2008年10月29日水曜日

Africa Hall

ルームメートのジョアン。彼女たちが来たあとは、部屋はこんな風になりました~。
私の部屋。掃除した後。 これから荷物を運ばなきゃ・・・。

今にして思うと奇跡であったが、現地に着いたら住む場所が私のために確保されていた。住居の申し込みをしても事務所に忘れられてしまう場合が非常に多く、住むところがなくて困っている学生に何度も会ったので、私はラッキーだったと心から思う。私は、ホステルではなくホールに住むことになった。その名もアフリカホール。メリー=スチュアートホールやリビングストンホールとか、イギリス風の名前のホールが主流な中で、アフリカホールに入ったのにはワケでもあるのだろうか。そんなことをぼんやり考えながら、芝生の中庭が美しいアフリカホールの門をくぐった。

自分の部屋となるC8に入ったとき、驚きがなかったといったら嘘になってしまうだろう。それよりも、ここで本当に一年間生活できるのかという不安が一瞬頭をよぎった。ホコリのたまったコンクリートの床。壊れかけているベッドが三つに、木造の古い机。電気は通っているのに電球はなかった。そして、ドアの横にはひびの入った小さな蛇口と鏡があり、収納は、小さな本棚が二つあるのみだ。
私が以前に東京で暮らしていたアパートは、四畳の中に小さなキッチンがあって、トイレとお風呂は他の人と共同で使っていた。私はそのアパートが大好きであったし、生活に何一つ不便を感じなかったが、アフリカホールのC8はさすがにキツイだろうなと感じた。
アフリカホールの共同のトイレは流れないし、第一便器のパーツから鍵に至るまで盗まれてしまっている。衛生的にもどうなのかと首を傾げてしまうような有様だった。よって、トイレに入って前の人の汚物があってももはや驚かなくなったし、何よりも、アフリカホールのトイレのおかげで足の筋肉が発達したと思う。あまり便器に触れたくなかったし、座るところもあってないようなものだったので、常にお尻を浮かせていたからだ。また、トイレの中ではドアを閉めても手でずっと押さえていないといけなかった。そうでもしないと、ドアが開いてしまうのだ。
シャワーも、あれがシャワーと呼べるのであればの話であるが一応あった。まず、実質使用できるシャワー二つ(この二つを三十人以上で共用しているのだからすごい)の間に一応壁はあるものの、ドアもカーテンもないために、シャワー室の通路から丸見えになっている。お湯が出ないのは当然であるが、よく水も出なくなった。普段の状態でさえ、ちょろりちょろりという弱々しい音を立てながら、弱冠茶色のかかった水が頭上に設置してある水道管からそのまま頭にかかってくるという状態。どんな虫がいるのか、どんなバイ菌がいるのか非常に怪しいために、毎回ビーチサンダルを履いてシャワーを浴びなければいけなかった。そうしないと、足の裏から病気になると多くの友人に後日警告された。夜になるとシャワー室は大変だ。ハエも蚊もどんどん入ってくる。ゴキブリのすぐそばでシャワーを浴びたこともしばしばだ。今となって考えると、すごいアドベンチャーだったなぁ。

忘れられない入寮の日。この日は、四時間遅れでやって来たマーサに連れられて、彼女の娘たちとともに生活必需品の買出しに出かけた。


このとき初めてカンパラ市内をよく見ることができたが、緑が豊かで小ぢんまりとしていたという印象が強かった。実際に当日の日記にもそう書いてある。それまでいたエチオピアが乾燥していたからなのか。2年前に少し滞在したインドのような、カオスに満ちたごちゃごちゃ感を期待していたからなのか。人も動物ものんびりと歩いているし、道端で昼寝をしている人もいる。少々退屈に見えたが、初めてのアフリカ生活をするにはちょうどよい街だと思った。マットレスに毛布、バケツや洗濯ばさみ、そして電球などを購入したあと、部屋の合鍵を作りに行った。このときは、まさかその鍵でアフリカホールのどの部屋も開いてしまうなどとは思いもしなかった・・・トホホ。

さて、「到着直後の留学生の生活ため」という名のもとにマケレレの車withマケレレの運転手で出かけたマーサであったが、私の買い物が一時間弱で終わったら、その後の3時間は自分の娘たちの新学期の準備のために車を使用していた。彼女たちの全寮制の高校は、市内からだいぶ離れた小高い丘の上にあり、庭から建物まで英国風であった。広々とした敷地は、いかにもお金持ち学校といった感じである。寮もアフリカホールのようなものではなく、五人で一つの建物をシェアするタイプのものであった。キッチンもあればリビングもあったため、私は正直、この学校に留学したかったと思った。娘たちの引越しを手伝い、掃除をして、家路につくころには夕方になっていた。

ルームメイトがまだ入寮していなかったため、一人で夜遅くまで荷物の整理と部屋の掃除をしていたところ、向かいの部屋の子達が私を訪ねてきた。なんと彼女たちは、一人で眠るのは怖いだろうからと、自分たちの部屋でしばらくの間は眠るようにと言ってきたのであった。アフリカの家庭では、相当のお金持ちではない限り、個別の部屋など存在しない。大家族が小さな家で一緒に暮らしているからね。特に女の子たちは夜に一人でいることをとても嫌がる。東京のような大都会で一人暮らしをしていたという話をすると、みんな目を丸くして驚いていた。私よりも年上の女の子たちが、みんなで一緒に寝たがるのだからかわいらしい。この、個人の空間とプライバシーの問題に関しては、その後のウガンダ生活で私を大いに苦しめることになったが・・・。

特に何もしなかったのに、この日はすごく疲れた。結局向かいの部屋で眠ることにした私は、映画を見ながら寝てしまった。

1 件のコメント:

真也 さんのコメント...

こんにちは!
エイジくんの誕生日会と、この前の代々木上原のキムラさんのパーティでご一緒した者です。
やっとたどりつけました。
ゆっくり読ませてもらいますね~