2009年10月3日土曜日

酒、酒、酒

先週末、アビジャン郊外の村に遊びに行ったとき、おじさんたちと一緒に飲むことになった。さすがカカオのコートジボワール。カカオでできたウィスキーのようなお酒がまず出され、次にヤシのジュースからできた甘いお酒も登場した。イボリアンの女性があまり飲まないだけなのだろうけど、「お、姉ちゃん結構イケるねぇ。ほれほれ、もっと飲め飲め」的な雰囲気になって、調子に乗ってガンガンいったら少し気持ち悪くなっちゃったけどね。というか、おっさん、あなたたちの半分以上は、ムスリムだって言ってたよね?なんで飲んどるんじゃーい。


ちなみに、サハラ以南のアフリカ人ムスリムは、いたってお酒に対してリベラルな(?)立場をとっている。信仰深いのと酒好きは別物らしい。もちろんそうではない人もいるけどね。

例えば、ラマダン明けのお祝いの席。先日家の近所を歩いていたら、「マドモワゼル、こっちに来て一緒に食事でもしないか!!」と呼ぶ声が聞こえた。親戚中が集まっているラマダン明けの食事に、私を招待してくれたのだ。ちょうどその日は何も食べていなかったので、ラッキーと思いながら行ってみると・・・いつもよりも更にハデに着飾った迫力満点のおばちゃんたちに、コテコテの色彩をふんだんに散りばめた伝統衣装を着たおじさんが、楽しそうにワインやらウィスキーやらシャンパンやらを飲みまくっているではないか!!ってオイ、あなたたちは、断食明けの宗教的な食事をしているのではないかい??って話だよね。

ラマダン明けの食事。ワインやらシャンペンやらがたくさん!!
イスラム教徒にとって大切な食事中に飲酒しちゃうところがTIAだね。



コートジボワールの居酒屋であるマキでは、ムスリムたちはこんなトリックを使っているらしい。これは、実際にムスリムの知り合いから聞いた話なのでかなり信憑性はあると思うのだが、彼らは最初にコーラを注文し、その後、そのコーラの空き瓶にお酒を入れてもらうように注文するのだ。外から見ると、彼らはソフトドリンクを飲んでいるようにしか思えないのがポイントだ。それでもアッラーは真実を知っていると思うんだけど・・・。

この話を聞いたとき、スーダンのとある中華料理屋の話を思い出した。私がスーダンにいた頃、残念ながらこの中華料理屋に行く機会には恵まれなかったのだが、この話は仲良くしてもらっている日本人国連職員の方に聞いたことだ。イスラム国家であるスーダンの首都・ハルツームにあるこの中華料理屋は、国連関係者やNGO関係者の間でかなりの評判のレストランなのだが、常連客の間で特に人気なのがSpecial Teaとメニューに書いてあるお茶なんだとか。このお茶、重々しい土瓶に入れられ、なにやらスペシャルな雰囲気・・・と思いきや、セットで出てくる中国茶用の茶碗に入れられると泡を立てるんだって。そう、もうお分かりだとは思いますが、special teaって結局はビールのことなんだね。このように、みなさん苦労しながらも負けずに飲んでいます。

タンザニアにあるザンジバル島でも似たような経験をした。ザンジバルはムスリムの島である。もともと3,4日しかいないつもりだったのに、結局そこに3週間も居座った私。その理由の一つには、居候させてもらっていた家の兄ちゃんたちと一緒に、夜な夜なビールを飲みに行くのがあまりにも楽しかったから、というものがある。

東アフリカの人々は、どうやら冷たいビールは不健康だと信じているらしい。ビールを注文するときには必ず、bia moto (直訳すると『ホット・ビール』。要は、ぬるいビールのこと。アツカンみたいな感覚でぬるいビールと表現するのだから、スワヒリ語とはなんて素敵な言語なのでしょう。)がいいのかbia baridi(冷たいビール)がいいのかを聞かれる。このザンジバルの兄ちゃんたちは、みんな当然bia motoを選んでいた。

ザンジバルのお兄ちゃんたちと飲んでる様子。



実は彼らは、そこそこ信仰深いムスリム。その証拠に(?)毎週金曜日はみんな正装をしてモスクに行っていた。それなのに彼らは、その聖なる金曜日の日没時のお祈りから帰ってくると、普段以上によく飲んだ。「だってー、今日はjio ya ijumaa(スワヒリ語で『フライデーナイト』という意味)じゃないかー。飲まなきゃアカンだろー」とか言いながら。今でもたまにメールするけど、相変わらず飲んでるらしい。だから彼らが大好きなんだけど。うふふ。

私は旅するとき、よくおじさんと一緒に地元のお酒を飲む機会になぜか恵まれている。言葉が通じなくても、「とりあえず一緒に飲めば友達だー、ガハハハハ」は万国共通だ。韓国では、しなびた博物館の館長が、勤務時間なのにもかかわらず豚料理屋に連れて行ってくれて飲んだ。「勤務中から飲んでるから、博物館があんなにしなびれてるんだよー、おっさん!!」という表現が『指差し会話帳』に載っていなかったのが残念だ。ヒマラヤの山奥の仏教国・ブータンでは、酒こそ手に入らなかったものの、おっさんたちとバター茶で毎晩、しょうもない話をして盛り上がった。懐かしいなぁ。みんな元気にしてるかな。

ウガンダの村では、ヒエなどで作られた「自称・local beer(地ビール)」をしょっちゅう飲んだ。村の広場のような場所では、日曜日の夕方になると、教会から戻ってきたおじさんたちが大勢集まってくる。そして、みんなで輪になって座るのだ。その輪の真ん中にはポットが置いてあって、中にはできたてでまだ温かい「自称・地ビール」がたっぷりと入っている。これを、何かの植物を乾燥させて作ってある長い長いストローを使って飲むのだ。一つのお酒を、一度に大勢の人と共有する・・・なんて温かみのあるな飲み会なんだろう!!と、感動したのを覚えている。


村でみんなでビールタイム



この「自称・地ビール」だが、お味のほうは、ビールと思わなければ結構イケる。あたたかくて、少しドロドロしていて、少し苦くて、酸味もあり、そして粒入り・・・と言えば、なんとなく想像つくだろうか。うう、気持ち悪そうーだなんて言う前に、ぜひウガンダへ行って味を確かめてみてね。

ウガンダのじゃないけど、エチオピア中部の「地ビール」
味は、ウガのそれとそっくりだったよ



エチオピア南部では、私の今までの短い飲み人生の中では、間違いなくナンバー1である飲み屋へ行った。なにがナンバー1なのかって、とりあえずは写真を見てみてください。

みんなで乾杯!ビンの中にあるのがテジ




どうよ、これ。ここの飲兵衛さんたちとの会話も、非常に非常に面白かった。一生の思い出だ。ちなみにこのお酒は、テジと呼ばれるハチミツ酒。甘口だから、ジュース感覚でいくらでもいけるのだが、意外と強いので、飲むときは注意して飲みましょう。

ここにいるのはハマル人の皆さん。ハマル人の男の子は、10数頭の牛を一列に並べ、その背中の上を小走りし、地面に落ちることなく数回往復できないと、成人できない。厳しい世の中だ。成人式を荒らして喜んでるようなどこかの島国のダメダメ男子も、同じことをすればいいのに。

ハマルの男性は、みんななぜか小さな木製の椅子を腰からぶらさげていつも携帯している。昼間でも、このケータイ椅子にちょこんと座り、おしゃべりに興じているハマル男を何度も目撃した。それがまたかわいいんだな。

このケータイ椅子、夜になればテジを飲むために大活躍だ。私が行った飲み屋には、ケータイ椅子に座るハマル男が続々と集まってきた。幸い、昼間のうちに英語がなんとか話せるエチオピア人を見つけたので、「お酒おごるから、お願い!!」と頼んで通訳をしてもらったが、このおじさんの更にもう一人、ハマル語の分かる通訳さんが必要だった。それでも私たちは、どうしてもハマル飲みを実現させたかったため、なんとか協力してもらえるように頼み込んだ。飲みながら、ハマル人の人々と話がしたかったのだ。

2人の通訳を通した結果、どれだけ話に信憑性があるのかは不明だが、以下が会話の要約だ。

このハマル人男性(年齢不詳。というか、年齢などという概念はそもそも存在しないので、あしからず)は、成人の儀式に一度失敗しながらも、二度目にしてようやく牛の背中を渡り切ることができ、大人の男として認めてもらえるようになった。つまり、結婚できるようになったのだ。だが、人生とは厳しいもの。今は結婚したい女の子がいるのに、ヤギが5頭足りないがためにしたくてもできないというのだ。

頑張れハマル青年!!

一番右に座っている彼が、ヤギのせいで結婚できない男性。

お酒を飲むと、意外な人とこんな話もできるからやめられない。

後日、ハマルの土地からは少し離れた地域で、コンソー人という民族の市場に行った。そこでヤギが大量に売られていたので、平均的なオスの貨幣価値を聞いてみた。すると、1頭あたりおよそ2000円であるというではないか。せっかく牛の背中を2回も歩いて大人になれたのに、1万円相当のヤギを持っていないからなかなか結婚できないのか・・・。

いやいや、お金ではないのだ。そもそも、ダイヤの結婚指輪よりも、5頭のヤギのほうがよっぽど実用的で価値があると私も思う。

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