2009年9月14日月曜日

ヤムスクロで私も考えた その2 ~カリスマ独裁者~

ヤムスクロの工科大学の図書館。いいデザインでしょ?本もちゃんとある。

アマドゥ。懐かしい母校の前で。

初代大統領の銅像。



キャンパス内の様子。めっちゃきれい。


日本語訳すると、「天才の通路」といったところでしょうか。大学の一角。




アマドゥの母校である工業大学へ行った。同じアフリカの国立大学でも、マケレレとは全然違う。湖と森のすぐ隣に位置する広い広いキャンパスの中には、校舎はもちろん、郵便局や体育館、お店や劇場兼映画館まであり、キャンパス内で勉強も生活もできるような空間になっている。どの建物もヤムスクロの街と同じでやはり巨大だが、なかなか素敵な建築だ。80年代に建てられたというこの学校も、アビジャンのLe plateauと同様、所々壊れていたり薄汚れているのが否めないが、建物がきちんと有効的に使われているという印象を受けた。さすがコートジボワール。エアコンももちろん完備だ。図書館にも本が所狭しと並んでおり、中身がほぼ空っぽのマケレレの図書館とはこれまた対照的だった。

気になるのは寮。誰かの部屋の中に入ることはできなかったが、寮生全員が個室をもらえるらしい。もちろんキッチンも付いている。すごーい。共同トイレとシャワーを見たが、マケレレの女子寮ナンバー1と言われている(←事実)Africa Hallのそれよりもずっと清潔そうだった。清潔かどうかなんて、目で見て判断するものではないから、実際のところはよく分からないが。やはりマケレレ同様、トイレの鍵ははずされてない状態であった。

この大学は、コートジボワールの中でも選りすぐりの優秀な学生しか入学できない。学生が払うのは年間約25ユーロのみ。これで授業料も医療費も寮費も食費も全てがカバーされ、残りは政府が払ってくれるんだって!!その代わり、学生は優秀な成績を修めることが条件だ。日本にもこんな大学があればいいのに・・・と思ってしまう。

コートジボワールでも、他の普通の国立大学は、マケレレ大学と同じような問題を抱えているという。

マケレレも、イディ・アミンの時代や70、80年代の内戦のころは、ヤムスクロの工科大学と似たような制度を取り入れていたらしい。今じゃ信じられない話だけど、当時は全員が奨学生で少人数教育だったんだって。70,80年代といえば、コートジボワールでも経済や社会インフラが発展していた「イボワールの奇跡」と同じ時期だね。よく、今日のアフリカの状態を悲観視する専門家が「独立後間もないアフリカはまだよかった。ほとんどの国では独裁者がある意味で安定した政権を保っており、経済もインフラも今日のそれよりずっといい状態だった。」と言っている。あの頃の人々には、新しい国を自分たちの手で作り上げるという希望と情熱があった。これは当時をよく知るアフリカの人もよく口にしていることだ。

「マケレレもね~、昔は本当にいい大学だったんだけどね。」とさびしそうに話していた、マケレレ卒のとある教授の言葉が忘れられない。

大学の客間に案内された。ゆったりした美しい部屋の正面には、初代大統領のウフェボワニの写真がかけてある。ゴージャスでアフリカン・テイストな部屋の雰囲気と合わさると、彼がまるで、コートジボワールという国の王様であるかのように私には思えてきた。ウフェボワニが一共和国の大統領で、33年もその座に居座り続けた事実を頭で考えると、「またこのパターンか・・・」と思わずにいられなかった。



Papa du Pays(国のお父さん)であるウフェボワニ


ゴージャスな客間と、ウフェボワニの写真。


私は基本的にアフリカのBig Manが好きではない。彼らの多くはカネと権力にすがりつき、人々のことなど何とも思っていないからである。

どうしてなのだろう。

どんなに世界的に評価されているリーダーも、人々から好かれているリーダーも、最終的には長期政権を維持するBig Manがアフリカではほとんどだ。私は南アのマンデラ元大統領を心から尊敬している。もちろん、アパルトヘイトと闘い続けたこともその理由の一つだが、それよりも、彼は28年間も投獄されてようやく大統領になったのに、5年の任期を終えるとその座から潔く退いた。

優れたリーダーとは、次世代のリーダー育成を怠らない人のことをいうのだという名言(?)を聞いたことがある。彼が退いたあとのANC(マンデラの政党で、今でも南アの与党)は、残念ながら権力闘争と汚職でカオスと化してしまったが、マンデラのように自ら権力を手放す政治家はアフリカでは皆無に近い。そういう意味で、アフリカの父のような存在である彼を、もっと多くのBig Manにも見習ってもらいたい。評価されているBig Manにも、評価されているからこそ、マンデラのようになってもらいたい。

イボリアンたちはウフェボワニを建国の父として今でも敬愛している。彼の話をするときは、大統領という雲の上の存在ではなく、自分のお父さんか、村の首長さんの話をしているような口調になる。「イボワールの奇跡」の頃、コートジボワールが他の西アフリカ諸国とは比較できないほどの経済成長を遂げたのは彼のおかげだし、彼のおかげで医療も教育もこの国では随分発展した。彼は自分の出身民族やクラン(氏族)を特別扱いはせず、国民全員をコートジボワール人という新しいアイデンティティでまとめあげた。

たかだか2週間しか経っていない私のコートジボワール滞在であるが、どのイボリアンと話しても、みんながみんな彼に対して肯定的な意見を持っていることに驚かされる。カリスマ性があったのかな。日本に住んでいるアマドゥでさえも、ウフェボワニを高評価している。

ウフェボワニが大統領だった頃も、当然コートジボワール社会には汚職が蔓延していたという。また、他のアフリカの大統領と同様、彼が国家の資金を私的に横領していたのは明らかだ。その証拠として、ヤムスクロにある彼の私宅は皇居並みに大きく、お堀にはワニが生息している(←本当だよ。私はこの目で見ました 笑。実際の面積が皇居並みかどうかは知らないけど、敷地の端から反対側までの感じだと、皇居ぐらいはあったと思う。ベルサイユ宮殿ほどではなかったけどね。更にトリビアになりますが、お堀のワニには毎日夕方5時になると、警備員が餌付けをするらしいよ。私はこの日、餌付けの様子も見ました。マジでワニだった!!)。

ウフェボワニのお家。まぁ、土地の値段が東京とヤムスクロじゃ全然違うから、やっぱ皇居とは比較しちゃいけないね。


ワニが生息するお堀。右手に見えるヤシの木の部分は、お堀を渡る道路。

しかし、それでもイボリアンたちが彼を高く評価しているのは、彼が実績を残したからである。人々からとるだけとって何もしない他のリーダーとは違い、ウフェボワニはカネと権力に固執しながらもきちんと国民を満足させ、国づくりに成功した。 彼がいなくなった今、コートジボワールの貧困層は増え、国民の暮らしは(数字上は)悪化した(とは言っても、政治以外にも、人口爆発や世界経済の影響など、たくさん原因はあるけどね)。 他のアフリカ諸国とは比べられないほどの経済発展を遂げ、他のアフリカ諸国とは全然違ったリーダーがいたこの国の歴史は、皮肉にも、他のアフリカ諸国と同じようにして今日に至る。

彼に関するさまざまな話を聞くにつれて、私は民主主義の本質について改めて考えるようになった。民主主義が機能している国も当然世界には多数あるが、これが全ての国に応用可能な理想的な政治体制と考えるのは、大きな間違いなのかも知れない。例えば一昔前のコートジボワールのように、独裁者(というか、家族を見守るお父さんとか、国民に優しい王様みたいな??)が治めている方が国は発展し、人々は幸せになる場合もあるのだ。その場合、選挙の度に暴力沙汰になり、かえって社会が不安定になってしまう民主主義と比べて、どちらが本当に人々のためになるのだろうか。 独裁政治ならなんでも批判し、民主主義こそが最善の政治体制であると考えるのは、少し短絡的かもしれない。

話は飛躍してしまうが、現代アフリカの政治は、少しだけだが江戸時代の藩政に似ていると言えるかもしれない。贅沢三昧のどうしようもない大名から名君と謳われる大名まで、江戸時代には様々な藩主がいたが、どの藩主も藩の収入の多くを自分たちのものとし、藩主としての地位は保証されていた。世襲制なのも、一部のアフリカの大統領たちと似ているし、バックに更に大きな力(=藩主の場合は徳川幕府。アフリカの大統領の場合は、イギリス・フランスの旧宗主国やアメリカなど、実際に裏でアフリカ政治を動かしている影のドン)があって、実は独裁者も操り人形として利用されているだけなのも、藩政と現代アフリカ政治はそっくりだ。

民主主義の導入がオールマイティーで人々に優しい社会を生み出すと私は思っていたけれど、実際の世界はそこまで単純ではないようだ。冷戦が終わって、かえって世界が複雑になったのは誰の目にも明らかだが、アフリカは、皇居並みの私邸で暮らす、王様のような独裁者をリーダーとして、成功を勝ち取るるのか?「独裁=悪の権化」という現代国際社会の認識をアフリカは壊し、新たな政治のあり方を提示してくれるのか?さてさて、これからアフリカが、どのような道を選ぶのか、ますます今後、アフリカから目が離せないね(と思っているのは私だけ?笑)。

ヤムスクロに行っただけで、本当に色んなことを考えさせられた。



最後に、先の衆議院選挙に関してイボリエンヌのおばさんがボソッと私に言った一言を紹介して、今日は寝ようと思いまーす。

「日本って、あんなに発展しているのに民主主義が実はなかったんだってね!!」

うん、全くもってその通りだよおばさん!!私はアフリカの民主主義云々とずっと考えてきたけれど、自分の国にも民主主義があるようで、実は全然なかったんだよね(まぁ、この「民主主義の欠如」の度合いには、日本とアフリカだとかなりの差がありますが)。それでも日本では、アフリカよりもずっと政府や社会を信頼することができるし、国民はある程度生活に満足している。こう考えると、アフリカも、民主主義がなくてもこれから上手いこと自分たちのやり方を見つけてやっていけるのではないかねー、などと妄想してしまう。On va voir(とりあえず様子を見よう)。

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