2009年11月12日木曜日

アフリカはノルウェーになれるのか?

なんか、色々書いているうちに分かりにくい文章になっちゃった・・・。これはノルウェー滞在の話の続きなんだけど、なんだかんだで自分は、最終的にアフリカに行きつくんだなと実感したときのエピソードです。事前に断っておきますが、完全に自己満な文章です。

グーグル社員であるカウチサーファーと冬市へと出かけたとき、途中の電車の中で面白い話を聞いた。今じゃあんなに豊かで、世界で一番物価の高いノルウェーだけど、60年代に北海で石油が見つかるまでは、漁業しか産業のない貧しい北国だったんだって。だから、結局ノルウェーというのは、「ドバイやなんかと実はなんら変わらない石油成金国家だ!!」と彼。石油産出世界ナンバー3なのに、人口がたったの400万人。そりゃぁ、国が豊かになって当然だ。だから今、ノルウェー政府は躍起になりながら、石油が枯渇するであろうXデーに向けて貯蓄に勤しんでいるのだとか。(石油は枯渇しても、最後の最後の石油というのは値段がめちゃめちゃ高騰するだろうから、結局産油国というのは強いよなぁ、ラッキーだよなぁ・・・と、資源のない島国出身の私は思います。)


トナカイバーガーをほおばるグーグル社員



人口が少なくて資源が豊か。これがノルウェー式ユートピアの成功の鍵であるとするなら、アフリカにもノルウェーのような国がいくつあっても不思議ではない。

アフリカがノルウェーになる?

このとき、はっとした。

アフリカと北欧という、今までひらめいたたこともなかった組み合わせについて考え始めたとき、なんとなくだが、ノルウェーに着いてからずっと実は抱いていた違和感の原因が分かった気がするのだ。そして、この違和感の原因が分かった瞬間、自分が今までどうしてアフリカにパッションを感じ続けてきたのか、その理由がようやく見えた気がしたのだった。

汚職と無能な政府、それに加えて国際社会の陰謀。ああ、本当に腹が立つけど、これがアフリカがノルウェーになれない大きな理由であることは事実だ。政府さえまともに機能していれば、今頃赤道ギニアが世界一豊かな国になっていたっておかしくないかも知れないのに。しかもアフリカの場合、資源が豊かな国ほど戦争や汚職でメチャメチャになっている。コンゴ、シエラレオネ、アンゴラ、スーダン、ナイジェリア・・・例を挙げたらキリがない。もう本当にダークすぎて・・・頭痛が・・・ぐはっ。

その一方で、アフリカがノルウェーみたいなユートピアになってしまったら・・・そう考えるとゾッとする。そんなのアフリカじゃない。これは私が日本から来たノーテンキな外国人であるからこそ言えることなのだが、アフリカは、権力者の欲望に社会全体が振り回されてこそアフリカなのだし、生きるのが苦しくて辛いからこそアフリカなのだ。

ウガンダで暮らしていたときもアフリカ大陸を駆け回っていたときも、自分の周りには常にstruggling life(苦しい人生、苦しい生活)を送っている人々がいた。彼らが不幸な人々だとは決して思わなかったが、確かにこの大陸では、ハンデが多すぎて生きることが簡単ではない。

実際に、そんな人々を目の前にしながら彼らのstruggleやハンデの原因について考えをめぐらせると、「世界って理不尽だよなぁ。人間ってダークで汚いよなぁ。」と感じずにはいられない。ムカつくし、時には悔しくて涙も出てくる。まぁ、いつもだいたいこの辺で身も心も滅入ってしまうので、考えるのをやめるようにするんだけど。

世界や人間の何たるやも知らない私がこんなことを言うのも恐縮してしまうが、人間なら誰しもが持っているダークな部分が、社会という場において最もストレートに反映されている場所――それこそがアフリカであると私は思う。あらゆる欲望がうずいていて、権力者の感情や気分で実際に社会が動いちゃって、死というものが身近にあって。こんなに人間らしい場所は、世界中探したって他に見つからないだろう。だからこそ、アフリカでは常に魂が揺さぶられるのかもしれない。生きることにいちいち一生懸命にならないといけないから確かに疲れるが、必死だからこそ、生きている実感・生への爆発力が体中から沸いてくる。アフリカは偉大だ。

アフリカ以外の場所にも当然「影」は存在する。もちろん、人間が社会を構成している限り、それは避けられないことだ。ところが、アフリカ以外の多くの場所では、その影は上手く隠されてしまっているか、見てみぬフリをされている。日本だってそう。なんだかんだで、日本は生ぬるいと私は感じる。

ノルウェー社会にもそれなりに問題は山積みなのだろうが、この国では「影」が目立たなすぎる。だから、違和感を覚えたのかもしれない。みんな仲良く平等に満たされ、不安も悩みも特にはない社会。たかが一ヶ月の滞在でこんな偉そうなこと言うと怒られちゃいそうだけど、ノルウェーでは、日本にいるとき以上にフワフワしてしまって、全くといっていいほど魂も生も感じなかった。

冬市のイベント会場に集まる人々。
この市は、結構伝統的なんだって。
真ん中に写ってる、毛皮で完全防寒したおばさんに注目。


社会のダークな部分は悪いことであるかのように今まで決め付けてきたけれど、どうやらそうでもないみたい。きっと人間は、ダークなことがあるからこそ爆発できるのだし、生きるエネルギーのようなものが溢れてくるのだと思う。スカンジナビアのフワフワしたユートピア社会を目の当たりにして、初めて、この「ダークな部分」がもたらすメリット(?)に気付くことができた。

「どうしてアフリカなの?」

こう聞かれるたびに、今までの私はこう答えていた。

「アフリカは未来の大陸だから。それに、日本とあまりにも違いすぎて比較すらできないのって、面白いじゃん!!」

これは確かに紛れもない事実だが、私がアフリカに惹かれていた理由は、本当はこれだけではなかった。じゃあ何なのかと聞かれても、今まではそれがよく自分でも分かっていなかった。とりあえず大きなパッションをアフリカからは感じてはいたけど、このパッションがどこからどうしてやってくるのかなんて、考えたこともなかった。

アフリカとは正反対のノルウェーに行って気付いた。私がアフリカに惹かれている理由は、本当は私が今まで一番嫌悪感を抱いていた、アフリカのダークな側面*たる所以なんだ、と。

「影があるから人は輝く」って、誰かがこんな名言を言っていたけど、これって正にアフリカの魅力を表現するのにふさわしい一言だと思う。少なくとも、私にとっては、影があるからこそアフリカは魅力的なのだ。

・・・と、元々の話からだいぶ逸脱してしまったが、石油がキッカケでこんなことを黙々と考えながら、灼熱の大地から遠く離れた北国で、アフリカへのパッションを再認識した冬の日の出来事でした。


冬市のあったロゼという町。
ずっと考え事をしていたから、町自体についてはあまり覚えていない。。。ごめんなさい!!



* ここで私が意味する「今まで一番嫌悪感を抱いていたアフリカのダークな側面」っていうのはね・・・。

アフリカには色んな側面があるけれど、当然のことながら、中にはどうしようもないくらいダークな側面もあるワケで。そういうダークな側面に限って、無視することができないくらい日常に溶け込んでいたり、または歴史的にとてつもなく根深かったり。とにかく、考えただけでお手上げ状態になっちゃうようなダークっぷりなんです、アフリカは。

具体例を挙げると、多くのアフリカの人が抱いている劣等感だとか、経済的・社会的・文化的・精神的植民地主義の呪縛から解かれていないところとか、理性も法律も関係なしに権力者の気分と本能で社会全体が動いちゃうところとか、権力には盲目で従う人々とか。諦観主義的で他力本願なところとか、努力をするだけ無駄な社会構造、または搾取なんかもそうだね。また、綺麗ごとをさんざん並べながらも、未だにアフリカを対等な相手として認識していない国際社会も、このアフリカの「ダークな側面」の一部に入るかな。

まぁ、これらには私という人間の主観がかなり入っているので、これを読んでいるあなたが必ずしも賛成しないことは十分に承知しています。同じものを見ても抱く感想が十人十色なのと一緒だね。だから、「これってあなたが勝手にそう思ってるだけでしょう!!」と叱られても仕方がないと思っている。

ただ、ここに挙げた事例に関して言うと...これらは全て、前回のアフリカ滞在中に、私が拒否反応を抱くようになったもの、或いは、悶々と考えすぎた私を精神的に追い詰めたもの(考えすぎた挙句の果てに、私は実際に何度も泣きました)かのどちらかなんですよ。それほどまでに私はアフリカの「ダークな側面」に強い嫌悪感を抱いていたし、あまりにも辛すぎて、「アフリカに興味を持つのなんてもうやめてやる!!!」って何度も思った。

だから今回、今まで大嫌いだったはずのこれらアフリカの「ダークな側面」そのものが、実は私のアフリカへのパッションの源であると認識したときは大きな衝撃だった!!なんだか不思議な感じだね。今、コートジボワールではかなり楽しく生活しているけれど、この気付きがなかったら、こんなに精神的に余裕を持って暮らすなんてできなかったと思う。フワフワしたユートピアに感謝しなきゃ。

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