあるものの、本当に休学することを決心するとは。

のんでんだらりなクセに刺激的な一週間を過ごし、ついにパリへと戻る日がやって来てしまった。この日は、AとAの語学学校の友達と一緒にルッカという町に来ていたんだけど、一緒に来ていた「いかにもアメリカ人」な女の子が怪我して、救急車で病院に運ばれたりして大変だった。あれは完全に自業自得だから仕方がなかったけど、それにしてもかわいそうだったー!!見てて本当に痛みを感じたもん。

こんな週末を過ごすA。ビバ休学ですね。
ちなみに、アメリカンな彼女が病院に運ばれたのは、このジャンプに無謀にも挑戦したからだったんです。




そろそろ行かなければならない時間になってきたので、病院を出た。「うぇーん、このままトスカーナに残りたいよー。」という気持ちを抑え、素晴らしい機会を提供してくれたAに別れを告げた。



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