2008年11月16日日曜日

言語について

首都では看板だって全部英語。地方に行けば、少しは現地の言葉も増えてくる。
この信号、日本政府の援助したものらしいんだけど・・・よく見ると、行き止まりなのにまっすぐ方向に矢印のランプがついてる!!
近所の市場の人々。英語も話せたけど、ガンダ語をたくさん教えてくれた。

ウガンダの公用語は英語だ。しかし、他のどのアフリカ諸国と同様、ウガンダには多くの言語が存在する。中央部のガンダ語、北部のアチョリ語、西部のニャンコレ語、といった具合だ。ウガンダ全土から人が集まってくる首都カンパラでは、誰がどこの民族出身だかが分からないため、みんなお互いに英語で話す。市場のおばちゃんやスラムに住む人々など、ローカルな人々はガンダ語を使うが、首都では英語もある程度はみんな話せる。お店も役所も学校も、英語が使われている。

我がマケレレ大学では英語以外の言語を全くもって聞かなかった。授業はもちろん、学生同士の会話も英語だけなのである。ルームメイトのジョアンとヴィッキーは、二人ともガンダ語が話せるはずなのに、この二人がガンダ語で会話をしているのを私は聞いたことがない。ヴィッキーはよくお母さんと電話で話していたが、聞いた限りでは家族内の会話も英語である。彼女の家族はお金持ちであるからなのだろう。ヴィッキーに理由を聞いてみたところ、幼いころから親が徹底して、家では英語を話すようにしていたのだとか。

このウガンダ英語、発音にあまりにもクセがありすぎて、最初は苦労した。フランス人が話す英語よりも分かりにくい。以前、フランス人の友達に「アシコー前で会おう」と言われて頭の中が???になったことがあったが、ウガンダ英語は?の数が三つではなくて、百個ぐらいだったのではないだろうか。(ちなみにアシコーとはハチ公のことであった。HACHIKOと書いて、確かにフランス語読みではアシコーと発音するのである。)例えば、「キャ・キュ・キョ」の音が「チャ・チュ・チョ」になることが多く、TOKYOがトチョーになるのだ。「トチョーはどんな場所だい?」と聞かれて、最初は、「おお、このウガンダ人は都庁のことを知っているのか!!すげー!!」と感激したものだ。また、Gの音にもクセがあるために、NGOを「エヌギーオー」と発音したりもする。

特徴的なのは発音だけではない。言い方や言い回しも独特だ。「You are lost」と言われると、アメリカやイギリスでは「あなたは迷子になっている」という意味になる。ところがウガンダでは、これは「しばらく会ってないね」という意味なのだ。三日も会っていない友達に会うと、「アイヤイヤイヤイヤー。You are lost!!」と言われたものだった。

また、レゲエのようなテンポ(上手く説明はできないが、私は常に、ウガンダ人の英語のテンポは、ボブ・マリーの名曲“No Woman No Cry”のそれであると思っていた。)でとてつもなくゆっくりと喋る。そして、そのクセにものすごく話している内容が失礼なのだ。これは失礼になろうと思って失礼にしているのではなく、西洋や日本の感覚で彼らの話し方を聞いていると失礼に聞こえるだけなのだが。現地の言葉を直接英語に訳すると、どうしてもこうなってしまうようだ。例えば、Pleaseをあまり言わないし、命令的で押し付けがましい。お店に行って、探しているものが見つからなかったとしよう。店の人に聞いてみても、こんな返事が来るのがオチだ。「We don’t have that. You go to another shop and buy it.(ここにはないよ。別の店にでも行きなさい。)」私は高校時代にオーストラリアに留学していたが、オージーは決してこんな言い方はしない。日本ほど丁寧ではないにしろ、在庫がないことに対する謝罪の言葉を述べ、そして探し物が見つかりそうな別のお店について教えてくれるのが普通だ。また、ウガンダ人が私から何かをもらいたがっているとしよう。普通は何かをくれとお願いしているのだから、お願いする人が腰を低く、丁寧になるものである。ところが、全てのウガンダ人ではないものの、多くの人はこう言う。「You give me your ○○○.(その○○○を私によこしなさいよ)」Youの部分を一番強く読むことがポイントだ。

正直ムカツクのだ。例え相手に悪気がなくても、それが現地の言葉の直訳であるから仕方がないと頭では理解していても、こんな言い方をされ続けるとムカツクものはムカツク。しかし、それをボブ・マリーのテンポで言われると、怒っているのが馬鹿らしくなってきて、もはやどうでもよくなってくるのだから不思議だ。

エリート層の英語は植民地時代のイギリス風だ。私は植民地時代のイギリス人についてなにも知らないが、常に格式ばって、やけに難しい語彙や文法ルールを会話中に使うエリートに対しては常に疑問を抱いていた。それをあるアメリカ人に話したら、彼は、植民地時代から英語があまり変わっていないからだと教えてくれた。

日常生活の中の会話であれば、分からないところはその場で質問できるから問題ないが、授業中に先生が話す英語にはお手上げであった。特に留学当初、「郷に入れば郷に従え!!」をモットーに現地の授業に溶け込もうとしていたころ、先生の英語がまったく聞き取れなくて書き写しができず、おかげで私のノートは空白だらけになってしまった(こちらでの授業は先生の言葉の書き写しオンリー)。当時書き写したノートを見てみると、livingがleadingに修正されていたりしている。木を見るよりも森を見よ。少しぐらい分からなくたって、大まかな意味が理解できていればそれでいいはずである。しかし、書き写し中心の授業ではそんなことは言っていられない。なにせ、コンマやピリオドひとつにこだわるような授業なのだ。単語を間違えていたら、もう大問題だ。留学生活の途中からは、そんな無駄極まりない授業中のノートテイクをあきらめ、最初からクラスメイトにノートをコピーさせてもらうようにしたが。

私は当初、スワヒリ語が学びたかった。留学先を決めるときにウガンダ社会でのスワヒリ語の位置づけを知っていたら、タンザニアに間違いなく行っていただろう。外務省のホームページを見てみると、ウガンダの言語は「英語・スワヒリ語・その他言語」と書かれている。あんなの大嘘だ。

ウガンダ北部に行ったとき、バスで隣に座っていたおじさんにこんな話を聞いた。

かの有名な恐怖政治を行い、ウガンダを混乱のどん底に陥れたイディ・アミンの時代、彼は「アフリカ化」を目指してウガンダ国内にいたアジア人(インド人など)を追放した。そして、人だけではなく言語もアフリカ化しようとし、英語からスワヒリ語へと国語を変えようとした。この政策、モブツ時代のザイール(現在のコンゴ民主共和国)でもあったようだが、人々にとっては迷惑な話である。第一、スワヒリ語とはもともとアフリカ大陸のインド洋沿岸地域の言葉であり、ガンダ語などのバンツー系のほかの言語と少し似ている部分があるとはいえども、ウガンダの人にとってはまったくの外国語であるからだ。アミンは、まず自分の軍隊の言語をスワヒリ語とした。軍隊から徹底させようとしたのだ。しかし、彼の軍隊は人々を虐殺したり略奪したりとやりたい放題だったため、人々はスワヒリ語に対して嫌悪感を抱くようになった。現在でも、その時代を知る人は特にであるが、ウガンダ人はスワヒリ語に対してあまり良いイメージを持っていない。 まぁ、スワヒリ語を東アフリカの共通語として肯定的に捉えている人も多いけどね。


内戦が終わったばかりの北部ウガンダや、未だに混乱の渦中にある東部コンゴや南スーダンでは、今でも一部でスワヒリ語が使われている。これは反政府勢力の影響があるようだ。実際に北部ウガンダに行ったときにバスで隣に座ったおじさんがスワヒリ語を話す人だったが、彼は若いころに反政府勢力と関わりを持っていたらしい(上に書いてあることも、このおじさんをはじめとするいろんな人に聞いたこと。専門知識のある方から見て、これが本当なのかどうかは疑わしいけど・・・)あまり詳しくは話してくれなかったが、そのときにゲリラ軍の中でスワヒリ語を学んだのだとか。

アフリカについての本を何冊か読んでいくと、言語がエリート層とそうではない人々を分ける要素になるという話がよく出てくる。これがどういうことを意味しているかというと、エリートや都市部の人々は英語やフランス語を使い、その他の人は現地の言葉を使うため、社会が分断されてしまうということである。これは本当だ。日本にいた当時はこれがどういうことを意味するのか実感できなかったが、アフリカで生活をしていて、これが本当に大きな問題であると感じずにいられなかった。まず、英語やフランス語が話せない人は、自分を表現できる場面が限られている。こうなると、様々な事態が発生してくる。議会はエリートの言語で行われるため、それが話せない人々は政治に参加できなく(参加しにくく)なる。極端に言えば、人々はエリートに言われるがまま生活しなければいけなくなるので、受動的な態度になりがちだ。そして、心理的にも社会的にも、英語やフランス語を話さない人々は、ますます中心から疎外されてしまう。また、国際的に何かを訴えていくときにも、彼らが直接スピーカーとして発言できるチャンスは少ない。


情報のインプットのときにも差は生じてくる。ウガンダでは、新聞は英語が主流だ。ガンダ語などの多言語のものもあるが、規模は非常に小さい。テレビも英語か、少ないながらもガンダ語だ。しかし、国民のほとんどはテレビを見ることすらできないことを忘れてはいけない。その代わり、ラジオ局は非常に多い。様々な言語で放送されている。人々の生活にとってラジオは必需品だが、残念なことに、中には信憑性が疑わしいものも結構あるようだ。また、ラジオを聞いているからといって、人々に与えられている情報量が十分かといわれたらそんなことはない。エリート層は、英語を駆使してアルジャジーラやBBCワールドを見ており、インターネットで世界中の情報を集めることができるが、言葉の話せない人々にそんなことはできない。こうしてますます差は広がっていく。

こうして広がる差は、富の分配に比例しているのだから余計に話はややこしくなる。つまり、金持ちや権力者は、彼らの言語を駆使して更なる富と権力を得ていく構造が出来上がっているのだ。むしろ、わざとそういう構造に仕立て上げているのだろうか。

うーん、内容が難しくなったところで、今回は終わりにします。また次回、なるべく早くブログ更新しますね!!もうすぐ自宅にインターネットが開通するので、そうしたら写真もアップします。