2009年11月30日月曜日

犠牲祭2009

先週の金曜日は、イスラム教の犠牲祭だったよ。三連休の週末だ。ラッキー!!犠牲祭は、二年前にケニアで経験したが、今回はどんな犠牲祭が待っているのだろうか。

思えば数週間前、「うちの会社のオンラインショップで、ヤギをどのようにして売るのか」という会議が開かれた。今は、犠牲祭のヤギをもネットで買う時代なのか!!と驚愕した覚えがあるけどね。でも確かに、これはいいビジネスになるね。

前日の木曜日の夜、お祭りが待ちきれない人々は、普段よりも賑やかだった。子どもたちは夜遅くまで道で踊りまくり、午前0時を過ぎているというのに、バスはなぜか運転している。こんなに頑張りすぎると、明日の朝早起きしてモスクに行けなくなっちゃうよ!!

翌日、私の近所は気持ちが悪いくらいに静かだった。毎朝家の前を通るファニコーおばさん(洗濯屋さん)も、この日はお休み。朝から音楽をガンガンかける向かいの家も、この日はしんと静まり返っている。少し具合の悪かった私は、十時くらいまで家の中でうだうだしていた。

十時くらいになって、少し出かけてみることにした。家から徒歩三分のところに、マリアムさんという三十歳くらいの女性がやっている屋台がある。バナナやマンゴーなんかを売っている典型的な屋台なのだが、彼女とは朝晩、挨拶てがらに毎日立ち話をしている仲だ。話の内容といっても、子どもたちや果物、天気についてぐらいだけどね。彼女はイスラム教徒で、この日はカラフルなドレスに身を包んで気合が入っていた。よく見ると、普段はおんぼろの服を着ている子どもたちも、きれいなイスラム服を着ている。女の子たちは着け毛までしてもらい、嬉しそうにピョンピョコ飛び跳ねている。

イケてるねぇ

オシャレガールズ。髪の毛に注目!!



私がマリアムさんの屋台の前を通るや否や、子どもたちがジャンプしながら飛びついてきた。「Tantie(ねえちゃん)、今日は特別なお祭りなんだよ!!」「ねえ、Tantieも一緒に来るよね?」そう言いながら、今日これから生贄にされるヤギを見せてくれる彼ら。家の前には、マンゴーの木の下で紐に縛られたヤギが、一生懸命最後の晩餐に食いついている最中だった。これから何が起きるかも知らないって、案外、平和で幸せなことなのかもしれない。「もちろん、私たちと一緒に来るんでしょう?今日は親戚の人がみんな集まるんだよ。」とマリアムさん。ここまで言われたら、断るわけにはいかない。

五人乗りのタクシーで移動した。だが、五人乗りのはずなのに、車の中には人が十三人もいた。運転手さんとマリアムさん、マリアムさんの義理の妹さんに私。それから、彼女たちの子どもたちが八人。さらに、マリアムさんのおなかの中にはもう一人ベイビーがいる。ヤギ君は乗り切れなかったので、次の便で移動だ。車の中では、テンションが上がりマックスだった子どもたちが、仲良く歌を歌い出した。

ぎゅうぎゅう詰めのタクシーの図。



それにしても、アビジャンにはあんなにイスラム教徒がいたのか!!車の中からは、あらゆるところに正装をしたイスラム教徒の姿が目に付いた。みんな思い思いにオシャレをしている。普段、本当にたくさんの人が飲み屋で飲んでるけど、あの感じだと、あの飲み人口のうちの何人もがイスラム教徒だね。車がびゅんびゅん行く道端で、市場の裏の空き地で、建て物の間で・・・あらゆるところで、朝の祈りが終わったイスラム家族が、一家総出でヤギを殺している。お金のある家だと牛を、ヤギすら買えない家だと鶏を、それぞれ生贄として捧げるみたい。そんな光景を見て、車の中の子どもたちは大歓声を上げている。「わー、あの人たちはもう殺してるよ!!」「僕たちも早くやっちゃいたいね!!」健気というかなんというか。


ヤギ君をかわいがる子どもたち。

道端でみんなやっております。

嬉しそうに内臓で遊ぶ子どもたち。今日のご馳走!!




ようやく、マリアムさんの旦那さんの実家に到着した。アビジャン特有の、長屋みたいな感じの家だ。十五家族ほどが、賑やかに共同生活をしている。家の前には簡易モスク。モスクの周りには、似たような長屋がいくつもあった。そこに住む家族それぞれが、何らかの形で動物を殺している。近所には、生贄の血でいっぱいの穴が、既にいくつもあった。

この日は、どこの家の子どもたちもテンションが高い高い。カメラを持って歩いているだけで、あちこちから写真を撮ってくれと頼まれる。子どもたちだけではなく、いい年した大人までもが、自慢のオシャレをカメラに写してくれとせがんでくる。誰か一人を写真に撮ろうとすると、必ず他の大勢も写りたがり、結果として集合写真になってしまう。アビジャンでは、普段はあまり写真に写りたがらない人が結構多いんだけど、オシャレをしているときは特別だ。思えば、近所の結婚式でも、私のカメラは引っ張りだこだったなぁ。

本当は、真ん中にいるおばあちゃんの写真だけを撮る予定だったんだけど・・・みんな集合しちゃいました。




長屋の中では、既に殺した動物を料理し始めている家庭がいくつもあった。私たちのヤギ君はまだお見えになっておられなかったため、25フラン(約5円)のヨーグルトアイスをしゃぶりながら、日陰で適当に時間を過ごしていた。子どもたちは容赦なしに飛びついてくる。飛びついてくるのはいいけど、頼むからアイスを垂らさないでおくれ~。

ヨーグルトアイス。おいしいーーーーー




そうこうしている間にヤギ君のご到着だ。結構大きな雄ヤギなんだけど、こいつを普通のタクシーで運んじゃうのがTIAだね。まぁ、エチオピアでは、バスにヤギも鶏も乗ってきたし、モザンビークでは、ミニバスの中でヤギがウンチをし出しちゃって大変だったから、それを思うと、タクシーでヤギを運ぶ作戦は、ヤギへのリスペクトが感じられるといえば感じられるかもしれない。ちなみにこのモザンビークのヤギ、本当に災難だったよ。タダでさえ暑くて、ぎゅうぎゅう詰めで、空気がこもっていたのにね。

ヤギ君のご到着と共に、男たちが、ナイフとナタを手に外に出てきた。穴を掘り始める。周りにいる子どもたちは、さらにテンションが高くなっている。ヤギに頬すりする子、今さらヤギに餌を与え始める子。ヨチヨチ歩きの赤ちゃんまでもがヤギ君に触れている。穴が完成すると、たちまちヤギ君の手足が紐で縛られ、体全体が地面に倒される。一生懸命見つめる子どもたち。

「出番」待ちのヤギ。


ヤギ君のご到着に伴い、地面に穴を掘り出す(しかもナタを使って)




二年前のケニアのヤギ君は、暴れるわ鳴きわめくわで大変だった。しかし、今年の私たちのヤギ君は割とおとなしかった。耳で目隠しをされるヤギ君。周りの大人たちは、首筋を触りながら、どこから首チョンをするかでもめている。さすがのヤギ君も、首筋に何かを感じたときにはギャンギャン騒ぎ出したけどね。

どうやら、首チョンポイントが決定したようだ。固唾を呑んで見守る子どもたち。そしてついに、首が切られた。音を立ててジョボジョボ流れる血は、絵の具のように鮮やかだ。首が切られても、最後の力を振り絞って鳴くヤギ君。二年前の犠牲祭もそうだったし、マサイマラ保護区でヌーの子どもがライオンにハンティングされるのを目撃したときもそうだったけど、死ぬ直前の動物の鳴き声って、なかなか頭から離れてくれないんだよね。生きるっていうのはこういうことなのだと思う。もう痛みとかもはや感じていないのだろうけど、「僕はここにいて、まだ生きている!!」と叫びたい気持ちが、その最後の鳴き声からは感じ取れる。

アッラーに祈りをささげてから・・・

あああ・・・・

ハイ、犠牲祭でおなじみの光景ですね。いつ見てもちょっぴりスリリング。




子どもたちに、怖くないのか聞いてみた。すると、みんな首を振って「怖くなんかないよ!!」と答えた。やっぱりアフリカキッズは偉大だ。肉とは、スーパーやお肉屋さんで買うものだと思い込んでいる日本の子どもたちには、真似できないだろうね。こういうシチュエーションに子どもの頃から慣れていると、自然のサイクルの一環としての自分といいものが見えてくる。食べるって、他の命を犠牲にするということ。他の犠牲があって、自分の生が持続されるのだ。今日これから食べるヤギ肉は、さっきまで頬すりしていたヤギ君なのだ。彼の脚であり、肝臓であり、心臓であるのだ。そう子どものうちから感じていると、きっと見えてくる世界も違うんだろうなぁ。

子どもたちも必死。


ヤギ君の出血が一応収まったら、次は、タイヤに火をつけて、彼の体を丸焼きにする。こうすることで、解体しやすくするらしい。タイヤなんかで焼いて、ダイオキシンとか問題ないのかな?怪しい!!さすがTIA。丸焼きにする間も、子どもたちは興味津々。硬直したままのヤギ君の遺体が、荼毘に付されている。アッラーは、きっと君を天国へ連れて行ってくれると思うよ。

タイヤで焼いとるよ、これこれ。


丸焼きなのか荼毘に付されたのか。真相はともかく、次はいよいよ解体作業だ。首チョンされた部分から、お腹にナイフが入る。次の瞬間、きれいなピンクや白の内臓がお目見えする。思わずチョンチョコとつつきだす男の子たち。それを見て叱る大人たち。内臓を取り出した後の体は、一気に空っぽになってしまった。膝(?)から下を切り取り、脚の部分を切り取り、最後は頭にもナイフが入る。こうして、ヤギ君は跡形もなく、きれいさっぱりなくなってしまった。本当、さっきまで幸せそうに葉っぱを食べていたのにね。

頭と膝下の部分は、その後さらに火であぶられた。おっさん曰く、ヤギは頭が一番おいしいらしい。まだそのままの形が残っている頭を、ナタで切り割る。「食べてみなよ」と言われるがままに頭の肉を食べてみると、ウエー!!油っぽい!!「あはははは、油っぽいのは当たり前だよ、それガソリンだもん。」あははじゃねーよ、おっさん。

にしても嬉しそうだね・・・・


結局最後に残ったのは、角だけでした。


その間家の中では、女たちが内臓の始末にてんてこまいになっていた。何度も洗い、消化されかけた食べ物を全部取り除き(小腸が一番面倒くさい)、火にかける。油と唐辛子を入れれば、もう数分後にはおいしそうなニオイが鍋から出てくるから不思議だね。

そうそう、この日の女性の食べっぷりはすごかったよ。まぁ、普段から彼女たちはそうなんだけど、料理がまだグツグツいっている頃から、味見と称しては小皿三杯分は食べる。「ソースの本当の味は、主食と一緒じゃないと分からないわ」といいながら、アチャケ(キャッサバでできたクスクスのような食べ物)やフートゥー(キャッサバとバナナを混ぜた、甘いお餅のようなもの)、プラカリ(キャッサバでできた、すっぱいお餅のようなもの)を次々と平らげる。しかも、このソースっていうのは、油をたくさん使っているんだよ。

そのくせ、彼女たちに比べれば小柄である私に「どうしてあんたはそんなに痩せているんだい?私もさ、やせたいんだよね、太ってると何かと疲れるし。」と聞いてくるのだから笑ってしまう。「たくさん運動して、野菜や果物をたくさん食べて、油と肉と砂糖をあまり摂取しないようにすればいいんですよ。」と言えば、「油なしで!?そうかい・・・・とりあえず頑張ってみるよ(←絶対に嘘)」という答えが返ってくる。WHOによると、今日の世界の肥満人口は、栄養失調人口の二倍以上らしいからね。頑張れ、ダイエッターの象牙おばちゃん!!

昼の祈りがモスクで始まる。それでも、お祈り前には体をきちんと清めないといけないので、料理に忙しい女性やヤギの解体に忙しい男性、泥んこになりながら遊ぶ子どもたちは、お祈りをキャンセルしないといけない。

料理ができた。この日は、とりあえず内臓と、背中やお腹の肉を食べるだけにとどまったけどね。残りの脚なんかは、貧しい人と分け合ったり、みんなのお土産用にするらしい。お米もあるし、チェップ(セネガル式油ギトギトチャーハン。コートジボワールでも大人気)もあるし、プラカリもある。内蔵のスープは唐辛子がきいていて、好みでオクラソースを混ぜることもできる。焼肉もある。いただきまーす!!

残ったお肉は、近所に住むキリスト教徒にも分けられるんだって。




この時食べたレバーは、間違いなく、今までの人生で食べたレバーのナンバー1だ。口の中でとろけるのである。新鮮だから臭くもないし、自然な味が出ているし、あぁ、ヤギ君よありがとう。肝臓として、ヤギ君の命を支えていたものが、この瞬間から私の体の一部になると思うと不思議な感じがする。ヤギ君の命を受け継いでいる、そんな気持ちが強まるし、だからこそ「明日も、明後日も、何年経っても、一生懸命生きないとなぁ」という決意で、体全体が満ち溢れるようだ。

いただきまーす。

料理担当の女性陣は、まずは男たちに十分な量の肉を振舞う。次に自分たちの分。そして最後に、子どもたちに分けていく。子どもにまだ肉が分配されていないときに、既に肉を食べている女の子がいた。といっても、彼女に肉をあげたのは、他でもないこの私なんだけどね。それを見たおばちゃんは、ものすごい剣幕で彼女に怒り出した。「ちょっと待って、お肉をあげたのは私なんだよ!!育ち盛りの子どもたちこそ、お肉をしっかり食べないと。」というと、「あんたの国では子どもが随分大切にされてるみたいじゃない!!」とピシャリと言われてしまった。これは、もちろん皮肉。ここでは、大人が食べてから子どもが食べるみたい。

だから、子どもたちの肉の争奪戦は、それはそれはすさまじい。お肉を入れたお皿を持って彼らの前に登場すると、まずは体の大きい子が、ライバルたちを突き倒して私の前に飛んでくる。ちびっ子たちも負けていない。三人姉弟の我が家では、クリスマスや誕生日は、必ず食べ物が原因でケンカになった。三人だけでもあれだけすごいのに、それを二十人近くでするんだもんね。そりゃ子どもはたくましくもなるわな。

一通りみんながお腹一杯になる頃には、あんなに大きかった鍋がすっかりからっぽになっている。食べ終われば必ずdodo(お昼寝)タイムだ。妊婦のマリアムさんも、ぐっすり眠っていたうちの一人。外は相変わらず、暑さが厳しい。昼寝をして、夕方のお祈りの時間に備えるんだね。


簡易モスクの前で・・・

ちびっ子たちも最後尾で一緒にお祈り



しかし、長屋が静まり返ることは決してない。食べ終われば大量の荒いものがあり、荒いものが終われば、今度は同じタライでたくさんの子どもたちを洗う必要があるからだ。母ちゃんは本当に大忙しだ。お風呂(?)を待つ間、素っ裸で鬼ごっこをする子どもたち。お風呂がイヤで、泣き止まない赤ちゃんを怒鳴りつけ、放置し、それでも泣き止まないので、文字通り片手で赤ちゃんを家の外に投げ出す母ちゃん。彼女、本当に赤ちゃんを「投げ」出してたよ!!象牙ママは怖いです。驚くことに、こんなときも近所の大人は、家の外に投げ出された赤ちゃんを放置しておくのね。しかし、そこはみんなが一緒に暮らす長屋。必ず年上の子どもが優しい声をかけ、赤ちゃんを泣き止ませようとするのが微笑ましい光景だ。自分の幼少時代を思い出した。弟とケンカをして家の外に出されるときに、いつも助けてくれたのは、向かいに住む家のおばあちゃんだった。数年前に彼女は亡くなられたが、長屋の光景を見ながら、私はずっと彼女のことを考えていた。

長屋キッズは素っ裸で鬼ごっこ。

長屋のお風呂。


そんなこんなで祈りも終わり、家に帰る時間になった。家に帰った途端、食べ過ぎたのか、私は急に具合が悪くなってしまった。悪寒が走り、体の節々が痛く、頭がガンガンする。熱も結構あるね。最初はマラリアかなと思ったほどだ。

寝込んでいる間、頭の中ではヤギ君の首チョンの光景が何度も何度も思い起こされた。

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