2009年11月11日水曜日

ベルギーとアフリカ


なんか、真冬なのに裸だからかわいそうになっちゃった。寒そう。

今年の冬にヨーロッパに行ったとき、せっかくだからベルギーに行ってみることにした。パリからブリュッセルまで電車で1時間ちょっとだから、栃木から東京に出るのと同じようなものだね。

早稲田に来ていた留学生と再会。
彼のパパはコンゴ人。
コンゴに平和が訪れたら、とりあえず一緒にゴリラを見に行く約束をする。


ベルギーに行ったのは、ある人に会うためだ。ウガンダで英語を勉強するために、私と同じように、マケレレに一人で留学しに来ていたシンシア――中央アフリカ共和国(通称CAR)出身で、ウガンダ時代の仲良しちゃん。このシンシアが、なんとその数ヶ月前に、(本人曰く)難民としてベルギーに移り住んでいたのだ。

彼女の母国であるCARは、一言で言えば失敗国家。戦争とクーデターが繰り返され、国内のインフラは皆無に近く、汚職・腐敗のレベルも相当のようだ。世界的に見ても、最も国民が苦労している国の一つであることは確かだと思う。

シンシアがお金持ちのお嬢様であることは一目瞭然だが、典型的な金の亡者であるアフリカのお金持ちとは違い、彼女は賢くてサッパリした、天真爛漫な性格の持ち主だ。オープンで好奇心も旺盛。ウガンダには保守的な人が多いので、彼女の存在は私にとって大きな支えであった。

彼女のバックグランドについて、私はほとんど知らない。彼女があまり話したがらないからあえて聞くことはしたくないのだが、両親を幼くして亡くし、兄弟姉妹はみんな海外に住んでいることは知っている。CARのお金持ち&海外在住という時点で、なんだかブラックな臭いがプンプンするなと感じるのは私の先入観かもしれないが、家庭環境がどうであろうと、彼女が素敵な子であることに変わりはない。
再会したときは、二人とも大喜び!!その後何時間もノンストップでおしゃべりが続いた。

ブリュッセルの大広場。


シンシアのお姉さんは、国連に勤めているベルギー人と結婚している。そのため、お姉さんは9年間ベルギーに住んでいる。こう言うと失礼に当たるかもしれないが、お姉さん自身はすごく美人なのに旦那さんは典型的な巨漢の中年オヤジで、ビザ目的の結婚の雰囲気がプンプンする。彼女の旦那さんは、ここ数年はイタリアに単身赴任中らしいしね。同じヨーロッパ内、しかも彼女は主婦なのに、一緒にイタリアに行かないのはちょっと変だ。まぁ他人の家庭内のことに関してどうこう言うのは失礼だし、真相は本人たちにしか分からないことだけど。でも9年間も別れずにいるのだから、本当に好きで結婚したのかもね。

難民と聞いていたため心配していたが、ベルギーで再会したシンシアは、やっぱり私の知っているシンシアだったので安心した。ただ、数ヶ月前にベルギーに来てから知り合ったという中年のベルギー人と既に婚約したという話を聞いて、私は本当にがっかりしてしまった。これに関しても、真相は本人にしか分からないことだが、やっぱりビザ目的なのかなぁ。彼女だけはそんなことはしない子だと信じていただけに、失望は大きかった。

これはあくまで私の予想だが、彼女は難民でもなんでもないのだと思う。お姉さんが長年ベルギーに住んでいるから、ビザを取るのはまぁまぁ難しくはなかっただろう。こうしてベルギー入りを果たし、更に長期にわたってEUに滞在するため、出逢って数ヶ月の人と婚約したのかも知れない。ところが、彼女は私がこういうことに反対しているのをよく知っているため、本当のことを言うと私がどれだけがっかりするかを憂慮した。そこで、難民ということにして話を丸く収めることにした。

彼女が難民ではない証拠(?)として、彼女は数年以内にCARに一時帰国したいと言っていた。難民というのは、様々な理由から、自分の国の外で暮らさざるを得ない人々のことである。当然、一旦難民になると、自分の国にそう簡単には戻れないハズだ。それでも彼女は戻ると言っている―。

こう考えるとツジツマが合うし、話のぶっ飛び具合もものすごくアフリカらしい。

まぁ、疑いすぎかもしれないけど、アフリカじゃこの手のストーリーは日常茶飯事だからねぇ。とにかく私は、有望な彼女が自分の才能を生かして、自分らしく人生を切り開いてくれるのであればなんでもいい。中年白人オヤジをダシにするのも、シンシアなら他の子とは少し違うような気がするし。ヨーロッパにいることが今の彼女にとってはベストな選択なのであれば、そのために婚約という手を使おうと、他に手段がないのであればしょうがないのかも。それにしても、このような出身国別の政治的な差別が、一日も早く撤廃されるといいね。自分の持っているパスポートのせいでハンデを負うなんて、本当に不公平すぎる。

あれから8ヶ月経った今でも彼女とはよく話すが、婚約者の話題は全く出てこない。どうなったんだろう・・・気になる!!

ベルギーでは他に、わざわざ仕事の休みをずらしてまでして案内してくれた、親切なベルギー人カウチサーファー二名に出逢った。そのうちの一人であるウェンディーは、一日という限られた時間内でいかにしてBest of Belgiumを私に見せるかということで、数日前から入念な準備をしてくれていたそうだ。お陰で、乗る電車から入るカフェまで、完璧にプランニングのされた一日を無駄なく過ごすことができた。私なんかよりもよっぽど彼女のほうがよっぽど日本人っぽい。

フランダースの犬の舞台にもなったアントワープ(本当の舞台は、アントワープからさらに離れた村らしいけどね)で、彼女は特に最高だったよ。最終回にネロが天に召される、あの感動の場面があるでしょう?あの教会に行ったんだけど、そこはあまりにも日本人観光客が押し寄せるものだから、トヨタが記念碑と、ネロの銅像を建てたらしいの。ところがどっこい、私たちがそこを訪れるちょっと前にその記念碑が何者かに壊されたようで、私たちが実際に目にしたのは、惨めな残骸だった・・・・という。

個人的には、小便小僧よりも好みかも。
アントワープにて。


「ナツノは日本人だから、絶対にこの記念碑のところで記念撮影がしたいに違いない!!」という仮定のもと、わざわざこの教会をアントワーズのハイライトにしようとしてくれたウェンディー。ところが、記念碑が壊されちゃったことまでは把握していなかったみたい。教会に着いたときから何かを探しているようだったが、ついに残骸を見つけたときには相当がっかりした様子だった。「ごめんね、こんなものを見せることになるとは思ってなくて・・・サプライズにしたかったんだけど、残念だわ・・・。」だって。なんていい子なのかしら。

一応写真をパチリ




とりあえず、教会の向かいにあるお土産屋に売られていたポストカードのお陰で、トヨタがどのような銅像を建てたのかは把握することができた。

本来なら、銅像はこんな感じらしい。
ネロに生気がないね。
「パトラッシュ、僕はもう・・・疲れたよ・・・」


またアントワーズでは、今まで見た中で最強のホットチョコレートに遭遇した。これ、ただの熱い牛乳に、ベルギーチョコのバーをそのまま突っ込むというもの。さすが、チョコの国の人はホットチョコレートの発想が違います。チョコ中毒大国のオーストラリアでも、こんなのは見ませんでした。


史上最強のホットチョコレート。半分飲んでもう十分でした。


もう一人のカウチサーファーであるリュークには、ブリュッセルを案内してもらった。とりあえずありがちなブリュッセル(小便小僧の前で記念撮影の後ワッフルを片手に街歩き)を満喫した後、彼は私の興味を考慮して、わざわざ郊外にある「王立中央アフリカ博物館」に連れて行ってくれた。この博物館がね、まぁ実質的にはコンゴ博物館なんだけれども、なんともいえず植民地主義的な感じを引きずっていて、ちょっと複雑な気分になっちゃったな。

ブリュッセルで観光客が最初に買うのはこれだと思う。



ベルギーは、今日のコンゴ民主共和国とルワンダ・ブルンジの三国を支配していたんだけど、コンゴに関しては、もともとはベルギー政府ではなく、レオポルド2世という欲張りな王の私有地という位置づけでスタートしたのね。まぁその時点からコンゴの悲劇は始まったと言っても過言ではないのだけれど。

この博物館には、このレオポルド2世の像がちゃっかり置いてある。彼は、ベルギー国内はもちろんのこと、国際的にもかなりの批判を受けた人物。いくら王立博物館とはいえ、彼と中央アフリカが切っても切れない関係であるとはいえ、こんな銅像を置いちゃうところがすごいなと思った。

それから、(まぁこれに関しては多少は仕方がないことなのかもしれないけれど)説明や展示の仕方がかなりベルギー目線になっていて、私はそこにいてあまりいい気分がしなかった。展示品は結構多いし、しかも興味深いものばかりだったんだけど、・・・。ディスクールに深く根付いたコロニアリズムは、今日でも本当に難しい問題だね。

あ、そうそう。さすがコンゴの旧宗主国。全然関係ないけど、ブリュッセルの街中にあるチョコレート屋さんでは、こんなものを見つけたよ。


そもそも、ヨーロッパにチョコがあるのはアフリカのお陰。
本物のチョコを求めているなら、ベルギーではなく
コートジボワールにいらしてください。



このお面のデザインはすごくコンゴリーズな感じがして、すごく素敵だね。



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