2009年11月19日木曜日

イタリアな日々

なんか、アフリカ留学というタイトルのブログをやっておきながら、ヨーロッパの話が多い最近ですが。
自己満足で書いてるだけなので、読んでいただけるのであっても適当に流しておいてください(笑)


ISFiTが終わった後も、自分と向き合うヨーロッパの旅は続いた。

今まで別にイタリアに魅力を感じたことは一度もなかったのだが、私がヨーロッパにいたときに、ちょうど親友のAがフィレンツェに留学していた。

「ナツノには是非来てほしいんだ。会わせたい人がいるし。とにかく、最高の時間と思い出を保障するから、ヨーロッパに来るのならフィレンツェに来なよ!!」

語学力アップも兼ねてフランスをうろちょろしようか。それとも、別に興味のないイタリアだけど、この友人の生活を垣間見るためだけにでもちょっくら行ってみようか―。少し悩んだが、最後はラブコールに負けてイタリアを選んだ。ここまで言われたら行くっきゃないでしょ。(フランスよりもイタリアのほうが物価が低いことが決定的な理由であったことはナイショです。)

オスロからフィレンツェに行く安い飛行機が見つからなかったので、一旦ミラノまで飛んでから、翌日電車でフィレンツェに向かうことにした。ミラノでお世話になるカウチサーファーも見つかっていたので準備はバッチリ!!のはずが、イタリア行きの3日前になってそのカウチサーファーから連絡が来た。「ごめんね、仕事でちょっとミラノを離れることになっちゃったから、あなたのこと泊めてあげられなくなっちゃったの。でもその代わり、仕事仲間のロレンツォを紹介するわ。」土壇場でのキャンセルがなかなかイタリアっぽいが、これがアフリカならキャンセルの連絡すら来ないだろう。急遽ロレンツォに連絡をとったところ、幸いにもすぐに返事が来た。よかった、とりあえずミラノでの滞在先は確保できた。

真冬のスカンジナビアは、1ヶ月以上いると少し気分が滅入ってくる。寒い、暗い、とにかく普通に歩けない(豪雪と凍結のせいで、道ではすっ転ばないように全神経を集中させていた)。だから、ベルガモ(ミラノの近くの町)の空港で飛行機から降りた瞬間、暖かい春の風と、スキップしてもコケない喜びで、たちまち私の胸はいっぱいになった。夜に到着したから太陽なんか出てなかったのに、頭の中では「オーソレミーオ(私の太陽の光)」がガンガン流れてたくらいだもんね。

ミラノの駅にはロレンツォが迎えに来てくれていた。一通り自己紹介をした後、初めて彼から聞かれた質問が忘れられない(ちなみに私たちはこのとき初対面でした)。「日本のアニメでは、美人が登場する場面やちょっとエッチな場面ではみんな鼻から赤い液体を出すよね。あれは一体何なんだい?あのギャグには、どのような文化的背景が影響しているんだい?」さすが、うる星やつらを愛読しているクリエーターは、初対面なのに吹っかけてくる質問も個性的です。日本人はみんな黒髪なのに、ラムちゃんの髪の色がどうして緑なのかも聞かれました。


ミラノのドゥオーモ。

ファッションの街のショーウィンドー。


このショーウィンドー結構好き。
かわいい。



彼のアパートでは、そんなロレンツォの他に、日本が大好きでNinjutsuなるスポーツをこよなく愛するバレリアと、いつも女の尻を追い掛け回している典型的なナポリタンのガイタノという、なんとも濃いイタリア人がガヤガヤと共同生活をしている。とりあえずみんな海外経験があり、英語が話せるから安心安心。到着早々、ワインとチーズとピザで出迎えてくれた。

私が幼少時代を過ごした家の近くには、ミラノという名のピザ屋さんがあった。今にして思うと、あれはただの田舎のシケたピザ屋だっただけなんだけどね。我が家でピザといえば、ピザーラでもなくドミノピザでもなくミラノのピザであったため、それ以来、私にとっては、ミラノといえば「あのピザ屋さん」のことであり、ピザといえば「ミラノ」であった。オーストラリアでは、一切れ食べるだけで吐き気を催す巨大ピザをさんざん食べさせられたが、それでも私にとっては「ピザといえばミラノのピザ」が基本であった。だからこの日、ロレンツォの家で生まれて初めて食べた本物の「ミラノのピザ」には感動もひとしおだったよ。

「栃木のミラノピザ」とは一味も二味も、というか、百味くらい違いました。


・・・と、ピザの箱を開けた瞬間に、ガイタノが突然キレ出した。イタリア語でなにかわめいている。どうやら、バレリアが選んだピザが気に入らなかったらしい。ロレンツォの解説によると、出身地の違う3人が仲良く暮らすためには、この家ではピザとサッカーの話題はご法度なんだって。噂には聞いていたけど、イタリア人アツいなぁ。お酒が入った瞬間に、彼はすっかり機嫌を直しましたが。

この日の夜は、酔った挙句に書道をするなど、とにかく遅くまで盛り上がった。本当なら翌日の電車でフィレンツェに行こうと思っていたが、ここの人たちがあまりに面白すぎるため、一日だけミラノ滞在を延ばすことにした。ピザ以外のミラノを見るのも悪くないだろうしね。

casa di Lorenzo(ロレンツォの家)にて。
手前にいるもやしみたいなのが、うる星やつらの大ファンであるロレンツォ。
後ろにいるのが、ninjutsuにハマっているバレリア。
この人たちがあまりにも楽しかったから、パリにいたときに週末を使ってまた遊びに行っちゃった。


ミラノ自体は、そんなに面白い街ではなかった。重々しい雰囲気の建物とギラギラしたブランド店、それにちょっと汚い道路がパリとそっくりだったが、それ以外は特記するべきものはなかったように思う。しかし、ロレンツォの家ではこの日の夜も盛り上がった。この日は、これまた日本文化に恋してしまった別のイタリア人(しかもケニア育ちでスワヒリ語も少し話す)も乱入して更にすごいことになった。彼の日本に対する憧れは筋金入りだ。「僕はアフリカで育ったが、アフリカではあくまでもムズング(白人)だった。ヨーロッパで暮らすようになったのはいいが、ここには自分の居場所はないような気がする。そう悩んでいたときに出会ったのが日本なんだ。日本なら、自分の居場所を見つけられるような気がするんだ!!!」

彼にとって、日本という国がどれほど精神的に大きな存在なのかはなんとなく分かったが、一度是非日本に来てもらいたい。神秘の国ジパングは確かに素晴らしい国だけど、一方で、そのジパングの社会が抱える問題は病的ともいえるほどだからね。

まぁこんな感じで時は過ぎていき、一泊だけするはずだったロレンツォの家には結局一週間も滞在するハメになってしまった。長すぎる?いやいや、そんなことはありません。おいしいご飯とおいしいお酒、それに愉快な人々。こんな毎日から抜け出す理由が特になかっただけです。それに、北イタリアには素敵な村がいくつもあるし、ベネチアもヴェローナも遠くはなかったから、退屈する暇は全然なかったよ。

北イタリアはスイスとの国境付近にある村。雨で、アルプスが見えなかったのが残念。。。


北イタリアのガルダという村。

このローマ劇場は、夏になると「アイーダ」を上演するので有名だよね。ヴェローナにて。
ここでオペラを見るのは夢ですね。この日は、劇場前でやってたチョコ祭りでの試食に夢中でしたが何か?

ベネチアは、確かに宝石のような街だとは思ったが、あまりにも完璧すぎていて作られたフェイクの世界にいるみたいな気分になった。旅をするときは、地元の人の日常生活を知る機会をなるべく持つようにしている。しかし、ベネチアではそれが見えなかったから残念だ。野菜と魚の市場には行ったし、細い運河をまたぐように干されている洗濯物を目にすることはよくあったが、それだけ。お店と言えばお土産やさんくらいだし、カフェで休憩しているのは観光客っぽい人のみ。

いかにもベネチアな風景。それにしても観光客多し。


迷子になってさまよっていたときに、中世から続く高級織物を専門とした博物館の前をたまたま通りかかった。ドジな私は普段からよく転ぶのだが、このときも博物館の前でコケてしまった。周りには人がいなかったのでラッキー!!と思いきや、白髪の紳士的なおじいさんに「大丈夫?」と英語で話しかけられた。イタリアって、観光案内所でも英語が通じるのか怪しいくらいだから(日本もそうだけどね)、道で英語で話しかけられるなんてかなりレアな体験だ。

このおじいさんと話していくうちに、そこが布の博物館で、その日はちょうど、世界的に五本の指に入るデザイナーさん(ファッションに疎い品川は、そのデザイナーの名前を忘れました)の展覧会をやっていることが判明した。

「この人はね、日本の着物や兜のデザインに大きく影響されているんだ。私はかつて彼の顧客だったのだが、それはそれはいい仕事をしている人で・・・。どうだい。わしが君を招待するから、展覧会に行ってみてはどうだい。」

おおおじさんが入場料出してくれるのなら、喜んで行きますとも。ってオイ、たった今なんて言いました?かつて顧客だった?世界の五本の指に入るデザイナーの?

と、そうこうしているうちに博物館は開き、中に入るおじいさんと私。なるほど、確かにこのデザイナーの服は、どれもどこか日本のテイストが繁栄されている(?)。


例のデザイナーさんの服其の一。

服其の二。これとか、もはや機能性を完全に無視していますね。


展覧会を見終え、普通の博物館の部分を見学していたときに、彼はまたボソっと仰天発言をした。

「この布はね、昔から続く作法で丁寧に作られているものなんだ。私も自宅のカーテン用に購入したのだが、1メートル当たり、当時の値段で○○○リラ(←あまりにもゼロが多すぎる額で、庶民品川はもはや覚えていない)もしたんだよ、ハッハッハ」

ハッハッハじゃねーよ、じいさん。こんな博物館に展示されてるようなありがたい布でカーテンなんか作るなよ。ってか誰なんだこのじいさん・・・。

帰り際に、彼は「ローマには来る予定はあるのかい?もしもあるなら、是非連絡してくれたまえ」と言って、名刺を渡してくれた。この名刺によると、彼は二つのホテルの経営者らしい。「私の家は、ローマ時代の遺跡を臨む丘の上にあるんだ。なかなかいい家だよ、自分で言うのもなんだけど。」

怪しい・・・。というか、この場面で怪しいという印象をまず受けてしまうのは、インドやアフリカで、観光客をダシにしたインチキ野郎に散々遭遇したからなのだろうが、ちょっと怪しい。それでも、彼からもらった名刺は一応今でも大切にとってある。もしもこれが本当の話だったらすごいことだしね。


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