2009年11月9日月曜日

インターンに至った経緯~エムボマの存在に気付く編~

実は、この話にはまだ続きがある。お時間のある方は、「長いよ!!」なんて言わずに、最後までお付き合いいただきたい。

大学の友人L君が、たまたま同じ時期に旅行でパリにいることが判明したので、社長と謎の大男との面接が終わった後、私は彼と会う約束をしていた。Lには免許ブルーの時に(一方的に)一番お世話になったので、とりあえずこの鬱状態から抜け出せた(?)旨を最初に報告できてうれしかった。

この時初めて、Lと履歴書の神(パリで泊めてくれてたフランス人の友達。彼女の履歴書に関する知識がなければ、フランス語で履歴書なんて確実に書けていなかったね)の友達同士であることを知った。履歴書の神が早稲田に留学していたときに、Lは彼女にボランティアで日本語を教えていたんだって。学生数5万人の早稲田では、これってすごい確立だ。世界は狭い。

しかもLと私は、どうやら同じ東京行きの飛行機を予約していたことが判明した。どんだけの確立がビンゴしたんだ。同じ時期にパリにいただけでもすごい偶然なのに。

私たちの帰国日の朝は、フランス名物のストライキのせいで、パリの交通機関が麻痺することになっていた。空港までの電車が止まっちゃたら一大事!!というわけで、前日夜からの空港での泊り込みを覚悟してしていたのだが、この友人が一緒で本当に良かった。一人だったらかなり萎えていただろうね。ビールとワインとおつまみをどっさり買い込み、空港で飲み会をしたことは一生の思い出(?)だ。うふふ。



パリのシャルル・ド・ゴール国際空港にて飲み会をするアジア人。




オールで飲んだため、翌日の飛行機の中で友人は見事に爆睡。一方の私はというと、予想すらしなかった方向に向かいかけている将来のことで少し混乱し、頭がパンク寸前。とりあえず、2週間後に始まる大学に休学届を出さなきゃ。親にも卒業が延びる旨を説明しなきゃ。っていうか、それよりも先にアメリカ行きの準備しなきゃ(実はこの時、成田到着40時間後に別件でアメリカに行くことになっていた)。わーーーー、落ち着け自分。

ふとした疑問が頭をよぎった。あの、大阪のチームでプレーしていたというカメルーン人の大男は誰だったのだろう・・・と。

カメルーンとサッカーと言えば、ワールドカップのときに日本中に話題を提供してくれた中津江村をまず思い出す。確かあのとき、一人ガンバで活躍してた選手がいたなぁ。名前なんだっけ・・・。うーん、うーん。

そのとき、どういうワケか、小学生のころに見に行ったJリーグの試合が突然フラッシュバックした。

私の父は関西出身であるため、我が家では昔から、野球は阪神、サッカーは京都サンガかガンバ大阪と決まっていた。あれは確か、父と弟とガンバの試合を見に行った日のことだ。よく冷え込んだ冬の日だったが、試合開始直前に、弟が楽しみにしていた焼肉弁当の中身が地面に落ちてしまったのだ。まだ一口も食べていなかったのに、あまりにもきれいにツルンと落ちてしまったお弁当。こんなに見事な落ち方はなかなかないので、この日のことはなぜかよく覚えている。不思議だね。

もちろん弟は悲しんだ。

そのとき、ガンバのサポーター席から掛けられていた「神様仏様エムボマ様」という垂れ幕を見て、彼は一言、「神様仏様エムボマ様だってー、アハハ。エムボマ様がこのお弁当なんとか戻してくれるのかな」と、いかにも小学生らしい名言(?)を吐き捨てたのだった。表面上は悲しむ弟を気遣う様子を見せながらも、心の中で「んなアホか。ざまあ見ろ、日頃のバチが当たったんだ。」と姉が思っていたことはナイショだけどね。

って・・・・そうだ!!!あのカメルーン人、名前は確かエムボマだ!!!あーーーースッキリした!!!

ちなみにこの思い出し方、いかにも作り話っぽいけど、マジで実話です。10年前のサッカーの試合の結果なんて全然覚えてないけど、お弁当のことだけはしかり覚えておりました、私。

「昨日のあの大男は・・・名前は確か『ンボムァ』だったっけ。」と思いながら、ンボムァさんにもらった名刺を見てみると、Patrick MBOMAと書いてある。「MBOMA ?・・・・?エムボマ?・・・・・って、オイ!!!」

フランス語では『ンボムァ』に近い音だったから、日本語のカタカナ表記の『エムボマ』という名前に慣れ親しんでいた(?)私は、面接の時点で全然気づかなかった。自分やっぱりアホーーーーーーーーー。

なぜか今さらになってドキドキし始めた心臓を抑えるように深呼吸をして、隣で爆睡中のLをとりあえず起こした。

「あのさー、起こしちゃって申し訳ないんだけど・・・。いきなりなんだけど、Jリーグに前エムボマっていたじゃん?」
「うん(←寝起きで結構不機嫌な様子)」
「あの人のファーストネーム覚えてる?」
「パトリックだよ」

あ、パトリックね・・・・って、Patrickって名刺に書いてあるんですけど!!

そのあと、私のボルテージが最高潮に上がってしまったことは言う間でもない。どうせ六本木でうろちょろしてたんでしょ、だなんて少しでも疑ってごめんなさーい。

その後、日本国内のみならず、エムボマが実はサッカーファンの間では世界的に有名であることを知っていくにつれ、タジタジしている私である。

イギリス人の友達には「えー?エムボマって、あのサンジェルマンのエムボマ?」と聞かれ、サンジェルマンなどというチームがあることすら知らなかった私はどう答えていいのか今ひとつ分からなかった。フランスのサッカー専門誌でジャーナリストの卵として働いている別の友達にはまず「PUTAIN !!!(ファック!!)エムボマかよ!!」と言われた後、早速取材の申し込みを受けた。

実は、今回のインターンでパリに来ることになったのはよかったのだが、一番の問題は住む場所の確保であった。パリは家賃が高い高い。それなのに、会社からは住む場所は提供されなかった。しかし、このジャーナリストの卵君が全て引き受けてくれたお陰で、最初の一ヶ月は彼の実家でホームスティさせていただくことになった。しかもタダで!!知らない外国人をいきなり無料で受け入れるなんて、このご両親は、神様仏様エムボマ様なみに優しいね(ちなみに実際のエムボマ様はかなりのジェントルマンで兄貴肌です)。その間、当の息子は海外放浪中であったため、私は彼の空き部屋で寝泊りしていた。彼がパリに戻ってきた際には、お礼の意味も兼ねてちゃんと取材を実現させましたよ。

うちの家族はというと、当然大興奮。娘が一年大学を休学するとか、しばらくまたアフリカに行っちゃうとか、そんなことよりもエムボマのほうがビッグニュースだったみたい。「エムボマと電話で話がしたい」だの「日本に次に来るときは、ぜひ我が家にご招待しよう」だの、とにかく家族の方が私なんかよりもが張り切っている。

あー、長かった。とりあえず、こんな不思議な巡り合わせと数々の偶然のお陰で、私はこの会社で働くことになったのです。ちゃんちゃん。インシャッラー。

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