2008年10月12日日曜日

カンパラ第1日目

典型的なカンパラの風景。

マトケ。食用バナナ。ウガンダの主食。


例のマケレレゲストハウスでは、一睡もできないうちに朝になってしまった。

夜通し、ジャンジャカジャンジャカとBongo Flavor(東アフリカで人気の音楽のジャンル)とかリンガラ音楽(コンゴの音楽)が外から聞こえてきたからだ。金曜の夜だし、まぁ仕方がないといえばそうなのだが。それを近所迷惑もお構いなしにやってのけてしまうのがウガンダ人である。ちなみに、当時の私は、日記にこんな走り書きをしている。








うるせーーーーーーーーーー。眠れねーーーーーーーーーーー。でも、貧しいとか物がないとか思ってたけど、クラブは一応あるんだなぁ、ウガンダ。




そりゃ、ウガンダの人だって日本人と同じで娯楽大好きだし、人生エンジョイしたいのは誰だって一緒に決まっているだろう。しかし、お堅い経済の本やらニュースやらでアフリカの勝手なイメージが出来上がっていた私にとっては、こんな基本的なことが大きな驚きであったのだ。アフリカの庶民は、人生を楽しむ以前に、生きていくのに最低限のことだけでいっぱいいっぱいになってしまう。このように考えていたため、夜通し流れる音楽を聴きながら、少しだけ恥ずかしくなった。



翌日の土曜日は、夕方まで眠ったり、本を読んだりして過ごした。外に出ようとも特には思わなかったが、お腹が空いてきたので、散策をしてみる事にした。



前日の夜は暗くて何も見えなかったが、この日、外に出てみてまたもや私は驚いた。そこは、私達がメディアからの情報でイメージするようなアフリカではなく、楽園のようなところであったからだ。花は咲き乱れ、木々は青く、鳥のさえずりが止むことなく聞こえてくる。学生はみなオシャレで、イベントの案内などのポスターがあちこちに貼られている。よく見てみると、聖書の勉強会や祈りの時間の案内など、キリスト教団体関係のポスターが半分くらいを占めていた。みんな、熱心である。他には、ムスリム学生団体の案内やパーティーの案内が多かった。

しかし、その感動もつかの間。キャンパスの敷地を出ると、やはり、ごちゃごちゃの道路がそこには広がっていた。ワンダゲヤという名前のこの大学周辺地域は、さしずめウガンダの高田馬場である。飲み屋からカフェから服屋からパソコンショップ(パソコンを持っている学生が少ないため、タイプをして印刷ができるお店が大人気)からケータイのお店まで、学生のニーズに合ったものがわんさかしていた。

とりあえず中に入ったお店で魚を注文したら、魚は今日はないとのこと。じゃあチキン・・・と思いきや、それもないといわれてしまう。ヤギか豆しかないと言われたので、ヤギ肉を注文した。

すると、のんびりしているウェーターのお兄ちゃんに「全部ほしいですか?」と聞かれた。質問の意味が理解できなかったので意味を聞いてみると、一瞬困ったような顔をしてもう一度「全部ほしいですか?」と聞いてきた。隣に座っていたセボ(ガンダ語で男性という意味)が親切にも意味を教えてくれた。ウガンダでは、ちょっと高めの高級なレストランに行かない限り、注文は非常に簡単なのだそうだ。まずはたんぱく質を選んで(大体、牛肉か鶏肉かヤギの肉か魚か豆かピーナッツソースの中から選ぶ)、次に数ある炭水化物の中からほしいものを選ぶのだ。選択肢は、だいたいマトケ(食用バナナ)、ポショ(とうもろこしの粉をお湯で溶かして固形にしたもの)、油ギトギトのお米、さつま芋、カボチャ、ジャガイモ、それにキャッサバやヤム芋である。セボ曰く、何種類頼んでも値段は変わらないのがポイントらしい。

ウェイターのお兄ちゃんに「全部」を注文して、値段を確認したところ、Ush3500(210円くらい)だと言われて思わず値切ろうとしてしまった。インドやエチオピアでは、恐ろしいくらい食費が安い。特にインドなんて、30円も払えばかなり量のご飯がかなりの質で出されるのである。しかし、例のセボに、その値段が正当なものであると教えられた。

出てきたご飯を描写しようとするとこうなる。てんこ盛りの炭水化物の山に、油でドロドロのスープの川をかけるのだ。そして、中に入っているヤギの肉の2切れは、川の中の岩である。

半分食べるのもやっとであったこの一人前のご飯を、時が経つにつれてぺろりと平らげてしまうようになったのだから、人間の環境への適応能力は恐ろしい。そして、これら炭水化物を食べた後は、必ずお腹に鉄でも入ったような感覚になるのである。とにかく重いのだ。

食べ終わった所で、近くのマーケットに行ってみた。新しい国や街に行くと、私は必ずローカルマーケットに立ち寄るようにしている。ワンダゲヤのマーケットでは、ありとあらゆる野菜と果物が、文字通り山のように売られていた。これから生活していくにあたって、物の値段の感覚を身につけておく必要があったので、ニャボやセボとお喋りてがらに色々聞いてみた。トマトは大きいのが6個でUsh500(約30円)。パパイヤも一つだいたいUsh500。虫食いの野菜も多かったが、それだけ薬も使われていないという証拠である。

それにしても、これだけ野菜が溢れているのに、ウガンダ人があまり野菜を食べているのを見たことがない。ウガンダ滞在中に常に疑問に思っていたこと、それは、あの青々とした野菜たちは、どこへ消えてしまうのか??ということである。もしかしたらスープに溶けているのかもしれないし、ほうれん草やキャベツの料理はたまに出される。しかし、他の野菜は・・・?不思議だ。

ババという名のおじさんと、この日は仲良くなった。ババのお店ではいつもおまけをしてくれたから、その後も随分通ったものだ。周りで働いているニャボたちも、面白い人が多かった。みんな、一生懸命英語を話してくれる。私の苗字の品川をとって、ナガワと名づけてくれたのも彼女達だ(ちなみにナガワは、ガンダ語ではよくある名前らしい)。この日は結局他にすることがなかったので、近くで働いていた19歳の女の子の家に遊びに行くことになった。

大学の周りにあるスラムの中を進んでいくと、細い路地を何度も曲がった所に彼女の家はあった。電気はもちろん、水道もなければトイレもない家だったが、ぼろぼろのベッドといくらかの食器、それに壁に貼られたイエスキリストの絵が印象的だった。私をベッドの上に座らせると、彼女はどこかへ行ってしまった。待っている間、近所の子ども達が私を見物しに次々と集まってきたが、私が子ども達と遊んでいるうちに、彼女は赤ちゃんを抱えて帰ってきた。まさか!?と思って聞いてみると、やはりそう。息子さんだそうだ。赤ちゃんの父親はどこにいるのか分からないそうだ。

貧困が原因なのか、援助交際なのか、レイプでもされてしまったのか。彼女があまり話そうとしなかったのであえて何も聞かなかったが、NGOの支援を受けながら子育てをしていると言っていた。マーケットで働いている間は近所の人に子どもを預けるのだそうだ。

後にも書くつもりでいるが、ウガンダの同世代の女の子が直面する問題は、平和ボケしたどこかの島国のそれとは比べ物にならない。でも、それを大変そうに見せないのがウガンダ人の女の子だ。気にしていないのか、諦めているのか、苦難を隠しているだけなのか。とにかくヘラヘラとのんびりしているように見えるのである。彼女もそう。一人で子どもを育てているなんて、絶対に相手に気づかせない。いつも冗談ばかり言ってゲラゲラ笑い、ケイータイに入っている音楽をかけてマーケットの中だろうとどこだろうと踊りまくる。強いのかなんなのか。

暗くなってきたので彼女と赤ちゃんに別れを告げ、私はマケレレゲストハウスに戻っていった。1日目なのに、考えさせられる事が多かった。

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